SS4 入部騒動

『まえがき』

いつもアクセスありがとうございます。

またまたロングなショートストーリーです。

 ***


 5月に入ってすぐのとある放課後、珍しく俺の方から生徒会ハウスを訪ねていた。


『そういえば、芙蓉は部活どうする?』


 昨晩、寮で由樹から掛けられた言葉だ。

 すっかり忘れていたが、東ニホン魔法高校には多くの部活があり、強制ではないがほとんどの学生がいずれかの部に所属している。

 東高では単位制が採用されていて部活動も単位の対象となっており、所属するだけで何もしなくても、年間2単位が発生するので、とりあえず入部しておいた方がいい。

 学内での成績は気にしていないが、退学になる訳にはいかないので、手軽に単位を得られるならば回収しておきたい。

 そして前期の単位認定を得るには、今週中に入部届を提出する必要があった。


 部活の勧誘は入学式の日に少し行われていたが、本格化したのは林間合宿を終えた次の週だった。

 つまり俺が会長と霊峰で遭難している間に、ほとんどの1年生は部活を決め、勧誘活動はすでに終息している。

 そういう事情があって、すっかり部活のことを忘れていた。

 ちなみにすでに由樹だけでなく、俺以外の9班のメンバーは全員入部届を提出済みだ。

 当初の予定では、会長と接点を得るために同じ部活に入ることを考えていたが、すでにまとわりつかれているので、その必要性がなくなってしまった。

 それでも俺の任務が九重紫苑の護衛と調査である以上、彼女と同じ部活に所属するべきなのは変わらない。


 しかし実のところ、彼女の部活について聞いたことがなかった。

 俺の交友関係では、9班の6人しかいないのだが、昨晩チャットアプリで聞いてみたが誰も知らなかった。

 しかしながら橘の返事が、リズからかと見間違うほど、素っ気ないもので少し違和感があった。

 もしかしたら、心当たりがあって何かを隠しているのかもしれない。


 会長本人に直接訊ねて同じ部活に入ると、とことん弄られる未来が目に見えているので、それは最終手段にしたい。

 そこで工藤先輩に内密に相談しようとしたら、生徒会ハウスまで来るように指示された。

 そして今現在に至る。


「高宮、ちょうどいいタイミングに来たな。中に入りな」


 建物の中に入った俺は、パソコンやたくさんの本棚が並んだ事務室のような部屋に通された。

 しかし会長には内密とお願いしていたのに、彼女が机で何か作業をしていた。

 書類を書いているようだが集中しているようで、俺と工藤先輩が入ってきたことに気づいていない。

 そのままバレないように小声で工藤先輩に状況を確認した。


「あの、会長の部活を知りたいだけなんですけど……」

「実は、紫苑は1年生のときに、所属していた部活を追放されていて、今年の部活をまだ決めていないんだ」


 ようやく現状が見えてきた。

 みんなが会長の部活を知らなかったのは、彼女がどの部活にも所属していなかったからか。

 部を追放とは穏やかじゃないが、昨晩の橘のメッセージが素っ気なかったのは、何か事情を知っていたのかもしれない。

 しかしそうなると、これから会長が新たに入部する部活に後から俺も入るのか。

 いや、工藤先輩にお願いすれば、先に入部届を出したことにすることくらいできるはずだ。

 しかし先輩の説明は、まだ終わっていなかった。

 会長様はいつだって、俺の想定の上を行く。


「紫苑は昨年の失敗が原因で、今ある部活に入らず、自分で新たに立ち上げるみたいだ」


“気に入らなければ、自分で作ってしまえ”と言うのは、いかにも彼女らしい発想だと思う。

 最悪の場合は、会長1人の部活に俺が入ることになるのか。

 その場合は遠慮させていただきたい。

 フレイさんだって許してくれるはずだ。

 そうこうするうちに会長はアイデアを固めて、立ち上がった。


「決めたわ。私はアイドル研究部を作ることにしたわ!」


 相変わらず、唐突なお方だが、意外なチョイスだな。

 そういうのは、由樹もしくは橘の担当だと思っていた。

 俺もテレビくらいは見るが、芸能人とかにはあまり詳しくない。

 会長も流行などを気にしないこっち側の人間で、アイドルとかチャラついたものには興味がないと思っていた。


学園スクールアイドルになってみんなでLoveライブを目指すのよ! もちろん凛花と静流はメンバーに確定よ」


 あれっ……なんだか思っていたのと違う。

 由樹の影響なのか、アイドル研究部と聞かされて、オタクな雰囲気を想像してしまったが、どうやら会長自身が歌って踊るつもりのようだ。

 俺はそこに混ざれるとは思えない。

 そして当然の如く生徒会役員は道連れにされるのか。

 しかし彼女の扱いを熟知している工藤先輩は、容易く跳ね返す。


「紫苑、私はただでさえ生徒会と野球部の掛け持ちで忙しいのに、そんなこと認められる訳ないだろ。くだらないこと言っていないで、どこかの部活に入ってきなさい」


 そんな彼女の言葉に呼応して、ジッパーが空いたままのバッドケースから中身が顔を見せた。


「悪いな。嬢ちゃんは、俺を振り回すので忙しいから、他をあたってくれ」


 霊峰での戦い以来だが、バッドが上下に動きながらしゃべっているのは、なかなかシュールだ。

