SS2 入学式、たったひとつの約束(生徒会side)

『まえがき』

いつもアクセスありがとうございます。

1万文字を超えるショートじゃないショートストーリーです。


芙蓉視点を復習しておくと、より深く楽しめます。

1-1入学式

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891672552/episodes/1177354054891672689


1-11たったひとつの約束

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891672552/episodes/1177354054891672991


 ***


「終わったー!」


 生徒会ハウスの事務室で、うとうと微睡まどろんでいたら、大きな声のせいで目が覚めてしまいました。

 事務室は凛花ちゃんがいつもきれいに整理してくれているけど、紫苑ちゃんがお仕事をすると、書類がぐちゃぐちゃに散らかってしまいます。


「静流も見たい? 見たいよね? 見たいでしょ。見るよね」


 紫苑ちゃんのことは嫌いじゃないけど、たまにウザいです。

 私は緩んだ着物の帯を軽く締め直してから、彼女から書類を受け取りました。

 どうやら新入生のプロフィールのようです。


「面白そうな子たちを選んで、ひとつの班にまとめたのよ。入試の評価方法では点数が高くない子もいるけど、ランキング戦が始めればすぐに頭角を現すわ」


 東ニホン魔法高校では寮生活や実習を班ごとに行うことが多くて、入試の平均順位やポジションの縛りがあるけれども、その範囲内ならば教員側の決定を生徒会側で弄ることができます。


 紫苑ちゃんが東高に通っている目的のひとつは、めぼしい生徒を第5公社に勧誘するためです。

 あわよくば、残る2人分の騎士候補を探し出そうとしています。

 そのために生徒会を牛耳っているのは、とても効率的です。

 そして300人強いる新入生の中から、紫苑ちゃんが気に入った学生たちを選んだようです。

 どうせ彼女の眼鏡に適う人物は、変人ばかりのはずです。

 あれっ……そうすると私と凛花ちゃんもそうなのでしょうか。


 私も紫苑ちゃんが選んだ後輩たちに少し興味が湧いてきました。

 書類は7枚あります。

 班は男女4人ずつが基本なので、どちらかが1人足りないようです。

 どの道、1年もすれば8人全員揃っている班の方が稀です。


 最初の子はワイルドな感じの男の子です。

 整った顔立ちですが、鋭い目つきで近寄りがたい雰囲気で少し怖いです。

 ファッション誌とかだと、イケメン扱いかもしれませんが、私にとっては苦手なタイプです。

 年齢を見ると、私たちよりもひとつ年上のようですが、東高では決して珍しくありません。

 次に経歴はと言うと、14歳で年少射撃の資格を得てから、ライフル射撃のオリンピック代表候補として注目されていたそうです。

 さらには16歳の時点で、ニホン警察の特殊強襲部隊SATから大学卒業後の内々定が提示されていて、すでに民間協力者として何度か出動しています。

 魔法使いにとって、狙撃はとても防ぎにくいので、とても有効な攻撃のひとつです。

 魔法の実績は何もないようですが、こういう一芸タイプは紫苑ちゃんの好みだし、第5公社の特色とも合致しています。


 次の子は、覚えられそうにない平凡な顔立ちの男の子です。

 さっきの次に見ると、少しほっとしてしまいます。

 でも経歴は勝るとも劣らないです。

 なんと、小学校低学年で風属性の最上級魔法テンペストの発動に成功しています。

 とんでもない天才児みたいですが、その後の中学の魔法特進科では並みの成績で卒業しています。

 神童も年を重ねれば、ただの人ということなのでしょうか。

 それとも能ある鷹さんなのでしょうか。

 他にも気になる点があって、入試の出願書のアピールポイントに“彼女募集中”と書かれています。

 ここまで清々しいのは、逆に凄いと感心です。


 次は髪を後ろで結った女の子です。

 凛花ちゃんに似たカッコイイ系の女子です。

 資料によると、またまた尖った背景を持っています。

 今度は、帝国式魔法戦技マジックアーツの使い手です。

 大戦の初期では、魔法使いは長距離砲台としての役割を担っていましたが、旧ニホン帝国軍は近接戦闘に魔法を組み込むことで、魔法兵の生存率と任務達成率を大幅に底上げしました。

