追われる名監督と夢追う弱小サッカー部 正義は勝つのか? シリーズ〈エピソード2〉

猪股 洋陽

追われる名監督と夢追う弱小サッカー部 




     追われる名監督



 半透明なトンネルを抜けると、そこには黄色い海が波打っている。

 超満員となったホームスタジアムのサポーター達が、我々のチームカラーである黄色の旗を振りながら出迎えてくれている。海が今度は「Forza Gialli(頑張れ黄色達)」という人文字に変わる。

 この街の冬の夜は、氷の靴を履かされているかのように底冷えする。そんな二月の十九時半だったが、スタジアムからは人々の熱気が湯気となって立ち昇っていた。普段から熱狂的な応援で知られている我がサポーター達だが、今日は一段と気合いが入っている。それも無理はない。百二十年の歴史上、初となるヨーロッパチャンピオンズリーグの試合が行われるからであった。地球上には敵がいないという意味合いから「アンドロメダ軍団」という呼び名を持つ、レアル・ユナイデットをホームに迎えての一戦でもあった。エース、クリス・ロナンド一人の年棒だけで、うちの全選手全職員の年棒の合計を上回る。しかも、昨年のオフには合計三百億円をつぎ込み、ブラジル代表とスペイン代表のエースをも獲得していた。

 この大会は各国リーグの上位チームのみが出場を許され、その中でナンバーワンを決めるというものであった。世界の一流選手のほとんどがヨーロッパのクラブに所属しているという理由からも、実質のクラブ世界一決定戦、として世界中から認識されていた。

 プロとしての選手キャリアもない日本人のこの俺が、イタリアのチームを率い、こんなところまで来るとは。

     

 ここまで、数多くの偶然が積み重なった。将来は体育の先生になってサッカー部の監督をしよう、という漠然とした思いは持っていた。そして体育大学を選んだ。そこは体育学では世界的に有名な、ドイツのケルン大学と提携していた。俺は二回生になると、迷わず留学の道を選んだ。

 父親の「これからは英語くらい話せた方が将来色々なことができるぞ」という教育のせいもあり、もともと幼少期から英語は話せた。その甲斐もあってか、ドイツ語もすんなりと覚えることができた。

 留学中にドイツ人の同級生、レーブンと仲良くなった。彼は指導者としても人間としても尊敬できる人物で、留学後もお互いの国を行き来する仲になった。大学卒業を間近に控えた三月のある日、レーブンから電話がかかってきた。

「やあテツ、元気かい。突然だけど、次のシーズンからドイツ三部リーグ、ケルンSVの監督に就任することが決まったんだ」

 俺は喜んだが、あまり驚かなかった。

「お前なら大丈夫だよ。楽しみだな」

「そこで、一つだけ頼みがあるんだ」

「おう、就任祝いに何でも聞いてやろうではないか」

「テツに、アシスタントコーチ兼通訳として一緒に来て欲しいんだ」

「待て待て。何でもいいとは言ったが、俺でいいのか?」

「このチームには、イングランドから来ている有望な若手選手が二人いる。ドイツ語と英語が話せる君に是非手伝って欲しいんだ」

 四月から教員として働くことが決まっていたのだが、俺は結局、単身ドイツに渡ることを決めた。そこからは、レーブンと一緒に毎日頑張った。レーブンの的確で綿密なトレーニングと実直で誠実な選手への対応が、一年目で二部昇格、二年目で一部昇格、という最高の結果を生んだ。

「来シーズンは念願の一部リーグで頑張るぞ」と二人で意気込んでいた矢先に、更なるビッグチャンスが訪れた。

 この成績を買われ、セリエAのサルージャから好待遇なオファーが来た。ここにはアメリカ代表の選手がいることと、ケルンから二人の中心選手を連れて行くということもあり、レーブンは俺と一緒に行くことを条件として提示した。俺にも断る理由はない。新しいチャレンジにワクワクしながら新天地へと飛び立った。

 イタリアでは、グランデ・クワトロと呼ばれる四つの大都市大金持ちクラブが長年、常にタイトル争いを独占していた。よって、サルージャのようなプロヴィンチャ(田舎の弱小)クラブが上位に食い込むことは、奇跡的なこととされていた。

 レーブンは頑張り、一年目は二十チーム中、九位、という好成績を収めた。しかし二年目、十四位とやや低迷している最中に四連敗を喫した時点で解任となった。この国は結果に対して非常にシビアだ。こんな言葉もある。

「サッカー監督には二種類しかない。『すぐに馘首になる監督』と『これから馘首になる監督』だ」

 俺は、レーブンの強い薦めに加え、ドイツ語、英語、イタリア語を話せるという点を買われたこともあり、そのままコーチとしてチームに残れることになった。次の監督はクロアチア人で戦術家として有名なヤコビッチという人物であった。彼は、成績も十位以内をキープし続けるという、この戦力にしては十分過ぎる好調さを見せていた。だが、故郷で内戦が勃発し、残してきた家族が心配だという理由により突如、契約を投げ出し帰国してしまった。慌てたフロントは、取り敢えずコーチの俺を監督にするしかなかった。

 俺のチームは大方の予想に反し、逆に団結を見せた。残り一試合を残し、五位につけていた。

 ホームにて最終節を迎える。すでに今シーズンの優勝は決めていたとはいえ、相手はあの強豪ジュベントスであった。このゲームを二対一でものにし、最終的に四位でシーズンを終えることができた。その結果、翌シーズン、つまり今回のチャンピオンズリーグの出場権も得ることができ、俺自身も監督としての契約更新を勝ち取ることができた。

 ここまでのことが、十倍速で観る映像のように、すっと頭の中を流れた。

     

 キックオフの笛が鳴る。

 黄色い海はアンドロメダをも呑み込んだ。このスタジアムはサッカー専用にできている。周りに陸上トラックなどの余計なものは何も無いので、ピッチと観客席が非常に近い。一番前の席からは三歩でタッチラインに届く距離であった。その、スタジアムを揺り動かす程の大声援にも後押しされ、我々は宇宙人達の攻撃から身を守った。ピッチの中は味方同士の声さえもよく聞こえない。相手は相当やりづらかったであろう。

 結局、ホームでの初戦は、大健闘ともいえる一対一で終えた。が、次のアウェー戦では一対四で負け、敗退が決まってしまった。しかしリーグ戦の方は、昨年に続き五位、という順調な滑り出しをみせていた。更に嬉しいことに、地元テレビ局へのコマーシャル出演というオファーも舞い込み、妻と幼い息子の新(しん)と三人で充実した毎日を過ごしていた。

 まさかここから百八十度、生活が一変するとはこの時点では全く予想できなかった。

 巨大な何者かに追われる日々が始まるとは。


  

     夢追う弱小サッカー部


 

「よーし、という訳で、新キャプテンはソーで決まりな」

「おいおい、どういう訳なんだよ。その前に、背の順で決定、って」

「異議なし」

「異議なし」

 言い返そうとする僕の言葉を遮り、エイちゃんこと村上英貴(えいき)と、マーフィーこと藤沢雅文(まさふみ)が続く。

 何月までを夏って言うんだっけ、と日本人全体が疑問を持ち始めた三十度を超える十月最初の月曜日、新チームのキャプテンは、僕、沢木蒼(そう)に決まった。前日から、冬の全国高校選手権の地区予選一回戦が開始され、例年通り、その日に三年の先輩達は引退となった。

 キャプテンは会議や抽選会に出なければいけないなど、面倒なことも多かったので誰もやりたがる人はいなかった。それを全員で僕に押しつけてきたのだった。

 父や祖父母が言うには、僕の家系は代々見た目もパッとせず、愚直さと真面目さしか取り柄のない男が続いているらしかった。父にはよく、「お前の息子あたりのところで突然変異でも起こって、カッコいい子が産まれないかなぁ」と嘆かれていたが、まず無理であろう。

 エイちゃんは、学校一のワル、だ。正確に言うと、本人から「そう呼んでくれ」と言われていた。よくみるとかわいい目をしているが、眉を細くそり上げ少しでも強くみえるように努力していた。彼は禁止されているバイクで通学し、制服のズボンも腿辺りを太く改造していた。しかし僕とマーフィーは知っていた。彼が、本当に悪い奴らがいる高校の近くは絶対に通らないこと、バイクを学校から離れた公園に停めてそこで太いズボンに穿き替えて来ること、を。

 マーフィーの渾名の由来は、色々な法則を勝手に教えてくれるからということからきている。ほとんどは実生活に役立つことはないが、ごく稀に、いいことを言うときもある。マーフィーとは高校に入ってから知り合った。始めは自分からは全く話さなかったが、慣れてくると徐々にその本領を発揮しだした。よく本を読んでいる、というところは尊敬できるが、どこにそんなものがあるんだというような、例えば「第二次世界大戦の敗因を紐解きながら、もしも日本の指揮をドラッガーが執っていたらどうなっていたのかを考える」というようなマニアックな本も読んでいた。ちなみにこの日、彼がお告げになった法則はこうだった。

「車も人も、黒ければ黒いほど、スピードを、出す」

     

 うちのサッカー部には顧問の先生が二人いたが、どちらも非常に生徒の自主性を重んじるスタイルをとってくれていた。公式戦の時だけはどちらか一人が、全員に分かるくらいの「休みなのに何で出てこなきゃいけねえんだよ」感を出しまくりながら来てくれていたが、練習時には全く顔を見せることはなかった。

試合の時は、相手校に優越感を与える、ということが我々の唯一無二の使命であった。ボールケースを背負い、飲み物の入ったボトルを持って近付いて来る我々の姿が、対戦相手の目には「大勢のカモが葱をしょって、更に出汁までを持参して喰われに来てくれた」と映っていたことだろう。実際に、さんざん相手の良さを引き出させ勝利を献上し、いそいそと帰って行くので、その通りだった。

