SS3 ランキング戦初戦
1-7
瀬尾百恵
新人ランキング:284/289
VS
1-2
高宮芙蓉
新人ランキング:289/289
***
俺の学生証には、2日先の放課後に予定されているランキング戦の対戦相手が表示されていた。
東ニホン魔法高校では、濃密な授業と実習だけでなく、放課後に学生同士による1対1のランキング戦が催され、月に2、3回ほど出番がある。
林間合宿から帰ってきてから、1年生同士の試合を4回繰り返して、5月末に1年最強を決める新人戦が行われる。
この成績を元に新人ランキングは、学年無差別の校内ランキングへと組み込まれる。
現在の新人ランキングは入学試験での評価が反映されており、学生たちからは暫定ランキングなどとも呼ばれている。
東高の入学試験では、魔法理論の筆記試験、魔力量の測定、そして推薦書で評価される。
しかしステイツの任務で忙しい俺が筆記試験の勉強をする暇などなく、魔力量がほぼ零なのは今更どうしようもない。
最後の推薦書も州のミドルスクール出身として偽装したが、平凡な経歴しかフレイさんが準備してくれなかった。
このままだと不合格なのだが、救済措置として試験官との模擬戦に挑戦することができる。
そこで能力を隠すために適当に攻撃を
入学が認められたものの、最下位スタートになった。
学生証を受け取った時は320位だったが、林間合宿での脱落者がいるので、順位が繰り上がっている。
それでも最下位であることには変わりない。
先日行われた1年生の合宿では、魔獣を殺すことと、血に溺れず踏みとどまることが試された。
しかし今年は魔獣の異常発生があったため、後者については十分に審議できなくて、例年よりも多くの学生が残っている。
この埋め合わせは別の機会に行うそうだ。
そのため血の気が多すぎる奴らが同学年にちらほら見かける。
さて、ランキングについてだが、俺が東高に通う目的は生徒会長の九重紫苑の護衛のためだ。
俺自身の能力を隠す必要はないが、無理に誇示する必要もない。
誰かがデビューだの、どうの言っていたが、入試のとき同様にランキング戦は適当に済ませるつもりだ。
そんなことを考えながら、校内の庭園にあるベンチに座って1人でぼんやりとしていた。
目の前の純和風の花壇は質素でありながらも、メインのハナショウブを引き立てるように演出されている。
東高に入学してからルームメイト2人とつるむことが特に多いが、彼らにもそれぞれの交友関係があるので、放課後は常に一緒という訳でもない。
暇なときは、九重紫苑がいる生徒会ハウスまで走って1分掛からないこの庭園で、待機するのが俺の日課だ。
そんな中、制服のポケットに入れてあったスマートフォンが振動し始めた。
スクリーンに表示されている通知は、知らない番号だったので身構えた。
このスマホはステイツからの支給品ではなく、俺がニホンに来てから調達したものなので、セキュリティは万全とは言い難い。
しかしそのままにする訳にもいかず、通話ボタンに触れて、右耳から少し話して音声を拾った。
「適当に戦うなんて、私が許さないんだからね!」
もし耳を近づけていれば、ひるんでしまっていたかもしれない。
声の主は、ここ最近聞きなれた彼女のものだ。
相変わらずながら、俺の考えを読んだかのような、唐突なセリフだ。
「いったい何の話ですか?」
「とぼけても無駄よ。明後日のランキング戦を程々に流すつもりでしょうけど、私は新人戦であなたに賭けるつもりだから、勝手に負けられたら困るわ!」
会長の説明によると、新人戦は1日で全試合を消化するために、新人ランキングを元に5ブロックに分けたトーナメント戦を行う。
そして新人王を決めるAブロックにエントリーするには、それまでにランキング戦で60位付近になっておく必要がある。
単純にこれから4回あるランキング戦で全勝しても、届かない可能性がある。
しかしランキングは単純な勝敗だけでなく、内容も問われる。
評価の点数として大きいのはふたつで、決着までの時間と使用した魔力量の差だ。
時間はもちろん短い方が良いが、魔力量は僅差ほど評価が高い。
大きな魔力で圧倒する方が力を誇示できそうなものだが、プロの現場では周囲への影響を考慮して、最小限の魔力で制圧することが求められる。
それと演習場をむやみやたらに壊したり、オーバーキルを防いだりする意図もある。
どのみち俺の身体強化は吸った分の魔力しか使えないので、Aブロック入りのためには魔力量を気にせず最速タイムで倒す作戦がシンプルでやりやすい。
「今の後輩くんの位置は非常に
会長は俺を新人戦で優勝させて、トトカルチョで1発儲けるつもりだ。