 このときの名残が東高のランキング戦という対人戦特化に反映されています。

 この子は旧ニホン帝国軍歩兵部隊で、戦技教官として名を馳せた東堂英昭とうどうひであき様の孫弟子のようです。

 彼女はこの年で、ここ数年空席だった“盾”の称号を継承しています。

 かつてのニホン帝国軍事法ならば、無条件で中隊長、数年経験を積めば大隊長に抜擢される厚遇を得ることができます。

 ちなみに私の曽祖父は戦時中に“刀”の称号を賜り、国土防衛戦に参加しております。

 ただ心配なことに、この子から凛花ちゃんをお姉さまと慕う同級生たちと、同じオーラを感じます。


 他にも凄い子たちばかりです。

 イタリーの錬金騎士に、昨年の紫苑ちゃんと同じく実技試験を突破したステイツからの帰国子女までいます。


 東高の入学試験で評価されるのは、魔法に関する筆記試験、魔力測定そして推薦書です。

 しかしこれらの指標だけで測るのが難しいのが、魔法使いです。

 そこで不合格者の救済措置として、希望者には試験官との模擬戦があります。

 十分な実力を示せばいいのですが、彼は勝利を収めています。

 具体的な内容が書かれていないのが残念です。


 そして氏名の欄をよく見ると、高宮の姓です。

 もしかしたら富士の高宮家の傍流なのでしょうか。

 高宮家と草薙家は表向きには、古くから親交がありますが、草薙家が一方的にライバル視していて、あまり仲が良くありません。


 あそこの現当主の高宮時雨しぐれ様は、物静かな大人の男性です。

 一方、その長男の飛鳥あすかさんは、涼しい見た目と裏腹にがつがつしていて苦手です。

 たしか時雨さんには春雨はるさめ様という兄君がいらして、父様たちの世代ではニホン最強の魔法使いとうたわれていましが、高宮家を出奔して行方不明だそうです。

 彼には1人息子がいたという噂を聞いたことがありますが、この子がそうなのでしょうか。

 優秀だと名高い次期当主の飛鳥さんを取らずに、こちらの方を選んだのは紫苑ちゃんの偏った好みだと思います。


 こんなメンバーの中に、従妹の胡桃が入っているけど、大丈夫なのでしょうか。

 あの子の実力で、ついてこられるのか心配です。

 紫苑ちゃんは胡桃の事を可愛がっていますが、それだけの理由で私たちの戦いに巻き込むことは考えられません。


 最後にもう1枚書類がありました。

 写真を見ると、可愛らしい三つ編みの女の子です。

 しかしこれまでの6人など、話になりません。

 紫苑ちゃんのような事例が、こんな身近にもう1人いるとは思いませんでした。

 しかも彼女の方が、侵食が早いようです。

 すでに取り返しのつかないフェーズに突入しているかもしれません。

 実力が保証されている訳ではありませんが、魔法使いの中でも異質な存在であることは間違いありません。


 ちょうど書類を読み終えた頃に、事務室の扉が開きました。

 部屋に入ってきたのは凛花ちゃんです。


「凛花に担当してもらう1年生たちの資料だけど見たい? 見たいよね? 見たいでしょ。見るよね」


 またもや紫苑ちゃんの猛プッシュが始まりました。

 1年生の最初の実習では、上級生が御守おもりをするけど、私と紫苑ちゃんが立候補したら、先生たちから「頼むから辞めてくれ」と涙目にお願いされてしまいました。

 結果として紫苑ちゃんがピックアップした子たちは、凛花ちゃんが面倒を見ることになりました。

 将来的には生徒会に勧誘して、気に入った子を役員、第5公社、騎士へと引っこ抜くことを計画していますが、どのみち教育係は凛花ちゃんしか考えられません。


「私はパスする。余計な先入観を持って接したくないからな」


 これそこが凛花ちゃんです。

 紫苑ちゃんのプッシュを断る強さは、常日頃から見習いたいと思いながらも未だに実践できていません。

 無視することならできますが、1度反応してしまったらなかなか断れません。

 そして主導権を握った凛花ちゃんが別の案件を持ち出しました。


「それよりも新学期のタイミングで、あちこちから面倒な連中が入って来るとは思っていたが、本部から警告が届いたぞ」


 そう言って凛花ちゃんは抱えてきた書類を机の上に並べました。

 書類の電子化が進んでいる現代社会ですが、セキュリティの心配があります。

 生徒会ハウスの事務室は私たち以外も出入りするので、いくらネットワークの管理を慎重にしてもリスクがあります。

 そこで、2階の居住区にある凛花ちゃんの部屋のパソコンを、第5公社の本部と回線で繋いでいます。

 彼女独自の暗号ツールまで使っているので、セキュリティは万全です。

 そのため本部からの資料は、凛花ちゃんが印刷して持ってきてくれて、読んだら切り刻むか燃やすかしています。

 ちなみに私はパソコンが苦手なので、ネットワークとかのことは彼女に任せっきりです。


 広げられた資料には学生から大人まで、洋の東から西まで、様々な人たちがいます。

 その中から1枚の書類を凛花ちゃんは取り出しました。


「学生の肩書で潜入してくる連中は後回しにするとして、他は早めに片づけたい。特にNo.IガウェインのジジイとNo.Vの両名が忠告してきたのが、華国のマフィア黒真ヘイヂェンの殺し屋だ。通称チャン。2人の戦力査定だと、騎士の力を出し惜しみしていたら厳しいそうだ」