 エイちゃんは、相手がお坊ちゃま高校の時は、パンツを限界まで下げ、悪態をつきまくり、相手に近づき睨みを利かせたりしていた。が、この前の、本物のワルが多く在籍する工業高校との試合の時は、パンツをきっちりと上げ、接触プレーを避け、相手とは絶対に目を合わさず、粛々とプレーしていた。 

 マーフィーは試合後に言った。

「今日は二つの法則を学んだ」

「おー、一つでもいらないのに、二つもかよ」

 僕がとばした野次にも動じず、一人で続ける。

「目は、細ければ細いほど、喧嘩が、強い」

「パンツの下がり具合、と、警告の出る率、は、正比例する」

     

 そして、僕達には縁のない、全国高校選手権・神奈川県大会決勝をテレビで観ながら十一月が過ぎ、更にもっと縁のない、全国大会をテレビ観戦しているうちに一月も過ぎた。

 やがて、何十年か振りの大雪に見舞われ、普段の練習では見せたこともないような懸命さで、雪ダルマやカマクラを作っていた、そんな二月の始めに、我々にとっての大事件が起きる。僕は生まれて初めて「神様ありがとう」と思った。



     追われる名監督



 最初にその危険性を感じたのは、とあるオフの日だった。その日は、妻と息子とロングドライブに出掛ける予定だった。

 我々三人はローマの都心から少し離れたところに住んでいたが、全員がこの場所を気に入っていた。コロッセオ、バチカン市国などの歴史的な建造物も数多くあり、ブランドショップが連なるショッピング街も近い上に、牛や馬が放牧されている綺麗な山あいの風景も楽しむことができた。京都と銀座と北海道のいいところを味わえる、というところだった。

 ここから少し離れたところに、山全体がひとつの城のようになっているサクロモンテという観光地があった。頂上付近に景色も味も非常に評判の良いレストランがある、との情報を妻が調べていて、この日はそこを予約していた。簡単な朝食を取り、身支度を済ませ、車で出発した。数分後、最寄りのインターチェンジから高速道路に乗ろうとした辺りで、三歳になる息子の新が慌てて叫んだ。

「あー、タローのご飯を用意してくるの忘れた」

 一旦、車を脇道へ停車させる。この辺りはローマとはいえ田舎街だ。道も広く車もあまり通らないので、他人の迷惑にもならない。

 俺は「一日くらい大丈夫だろ。夜には帰るんだし」と言ったが、

「えー、可哀そうだよ。タローはおじいちゃんなんだし」

「それじゃあ気になって、心から楽しめないわ」

 新と妻が続いたので、面倒だったが再び家に戻ることにした。タローというのは、人間でいうともう八十歳くらいになるシェパード犬だ。非常に賢い犬で、若い頃は麻薬捜査犬や爆弾処理犬としてもトップクラスの成績を誇っていたらしい。

     

 タローと初めて会ったのは今から十数年前、俺がまだ高校生の時だった。同じサッカー部に父親が動物病院を経営している友人がいた。たまたま借りていた本を返しに彼の家に行った時に、大ケガをして救急で運ばれてきた犬がいた。それがタローだった。

 病院に入っていく時、一瞬目が合った。苦しそうだったが、優しそうな目をしていた。俺は気になり、手術が終わるまで彼の家にいた。彼の父親はその道の権威として有名だったそうだ。とてもいい人で、俺も普段から好感を持っていた。

 手術後、様子を教えてくれた。

「この犬はとても賢くて優秀だったそうだ。今回、麻薬捜査犬として借り出されたのだが、犯人を突き止め捕まえた際に、拳銃で左目と左前足の付け根を撃たれてしまったようだ」

「それで、手術は上手くいったんですか?」

 興奮していた俺は、権威に対し、失礼な質問を投げかけてしまう。

「手術自体はうまくいったよ。命にも別状はない。但し」

 どう俺に伝えるべきかを迷っているようだった。

「彼はもう真っ直ぐに歩くことはできない。それに、もうかなりの高齢でもある」

「それで、この犬はどうなるんですか?」

 先生は口元は笑おうとしていたが、目はその逆だった。何も言わない、ということが答えを物語っていた。さっき見た、あの犬の目が忘れられない。俺は両親を説得して、この犬を引き取りに来ようと決めた。

「後日この犬を引き取りに来ます。それまで看病をお願いします」と言い置き、その場から走り去った。

 帰りながら少し冷静になる。引き取りに行くとは言ったものの、両親をどう説得すればいいのか。動物好きで優しい母親はまだしも、生真面目で堅物な父親をどう説得すればいいのか。高い壁に仕切られた出口のない迷路に入り込んだような気分になる。

 家に帰ると、勇気を振り絞って両親に思いを告げた。母親の方は、何とかなりませんかねえお父さん、というような雰囲気を醸し出してくれた。しかし問題はその家長の意見だ。

 しばしの沈黙の後、むすっとした声で、父親はこう言った。

「まずは、今度の日曜に、犬小屋を作らなければいけないな」

     

 タローは俺が最初にドイツに渡る時から一緒に連れて来ていた。

 タローへのエサやりのために家へと戻る、その途中、それは起こった。

 車の右側の二つのタイヤが急に外れたのであった。あまり車の通らない田舎道だったので、少しスピンはしたものの大事には至らなかった。二つのタイヤが偶然に外れる、ということはまずあり得ないだろう。右側には妻と息子も乗っていた。これが高速だったら、と思うとゾッとして冷や汗が止まらなかった。

 翌日、俺の携帯電話に見知らぬ宛先からのメールが届く。

〈昨シーズン最終節のジュベントス戦について、何か隠していることがあったら言え。さもなくば、もっと酷いことがお前や家族に降りかかることになる〉



     夢追う弱小サッカー部



 そのネーミングに誰もが異議を唱えないであろう「学校一の人気者」北川まりあが、我がサッカー部のマネージャーに就任することが決まった。経緯はよく分からなかったが、彼女曰く「腰を痛めてしまったことも含め自分でプレーするのはやり尽くした。今度は人の応援がしたい。他の部は全てマネージャーが禁止だったので」という理由らしかった。うちの高校は市内でも一、二を争う進学校だった。校則や規則も厳しく、部活の顧問も真面目で厳しい先生が多かった。そういった側面からも、マネージャー制度を禁ずる部活がほとんどだった。

 僕達サッカー部員は、あの、全く部に関心のない顧問に対し、胴上げでもしたくなる程の感謝の念を抱いた。

     

 まりあと僕は家が近所で、幼稚園から高校まで一緒で、親同士も仲が良かった。もちろん僕も周りの皆同様に彼女のことが好きだった。が、僕とまりあとでは、あらゆる面で違い過ぎた。彼女は昔から長身でスタイルも良く、運動神経も抜群だった。中高とバスケ部のエースとして活躍し、県の選抜などにも入っていた。それだけでも十分なのに、ショートカットの似合う小さなその顔は、かわいさと綺麗さを兼ね備え、更に彼女は誰にでも分け隔てなく優しかった。

 僕の方は、顔もいたって普通ということに加え、とにかく昔から背が小さかった。すばしっこさは持っていたので身長の割には運動会などでも頑張っていたが、中学を卒業する時点で百六十センチに満たなかった。ディズニー映画に例えたならば、華麗に舞う「プリンセス」と、その周りをせわしなく飛び回る「ハチ」といった感じであろう。まりあからすれば僕の存在は、近所のハチの名前なんていちいち覚えてられないわ、という程度だったはずだ。

 高校へ入ってから僕の背の方は驚異的な伸びを見せ、一年の間に百七十くらいのまりあを抜き、二年の終わり頃には百八十を超えた。しかし、普通の顔の弱小サッカー部員の僕の辞書には〈女子にモテる〉という言葉は、何度探しても載っていなかった。バレンタインデーには「貰う雰囲気だけでも」と、エイちゃんマーフィーと密かに交換する、ということがいつしか恒例となっていた。

 まりあの方は、〈男子にモテない〉ということは〈今日は酸素がない〉というくらいのあり得なさであったろう。彼女がマネージャーに就任してからは、どの高校へ試合に出向いても連戦連勝だった。

 校内に入っていく我々を見た相手は、始めこそは「カモネギ出汁付きが来たよー」と、いつもの反応を見せる。しかし、最後尾の人物、つまり、まりあが入って来たところで形勢は一気に逆転する。マネージャー同士を見比べた後、「今日もうちの完勝だな」と、僕達はアイコンタクトを取り合う。相手も悲しいかな、これは完敗だ、という顔色を隠すことができない。

 試合後、サッカーの結果ではいつも通りの大敗を喫しながらも僕達は「いやー、今日もコールド勝ちでしたなあ」と微笑み合う。

「もう、何言ってんのよ。どこが勝ちなのよ」まりあは怒る。怒った顔もまたかわいいので、僕達は密かに喜ぶ。

     

 まりあが来てからは、部員の出席率が非常に高くなった。今までならば、擦り傷、深爪、歯医者、散髪、ドラマの最終回、練習を休む理由は数え切れない程あった。が、今では「自分だけがまりあに会う回数を減らしてなるものか」と、誰も休もうとはしなくなった。あれほどまでに部に関心のなかった顧問達も、よく練習に顔を出すようになった。

