第2話 質問S.E.Y.A.
(なに…これ…。)
私は今度こそ、本当に頭が追いつかなくなってしまった。
〜狂おしい程咲き乱れて
裸のまま僕を受け入れて〜
先程までの曲調とは一変、ハードロックとは程遠い綺麗なメロディ、歌声、そして切ないほど私を見つめる目から、目が離せなかった。何なんだこいつは…。一瞬で乙女のハートを掴んでしまった。ただのハードロックが中心のバンドなら、こんな事はないはずだ。
seyaとは、一体何者なのだろう。そして、このバンドは一体どんな力を隠し持っているのか…。私はあの一時で、seyaのファンにならざるを得なかった。
と、なれば当然ライブに行きたくなる。そうすると必然的にバイトをしなくてはならなくなる。
「バイトする理由が…出来たぁ!」
私は必死にバイト先を探した。そして、すぐ雇ってもらえる所を見つけ、バイトを始めたのだった。全てはバンドの研究の為、seyaの為だった。
さっそくバイトが決まったことをママに伝えると、ママは
「急にどうしたの?すごいじゃない!」
と喜んでくれた。
「就職の前に、まずはバイトから始めようと思って。それから仕事にするには何が良いか見てみようと思って」
理由は全く違ったが、とりあえず喜んでくれれば良い。ほんの少しだけ、親孝行が出来た気がした。
翌日から働くことになり、次のライブまでに何とかお金を貯めようと必死に働いた。花屋だったので、手荒れをすることもしばしば。しかし、そんなことを気にしているわけにもいかなかった。ライブチケットを取るためにバイトをしているのだ。細かい事は気にしていられない。そんな、ある日だった。
私はいつものように仕事を始めた。今日はどんなお客様が来るのか、と考えている時、カランカランと扉の開く音がした。
「いらっしゃいませ」
その人は背中にギターを背負っていた。何だか、この前のライブにいたギターの人に似ている気がする…。
するとその人は、私の顔を見るなり
「君、seyaに"誓い"された子でしょ」
「やっぱり、ライブの時のギターの方ですか!」
まさかこんな所で会ってしまうとは。偶然なのか、はたまた奇跡なのか。
「覚えてらっしゃったんですか。私の顔」
「そりゃあ最前列だし、忘れるわけないよ」
と、彼は言った。
「今日はバイトなの?」
「はい、実は…」
と、私は、あなた達のライブに行く為にバイトを始めたことを素直に伝えた。そして、私もロックシンガーを目指しているのだとも伝えた。
「そうか、僕らのライブに来てくれたのか…」
彼は、喜んでいるようだった。
「はい、と言ってもこの前が初めてだったんですけど…」
「じゃあチケット、あげるよ」
「…え?」
彼は財布の中から、確かにチケットらしい紙を渡してきた。
「またファンが増えたんだ。一枚くらい無料で提供しなきゃ」
「でも私なんかでいいんですか?まだ曲もまともにきちんと聴いたことないのに…」
私が渋ると、彼は
「そんなの関係ないよ」
と言った。
「ファンはファンだ。最近は"ニワカ"なんて言葉が使われるけど、そんなの関係ないと思うんだよね」
「本当に、ありがとうございます…!」
私は涙が出そうになるのを堪えた。バンドマンはもっと突っ張っている感じかと思っていたのに。
「でも、次はここで働いたお金でチケットを買って欲しいな」
「もちろんです!次のライブの告知、待ってます!」
彼は薔薇を一輪買って、帰っていった。
家に帰りチケットの細工を見ると、ライブは一週間後に迫っていた。このライブで次のライブの告知があるかもしれない。私はそれまでに、出来るだけのお金を稼ごうと思った。そして、あのseyaに会いに行くために…。
その日の夜。ママは私に
「最近どうしちゃったの?」
と聞いてきた。
「ずっとバイトで。やる気が出てきたのかしら」
「そうだよ。でなきゃここまでしないから」