 私たちはランキング戦で使っている魔法とは別に、いくつもの隠している手札があります。

 その中で最も強力なのが指輪の騎士としての能力です。

 それは限界の先へと進む超常の力です。

 しかしどれも個性的すぎるので、扱う場面を選ぶし、対策を練られやすいです。

 そのため、東高どころか第5公社として動く時ですら、使うことを躊躇ためらいます。

 発動することがあっても、その全容を知られないように工夫しています。

 今回のように学内で使うならば、上手く周りの目を逸らす必要がありそうです。

 その考えに関しては、紫苑ちゃんだって同じのようです。


「ちょうど明日は入学式だし、一芝居やろっか」

「紫苑は、それでいいのか?」


「どうせ、いつも奇行ばかりしている私がやった方が、疑われることも少ないでしょう。それに今日はエープリルフールだから先生たちも多めに見てくれるわ」


 紫苑ちゃんはいつも唐突な行動をして周りを困らせていますが、全てが考え無しではありません。

 半分……いえ2割くらいはちゃんと意味がある計算された行動です。

 あっ、やっぱり1割にしておきます。

 ところで、たしかにエープリルフールは今日だけど、入学式があるのは明日です。


「私が注意を集めてゆっくり3つ数えるから、その間に静流が仕留めて。凛花は合図をしてから、止めに入ってね。さすがにノーガードで受けるのは痛いわ」

「分かった。ちゃんと名前を叫んでやるから」


 どうやら私が黒真の張と戦うことが決まってしまったようです。

 まぁ、紫苑ちゃんや凛花ちゃんが本気を出したら、目立ってしまうので、私が適任なのは分かっているけど、一言くらいは確認して欲しいです。

 2人とも人使いが荒いのは、素だから仕方ありません。


 紫苑ちゃんは絶対強者と恐れられているけど、普段は魔力を抑えています。

 飛んだり跳ねたり殴ったりするときは、必要な分だけ引き出して使っています。

 戦闘中は余分に魔力を解放して身体強化していますが、不意打ちに対しては、ほとんど無防備です。

 逆を言うと身体強化さえ発動すれば、防御や回避行動を取る必要がありません。

 ノーガードのところに攻撃を受けて平然としていれば、強さを印象づけるデモンストレーションになるし、実力に自信のない人たちは、勝手に諦めてくれることでしょう。


 とりあえず要注意の張の相手は私がするにしても、他の資料も確認しておく必要があります。

 紫苑ちゃんは自分が興味あることしか覚えられないので、地味な仕事は私と凛花ちゃんの仕事です。


 資料に張の写真はありませんが、プロフィールは30代の男性で、180センチ以上のほっそりした体格のようです。

 風属性をメイン、火属性をサブにしながら、様々な戦闘技能を組み合わせる万能タイプで、特に隠形を活かした暗殺が得意と書かれています。

 陰陽師の家系の中でも、草薙は見ること長けています。

 出来損ない・・・・・の私でも、見鬼けんきくらいならできます。


 ***


 半年ぶりの仕事ころしの舞台は、極東の島国ニホンだ。

 ステイツで魔法狩りに敗れて評価を著しく落としてからは、閉真から煙たがれていたが、今回の案件には幹部連中も手を焼いているようだ。

 信じられないことだが、ニホンの女子高生相手に組織の人間が何人も返り討ちになって、とうとう謹慎中の身であった俺にまで話が回ってきた。


 東ニホン魔法高校の生徒会役員3人については、基本的なことしか分かっていない。

 工藤財閥の跡取り娘に、陰陽道の名門草薙家の長女については、入学前までの情報があるが、最後の1人九重紫苑についてはその出自すら不明だ。

 否、ひとつだけ分かっていることがある。

 生きて帰ってきた連中はみんな口をそろえて報告した。

 曰く、“東高には1人化け物がいる”