 四月になると新一年生の中から、陸上部やラグビー部に内定していた運動能力の高い子達もサッカー部に入って来た。

 男という生き物は、こうも単純なものなのであろうか。

 少し前に、マーフィーが「男とはこういうものなのである」と、ある高名な生物学者が雑誌に連載しているエッセイを見せてくれたことを思い出す。そこにはこう書いてあった。

「もともと生物界には雌しかいなかった。しかし強い子孫を残し続けるためには多様性があった方が有利だ。そのために雄は造り出された。よって、雌には『子供を産み育てる』という生きる意味があるが雄には、雌の産む子供に多様性を持たせる、ということ以外に存在する意味はない。雄はいなくてもいいもの、なのだ。もともとあるはずもないのに、生きる意味などを考え探そうとするから、鬱になったり自殺したりする。そして、仕事や趣味、生きがいなど、すがるものを持たずにはいられない」

 雄にとっては残酷だがこれが現実なのか。しかし今の僕達には、毎日まりあと一緒に過ごす、という生きる意味があった。

 数ヵ月後、彼女が入院することになるまでは。



     追われる名監督



 隠していること、と言われてもそんなものはあるはずがない。その前に、なぜ俺のアドレスを知っているのだ。一体誰がどういう理由で俺を追うんだ。考えれば考える程、恐怖の闇に包まれていく。

     

 少し前に、ここイタリアサッカー界ではかなりスキャンダラスな事件が起こっていた。シーズンオフに、優勝常連チーム、ジュベントス監督ロッシーニの妻ミランダと、チーム内の若手選手の不倫関係が表面化した。ミランダは元モデルであった。その美貌には文句はないが性格はかなり悪い、との噂はかねてからあった。二十以上も歳の離れたロッシーニとの結婚生活も、完全に財産目当てだろう、と中傷され続けていた。

 不倫関係がばれた、というところまではさほど珍しい話でもないが、その直後、二人はドライブデート中に事故死してしまう。更にロッシーニ監督も謎の失踪をする。この一連の件に関しては、ワイドショーなどで色々な憶測も飛び交ってはいた。が、すぐに全てがうやむやになっていった。何か強大な力に揉み消されているかのようであった。だが、それらは俺には関係のないことであり、俺が追われる理由は、皆目、見当もつかなかった。

 再び、事件は起こる。

 今度は家に火が付けられた。幸いにしてうちには賢い番犬がいたため、事無きを得ることができた。いち早く異変に気付いたタローのお蔭で、ほんの少しのボヤ程度で済んだ。さすがに怖くなった俺は、ここまで非常に俺をかわいがってくれていたサルージャの会長にだけは全てを打ち明けた。

 家族を連れて、一旦、日本に避難することを決めた。会長も理解してくれ、対外的には、テツは病気療養のため一時休養する、ということにしてくれた。

     

 三人で帰国すると、すぐに妻と息子を妻の実家へ預けた。俺はタローと一緒に、ビジネスホテルやウィークリーマンションを転々とした。人が多い所の方が安全だろうと考え、都心付近に滞在していた。ここまでの貯金やコマーシャル契約料などもあるため、何年かは十分に暮らせるだけの金はあった。しかしいつも何かに追われている、というこの恐怖からは逃れることができない。

 帰国後、一週間程たったある朝、〈家族の安全のためにも、あの最終戦について早く知っていることを言え〉という、例の得体の知れないメールがまたもや携帯に送られてきた。イタリアを離れ、携帯電話も変えたのに、なぜこんなにもすぐに突き止められてしまうのか。なぜ俺を追うのか。

 一体、誰が?



     夢追う弱小サッカー部



 突然、まりあが入院することになった。

 僕達は青天の中でいきなり霹靂に打たれた。しばらくの間、面会謝絶状態が続く。その知らせから病状の重さが伝わってきてしまう。真夏の太陽が近い位置から容赦なく照りつけてくる七月の終わりだったが、僕達サッカー部員は、まるでその太陽を失った地球のような状態に陥っていた。

 一週間後やっと面会可能となったため、エイちゃんマーフィーと一緒にお見舞いに行った。久し振りに会うまりあは、明るく振舞う。

「どう、鬼マネージャーがいなくなって、皆、せいせいしてるんじゃない?」

「いやー、もうお蔭様で、伸び伸びできて、背もまた伸びちゃったよー、なあエイちゃん」

 僕も負けじと、無理やりながらも明るく返す。

「おう、俺もほら、お蔭で、髪の毛も伸び伸びだぜー」

 横を見ると、エイちゃんの目にもうっすらと涙が溜まっていた。

「まりあというマイナスがマイナスされたことで、部はプラスになったのである」

「おー、マーフィー、うまいこというねー」

 僕達は何かを喋っていないと三人とも泣き出してしまいそうだった。まりあは、少し嬉しそうにそのかわいい顔を綻ばせようとしたが、同時に痛みを堪えているようでもあった。明らかに顔も体も痩せ細っていた。まりあのお母さんは一緒に室内にいたが、洗い物や花の水を換えたりしながら、こっちを見ることはなかった。一回、少し肩が震えていたような気もした。

「こんなとこにいたら俺達まで病気になっちまうぜ。長居は禁物だ。さあ退散、退散」

「また明日くるよ」 

 必死で悪びれるエイちゃんに続き、僕も声を掛け、病室を後にした。外へ出てすぐのところで、おばさんに呼び止められた。

「ごめんね、ソーちゃん、それからお二人も。色々と心配かけちゃって。ちょっとだけいい?」

 僕達は、よく手入れの行き届いた広い中庭のベンチに腰掛けた。横では噴水が色々なバリエーションで、大きくなったり、小さくなったり、を繰り返していた。

 おばさんからまりあの病状を聞かされた。病名は覚えられなかったが、なんとか肉腫、という主に十代の子供が罹る骨の癌だそうだ。旦那さんとも相談した結果、まりあにも皆にも隠さず真っ向から病気と闘う、ということにしたらしい。この病気は悪性度が高く、極めて進行が早いそうだ。手術の成功率も低く、術後の五年生存率は六十パーセント、十年生存率は三十六パーセント、だそうだ。

「あの子は最近は、部活で一緒のあなた達の話ばかりしていたわ。だから先に言っておこうと思って」と、おばさんは言った。あれほど若くて綺麗だったのに、急激に老けてしまっているのが悲しい。

     

 家までの帰り道、僕達は初めて何も喋らずに歩いた。

 心が豆腐のようなものでできているとして、それを何者かの手でギュッと握られているような痛みを感じていた。途中にある河川敷の、まだ少し昼間の熱が籠っているアスファルトに寝そべった。誰もが一人になりたくなかったのだろう。徐々に濃くなっていく月と北極星をただ眺めていた。

 やがて誰が言うともなく、三人で河川敷を走り始めた。五十メートルくらいのダッシュを三十本、四十本、とひたすら繰り返した。途中からは訳の分からない言葉を叫びながら走った。涙を、流れる汗で隠しながら僕達は倒れこんだ。

 しばらくしてから、少し冷静になった。

「でも、一番辛いのは、まりあと両親だよな」

「とにかく、俺達にできることをするしかないよな」

「確率なんて糞喰らえだ。俺達だって明日死ぬ確率が0.000一パーセントだとしても、それが来てしまえばおしまいだ」

 僕、エイちゃん、マーフィーの順に口を開いた。

     

 その夜、四月にまりあと夏の総体地区予選抽選会に行った時のことを思い出していた。それは本来ならば先生が行くべきものだが、うちの二人の顧問は常にそういった案内を見て見ぬふりをしていた。

 マーフィーは言う。

「もしも『見て見ぬふり選手権大会』があったら、あの二人なら全国でもベストテン入りは間違いないな」

 一緒にいた、まりあも話に加わる。

「途中であの二人が対戦したら、大会史上に残る大激戦になるだろうね」

「ソーがでたら、一回戦で0対九十八くらいで撃沈されるだろうな」

 エイちゃんも続く。

「ちょっと待て。そんな凄い人は大会案内自体も見て見ぬふりをするから、意外と出場して来るような人はたいしたことはないかもしれない」と僕は三人に説く。

 くだらないことを話し終え、電車で三つばかり隣の抽選会場となっている高校へと向かった。校門を出て一人、駅へ向かい歩き出す。

 すると、後ろから聞き慣れたかわいい声が聞こえる。

「拙者、本日暇なため、道中お伴いたしましょう」

「誠に、かたじけない」

 僕もふざけて返したが、心の中ではガッツ石松のそれよりも何倍も大きなガッツポーズを繰り返していた。

 依然として僕とまりあの間の、プリンセスとハチ、という関係に進展はなかったが、(これは考えようによってはデートだよな、うん、デートだ)心の中の石松が右拳を挙げている。まりあがいるというだけで、面倒臭さこの上ないただの抽選会が、一気にドキドキワクワクの大イベントへと豹変した。

 まりあは気付いていないだろうが、彼女と一緒に、特に二人で歩いていると、周りの男性陣からの視線が痛いほど突き刺さってくる。それは嫉妬、羨望、などだと思うが、この日も抽選会場や電車内で普段僕が味わうことができない「優越感」を存分に味わえた。

 抽選会は大会の勝ち負けがかかっているため緊張感が漂っていたが、どうせどこと当たっても一回戦負けの僕達にはどうでもいいものだった。抽選会が終わると、まりあが「最近運動不足だし、帰りは歩いて帰ろうか? 天気も良いし、川沿いは桜も綺麗だしね」と言ってきた。(桜よりもお前の方が断然綺麗だよ、なんてことを言えるわけがない)僕は、内心では石松が踊りまくっていたが、「いいよ」と呟くだけだった。

 暮れなずむ夕焼け空のオレンジと、風に舞う桜のピンクと、それらをゆらゆらと映す水面のブルーが、絶妙なハーモニーを醸し出していた。その風に乗って隣のまりあからは、シャンプーなのか石鹸なのかは分からないが、とてもいい匂いが漂ってきた。既に石松の方は狂喜乱舞でぐるぐると走り回り、バターとなっていた。

