夏の匂いは君の匂い
早乙女なな
第1話 ロックシンガー
朝起きると、ママが怒鳴っているのがわかった。
「起きてよ、もう!仕事しないから家事くらいして!」
うるさいったらありゃしない。私は布団を再び被った。
私は去年大学を卒業したばかりだった。しかし、しかし私は…まだ夢を追いかけていた。
ロックシンガーになる。その夢だけが、私の生活を中心に回っていた。いつか大舞台に立って、自分の歌いたい歌を歌いたい。でも、そんな事は現実では通用しない。
いくら夢があるといっても、可能性がない限り無理に近い。私はこの「無理」という言葉が嫌いなのだが、ママはこれを事ある毎に使う。
「あんたには無理だ」
「無理に決まってるでしょ。早く仕事先でも見つけなさい」と。
夢のためバイトをするアーティストは沢山見てきた。しかし、私にはそんな勇気はない。いや、ただ単に面倒臭いだけなのかもしれない。
さて、私がどうしてロックシンガーを目指すようになったのか…それは、自分もよく覚えていないのだ。笑ってしまいそうになるが、これは本当なのである。気付いたら、ロックシンガーを追いかけていた。しかし、気付けば一年も、親の家に居候していた。流石にまずいとはおもうのだが、これがどうしたら良いものか分からない。これと言って目標にするアーティストもおらず、ただひたすら理想のアーティストを描いていた。
「美咲っ!」
もう一度、ママの怒鳴り声が聞こえた。そろそろまずいと思い、私は重い足を持ち上げリビングに向かった。
「あんたね、大学も卒業して居候って、何とかしようとは思わないの?」
これは昨日もママから言われた言葉だ。
「それは昨日も聞いたよ」
私は思うがままを言っただけだった。
「親に向かってその口の利き方は何なの?!」
えぇ…。
「じゃあ言うけどさ」
言ってやる。声を大にして。
「私が小さい時、ママなんて言った?夢はある?その夢を大切にしなさい、いつか叶えるために。夢を持つことは良い事よって、そう言ったよね。私はその言葉を忘れず生きてきた。なのに何?大学に入ったと同時に"就職しなさい"、"夢を追いかける暇があるならバイトしなさい"。矛盾どころじゃない。これじゃただの人形じゃない!ママは私を何にしたいの?ママは結局、良い所に就職した子の母親でいたいんでしょ?!」
私はその勢いで、家を飛び出した、幸い近所は仲の良い人ばかりだ。部屋着を見られても大丈夫だろう。
「おうみっちゃん、どうしたの」
早速、仲の良いおっちゃんに声をかけられた(名前は知らないので、おっちゃんと呼んでいる)。
「またママと喧嘩したの」
私は言った。おっちゃんには前から、ロックシンガーになりたい事は話していた。
「何か行動に移したいけど、目標にする人もいないし、どうしたら良いか分からなくて」
「なら、こいつはどうだい?」
そう言いながらおっちゃんが出してきたのは、一枚のチラシだった。アーティストのライブ告知のチラシだ。
「こう見えてもライブハウスにはよく行くんだけどね。"seya"っていうんだよこいつ」
「せや…?」
全く知らない名前だったが、そこまで認知度は低くないらしい。
「俺こいつのライブチケット貰ったんだよ!だからみっちゃんにやるよ。これ見てちょいと勉強して来い!」
「あ、ありがとう!おっちゃん!」
私はおっちゃんに深く、頭を下げた。
ライブ当日。会場は、少し大きめのライブハウスだった。
これが俗に言うライブハウスだべかぁ〜、なんてデタラメな訛りを考えながら、私は会場内に進んでいった。私はもっと薄暗い雰囲気を想像していたけれど、想像に反して中は少し明るかった。
しばらくすると、会場内が暗くなった。ライブが始まるのだ。さて、"seya"と呼ばれる人はどんなアーティストなのか。どんな歌を歌うのか、早く聴きたくて仕方がなかった。
最初にギター、ベース、ドラムと続いてステージに上がる。そして最後にボーカルらしき人がステージに上がってきた…seyaだ。
「お前ら準備はいいかい!」
お、お前ら?!
どうやら本当にハードロックの人物をおっちゃんは紹介してくれたらしい。
「暴れ回る準備は出来てるかい!」
周りからは"おー!"と歓声が上がる。全く周りの空気に付いていけぬまま、一曲目が始まった。まさにハードロックと言う感じで、周りのファン達は頭を振り回す"ヘッドバンキング"となる動きをしていた。頭が追いつかない…。
私の席はよりによって一番前だったので、何とかみんなに追いつこうと見よう見まねでヘドバンなるものをした。いや、やろうとした。
一曲目も終盤にさしかかろうとしたその時。なんとseyaがステージの下に降りてきたのだ。
(え、えぇ?!)
急すぎる展開に戸惑いながらも、何とかseyaに視線を戻す。今日の目的を忘れたの?何かしら資料になるものを持って帰らなきゃ!
しかしそうも言っていられなかった。今度はseyaがこちらに向かってきたのだ。
周りのファン達が叫び始めた。キャー、ギャー、ワー、色々な叫び声が聞こえた。しかし、seyaはそれも無視し私の方に向かってきた。そしてあっという間にseyaは私の手を掴むと、目を見て歌を歌い始めた…。
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