 俺の任務はこの3人の暗殺もしくは拉致だ。

 しかし九重紫苑に関しては、確実に始末するように言われている。

 どうせ組織の連中は飼いならして、今回駄目になった子飼いの代わりに使おうなどと下衆な考えをしているのだろう。

 さすがにそこまで上の連中に義理立てする必要はない。


 手始めに、監視の目が緩んだ際に、東高への潜入を開始した。

 余計な戦闘を避けて、確実に仕留められるタイミングをうかがうつもりだ。

 ちょうど新入生の入学式をしていて、例の化け物はそこに出席予定なことは事前に確認できている。

 とりあえず敷地に入って、内部を探索することにした。

 俺としてみれば、魔法狩りとの戦いの傷が癒えてからの復帰戦なので、可能ならば残り2人のどちらかを前哨戦として、先に片付けたいところだ。


 黒いスーツを身にまとっているが、学校関係者にも似たような恰好がちらほらいるので、気配さえ消せば侵入は楽なものだった。

 しかし敷地に入ってすぐに、歩みを止めることになった。

 ある一帯が殺気……というより闘氣とうきが満たされていた。

 あからさまにこちらを誘い出してきている。

 高校の敷地内は多くの建物があるが、道が幅広くて物陰から物陰への移動は困難なので、気配を隠すだけで堂々と氣が放たれている方へとゆっくり進んでいく。


 辿り着いたのはグラウンドだった。

 闘氣を発していたのは、かんざしを挿し、淡い青色のニホンの伝統衣装をまとった少女だ。

 その背丈に似合わない刀を腰にいており、晴れているにも関わらず、傘を背にしている。

 見間違うことなどない標的の1人だ。


 資料で読んだ内容を頭の中で確認する。

 雨の剣士というふたつ名のとおり、水魔法と剣術を併用する近接タイプの魔法使い。

 ニホンでは高宮に次ぐ名門の草薙家は、剣術に秀でた陰陽師の家系だ。

 しかし彼女は陰陽師の才能はなく、剣にばかり傾倒しているらしい。


 あちらさんは、俺の正確な位置を把握していないようだが、明らかにこちらを意識している。

 相手に隙はなく、これ以上接近すれば確実に察知されてしまう。

 これは俺に対して、決闘を申し込んできているようなものだ。

 どうやら最初から俺が出向くことを知って、待ち構えていたようだ。


 奴さんは、俺や魔法狩りのようなこそこそした連中とは、違うわけだ。

 真っ直ぐだと一蹴したいところだが、結果を急ぐならばあちらの土俵で戦う必要がある。

 撤退か制圧かの2択を迫られている。

 俺だってこんな裏稼業でなければ、堂々と戦いたい。

 どのみち戦うことには変わりないので、化け物の門番を狩ることに決めた。


 魔法の詠唱を始めれば、こちらの正確な位置が知られてしまう。

 今のアドバンテージを活かすならば、この位置から先手を決めることだ。

 ならば短い詠唱で注意を引いて、2手目で仕留めるのが最善作として判断した。

 最初に派手なファイアボールで、本命には早さ重視のウインドカッターを選んだ。


 俺は魔力を高めて、ファイアボールの詠唱を始める。

 しかし少女の方が先に動いた。

 傘を開くと、急に太陽の光が減り、代わりに水滴が落ちてくる。

 そのふたつ名の通り雨が降ってきた。

 闘氣に隠れて、先に暗詠唱をしていたようだ。

 傘には模様はなく、その折り目だけが見えるシンプルな和傘だ。

 小雨こさめ程度なので、お構いなしに火の玉を放つ。


 直径1メートルはある大玉のファイアボールが直線を描きながら少女に迫るが、次第に小さくなり、標的に到達する前に鎮火されてしまった。

 その間、降り注ぐ雨は強さを増していく。


 濡れたスーツが肌に貼り付き、身体が重く感じる。

 しかしそれだけではない。

 少しずつだが、俺の魔力が減り始めている。