 川沿いを、他愛もない会話をしながら歩いていただけだったが、本当に楽しかった。別れ際、まりあが綺麗な桜の花びらを拾いながら「はい、これ。初デートの記念ということで。じゃあね」と言った。完全なる冗談なのか、モテないお前にとっては初めてだろ、という意味なのか、よく分からなかったが僕はその花を一生大事に持ち続けた。

     

 翌日から、何もしてやれないことに変わりはないが、朝、学校へ行く前に病院に寄ることにした。まりあも僕に気付き、窓から手を振る。朝、まりあの顔を見てから学校へ行くということが日課となった。途中からエイちゃんマーフィーも加わって来た。

 既に僕達三人以外の三年生は、六月に行われた夏の総体予選敗退時点で引退し、大学受験へ向けて予備校に通い始めていた。秋まで続ける三年生は、よほどその種目に秀でているか、現役での進学を諦めているか、のどちらかであった。僕達がそのどちらなのかは言うまでもないだろう。更にまりあが最後まで続けると言ったから、という理由もあり、というかそれが全てだが、最後の選手権予選までは頑張ろうと決めていた。

 まりあの入院後、僕達三人は完全にやる気を失っていた。だが、体を動かしていないと余計な心配ばかりして気が狂いそうだったので、夏休み中も後輩達と一緒に毎日部活に顔を出していた。

     

 夏休みが終わり、始業式の日が来る。

 部活帰りにお見舞いに行った。その時初めて、まりあと大喧嘩をした。

 この病気は進行が早い上に体のあちこちに転移しやすい、という極めて危険なものだった。痛みも酷く眠れない時もあるそうだ。有効な治療方法もなく、せいぜい抗がん剤で進行を遅らせるということしかできないらしい。手術を受けなければ手遅れになるというところまできているが本人はそれを拒んでいる、との話を昨日おばさんから訊いていた。

 僕は、まりあに治って欲しい、との一心から「手術を受けて欲しい」と伝える。まりあは始めこそは冷静だったが、次第に涙を落としながら激昂した。

「体中を切り刻まれて、しかもそれが成功する可能性の方が低くて、更にその後十年も七割は生きられないという、今のこの私の気持ちが、他人のあなたに分かるの!」 

 僕はうなだれることしかできない。

「今だって、抗がん剤のせいで頭なんてこうよ」

 まりあはかつらを投げ捨てる。ところどころ髪の毛が無くなっている部分が見えた。

「こんなんだったら、もう死んだ方がましよ!」

 僕も一緒に泣きながら「それは違う」と懸命に声を絞り出す。自分でも、何をどう言うべきか全く分からなった。真っ白な頭の中から言葉が勝手に出ていた。

「まりあが死んだら悲しむ人間が沢山いる。僕はこの先もずっとまりあと一緒に生きていきたい。できれば結婚して欲しい。男の子が産まれたら二人の名前を合わせて『そうま』にしよう。まりあの顔と運動神経を受け継いだらきっとスターになる」

「何を言ってるのか、自分で分かってるの? 私の生きれる確率は」

「確率がなんだ。僕が明日事故で死んだらどうなる。十年後どうなるかなんて、誰にも分からないだろ!」

 何でお前が怒っているんだ、という奇妙な空気がしばしの沈黙を生む。

 お互いに少し落ち着きを取り戻した。

「分かったわよ。そこまで言うんなら、ソーも低い確率に打ち勝ってみてよ。サッカー部が全国大会に出場できたら、言う通りにするわよ」

 僕は(おいおい、ちょっと待ってよ。僕達の今までの戦績を知らないはずはないよね。しかもうちの県に、昨年二年生メンバー中心で全国準優勝だった桐陽学園がいるって知ってるよね)と思うが、口にはできない。

「わかったよ。やってやるよ。その代わり夕方のお見舞いは来れなくなるけど寂しがるなよ」

 そのまま病室の外へ飛び出した。外にはおばさんが一人立ちすくんでいた。買い出しに行っていたみたいだが、途中から室内に入りづらかったのだろう。

「下まで送るわ」

 二人でエレベーターに乗る。

「ごめんね、本当はあんな子じゃないのに」

「大丈夫だよおばさん。そんなことは僕達が一番良く知ってるよ」

「ソーちゃん」

 おばさんの涙が溜まった目の下には、大きな隈ができていた。

「とにかく僕は試合で勝つ。そしてまりあは病気に勝つ。それから僕達は結婚する」

 おばさんは泣きながら笑っていた。



     追われる名監督



 恐怖と不安の中での、俺とタローの二人暮らしは続いていた。妻や息子には危険が及んでいないことだけが救いではあった。いつでも現場復帰できるようにと、なるべく生活のリズムは監督時代と同じように保っていた。

 朝早く起き、タローと散歩し、朝食では野菜や果物をしっかりと摂る。それから、元アシスタントコーチのミルコが送ってくれるセリエAの毎週末の全試合に目を通す。また、ドイツの二部リーグで再度、奮闘中のレーブンともメールでやり取りしながら、ブンデスリーガやチャンピオンズリーグの最新情報も学んでいた。夕方は自分のトレーニングとタローの散歩も兼ねて、近所にある河川敷のグランドへと出向いていた。そこで走ったり、ベンチで腹筋をしたり、サッカーゴールにつかまって懸垂をしたりしていた。     


 八月二十二日、この日は新の四歳の誕生日だった。新幹線の指定席も予約し、妻の実家がある神戸へ行く準備をしていた。早朝、駅から地下鉄に乗り、新横浜駅へと向かう。途中、またミスを犯したことに気付く。前と一緒だ。タローの明日の分のご飯を用意してくるのを忘れた。これでは妻と息子に怒られてしまう。お気に入りの一番前、窓際の指定席を断念し部屋に戻った。  

 一時間程遅れてしまったが、無事昼過ぎには神戸に到着し、久し振りの家族との団欒を味わった。もっと長く居たいという思いも強かったが、家族の安全を優先し翌日の朝には神戸を出発した。新幹線の窓から夕暮れ時の富士山を眺めながら、ニヤついてしまっている自分に気付く。

 途中で名古屋に寄って来た。そこには俺の通っていた大学があった。ちょうどいい機会だったので、久し振りに大学時代の恩師や仲間達と会うことにしたのだった。そこで少し懐かしく嬉しい出来事があった。

 うちの大学は体育面での設備においては国内でもトップクラスを誇り、オリンピック選手も多数輩出していた。サッカー部も当時では珍しく、人工芝のグランドを保有していた。そこでは部の練習前やオフの時などに、地元の子供達のためのサッカースクールも行っていた。思えば俺の指導者としての第一歩も、そのスクールの手伝いから始まっていた。

 仲間達との待ち合わせのためグランドで待っていると、当時と同じようにスクールが行われていた。コーチをしている学生の中で、ひと際体格の良い子を見つけた。よく見ると、かつてここで俺が指導していた時にスクールに来ていたリョウタという子だった。

 これは後から聞いたのだが、彼は地元の高校では大スターであり、年代別の日本代表候補にも選ばれているらしい。進路は引く手あまたにもかかわらず、うちの大学を選んだそうだ。本当は彼のような選手は自分のトレーニングに専念していればよく、試合に出ない一回生がコーチとして借り出されるのだが、リョウタは自ら進んで顔を出しているらしかった。

 初めてここで会った時、リョウタは小四だった。当時のことはよく覚えていた。四~六年生までが一緒に練習していたが、その時のメンバーは非常にレベルが高かった。下級生で初心者のリョウタは皆から相手にされなかった。特にグループでの競争形式のトレーニング時などは、皆、負けたくないため誰もリョウタとは仲間になりたがらなかった。俺はいつも、一人寂しそうにしている彼の相手をしてあげていたのだった。

 今、リョウタは俺には気付いていないが、寂しそうに立ちすくんでいる初心者の子を見付け、相手をしている。あの時、俺がリョウタに対してずっと言い続けていたことと、全く同じ言葉を投げ掛けながら。

「いいか、どんな名選手も初めは何もできなかったんだ。だから、お前が失敗するのは当たり前なんだ!」


 部屋に戻りタローと散歩をした後、風呂に入る。その後テレビのニュースを見た瞬間、さっきまでの幸せな気分は一気に吹き飛ぶ。真夏にもかかわらず背筋が凍りそうになる。

 俺がもともと乗る予定だった新幹線で爆発事件があった。本来ならば俺が座っていたはずのイスの下で、小さなトランクのようなものが爆発したらしい。

「幸いにしてそこには誰も座っていなかったため、重傷者がでることはありませんでした」

 と、ニュースキャスターは告げた。



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 翌日から猛特訓は始まった。

 とはいえ僕達サッカー部は、放課後のグランドをほとんど使うことができない。はっきりと、どうやって使い合うかという決まりはなかったが、主に、部の成績、顧問の権力、の二つによって使用できる面積や時間は決まっていた。まりあがマネージャーになってからは、「ちゃんと分け合いましょうよ」という彼女の提案を皆が受け入れ、ある程度平等になっていたが、まりあが入院してからは何となく元通りになってしまっていた。

 僕達は、部活の時間が終わってから、近くの河川敷に行くことにした。ここは誰でも使える上に広く、ボロボロではあったがサッカーゴールも置いてあった。川の両側は結構栄えていたので、商業ビルや高層マンションなどから漏れる明かりで夜になってもボールが良く見えた。

 最初は僕とエイちゃんマーフィーの三人でスタートしたが、その後すぐに二年生九名、一年生十一名の全員が参加するようになった。その内の八割、いや十割のメンバーはサッカーのためというよりは、まりあのため、という理由だった。

 エイちゃんは「ここなら常に、非公開練習ができるな」と格好つけ、後輩達は(誰がこんな弱小クラブを観に来るんですか、という)ツッコミを呑み込んでいた。マーフィーは「努力は我々を裏切らない。但し例外もあり」と言い、これまた後輩達は(どっちなんですか、という)質問を呑み込んでいた。

