助手のうそくん

 ああお帰り、うそくん。思ったより早かったね。

 どうしたんだい? ぷるぷる震えて。まあお入りよ。そんなところに突っ立ってたら凍えてしまうよ。


 荷物を置いたら紅茶をいれてくれるかい?

 帰ってきたばかりなのに申し訳ないが、無性に君のいれた紅茶が飲みたくてね。

 ケーキも開けようか。

 用意が出来たら君もお座り。一緒にお茶を楽しもうじゃないか。


  🍰


「一体いつから知っていたんですか」


「いつからって何のことだい?」


「惚けないでくださいよ。ケーキのメッセージですよ。『気が済んだかい? 早く帰っておいで』だなんて。今日私がしていたことをご存知だったんでしょう?」


「うん。まあ、知ってたね」


「だからいつから」


「そうやって怒ったふりをして誤魔化そうとしてもダメだよ。こちらもちょっと気分を害しているからね。一体どうしてこんなことをしようと思ったんだい?」


「うっ」


「君が口籠るなんてよっぽどだね。少しは悪いと思っているのかな。ねえうそくん、僕は最初に言ったよね? 嘘は必ず暴かれるものだよ」


「うう……っ。ごめんなさい。私は知りたかったんです」


「それは君を大切に思っている人たちを騙してまで知らなければならないことだったのかな」


「騙すだなんて。私は本当のことが知りたかっただけです。直接聞いたのでは誰も教えてくれないと思ったんです」


「誰も嘘なんてついてないよ」


「そんなの分からないじゃないですか。いつもいつも皆さん私のことをすごく褒めてくださるんです。私なんてボスのお手伝いしか出来ない平凡な男なのに。きっと何も出来ないから何かしらを取り上げて大袈裟に称えてくださるんです。私は馬鹿だから、そのうち真に受けて図に乗ってしまいそうです。だからいつか醜態を晒す前に本当のことを知りたかったんです」


「うそくんが馬鹿だって意見には賛成だな」


「うっ。ボスはもうちょっと私に気を遣ってください」


「馬鹿を馬鹿と言って何が悪い。さっきも言ったけど僕は怒っているんだよ。僕は嘘は嫌いでね」


「ごめんなさい」


「ふん。それで知りたかったことは分かったのかい?」


「分かりません。友人のふりをして私のことを訊いてみても、皆さんやっぱり褒めてくださるんです」


「まったく呆れた子だね。それが本当のことだとは思わないのかね」


「だって、私はこれと言って取り柄も無いつまらない男なのに」


「本当に救いようが無いな。いいかいうそくん、一度しか言わないからよくお聞き。僕は君のことをとても優秀だと思っているし、君無しでは僕の仕事は立ち行かないよ。君のお説教が好きだし、君のいれてくれる紅茶は最高だ。他の飲み物やご飯もね。こうやって何でもないお喋りをする時間も僕に幸せを運んでくれる。まあ、今は君にお説教をしているんだけどもね。とにかく、君はとても大切な僕の助手だ。これも初めに言ったよね。僕の助手は君以外には考えられないよ」


「ボス……」


「ほらほら。湿っぽいのは嫌いだよ。冷める前に紅茶をいただくとしよう。君の紅茶は最高だよ。ああそうだね。さっきも言ったけどまあいいじゃないか。ケーキも食べよう。うそくんは苺に目がないだろう。特別にたくさん乗せるようお願いしておいたんだ」


「はい。ありがとうございます」


「おやまあ、随分殊勝じゃないか。うそくんらしくもない。そんなことより目の縁につけまつげがついてるよ」


「ついてません」


「ついてるよ。ほら、ここんとこ」


「そんな筈ありません。ちゃんと何度も確認しています。ボス、嘘は嫌いだって仰ったじゃありませんか」


「これは嘘じゃないよ。ちょっとした悪戯けさ」


「屁理屈を」


「くすくす。うんそうだね。うそくんはそんな間抜けじゃないよね」


「当たり前です。今回の変装だって結構自信があったんです。どうして私だって分かったんですか?」


「どうしてってうそくん」


「何ですか。ちょっと笑いすぎですよ、ボス。そんなに変な質問ですかね?」


「いやいや。本気で言っているのかい? いや参ったな」


「笑ってないで教えてくださいよ。ほら、フォークなんて振り回さないで。お行儀悪いですよ」


「ねえうそくん」


「はい」


「僕はね」


「ごくり」


「二本足で立って歩いてその上喋るカワウソなんて、うそくんしか知らないよ」


「え」


「カワウソが立って歩いてその上喋ってたら、まず『うそくんかな?』って思うよ」


「ええっ」


「そう思って見る者を相手に変装するのは至難の業だよ」


「なんてこと」


「でも、とても上手に出来てたからなにも嘆くことはないと思うな」


「ちょっと待ってください。まさか他の方たちも……」


「うんまあ。分かっちゃうよね」


「ソンナバカナ……。ボス、私ちょっと謝りに行ってきます」


「二人とも喜んでたから大丈夫じゃないかな。ケーキ屋の主人は女の子が来なくて残念がっているかもしれないけどね」


「ボスがバラしてたんじゃないですかー!」


「ケーキ屋だけだよ。あの人は素でどうして女の子の格好をしてるのか訊ねそうだから釘を刺しにね。ご婦人方は洒落が分かるから」


「うう。恥ずかしい」


「自業自得だよ。当分揶揄われるのを覚悟しておくことだね。ほら紅茶が冷めてしまうよ。最高の物は最高のうちにいただかなくちゃ。ああいい香りだ。うそくんが僕の助手で本当に好かったよ。これからもよろしくね」


「はい。こちらこそよろしくお願いします」


「宜しい。さ、いただこうじゃないか」


「はい!」


  🍀


 何の変哲もない街の。

 何の変哲もない事務所。

 ポンコツだけど腕の立つボスと、

 可愛くて優秀な助手の。

 何の変哲もない或る一日の出来事。



  🌱🌱おしまい🌱🌱

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助手のうそくん 早瀬翠風 @hayase-sui

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