 事前に雨の魔法については下調べをしたが、その特徴として無差別広範囲に作用することと、威力が弱くて時間経過でしか効果を発揮しないことだ。

 広域系の魔法は制御が難しいが、その制御を捨てることで、発動条件を簡易にしている。

 つまり術者も自身の魔法の影響下にあるということだ。

 その代表例として、無差別に物を溶かすアシッドレインや、無差別に自然回復を促進するヒールレインなどがある。

 そして今降り注ぐ雨は、魔力を削ぐものだ。

 奴は傘で水滴を防いでいるので、長引けばこちらが不利だ。

 幸い、この手の魔法は発動中に他の魔法を使うことができないので、短期決戦に持ち込めば、決して脅威にはなり得ない。


 予定とは違うが、相手が防御の魔法を使えないならば、そのまま次のウインドカッターを放つ。

 炎だと鎮火されてしまったが、風の威力は雨では防げない。

 本来ならば不可視の刃だが、雨を切り進むせいで軌道が肉眼でも見える。

 しかしその切り口は徐々に小さくなり、火球と同様に彼女へと辿り着く前に霧散してしまった。


 ここで俺は自身の読み間違えに気がついた。

 この雨の能力は、俺の魔力を削ぐことではなく、魔法攻撃のジャミングだ。

 ある種の結界が彼女を中心に張り巡らされている。

 中央に近づくほど、その雨量は増し、魔法は弱体化する。

 攻略法としては、雨の届かない遠くから最大火力の遠距離砲撃か、接近戦しかない。

 もちろん向こうも承知の上だろう。

 遠距離攻撃を選べば、雨を解除されて逃げられてしまう可能性がある。

 つまりこの雨の目的は、強制的に接近戦を強いることだ。

 よほど剣技に自信があると見える。

 しかし俺だって、格闘は苦手ではない。


 隠形を完全にキャンセルして、ゆっくりと歩み寄ると、彼女も左手で傘を差したまま、右腕一本で抜刀した。

 1メートルにも及ぶ太刀を軽々と片手で構えている。

 それに対してこちらは、両袖の下に仕込んだ短刀を見えないように拳を作って隠す。

 両手足に魔力を集中して、堅固の身体強化を発動した。

 身体強化として分類される魔法は様々だが、四肢を矛にも盾にも変化させるこのスタイルが俺の好みだ。

 雨のせいで魔力の消耗が激しいが、出し惜しみをするよりも、全力での短期決戦が好ましい。


 急いでいても、剣士の呼吸や関節の動きを観察しながら、刀の間合いを見極めてギリギリまで詰め寄る。

 接近戦だろうが、魔法戦だろうが1撃目を撒き餌にするのは、組み立ての基本だ。


 拳の届かない距離から左腕を前に出すと、隠し持った暗器を彼女の心臓目掛けて発射した。

 少女剣士は身体を横に逸らして回避行動と同時に、刀を振り下ろし、俺の伸びきった左腕を切り落としにきた。

 しかし俺が腕を引く方が早い。

 空を切った刀はぬかるんだ地面に突き刺さり、少女の重心は前へと傾く。

 あれだけの太刀ならば、片腕で切り返すことは容易でない。

 本命の右腕を繰り出す。

 勢いのままナイフを繰り出そうとしたが、拳に衝撃が走って、落としてしまった。

 彼女は刀から手を離し、俺の右腕に対して上段蹴りを合わせてきたのだ。

 武器を失った俺は、態勢を立て直すために、1度距離を取った。

 相手も無理な追撃をせずに、刀を拾って構え直した。


 俺は勝手に、彼女を正統派の剣士だと思っていたが、こちら側と同じくなんでもありの実戦剣術を使ってきた。

 彼女は刀を攻撃手段のひとつとしてしか捉えていない。

 こだわる事とこだわらない事の匙加減はプロでも難しいが、ひとつ言えることは、こういう連中は一筋縄ではいかない。

 暗器で不意を突いて簡単に始末しようなどと、雑な戦い方を選ぶべきではなかった。

 どうやら心のどこかで、小娘だと侮ってしまい判断を誤っていたようだ