     

 僕は急に、春休みに田舎町の学校に試合に行った時のことを思い出していた。

途中にあったコンビニのような小さなお店の〈年中無休。たまに休みあり〉という張り紙を見付けて「うけるよ」と大笑いしていた、まりあの嬉しそうな笑顔、を。

     

 猛特訓といっても何をどう練習したらいいのか全く分からない僕達は、ただひたすら走り続けた。

「下手な我々はとにかく相手よりも動くしかない。動きまくれば何とかなるんじゃないか」と、長距離走やダッシュを延々と繰り返していた。苦しくなった時には、無言の合言葉があった。

「苦しいということは生きている証拠だ。まりあはもう生きられないかもしれないんだぞ」



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 九月に入った。

 新幹線での爆発事件以降、例のメールは常に来続けたが特に危険なことはなかった。しかしそろそろ身の安全を考え引っ越さなければ、とぼんやり考えていた。

 夕方、河川敷でのトレーニング後しばらくの間、夕陽が川面の下に消えていく姿を眺めていた。横では高校の運動部らしき集団がダッシュを繰り返していた。ここ何日かずっと彼らの走り続ける姿を観ていた。一度、試合形式での練習をしていたが、それがサッカー部なのか、陸上部が気分転換にサッカーをしているのかはよく分からなかった。


 一週間程経った時、彼らに興味が沸いた。毎日ただひたすら走り続けているのだが、全員が自主的でどちらかというと楽しそうにも見えたからだ。休憩中に、一番背の高い子に話しかけてみた。頼りなさそうな顔をしていたがいい奴そうだった。



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 特訓開始から一週間が経過していた。この日もひたすらダッシュを繰り返していた。休憩中、マーフィーがのたまう。

「この前『無実なのに投獄された人々が、真冬のシベリア刑務所からインドまで歩いて脱獄する』というノンフィクションを読んだんだけどな」

 もともと興味もない上に、息があがってそれどころではない後輩達は全く誰も聞いていない。

「こういう過酷な状況の中で、最終的に生き残ったのはどういう人だか分かるか?」

 誰も見向きもしない。仕方無く、近くにいた僕とエイちゃんが答える。

「やっぱり、体力があった人か?」

「もしくは、内臓が強かった奴?」

 ちっちっち、と、指を振りながら、自分が体験した訳でもないくせに偉そうに答える。

「一番笑っていた人、だ。もっと言うと、どんなに些細な出来事の中からも楽しみを見付けることができた人、だ」

     

 と、そこで男の人から話しかけられた。よくここで見かけるなとは思っていたが、近くで見るのは初めてだった。無精髭を生やしてはいたが二十代半ばくらいに見える。今売り出し中の何とかという俳優によく似ていた。

「君達は、なぜ、ここで毎日走っているんだい?」と、僕に尋ねてきた。落ち着いた品のある雰囲気だった。僕ははじめこそは当たり障りのない感じで返答していたが、徐々にその人の信頼できる先生のような懐の深さに引き込まれた。気付くと、ここまでの全ての経緯を相談するような形になっていた。

 横から突然、マーフィーが大声を出す。

「あー、どこかで見たことがあると思ったら、サルージャの大矢監督じゃないっすか」



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 話を訊いていくうちに、彼らが毎日走り続けていた理由が分かった。夜だったし髭も剃っていなかったので誰にもばれないだろうと思っていたが、ちょっと周りとはリズムの違う子に正体を明かされてしまった。そろそろ引っ越さないと危ないという予感も感じてはいたが、彼らの必死さやひたむきさに負け、コーチを引き受けることになってしまった。

 何とかしてマネージャーの子にも治って欲しいとは思うが、この県には強豪校の名を欲しいままにしている桐陽学園がいた。日本にいる時には何度か試合を観たことはあったが、選手一人一人の質は非常に高かった。その前に、そこまで勝ち上がらなければいけない。

 普通の公立校の彼らが優勝する確率は、限りなくゼロに近い。しかし普通の大学生だったこの俺が、セリエAのチームを率いてチャンピオンズトーナメントでレアル・ユナイデットと戦う、という確率も同じくらいだったはずだ。

 そう考えると、望みが無い訳ではない。可能性はゼロではない。

     

 翌日から、俺は彼らのトレーニングに付き合った。予選開始までは三週間しかない。公式戦の時間に合わせ、練習時間は八十分とした。彼らは根性と真面目さと一体感はあったので、八十分間走り切ることができれば何とかなるかもしれない。

 初日の今日は、半分ずつに分け紅白戦を行った。ゲームを観ながら誰がどこのポジションに向いているか、どういうチーム戦術を用いるべきか、をイメージしていた。戦術とはいっても、技術レベルの低い彼らには選択肢の幅はない。それでもやれることを見付けるしかない。

「やれることをしっかりとやり遂げる」

 実はこれが最も重要なファクターかもしれない。

 ゲームの終わり頃にはメンバーの構想も固まってきた。あの一番大きいキャプテンの子をゴールキーパーに転向させる。キーパーは手を使えるポジションなので、今から練習しても何とかなるだろう。なによりあの上背と俊敏性は魅力だ。ちょっと変わったリズムの子は前線に置く。協調性はないので守備には向かないだろうが、何を考えているかよくわからない性格を相手ディフェンダーも嫌がるかもしれない。

 もう一人、三年生がいた。こいつは一見悪そうな格好をしているが、実はかなり責任感が強い。彼と二年生の中で一番身体能力の高い子をディフェンスの中心に据える。

 少し驚いたことがあった。一年生の中に三人、かなりスピードのある子がいた。なぜこんな子がこの弱小部に入ったのだ、と思わせる程のアジリティーの高さを見せていた。この内の一人はボランチ辺りの位置に入れ、あとの二人は中盤の両サイドに置く。相手ボール時には守備を、マイボール時には攻撃を、とアップダウンを繰り返させる。ただでさえノーマークのこのチームで、しかも一年生なので試合にもほとんど出ていない彼らのことは誰も知らないだろう。彼らのスピードに慌てた相手がファールを犯し、そこからのセットプレーがチャンスを生むかもしれない。この七人を中心に据え、残りは競争させながら当日までに決めていく。



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 大矢さんに来て貰ってから二日目となる今日は簡単なミーティングから始まった。

「このチームで桐陽学園に勝つためには」

 大矢さんはゆっくりと話し始める。本気で勝とうとしてくれている、という空気が僕達の間に伝染していく。

「まずは全員でしっかりと守る。そのためには守備への切り替えが最も大事だ。こっちがボールを奪っても、必ず取られると思って次の準備をする。全部0対0でもPKで勝てば優勝できる。とはいえ、サッカーはプレーのほとんどがミスで終わるスポーツだ。いくら相手が上手くても、絶対に何度かはボールを奪える。いつもボールを持ち続けている彼らは、攻撃から守備への切り替えが遅い。自分達がボールを獲われた後のことはあまり考えていない。ディフェンスラインも非常に浅い。我々はそこを突いて、ボールを奪った後はゴールまで速く攻める。点を取れるとしたら、この速い攻撃かセットプレーになるだろう。まあ、とにかく言葉での説明よりも『練習あるのみ』だ。今日から頑張ろう」

 彼の顔が格好いいからなのか、話し方が上手いからなのか、その目に完全に引き込まれる。仮に今「全財産をここに持って来るんだ」と言われたら、僕達は何の迷いもなしに差し出してしまっていただろう。

「意見があったら何でも言って貰って構わないが」と言いながら大矢さんはフォーメーションとメンバーの構想を告げた。自分で言うのも何だが、学校一のワルも含め僕達は皆、素直だった。ましてやこの人は、あのレアルとも戦ったことのある監督だ。意見があるとしたら「途中で呆れて僕達を見限らないで下さい」ということだけだった。

 僕はキーパー練習を開始した。大会は全てトーナメント方式だったので、僕が一点もやらずにPKも全部止めれば、それだけで優勝できる。まりあの笑顔と共にその場面を想像する。

 この日から、僕達のレベルからしたら信じられない人物が教えに来てくれることになった。元日本代表キーパーの楢口選手だった。昨シーズンで引退し、今は東京のJリーグチームの下部組織でキーパーコーチをしているらしい。彼は歴代の日本代表の中でも最多キャップ数を誇る選手だ。

「いやー、テツさんに頼まれたらNOとは言えないからねえ」と、爽やかな笑顔を見せてくれた。



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 元代表キーパーの楢口も空いている時間を利用して、ソーのコーチに来てくれた。彼は三年前、Jリーグのオフシーズンを利用して自費でイタリアへ修行に来ていた。イタリアは昔から世界的な名キーパーを数多く輩出している。どっちが先なのかは、鶏と卵だが、キーパーコーチも日本とは比較にならないくらい充実している。街のチームでも、二十人のフィールドプレーヤーを一人のコーチが教え、たった二人のキーパーを二人のキーパーコーチが教えているという場面も普通にあった。当時、俺がいたサルージャにも有名なキーパーコーチがいたので、楢口を一緒にトレーニングに参加させていたのだった。

 ASミランで中心として頑張っている長元が、今は怪我の治療のため帰国している、ということを思い出した。確か東京の病院で治療を受けているはずだった。彼も、俺がレーブンと一緒にイタリアへ渡った一年目のシーズン途中にサルージャに移籍してきていた。豊富な運動量と正確なクロスを武器にサイドバックとして頭角を現し、あっという間にASミランへと引き抜かれていった。

 昼過ぎ、長元の携帯に電話を入れてみた。彼は出なかった。俺は番号を変えていたのだった。が、留守電に入れるとすぐに掛け直してきた。案の定、近くの病院に通っているみたいだった。