新人戦はお祭りのようなもので、賭けは学園公認なので、生徒会長が興じても問題はない。
賭けの対象になるのは、Aブロックでの新人王単勝のみで、Aブロック参加者以外は新人戦までのランキング戦を参考に、誰に賭けるのか決める。
さて、ここで最下位から急上昇して60位付近になってAブロック入りするのと、元々60位以内から現状維持の場合で、どちらの人気が高いだろうか。
もちろん前者である。
「作戦は私の方で用意してあるわ。当日までのお楽しみよ。とにかく後輩くんはわざと負けるとかしないでよね」
そう言い残すと一方的に電話を切られてしまった。
会長が考えた作戦など、恐ろしくて仕方がないが、逆らえる訳もない。
そう言えば彼女に連絡先を教えた記憶がないのに、どうやって電話してきたのだろうか。
とりあえず登録しておくか。
ちなみにこの後、工藤先輩に相談してみたが、肩に手を置かれて「まぁ、頑張れ。なるようになる」とだけ言われた。
***
第7演習場のリングでは、これから俺のランキング戦初戦が行われる。
砂を敷き詰められた闘技場の周りは階段状の客席がぐるりと囲い、中央にあるコンクリートのリングは、1辺が30メートルもある。
ステイツの訓練場でよく使っていた、ボクシングのリングの3倍以上の広さだ。
試合はダウンかリングアウトで10カウント取られると負けになる。
カウントは保持されるルールで、時間無制限の1ラウンド制だ。
そしてダウンの場合は追撃を許可されている。
これはわざとダウンして、攻撃から逃れるのを防ぐためである。
一方リングアウトの場合は、場外乱闘を避けるために追撃を禁止している。
なお空中に関しては、上空15メートルを超えるとカウントが始まる。
リングの中央にいる主審は教員で、両端にいる副審2人は上級生たちだ。
武器は学校から許諾を得たもののみ使用可能だが、俺は何も登録していないので珍しく全く仕込みのない完全な無手だ。
ちなみに校内では、鞄の中にサバイバルナイフとスタングレネードを忍ばせている程度だ。
客席は全校生徒だけでなく、来客まで入れる設計なので、空席が多いがそれでも200人以上が座っている。
他の演習場でもランキング戦が行われているが、この会場の客入りが1番多い。
林間合宿で第9班がオーガを倒した活躍が噂になり、それに尾ひれがついて、何かと周囲から注目されている。
曰く、プロの窮地を救っただの、オーガの大群を殲滅しただの、肥大している。
関係ない俺からしたら余計なとばっちりだ。
しかしそう単純なものでもない。
リズとの見解は一致しており、いずれかの工作員が俺たちの行動を封じやすくするために、情報を操作しているのではないかと疑っている。
それ以外にも、純粋に底辺の試合をからかいにきた嫌味な奴も混ざっている。
ステイツでもそうだったが、そういう連中はどこにでも一定数はいる。
それでなくても、魔法使いは常に上下を意識せざるを得ないので、下がいると安心するのは人間の心理として、仕方がない。
さて、対戦相手の
背丈は150センチほどで、特別な衣装ではなく、制服を着て杖を手にしている。
リング上で対峙して、これから戦うわけだが、1度も目が合わない。
戦闘には向かない気弱なタイプのようだ。
東高はランキング制の特色上、好戦的な連中が多い。
9班の中でも、大人しいサポーターの野々村ですら、ゴーレム相手に肉薄したくらい
しかしみんながそういうわけではなく、事情など人それぞれだし、ランキングの下の方ならばこんなものなのかもしれない。
とにかく会長の作戦などなくても、初戦は楽勝だと思う。
むしろわざと負ける方が難しそうな対戦相手だ。
主審が試合開始前の確認を両選手にした。
そして時間ちょうどにゴングが鳴り響く。
いきなり飛び込むことはせず、まずは様子を見ることにした。
暗殺でなければ、どんなに弱そうな相手でも、反撃を狙うのが俺の戦い方の基本展開だ。
しかしこの慣れた戦い方が裏目に出てしまった。
「後輩くーん。ぶっ飛ばせー!!」
ゴングによって生み出された静寂を、会長様の声援(?)が打ち消した。
瀬尾の姿を捉えたまま、横目に客席の上に立ち上がる彼女を確認した。
「後輩くーん。ぶっ殺せー!!」
会長様は拳を振り上げながら叫んでいる。
女子高生としても、生徒会長としもそれでいいのか。
周りにいる生徒たちは彼女のことが恐くて、委縮してしまい止めることなどできない。
対戦相手の瀬尾なんて、涙腺が今にも決壊しそうになっている。
彼女の俺を見る目が恐怖で一色だ。
「後輩くん。そんな女、いてこませ!!」
(なぜ関西弁なんや!?)