 改めて資料で読んだ彼女の情報を瞬時に確認した。

 彼女は剣術の腕前なら草薙家随一だが、陰陽道に関しては使い魔すら作り出せないほど才能がない。

 そのため実力の劣る弟が後継者として選ばれており、身を引く形で東ニホン魔法高校に入学している。


 先ほどの短刀よりも頑丈で切れ味のあるコンバットナイフを構えて、頭の中で詠唱を始める。

 斬撃を躱すのではなく、受け止めてから、至近距離で炎を浴びせる作戦だ。

 少しでも動揺を誘えないか、ニホン語で話しかけた。


「剣才だけの欠陥品とは、惜しいものだな」


 返事は返ってこない。

 しかし通じていない訳ではなさそうだ。

 これまでも何度かニホンで仕事をしているので、発音には自信がある。

 その証拠に呼吸が少し早くなった。

 無口なのは戦場では美徳なことだ。

 この程度の揺さぶり、無駄だったようだ。


 俺はナイフに注意が向くように左右にチラつかせてから、前へと突き出す。

 再び振り下ろされた刀を、ナイフで受け止めようとする。

 しかし斬撃が急加速して、獲物を弾き飛ばされた。


 彼女は傘を手放して肩だけで支えながら、空いた左手で刀を押したのだ。

 そのまま刃を上に向けて、切り上げの追撃が来る。

 それに対して頭の中で詠唱していたファイアストームを発動する。

 炎の渦は俺の視界を覆い、その範囲を広げなら少女を包み込む。

 これだけ接近すれば、雨で減衰しても威力はさほど変わらない。

 鍔迫り合いに持ち込んでから、確実に当てるつもりだったが、追撃を防ぐために発動してしまった。


 ファイアストームが鎮火する前に少し後退した。

 攻撃に手ごたえがなかったので、視野を広くするためだ。

 魔力によって生み出された炎は、燃やすものがなくなり、すぐに消失していく。

 そしてそこには誰もいなかった。

 すぐに視界に飛び込んできたのは、先ほどまで少女がいた位置の真上から、傘を広げて降下している姿だ。

 どうやら上に飛ぶことで逃れたようだが、空中で無防備なところを見逃さずに、短刀を投げる。

 しかし彼女は傘を閉じることで、重力に対する拮抗を減らし、加速することで投擲を回避した。


「さすが草薙家の神童といったところだな」


 素直に褒めたつもりだったが、相変わらず返答はない。

 驚くべきことに、彼女との戦いを純粋に楽しんでいる自分がいる。

 魔法狩りに続き、こんな極東の地で好敵手になり得る人物と出会えるとは思わなかった。

 だから声を聞き、その人となりをもっと知りたい。

 しかしもうじき戦闘は最終局面に入る。

 互いに手の内を確認しあったので、後はどちらが先に必殺の1撃を決めるかだ。

 ここまでに炎、風、炎と交互に使ったので、次の風魔法を準備する。


 しかし終曲フィナーレの合図は、まったく違ったところからやってきた。

 草薙静流よりもさらに後方、現在入学式が行われている講堂から強烈な気が発せられた。

 それは殺気でもなければ、闘氣でもなければ、魔力ですらない。

 ただただ圧倒的な存在感だ。

 目の前の敵のことなど忘れてしまいそうだ。

 あれがくだんの九重紫苑なのか。

 世界がざわつくわけだ。

 殺し合いの世界で長く生きてきた勘などではなく、生物として刻まれた本能が叫んでいる。

 あれに手を出してはならない。

 しかし目の前にも脅威があることを失念していた。


「……ない」


 目の前の寡黙な少女剣士が口を開いていた。


「草薙は関係ない。私は静流。指輪の騎士No.VIIIの静流です」


 指輪の騎士とは聞き覚えのない称号だ。

 台詞と同時に、彼女の刀を握る右手の中指が光り出した。

 どうやら指輪を触媒にする固有魔法のようだ。

 この後の本丸も気になるが、今は目の前の敵へと意識を向ける。