「テツさん、久し振りじゃないっすか。体調悪くして休んでるって聞いたけど、大丈夫なんですか」

 第一声で俺を気遣ってくれた後、「神奈川にいるんだったら近いじゃないですか。今週末、メシでも行きましょうよ。あの頃はいつも食わせて貰っていましたからね。今回は俺が奢りますよ」と誘ってきた。

「お前は今ではセリエA屈指のスターだもんな!では、甘えさせて貰おうかな」と俺も返す。電話口の向こうからは、昔から変わらぬ屈託の無い大きな笑い声が聞こえてきた。



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 大矢さんのトレーニングは毎回、試合時間と同じだけ行われた。まずは四十分。試合で僕達がやるべきことが詰まっている上に、全く止まることは許されない。ハーフタイムを挟んで再度、後半の四十分。滅茶苦茶ハードで毎日しんどかったけれど、日を追う毎に今までの体中の「ダメダメ細胞」が、少しずつ入れ替わっていくような手応えもあった。

 更に今日の練習前、僕達は度肝を抜かれた。

 世界的ビッグクラブASミランで活躍している長元選手が、この河川敷に現れたのだった。弱小部とはいえ、さすがに現日本代表キャプテンでもある彼の顔は全員知っていた。彼は気さくないい人だった。もう慣れっこだよということもあるのか、僕達のミーハーなサイン攻めや携帯での撮影攻撃にも嫌な顔ひとつしなかった。まりあの名前入りのサインも貰っておいた。

 長元選手は、体幹を鍛えるようなトレーニングをしたり、ジョギングをしたりしながら僕達の練習を観てくれていて、解散前に言葉をくれた。

「皆、テツさんのトレーニングを受けられるなんて羨ましいよ。彼はイタリアでも若手ナンバーワン監督として有名だからね。簡単には勝てないだろうけど諦めないで頑張って。俺だって、普通の公立校から頭で大学に行った普通の選手だったんだから。じゃあ、またテツさんから結果を聞かせてもらうよ」

 僕達の体の中のどこかにあった「勇気の泉」のようなものが掘り当てられ、そこから勇気が沸き出してくるような気がした。大矢さんもそうだが成功している人は皆、常に前向きだ。そして周りの人々にもそれを伝播させる。

 少し前に一年生部員から、あることに対し「これが失敗したらどうすればいいんですか」と訊かれたことを大矢さんに相談した。大矢さんは「そういう時はこう言え、『失敗ってなんだ?』とな」と言いながら、白い歯を見せた。

「失敗とは『何もチャレンジしなかった』ということだ。何かをやってみてそれが上手くいかなかった時は、それは『成功への糧』と呼ぶんだ」

 ここまでの人生では常に「失敗」という見えない魔物にさいなまされてきた。何をするにしても失敗したらどうしようと考え、失敗しないためにはどうしたらよいか、ということが行動の最優先事項になってしまっていた。だが、大矢さんのお蔭で、そんな僕達にも「失敗を恐れないメンタリティー」が浸透していった。


 そうこうしているうちに九月も終わり、とうとう選手権の地区予選一回戦の日を迎えた。



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 最近では、〈すでにお前の居場所は掴んでいる。もう放って置く訳にはいかなくなってきた。お前や家族のためにも、早くあの最終戦やロッシーニについて知っていることを言え〉というメールも来だした。

 この場に留まっていては危ない、とは分かっていた。が、この弱小部が負けるまでは傍にいてやりたいという気持ちの方が勝ってしまっていた。自分でもなぜ、無償で、勝っても何の得にもならない試合のコーチをしているのかはよく分からない。乗りかかった船だからという理由もあるが、彼らの情熱やひた向きさが、俺の中のどこかを熱く刺激していたのも事実だった。楢口や長元も応援に来てくれたのも嬉しかった。 

 また、数年前、研修生としてサルージャに勉強に来ていた若者が、今はJリーグのSC東京でスカウティングの仕事をしていた。実は彼に頼み、ここ数年の桐陽学園のゲーム分析も行っていた。監督の性格なども完全に掴んでいた。その気になれば内部からの情報を引き出すことも可能だったが、さすがにそれはやめておいた。イタリア人ならばそうしていただろう。彼らは、サッカーのためならば全てを犠牲にすることも厭わない国民性を持っている。サッカーのことになると人格が変わってしまう、という人も多い。確か、少し前の大統領も、セリエAでの八百長事件に絡み辞任に追い込まれていたはずだ。

      

 弱小部は思っていた以上に成長していた。素直で呑み込みが早いためチームとしても十分、形になってきていた。地区予選が開始され、毎試合、僅差ながらも彼らは勝ち進んだ。

 そして明日、神奈川県大会の決勝を迎えることになった。相手はもちろん、桐陽学園だった。彼らはまるで県大会など眼中にない、と言わんばかりに前後半で全員を変えたり、色々な形を試したりしていた。それでも全試合、圧倒的な実力差を見せながら勝ち進んできていた。うちの選手達も頑張ってはいたが、個人の身体能力、技術力の差は歴然としている。

 それでも何が起こるかはやってみないと分からない。

 それがサッカーであり、人生である。



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 大矢さんのお蔭で、とうとう決勝の舞台まで辿り着いた。ここまで全員で何とか耐え忍んで守り、勝ち上がることができた。大矢さんは、明日違う場所へ引っ越さなければいけないと言っていたのでこの練習が最後となる。いつもの半分程の時間で練習は終り、集合して大矢さんの話を訊く。

「全員ここまで、俺の厳しいトレーニングから逃げ出さずによく頑張ってきた。トレーニングは全て、桐陽学園戦に向けてのものだった。明日はそれを出し切れれば勝てる。明日はテレビ放送もあるので俺は会場には入れない。だからこれが試合前の最後のミーティングになる」

 そこで、最後と言われて焦ったのか、エイちゃんが口を挟む。

「緊張して寝れなくなったらどうしたらいい?」

「緊張? 大丈夫だ、緊張は相手がするものだ。相手は絶対に勝って、全国に行かなければならない。お前達は負けて元々だ。何も怖がることはない」

「僕達の勝つ確率は、限り無く低い。だけどゼロではない」

 僕も思わず呟くと、すかさずマーフィーも法則を述べた。

「確率は、一発勝負においては、意味をなさない」

「しかも、ただの大学生だったこの俺が、イタリアで監督になってヨーロッパチャンピオンズトーナメントに出るという確率よりも、お前達が明日勝つという確率の方が、間違いなく高い」

「でも僕達には本当の自信がありません」

 ここまで全試合に出場していた一年生のスピードスター、シュンがボソッとこぼす。

「いいことを教えてやるから、よく覚えておけ」

 大矢さんは少し間を空ける。

「本当の自信なんてものは、誰も持っていない」

 ゆっくりと続ける。

「だからどんなスーパースターでも練習し、最高の準備をして試合に臨むんだ。お前達はここまでよく頑張ってきた。明日はそれを出すだけだ。勝って、マネージャーを救うんだろ?」

 大矢さんは僕の顔を見る。

「最後に一つ問題だ。『鳥はなぜ飛べるのか』分かるか?」

 と、言いながら全員の顔を見回す。

「答えは簡単だ。鳥は生まれてから死ぬまで、一度たりとも『自分は飛べない』とは思っていないからだ」

 そこでミーティングは終わり、解散となった。

 別れ際、大矢さんは全員に手紙を配った。僕は帰りながら手紙を読む。そこには明日のプレーの注意事項が簡潔にまとめられていて、最後にはこう書いてあった。

「お前が一番後ろから、全員に『勇気』を伝染させろ!」



     追われる名監督



 朝起きた時から空は厚い雲に覆われていた。決勝戦は一時キックオフだが、その頃はかなり強い雨が降る、とニュースでは言っていた。これは技術力に劣るうちのチームには有利に働くことだろう。桐陽の今の監督はパスサッカーに強いこだわりを持っていた。格下と戦う県大会では、ましてや相手がうちでは、そのこだわりを捨ててくるとは到底考えられない。彼らは普段は常に自前の人工芝グランドで練習していたが、雨の天然芝グランドはボールの転がり具合が大分違う。足元も滑るため、思いもよらないミスが勝敗を分ける可能性もある。

 ずっと試合のことが頭から離れなかったが、これ以上、同じ場所に留まるのは危険だと感じたので、部屋を出てそのまま引っ越すことにした。

 だが、遅かった。

 常に警戒はしていたつもりだったが玄関を出た瞬間、体格のいい男三人に抑えられ、顔にスプレーのようなものをかけられてしまった。



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 朝、僕はいつも通り、病室の窓の下まで行く。まりあは三階の角部屋に入院していた。エイちゃんもマーフィーも一緒だ。毎日行っていたが、まりあは窓から顔を出す日もあれば出さない日もあった。今日は顔を見ることはできなかったが、代わりにおばさんが下で待ってくれていた。

「ソーちゃん、ごめんね。昨日からあの子、調子が良くなくて。今は薬で眠らされているわ。後でまた伝えておくからね」

「まりあのお蔭で僕達は生まれ変わった。今日は勝って、まりあを病気から取り戻すよ」

 おばさんは何かを言い返そうとしたが、詰まって下を向く。

「また試合が終わったら来るからね」

 僕達は病院を後にした。

 十一月にしては風が生温かく、風上の方の空には分厚い雲が見えていた。予報通り、試合の始まる昼頃には天気は荒れるかもしれない。それはお前達にとっては有利だ、と昨日大矢さんが言っていたことを思い出す。