そして信じ難いことに、指を立てて前の客席に足を載せている女帝の姿が目に映る。
親指でもなく、人差し指でもなく、M指。
自称メインヒロインにあるまじき行いだ。
メインヒロイン(笑)だから別にいいのか。
そしてとうとう、塞き止めていたものが爆発した。
相対していたはずの瀬尾がすすり泣くように、涙をこぼし始めた。
杖を強く握って、必死にこらえているが、まとも戦えるような状態じゃない。
俺は主審に目を向けたが、あからさまに逸らされた。
(教員、働けや!!)
仕方がないので、さっさと終わらせることにした。
俺は彼女の制服の胸倉を掴むと、魔力を奪いながら、ゆっくりと持ち上げた。
そしてそのままリングの外へと軽く投げ飛ばした。
受け身を取れなくても大丈夫なように、尻もちをつくように丁寧に投げたつもりだ。
それにリングの外は砂なので、ダメージは少ない。
戦意を失った彼女は戦場に戻ることなく、そのまま10カウントでランキング戦初戦を終えた。
その後、会長様は複数の教員たちに連行されていった。
意外とあれで、彼女は学校権力に素直に従う。
そして自称メインヒロインが退席したら、溜まっていた彼女への不満が会場中で爆発した。
そう、ブーイングの嵐だった、
「この卑怯者が!」
「最下位のくせに!」
「悪魔に魂を売りやがって!」
「何がオーガを倒しただ!」
「お前がF×△Kされちまえ!」
まぁ気持ちは理解できなくないが、会長がいなくなってから
むしろ意味もなくヘイトを集めている俺こそが、彼女の1番の被害者だと訴えたい。
だからいつものことながら、お馴染みの台詞を叫ばずにはいられなかった。
「り、り、理不尽だー!!」
***
お馴染みの庭園で放課後の時間を過ごしていた。
しかし今日はいつもと違っていた。
なんと、会長様が隣にいるのだ。
普段は制服の彼女だが、本日はジャージ姿で腰を下ろしている。
雑草を抜いたり、枝木やゴミを拾ったり、彼女に似合わない行動だ。
ランキング戦の最中に騒いだ会長様には、清掃という罰が下された。
その隣で俺も雑草を抜いたり、枝木やゴミを拾ったりしている。
そう。
俺にも共犯として同じ罰が下された。
こんなことはうんざりだが、意外なことに彼女は楽しそうに清掃をしている。
「後輩くん。あと3回掃除よ」
また同じことを続けるのかよ。
もし会長がプロデューサーなんかやった日には、初日にアイドルに逃げられるぞ。
“そして会長の場外支援によって4連勝した俺は、新人戦でのAブロック入りが決まったが、全校生徒からのヘイトが上昇した。そして会長の計画以上にオッズも急上昇した。あちこちから余計な恨みを買った俺だったが、その代わりに9班のメンバーからは同情され、暖かく迎えられた”
***
『おまけ』
芙蓉「そういえば、林間合宿で実力を隠したら、なんでもひとつ質問に答えてくれる約束をしていましたよね」
紫苑「げげっ、覚えていたの! ……何のことかな?」
芙蓉「あからさまに、とぼけないでください!」
紫苑「『2-5 会長P』のことなんて、もう覚えてないんだからね!」
芙蓉「ちょっと意味が分かりませんが、覚えているみたいですね」
紫苑「おほん。まったく、お姉さんの何が知りたいのかしら? バストサイズかしら。胸囲かしら。それともカップ数かしら」
芙蓉「それはもう知っているからいいです。……あっ?!」
紫苑「ふふ~ん。そんなに私に興味があったのか。それで他には何が知りたいの?」
芙蓉「なんで嬉しそうなのですか。聞きたいのは会長の固有魔法『指輪の騎士達』についてですよ」
紫苑「あぁー、別にどうでもいいでしょ」
芙蓉「どうでもよくないです!」
紫苑「そうね。確か凛花が見せちゃったのよね。前話で静流も使っていたわね。騎士として任命した相手に固有魔法を目覚めさせる能力よ。以上、
***
『あとがき』
いかがでしょうか。
SSでも芙蓉くんの受難が止まりません。
真面目な試合は、3章で書かせていただきます。
会長様がさらりと『指輪の騎士達』の能力をバラしていますが、読者様の多くが勘づいていたと思います。
つまり芙蓉くんが騎士になれば、新たな固有魔法が追加される訳ですね。
物語の根幹に関わるので、まだ秘密があります。
ヒントは、まさに『指輪』です。
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