 すでに刀を受け止める武器は、手元に残っていない。

 少しでも気を抜いたら、切り殺される。

 魔力で強化した両腕を上げてガードを固めた。


 ここで初めて彼女の方から攻勢に出た。

 傘を真上に投げ飛ばすと、これまでにない鋭い踏み込みで急接近して、両手で握った刀を真横に薙ぎ払ってきた。

 リーチをしっかりと見切って、反撃を狙うためにバックステップで紙一重に躱す。

 しかし構えていた腕に痛みが走った。

 切っ先に触れていないはずなのに、袖が切れ落ちて、両腕から血が流れていた。

 身体強化をしていなければ、斬り落とされていたことを、すぐに理解させられた。


 魔法剣の類なのか。

 四元素魔法でも固有魔法でも、世界には様々な魔法剣があるが、この局面まで隠していたようだ。

 まずは間合いを見極めなければならない。

 事前に詠唱しておいたエアーインパクトを放つ。

 これで魔法剣の性能と間合いを計る算段だ。


 暴風の塊に対して、草薙静流は正眼に構えてから、ギリギリまで引き寄せて得物を振り下ろした。

 すると風の塊はふたつに割れた。

 しかし問題は結果ではない。

 その手段だ。


 腕を斬られたときは気づかなかったが、草薙静流の刀は一切魔力を帯びていなかった。

 彼女は魔法剣など使っていない。

 信じ難いことに、その剣技だけで魔法を切ったのだ。

 こうなると全ての魔法が通用しない。

 しかし次の対応を決める暇など、彼女は与えてくれなかった。


 十分に離れているはずなのに、草薙静流が刀を振るうと、先ほどよりも深く俺の腕に斬り込みが入った。

 次こそは斬り落とされるという恐怖に思考が支配され、気づいたときには、背を向けて走りだしていた。


 目で間合いを測れない斬撃は珍しくはないが、まったく魔力を持たず、さらには渾身のエアーインパクトを切ったということは、並みの身体強化や魔法障壁では防ぐことができない。

 つまり俺の両手両足どころか命が繋がっているのは、奴の気まぐれにすぎない。

 実際の間合いが分からない以上、とにかく遠くに逃げるしかない。

 忍ばせていたスタングレネードを使う間すら惜しいほどこの場から離れたかった。

 幸い、彼女は追いかけて来る気配はない。


 誰だ“東高には1人化け物がいる”だなんて言った奴は。

 もう1人いるじゃないか。


 俺は敷地を隔てる塀を飛び越えた。

 そのまま塀に背を預けて、腰を下ろして1度息を整える。

 ようやく草薙静流の視界の外に逃げ込んだ。

 全身に刃を突き付けられているような感覚から解放されて、安堵していた。

 しかしそれは俺の認識に過ぎなかった。

 ピキッという音に遅れて、右肩に強烈な痛みが発する。

 酸素を取り込もうと上下していた肩から先が無くなっていた。

 遅れて自分の腕が地面に落ちたことに気づいた。

 そして背中を預けていた塀が刀の幅ほど、切り裂けていた。

 その隙間の先には、一歩も動いていない草薙静流の姿があった。


 咄嗟に右肩を焼いて出血を抑えると、再び走り出した。

 奴の斬撃は間合いを無視して、魔法すらも切り裂く。

 もうどんなに離れようとも、安心などできない。

 かつて魔法狩りと戦ったときに世の中の理不尽というものに出会ったつもりだったが、これはそれ以上に無茶苦茶だ。

 俺はただがむしゃらにどこまでも走るしかなかった。


 草薙静流は魔法使いなどではなかった。

 奴の本質はあくまでも剣士だ。

 そんな彼女の前に姿を現した時点で、すでに刃を突き付けられていたのだ。


 いつの間にか雨が止み太陽が輝いていたが、俺の心は晴れることなく、むしろ焦燥感を掻き立てられていた。


“2回連続で、仕事に失敗した俺を黒真が許す訳がなく、そのまま行方をくらますしかなかった”