 その後、一旦学校に集合し、全員で会場へと向かった。


 三日前、病院で偶然マーフィーのお母さんに会った。一度も会ったことが無かったので僕は気付かなかったが、向こうから話しかけてきた。

「あなたは沢木君?」

「はい?」

「うちの雅文がいつもお世話になって」

「あっ、マーフィーのお母さんですか」

「はじめまして。毎日、雅文からあなた方の話は聞いていたので、何となくそうかなと思って」

「ああ、まりあのお見舞いですか?」

「ええ、それからちょうど良かったわ。あなたにもお礼を言いたかったのよ」

「僕は何もしてませんよ」

「あの子は六年生の時に父親を病気で亡くしてしまってね。それまでは普通の子だったんだけど、そこからは家に引き籠るようになってしまって」

 だいたいの家庭環境については聞かされていたが、詳しいことは何も知らなかった。

「中学時代もほとんど学校へ行かずに、家で本ばかり読んでいて。父親との昔の約束を守って、勉強だけはしっかりやっていたんだけどね。女手一つでこの子を育てていかなくては、と仕事を頑張り過ぎて、ほとんどかまってあげられなかった私も悪かったんだけど。だからお友達も一人もいなかったの。高校の入学初日、勇気を振り絞って学校に行ったあの子に、あなたや村上君や北川さんが優しく接してくれたことが相当嬉しかったらしくてね。小学校の時には父親と一緒にサッカーもして遊んでいたの。それで皆と同じサッカー部に入れて貰ってからは、昔のあの子に戻っていったの。それが本当に嬉しくて」

 マーフィーのお母さんは、目に涙を浮かべながら続ける。

「あの子は私のためにも、絶対に国公立の大学に行く、と言ってくれていて。だから『勝っても負けても今度の試合が最後だ』と言っていたのよ」


 僕達は会場入りした。ウォーミングアップを始める頃にはポツリポツリと降りだし、開始前にはかなりの雨となった。

 試合前、全員で円陣を組む。

「ゴールしたら、どのカメラに向かっていったらいいんだ?」

「大丈夫っすよ。マーさん、そんな場面来るわけないっすよ」

 マーフィーの質問に後輩が答える。

「あーあ、テレビがあるっていうから、美容院で七千円もかけて頭セットしてきたのによー」

 雨でずぶ濡れになりカッパのような髪型になってしまっているエイちゃんがボヤく。

(大丈夫だ。大矢さんのお蔭で、いつもの僕達だ)

「いくぞみんな、僕達の生きた証を子供や孫にも残せるチャンスだ。そして勝って、まりあを救う!」



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 目覚めると、試合はどうなった、ということが頭をよぎる。が、すぐにそんな状況ではないと気付く。意識が朦朧とする頭で周囲を見渡し、状況を確認する。体は柱に頑丈に縛り付けられ、口も塞がれていた。ビルの狭い一室に閉じ込められているようだ。目の前には古いノートパソコンと小型のトランクがあった。画面にはこう書かれていた。

〈これが最後のチャンスだ。あの最終戦のことで知っていること、ロッシーニやその妻について知っていること、それをここに書き込め。このトランクとタイマーがどういう意味かは言わなくても分かるだろう〉

メッセージの横では、時計とタイマーが点滅しながら動いていた。時計は十三時四十分を表示し、タイマーは五十分五十九秒、五十八秒、と減っていく。そうかもう試合も前半が終わったところだな、と、俺は現実の恐怖から目を背ける。

〈何度も言っているが、俺は本当に何も知らない。はやくこのタイマーを止めてくれ〉

 縛られている右手で何とかメールを打った。



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 前半が終了した。

 開始早々に、ポンポンポンとパスを回され一点を先制されてしまった。

「もしも早い時間に一点取られたら、開き直れ。相手はこれでいつでも点が取れる、と少し緩む。お前達は予定通りだ。そこからやるべきことをやり続ければ逆にチャンスが来る」

 昨日、大矢さんからはこう言われていた。さすが大矢さんだ、こういう展開になると分かっていたのだろう。僕達はそこから落ち着き出した。相手の攻撃パターンは全て練習でやってきた通りだった。シュート数一対十五、ボール保持率十対九十、コーナーキック数0対九、という内容だったが何とか前半を0対一で終えることができた。 

 ハーフタイム中、サイドハーフのシュンがマーフィーに話しかける。

「マーさん、俺がボールを持ったら早めにクロスを上げようと思うんで、もうちょっと早く相手の前に飛び込んで来て下さいよ」

「いや、俺は無用な争いはしない主義なんだ。人がいない所で勝負するぜ」

 シュンは、まあもともとあてにはしてませんけど、といった風にマーフィーの答えを聞き流す。そう言いながらも、普段からすれば考えられないくらいに前線からのディフェンスを頑張っていた彼の姿を全員が認めていた。特に一番後ろにいる僕にはよく分かる。マーフィーは何度も攣りそうになる足を叩きながら、必死の形相で相手を追いかけまくっていた。

 これが最後だ。

 僕達はここまでやってきたことを再確認し、ピッチへと出て行き円陣を組む。そこで少し予想外の展開に気付く。

 ピッチ外の中央付近に、七番と九番を付けた二人の選手が立っていた。後半から交代して出てくるようだ。七番の方は、よく日焼けして真っ黒だった。九番は目が細く、パンツをずり下げて穿いている。体格、雰囲気共に、二人がやりそうなことは間違いない。もしかしたら県大会ごときでは温存しておく予定だったエース達かもしれない。

 後半が始まる。

 相手はこの二人にボールを集め出した。これが微妙に彼らのボール回しのリズムを狂わせる。二人に頼り過ぎることにより、他の選手が思い切ったプレーをしなくなっていった。僕達は、七番のスピードに警戒しながら対応し、九番をイラつかせながら空回りさせることに成功した。大矢さんからもこの二人についての説明はなかったが、なぜか僕達には彼らがどういうプレーをしてくるのかが分かった。

 後半も三十分が過ぎる。何とかここまで立ち上がりに取られた一点のみで抑えていた。全員、いつ足が攣ってもおかしくはない状態だったが、頑張っていた。

「もっと辛い仲間もいるのだ、走れている僕達は幸せだ」

 口には出さない合言葉が僕達の体を動かす。

 残り十分。ここで、この試合最大のピンチが訪れる。



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〈このトランクとタイマーが、はったりではないことは分かっているはずだ。早く本当のことを言え〉

 返信が来た画面を見る。右手の指だけは動かすことができたが、その他の部分は全て自由が奪われていた。ここがどこなのか全く分からない上に、声を出し助けを呼ぶことも出来ない。

 時計は十四時二十分を表示し、タイマーは残り十分を切り出した。

 ここで、事態は最悪な展開を迎える。



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 ペナルティーキックを獲られてしまった。

 ずっと守備のために相手に動かされ続けたうちの選手達の足が止まった、その一瞬の隙を突き、七番がドリブルで仕掛けてきたのだった。さすがにそのスピードとテクニックは全国レベルのもので、中盤の選手二人が抜かれ、右サイドバックも抜かれた。カバーに入ったエイちゃんもギリギリのところで止めることができず、ペナルティーエリア内で足を引っ掛けてしまった。しかも、決定機の阻止、という理由でエイちゃんにはレッドカードが提示された。

 PKの決定率はおよそ八割だ。残り時間から考えてもここで二点目を奪われると非常に厳しい。その上ただでさえ弱いこちら側が一人少なくなった。

 エイちゃんは呆然としながら、「みんなゴメン」と謝る。しかし僕達は全員知っていた。学校一のワルのエイちゃんが、まりあの入院後はバイク通学を止め、毎朝走って病院へ寄り、夕方の大矢さんとの練習後に塾へ行き、その後、夜遅くに毎日走っていたということを。この試合でも、最後のところでのエイちゃんの体を張った守備により、何点防いでもらっていたかは数え切れなかった。エイちゃんはピッチから出る前に、僕の傍に来た。

「ソー、頼む」

 頬を伝う涙も隠さず、最後は言葉になっていなかった。

 僕は頷き、エイちゃんの肩を軽く叩く。



     追われる名監督



 突然ドアが開き、息子の新が入って来た。

タイマーは、六分二十九秒、二十八秒、と減り続ける。俺は体をもがきながら「このトランクは危ない。早くここから出ていけ」と、新に伝えようとする。が、当然声は出ない。妻は何をしているんだ、と苛立つ。だが恐らく、脅され、掴まってしまっているのだろう。そして無邪気な子供だけを中に入れた。このメールだ、と思いつくが、四歳の新はまだ文字が完全には読めない。この辺りはもちろん相手も計算ずくなはずだ。新は俺を助けようとする。そう騙されているのだろう。試合中ならば、どんな劣勢になろうが打開策を落ち着いて考えることができるが、さすがに爆弾の近くにいる新を見ていると冷静な判断はできない。

 新は「お父さん大丈夫? 僕が助けてあげるからね」と、幼いながらも立派な責任感を滲ませ、俺を縛りつけているロープを外そうとしている。 だが、子供の力ではどうにもならない。

「いいから早く外へ出ろ」と怒鳴るが、新には伝わらない。どうすればいいんだ。

焦る俺を気にかけることもなく、タイマーは正確に、確実に、一秒ずつ減っていく。

 新の横から二分十八秒という表示が見えた。



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 ワーッという大歓声と共に、スタンドで手すりを叩きつけながら喜んでいるエイちゃんの姿が見えた。僕は、十番の選手が蹴ったPKを止めた。

「チーム一のテクニシャンを自負している十番は、PKを蹴る前に必ず一回軽くフェイントを入れて、その逆を突いてくる」

 大矢さんの教え通りだった。これであと一点さえ取れれば追い付ける。チームにも、これでいけるぞ、という空気が伝播する。だが相手はあの桐陽学園だ。全国から選抜された選手達だけあって、全員が高い身体能力を誇る。その守備を崩すことはできない。後半もシュートまでいけた場面は一回のみであった。電光掲示板の時計も三十八分を過ぎていた。残り時間は二分少々だ。

 ここで、シュンが相手陣内の深い位置で倒されフリーキックを得る。シュンと対峙した相手ディフェンダーは、濡れた芝に少し足をとられた。

「うちが桐陽から点を取れるとしたらこれしかない」

 大矢さんと練習してきたパターンを出すチャンスが最後に訪れた。残り時間から考えても、ここで点を取れなければ終わりだろう。僕も上がっていく。練習で何度もやってきた形を、頭の中で反芻する。



     追われる名監督



 とうとう、残り一分を切った。

(俺はどうなってもいい。せめて新だけは助けてやってくれ!)

