045:池袋は安全です。
マジでダンジョンはスルーした。
ゲームだったら何も考えずとりあえず入って、死んで、鬼畜すぎーとか言って笑ってるんだろうけどそうはいかないよねー。
だからとりあえずスルーして、池袋に向かうことにしたの。
曇った空の下、いま私たちは池袋に向かって線路の上を歩いている。
電車なんて走ってるわけないからしゃーなし。
走ってても乗らないけど。
「やっぱりちょっと気になっちゃいますね。中がどうなってたのか」
「仕方ないでしょー。入ったら出られません! みたいになったらどうすんのよ。しかも初っ端からあの難易度はやばいって。怖すぎ。これ現実なんだし」
「そんなことも分からねぇのか。やっぱアンデッドだな」
「いや、ガウルもわたしに見てこいみたいなこと言ってませんでした?」
「あぁ、言ったが。それがどうした?」
「どうしたじゃないですよ! ガウルも入ろうとしてるじゃないですか!」
「ちげーよ。オレはお前を入らせて中のことを調べようとしたんだぜ? 妙に舞い上がって入ろう入ろうってバカみたいにただ騒いでたお前と一緒にすんな」
「ぐぬぬぬ……ガウルなんか嫌いです!!」
「そりゃあ良かった。アンデッドなんかに好かれたくもねぇ」
「はぁ……」
ちょっとした平和。
力と仲間が手に入ったことで、今までの過酷すぎる環境から少しだけ解放された。
するとどうだろう。
喧嘩する余裕まで生まれた。
これは良い事なのか、悪いことなのか。
いまいち私には判断がつかない。
《周囲の警戒はワタシが行っていますので心配いりませんよ、ユウナ。感知スキルの向上により、さらに精度の高い索敵が可能となりました》
うん。
これも問題なんだよつぐみさん。
つぐみさんが優秀すぎてつい頼ってしまう。
というより甘えてしまう。
そして最近、人間をあまり見かけない。
ちょっとゆるーい空気なのはこれが原因かな。
でも緩んでばかりではない。
この1週間で何回か魔物を狩ったけど、坂本は戦闘では別人になる。
明らかに戦い慣れている。
普段はいがみ合ってるけど、そこだけはガウルも認めているような感じがある。
絶対に口には出さないけどね。
坂本はすごい頼りになるけど、だからこそ気になる。
───今まで、どうやって生き抜いてきたのか。
「あ、先輩っ! 何かありますよ!」
ちょっとだけ考え事をしていると、坂本の声が聴こえた。
坂本はどこかを指さしていた。
その方向を見ると、そこには一つの看板があった。
ただの看板ではない。
スプレーのようなもので文字が書かれている。
全ての感覚、当然視力も半端なく良くなってる私は、看板まではまだそれなりに距離があるけどバッチリとその内容が読めてしまった。
そこに書かれていたのは、単なる落書きなんかでは全くなかった。
チラリと坂本を見る。
「先輩……」
坂本も私を見ていた。
たぶん坂本も読んだのだろう。
まあ、こういう反応になるよね。
「そういえば、ガウルって文字読めるの?」
「あぁ、読めるぞ」
「え、なんで? ガウルって純粋な魔物だよね?」
「さあ? オレには分からん。読めるもんは読める」
ちょっと不思議。
なんで読めるの?
って、今はそれどころじゃない。
看板だよ看板。
そこには黒のスプレーでこう書かれていた。
『池袋は安全です。十分な食糧があります』
これだけなら別になんてことはない。
単純な人助けかはわからないけど、なんらかの目的のために人を集めてるんだなー、で終わる。
だけど看板に書かれている文字はそれだけじゃなかった。
たぶんこれを見た人間の大半は、最後の部分はわけがわからないと思う。
これを書いたのが誰かは知らんけど、意図して分かる奴には分かるように書いてるって感じがする。
そこにはこう書かれていた。
『
ちょっとだけブルッと寒気を感じた。
でもそれだけ。
いずれ分かる奴が出てくるとは思ってた。
予想よりだいぶ早いもんだから驚いただけ。
これは確信。
池袋にいる奴の中に───魔物になった人間がいることを把握してる奴がいる。
私の中で警戒度ぐんと跳ね上がった。
理解した上で、魔物になった人間も呼び寄せる。
なんで?
そのリスクをわかってないわけがない。
本当に分かり合えると思ってんのか?
それともどんな魔物でも殺せる自信があるとか?
《ユウナ、後方約440mの位置に生体反応があります。おそらく人間、数は5です》
そのとき、つぐみさんの声が頭に響いた。
久しぶりの人間。
感覚的に強くない。
弱くはないけど余裕で殺せる。
なら殺すべきでしょ。
池袋のことはあとで3人で考えよう。
私はモヤのように鬱陶しい思考をとりあえずやめて、坂本とガウルに敵の存在を伝えた。
そしたらガウルがオレにやらせてくれとか言ってきた。
たぶん自分がどれだけ強くなってるのか試したいんだと思う。
この1週間ガウルだけはずっと休養だったし。
でも却下。
さすがに油断しすぎ。
とんでもないスキルとか持ってたらどうすんのよ、まったく。
だから私はそのことをガウルに伝え、坂本を背中に乗せて、高台に移動した。
とりあえず様子を伺ってみよう。
こっちに気づかないようなら、奇襲安定でしょ。
++++++++++
わたしは最近ほんとうに幸せです。
毎日が楽しくて楽しくて仕方ないんです。
ガウルはちょっと、いやかなーりムカつきますけど、それすらも楽しいって思っちゃいます。
それもこれも先輩に会えたからです。
ほんとに会えて良かったなって思います。
だからわたしは今も、ワクワクしながら高台から5人の人間を見下ろします。
あまり楽しそうではありません。
ひとりぼっちだった頃の私の様です。
たぶんですけど、この世界に馴染めてないんですね。
元の世界に戻りたくて仕方ないってのが見てて分かります。
馬鹿ですね。
そんなの無理なのに。
受け入れて生きるしかないのに。
なんでそれが分からないんですか?
……あれ、逆になんでわたしはこんなに割り切ってるんですかね?
あれですか。
これも魔物になったせいですか?
まあ、どうでもいいです。
今は先輩との人間狩りを楽しみましょう♪
「ねぇ、坂本ー」
いつ仕掛るのかウキウキワクワクしながら人間を観察していたら、先輩の声が聴こえました。
もしかしてわたしにやらせてくれるんですかね♪
「なんですか先輩?」
「一つ聴きたいんだけどいい?」
「もうみずくさいなぁ〜。先輩とわたしの仲じゃないですか! 何でも聴いちゃって下さい♪」
「そう? なら遠慮なく聴くんだけどさー。───今までどのくらい人間を殺したの?」
「…………え」
魔物に変わった先輩の鋭い眼光がわたしを射抜きました。
大好きな先輩のその問いかけにわたしはすぐに答えることができず、急激に体温が下がったような感覚と、心臓をきゅーっと握り締められたような息苦しさを感じながら、ただ呆然と立ちつくすしかありませんでした。
モンスターで獰猛な優奈さんは魔物蔓延る東京で荒れ狂う 黒雪ゆきは @kuroyuki72
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