 ***


 黒真の張との戦いは、少し疲れました。

 あれだけ脅せば、もう向かってくることはないでしょう。

 騎士の力を使わずに済ませたかったのですが、本部の推定通り今の私の実力ではジリ貧でした。

 短い間でしたが、騎士の力で限界を超えると肉体的にも精神的にも消耗が激しいです。

 特に私の能力は、凛花ちゃんのと違って身体への負担が大きいです。


 ゆっくりとした足取りで、生徒会ハウスに辿り着くと、紫苑ちゃんが向かえてくれました。

 私が倒れ込むように抱き着くと、優しく頭を撫でてくれます。

 この至福の時間のために頑張っているようなものです。

 後はゆっくり休みたいところですが、紫苑ちゃんの口からとんでもないことが飛び出ました。


「静流、お疲れ様。今夜は徹夜で残りの侵入者も狩り尽くすわよ」


 先ほどまで戦っていた張が可愛く思えるほど、紫苑ちゃんは人使いが荒いです。

 それでも、昔の物静かな紫苑ちゃんも良かったけど、私は今の彼女の方が好きです。


 たくさんの侵入者の内、要注意人物を追い返しただけで、まだまだお勤めは続きます。


 ***


「おふとん〜」


 昨晩は紫苑ちゃんの宣言通り、お掃除でほとんど眠ることができませんでした。

 授業中に休憩しようとしたら、資料にあったステイツからの帰国子女との模擬戦の立ち合いに駆り出されたりして散々でした。

 まだ午前の授業が残っていますが、もう疲れたので、生徒会ハウスの談話室のベッドで仮眠をとることにしました。


「着物はしわにならないように、脱いじゃおうね」


 お布団に入ろうとすると、紫苑ちゃんがやってきて、服を脱ぐのを手伝ってくれました。

 寝巻に着替えるのも面倒なので、簪を外して、着物を脱いだらそのままお布団に侵入です。

 先客がいるようですが、紫苑ちゃんは服を脱がせてくれたので、凛花ちゃんでしょうか。

 凛花ちゃんにしては体温が高くて、硬い気がしますがもう限界です。


 ***


 仮眠のつもりが、目が覚めたらもう夕方でした。

 いつの間にか紫苑ちゃんの膝が枕になっています。


「静流はとてもいい子よ」


 よく分かりませんが、紫苑ちゃんに頭を撫でてもらいました。

 なんだか今日の紫苑ちゃんはとても機嫌が良さそうです。


 ***

『おまけ』

『9班』

高宮芙蓉:実技試験突破者。ニホン最強だった高宮春雨の息子?

的場蓮司:ライフル射撃五輪候補。警察組織からスカウト。

冴島由樹;風の最上級魔法へ到達。彼女募集中。

橘由佳:帝国式魔法戦技マジックアーツの使い手。『盾』の継承者。工藤凛花の義妹予備軍。

草薙胡桃:草薙家分家。隠形・化かしの達人。

野々村芽衣:付与魔法使い。紫苑と同じ?

リゼット・ガロ:イタリーの錬金騎士。


『指輪の騎士達』

No.I ガウェイン(かつての契約者、紫苑たちの師匠)

No.II ?

No.III ?

No.IV ?

No.V ?(芙蓉と共闘の経験あり? 張の情報をもたらした)

No.VI ?

No.VII 工藤凛花(モノと対話することで、その意思を増幅する)

No.VIII 草薙静流(魔法を斬る? 斬撃を飛ばす?)

No.IX 空席

No.X 空席



 ***

『あとがき』

いかがでしたか。

本編では、ほとんど出番のない静流さん第2弾でした。

彼女の視点だと、どうしても緩い作風になってしまいます。


草薙静流の騎士としての能力の説明は、伏せさせていただきます。

張の考察では不十分です。

芙蓉くんも凛花さんも静流さんだって反則級の能力なのに、絶対強者と比べると見劣りしてしまう不憫な方々です。

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