 俺の叫びは誰にも伝わらない、のか?



     夢追う弱小サッカー部



 残り時間は一分を切っている。右サイドの深い位置で得たフリーキックを、そのままシュンが蹴る。

「相手の左サイドバックの三番は攻め上がるスピードとクロスの精度は県でもナンバーワンだが、背が低くヘディングは苦手だ。こっちがコーナーキックやフリーキックを得たら、そこが唯一の狙い目だ。ソーの高さとジャンプ力を生かしてそこを狙え。まず、ソーが上がって言ったら、相手は警戒してマークしてくるだろう。中央からゴールを狙うと見せかけて、三番のいるフォアポストへ回り込め。他の皆は相手を一瞬ブロックして抑えろ」

 大矢さんの教え通りに動き、シュンが右足で蹴ったボールも少し内側に曲がりながらそこに向かってくる。

「キーパーは、守備範囲が広いというのが売りの一つだから、必ずそこへ出てくる。ソーはそのボールを中に折り返せ。相手選手もキーパーに任せてしまうのと、ボールに気をとられるのとで、折り返しには一瞬反応が遅れる。お前達は初めからそこにくると信じて飛び込め」

 僕はフォアサイドでの三番との競り合いを制し、ヘディングで中へと折り返す。予想通り相手キーパーも出てきている。(いいぞ、これを誰かが先に触ればゴールだ)いいところへ折り返せた。三、四人で詰めていたうちの選手が先に頭で触る。

 しかし、相手キーパーもさすがの反応を見せ、指先で触る。ボールはクロスバーに跳ね返され、相手選手の背中に当たり、ゴール右側の誰も人がいないところにこぼれる。

 万事休す、か。

     


     追われる名監督



「お父さん、これ、早く取って遊ぼうよ」

 新は、久し振りに俺と会えたことが嬉しくてしょうがない様子だ。タイマーは、三十秒、二十九秒、と、絶望へ向かって、止まらない。

 これで終わり、か。



     夢追う弱小サッカー部



 だが、その、全く攻防に関係のない、人のいない場所になぜか一つの人影があった。そいつは軽くゴールへとボールを蹴り込む。

とうとう同点に追い付いた。僕達は喜びを爆発させる。

 全員で、得点者マーフィーの元へと駆け寄る。スタンドからも、大歓声をあげる応援団の横で、こっちを見ながら何度も拳を握りしめているエイちゃんの姿が見えた。



     追われる名監督



 そこで、聞き慣れた「ハア、ハア、ハア」という声がドアの外から聞こえてきた。

「あ、タローだ」

 新はタローの頭を撫でる。タローは俺の方へと近付き「間に合ったよ、これで大丈夫だ」という表情を見せながら、俺の頬を軽く舐めた。

 タローは左前足を少し引き摺りながらも素早く走り出し、トランクの取っ手の部分を口で銜えて、ドアの外へ出て行った。

「待て、タロー、逃げるんだ!」

 タローが部屋から出て行った数秒後、ドーン、という凄まじい爆発音が聞こえた。



     夢追う弱小サッカー部



 僕は、病院の噴水前のベンチに座り込んでいる。

 試合の方は終了間際、劇的に追い付きPK戦まで縺れ込んだものの、勝つことはできなかった。しかも最後は僕がPKを外して試合は終わった。病院までは来たものの、まりあにあわせる顔がなく、ここでずっと動けないでいた。

 昼間あれほど降っていた雨もすっかり上がっていた。僕の気持ちとは対照的に、綺麗な夕焼け空には虹も架かっていた。虹の先はどこに繋がっているのだろう。僕達の人生はどこへ向かっているのだろう。

     

 やがて、外へ出てきたおばさんに見つかってしまう。おばさんは、泥や汗や涙でボロボロになっている僕の顔を見ながら笑顔で「こんなところで何をしているの。あの子、テレビ観ながらずっと泣いていたわよ。さあ早く、声を掛けてあげて」と、僕を病室へと連れて行く。

 部屋の中へ入る。僕は顔を上げることができない。

 まりあが先に口を開いた。

「うけるよ」

 僕の汚れた顔に対して言っているのか? 手術のことなのか?

「何がだよ」

 僕は強がって威張ろうとしたが、さっきまで泣いていたため、久し振りに出した声は非常に情けないものだった。

「全部だよ」

 その言葉の意味はよく分からなかったが、まりあが一瞬、昔のような笑顔を見せたことだけは、はっきりと分かった。



     追われる名監督と夢追う弱小サッカー部



 黄色い海が激しく波打っている。

この場に戻って来るまで二十年程かかった。髪の毛もだいぶ白いものが混じってきてしまったが、ここでは元々銀髪の人も多いので、さほど気にならない。とんだとばっちりを受けたせいで遠回りをしてしまったが、やはりこの何とも言葉にできない「武者震いするような空気」は最高だ。今から、ヨーロッパチャンピオンズリーグがホームスタジアムで始まろうとしている。

 過ぎてしまえば、あっと言う間だったが当時は色々と大変だった。

      

 あの爆発事件の時、タローは部屋から出た直後、スーツケースを階段の下へと放り投げた。お蔭で全員が助かった。戻ってきたタローの顔を見た時は涙が止まらなかった。その後すぐに事件は解決し、俺達は完全に解放された。

 その顛末はこうだった。

 

 当時のイタリア大統領ベルルスコラーリは、もともとはジュベントスのオーナーであり、そこから政治家へと転身していた。彼自身には女の子しか生まれなかったせいもあり、小学生になる初孫の男の子を溺愛していた。その孫は、家が近所だったため俺のいたサルージャに所属していた。 彼は、毎試合応援に来る程の熱狂的なサポーターでもあった。 

 そこで、最終節で勝てば四位になりチームの歴史上初のチャンピオンズリーグに出場できる、というチャンスが巡って来た。ジュベントスはもう優勝が決まっていた。相手はこのゲームに勝とうが負けようが関係ない。孫の喜ぶ顔見たさに、ベルルスコラーリは、ジュベントスのロッシーニ監督に偶然を装いながら会いに行き、さりげなく頼み込んだのだった。

「ラストゲームは主力を温存させてもいいんではないか。サルージャには孫がいてなあ。勝つチャンスを与えてやって欲しいんだが。八百長をやれ、と言っているのではないぞ。ここまで出ていない若手にチャンスを与えては、ということだ」と言いながら、自分の腕時計を外して渡す。ロッシーニの時計好きは有名だった。更に妻のミランダの浪費癖のせいで借金も膨らんでいたため、この何千万円もする腕時計を突き返すことはできなかった。

 試合はサルージャが勝った。

「ここまであまり出場機会を与えてあげられなかった若手にチャンスをあげたかった」と、敗戦後の会見で言ったロッシーニに対しても、特に異論も反論も無かった。

 しかし、性格は悪いが勘の良いミランダはこの時計とその理由に気付いた。金を得るために、大胆にも大統領を強請る、という手段に出たのだった。焦ったベルルスコラーリは、保身のため、ロッシーニを国外へ追いやり、ミランダを追いかけた。不運にも、ミランダは逃亡の際に恋人と共に事故を起こして亡くなってしまった。そして残る唯一の当事者のこの俺を追いかけた、ということであった。

 

 その後、嬉しいことに、サルージャの会長にチームに呼び戻して貰えた。ブランクもあったため、はじめは下部組織のジュニアチームを教えることになった。数年後には育成統括マネージャーとなり、サルージャの中枢を担う立場となっていた。 そして三年前からは再びトップチームの監督を任され、今回、二十年ぶりにチャンピオンズリーグ出場を決めていたのであった。

     

 もうすぐ試合が始まる。まずは相手チームの選手紹介がスクリーンに映し出される。これは、うちのサポーター達の大ブーイングと共に、サーッと流されて終わる。

 そういえば今日は、少々不安だが物凄く楽しみなことがあった。

 うちのトップチームにはキーパーが三人登録されていた。が、二番手キーパーは怪我で長期離脱を余儀なくされ、正キーパーは前節での退場処分により出場停止、残る三番手キーパーがまさかのインフルエンザに罹る、という非常事態に陥っていた。そこで昨日、慌ててユースチームからキーパーを引き上げた。彼は上背もあり身体能力も素晴らしいものを持っていた。端正なマスクも含め将来性は抜群な選手だったが、まさか十七歳で、このチャンピオンズリーグでデビューするとは思わなかった。だが、スターというのは、そういう場面を引き寄せるものなのかもしれない。


 ここから、サルージャの選手紹介が始まる。

「さあ、いよいよ我々の出番だ!まずは、ゴールキーパー、彼は今日デビューする十七歳、サルージャの若き至宝、背番号四十一!」

 アナウンサーは少し間を空ける。その隙間にサポーター達からの期待が込められた大声援が入り込む。

 再び、アナウンサーは、大きな声で名前をコールする。

「ソーマー、サワーキー」                【完】

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追われる名監督と夢追う弱小サッカー部 正義は勝つのか? シリーズ〈エピソード2〉 猪股 洋陽 @inosan

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