と、私は嘘の証言をしたが、ママは信じてくれたようだった。
「美咲がやる気になってくれて良かったわ」
と、ホッと胸を撫で下ろしていた。
(ママ、嘘ついて、ごめんね。)
ママはきっと私が就職する気でいると思っているだろう。違うとわかった時、ママはなんというだろう。怒るだろうか、悲しむだろうか。私には、まだわからなかった。
一週間後、私はまたこの前のライブ会場にいた。もう、少し懐かしいような感じがした。そして、この前と同じように証明が暗くなる。私は花屋で再開したギターの彼と、seyaの登場を待った。
ギターの彼が出てきた。この前、花屋で会った面影は全くなく、髪の毛もツンツンにとんがらせていた。そして、最後の一人、ボーカルseyaが姿を現した。この前と同じようにファンを盛り上げる。もう私も乗り遅れることなく、周りのテンションに付いていく。そして曲紹介も無いまま、一曲目に突入する。
〜足音が聞こえるわきっと彼ね
淡い恋に想いを寄せて〜
この前とはまた少し違った曲調だ。目線は女性目線だろうか。曲の作詞作曲は誰がしているのだろう。私は更に、seyaから目が離せなくなった。この前と同じ状況だ。私はもう、seyaしか見れなくなっていた。この前の事もあるから、尚更だ。
ライブの中盤まで来ると、質問コーナーが始まった。seyaのスペルS.E.Y.Aを取り、"質問S.E.Y.A"という名前のコーナーらしかった。会場に入る前にアンケートを取られたのはこの為だったかと、この時思った。
「みんなね、今日入口でアンケート書いてもらったと思うんですけど、その中からS.E.Y.Aと順番にこの箱からランダムで質問をぶちかましたいと思います!」
やはりラフなトークコーナーの時は、物腰は柔らかだ。バンドマンはみんなこうなのだろうか。
「じゃあ早速質問S!えっと…初めてのキスはいつですか。いやー初っ端から激しいな!」
周りから笑いが起きた。先程まであんな激しい曲を演奏していたのに、何と切り替えの早いことだろう。
続いて質問E、質問Yと続き、最後は質問Aだけとなった。
「じゃあ最後の質問ね。質問A!まぁ最後の質問に質問Aも変かもしれませんが…じゃん!
"ロックを、やろうと思ったきっかけは何ですか"
「っ!」
これは、私が入口で書いた質問だ。まさか当たるとは思わなかった。
「うーん、そうだなぁ」
と、メンバーも真剣に悩み始める。
「俺は」
と、最初にseyaが声を上げた。
「最初は路上で弾き語りしてたんですよ。まぁそれと並行してバンドもやり始めたんだけど。その後メンバーチェンジが何回かあって、今のメンバーに固まったって感じかな。でもあの頃のメンバーが、いなきゃ今の俺はいないし、今のメンバーがらいるから俺も今こうして歌わせて貰ってるって感じです」
seyaが話終わると、周りからは拍手が起こった。私も釣られて拍手をした。
「お前の後やりずらいだろ!」
と、他のメンバーが笑いながら言っていた。私は、素晴らしい資料を持ち帰る事が出来ると思った。路上ライブは、今まで考えてもいなかった。私は気持ちの良い状態で、会場を出ることが出来た。
帰り際、私は小走りで帰っていた。少し帰りが遅くなってしまったのだ。早く帰らないと、ママが心配する。そんな事を考えていた時だった。
「…ひっ!」
薄暗い街頭の真下で、人が座り込んでいた。しかし、こんな時間にどうしてこんな所にいるのだろう。もしかして、具合でも悪いのかもしれない。
「あの…大丈夫ですか?風邪引きますよ」
すると、今まで下を向いていた主が、顔を上げた…。
「せ、seyaさん?!」
その人は、紛れもないあのseya本人だった…。
夏の匂いは君の匂い 早乙女なな @SAOTOMENANA
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