 学園で知る者は少ないが、彼女の相棒はしゃべるだけでなく、伸びたり、曲がったり、枝分かれしたりする。

 ちなみに工藤先輩が操っている訳ではなく、バッドが意思を持ち自身の魔力で動いている。

 インテリジェンス・ソードならぬ、インテリジェンス・バッドという訳だ。

 もう勝敗は決したかのように見えたが、会長は駄々をこねるように親友の意外な一面を暴露し始めた。


「本当は、凛花が1番フリフリの衣装とか好きなクセに。夜な夜な私の作ったカラオk」

「待て待て、待て。高宮を連れて行っていいから」


 会長が何を言おうとしたのか、少し気になるところだが、工藤先輩は俺を売り飛ばすことで遮りやがった。


「あれっ、後輩くんいたの?」


 そしていまさら俺の存在に気づく会長様。

 今は隠形を使っていないが、俺の存在感ってそんなに薄いのか。

 会長が自分本意だからだと信じたいところだ。


「高宮、紫苑を適当にどこかの部活に放り込んでくれ」


 この人、自分だけ面倒事から回避して、保護者の仕事をこちらに押し付けてきやがった。

 しかし会長と同じ部活に入ろうと考えていたので、むしろ都合がいいので断れないところが痛い。


「まぁ、後輩くんと一緒なら我慢するか」


 俺の扱いが雑だが、会長が余計なことを諦めてくれたなら良かった。

 それでなくても目立つのに、人前に出る機会が増えれば、狙われやすくなる。

 しかし一から部活を決めるとなると、選択肢が多すぎる。

 会長の好みから、いくつか種類を絞るのが得策だ。


「ところで工藤先輩と交流のある運動部のどれかだと駄目なのですか?」


 彼女は野球部の所属だが、サッカー部、バスケット部、バレー部に助っ人で試合に参加していることは、校内でも有名なことだ。


「紫苑は一般のスポーツはてんで駄目だ」


 ニホン高等学校体育連合が管轄する一般の運動部では、魔法の使用が禁止されている。

 無意識の内に漏れてしまう程度の弱い身体強化ならば黙認されているが、魔法高校の生徒ならばあらぬ疑いを掛けられないように、しっかりと抑える必要がある。

 そして意外なことに、身体強化を使っていない会長の運動能力は、女子高生として中の下だそうだ。


 俺の場合は、自身の運動性能が身体強化のベースになるので、しっかりと鍛えて、スピード重視の軽量級に仕上げてある。

 しかし会長の場合は、膨大な魔力を込めて力任せに戦うので、本来のスペックはあまり関係ないのかもしれない。


「とりあえず後輩くんたちの部活を見学しに行こう!」


 何も絞らずに今から適当に見に行くのか。

 これは長くなりそうだ。

 なんだか遊びに行くだけになりそうな気がするのは、俺だけだろうか。


 ***


 とりあえず以下が昨晩知った9班のメンバーたちの部活だ。

 蓮司:魔法格闘部

 由樹:魔法開発部

 橘:料理研究部

 胡桃:茶道部

 野々村:魔法開発部

 リズ:料理研究部


 蓮司は林間合宿から帰ってきてから、自身の戦闘スタイルを模索するために色々と挑戦している。

 その一環として彼が所属している魔法格闘部は、身体強化系のみ使用が許された異種格闘技だ。

 とりあえず会長を連れていくのは危険に感じる。

 そもそも生徒会戦挙以外で、学内の公式戦に参加していない彼女がここに入るとは思えない。

 そこで彼女に了承を得てから、まずは文化部が活動をする棟に来ていた。


 飾り気のないコンクリートの建物にいくつものクラブが収容されている。

 大小と様々な部屋の大きさがあるが、部員数や活動内容に応じて、生徒会が割り振ってある。

 基本的には扉に張られたガラス越しに廊下側から中を覗けるが、一部の部屋はカーテンなどで、様子をうかがえなくなっていた。

 まさに今、目の前にある部屋は黒いカーテンによって、周囲の目を遮っていた。

 とりあえずは1階の端にある由樹の所属する魔法開発部に来ていた。

 なぜこの場所なのかは、その活動内容からみんなが察している。


「よぉ、芙蓉。待っていたよ」


 扉を開けるとすぐに由樹が出迎えてくれた。

 直前になってしまったが、彼には事前に見学する旨を伝えてあった。


 西洋の黒魔術や錬金術の研究室のような部屋を想像していたが、どちらかというと近代科学の実験室といった内装だ。

 部屋の中は小綺麗で実験台が整然としており、壁にはびっしりと本棚が並んでいた。

 ざっくりとだが、由樹が部の紹介をしてくれた。

 それぞれの学生が自身の興味から独自のテーマを研究し、毎週報告会をして意見交換するのが主な活動内容だ。

 会長は勝手に本棚を調べ始めたので、俺は適当に作業している人に何をしているのか声を掛けてみた。


「……地獄の業火を召喚する」


 最初に俺が声を掛けたのは、少し話すのが苦手そうで根暗な印象の男性だった。

 実験台には、複雑な模様の魔法陣を描いた紙が並べられており、中央には灰のようなものを載せていた。

 それにしても地獄の業火だなんて、いきなり大層なものが出てきた。

 実際に地獄があるかは別として、消えずに永遠と燃え続ける炎として様々な書物に記されている。

 エネルギー収支を考えると、ある意味魔界への扉以上に実現が困難な魔法かもしれない。

 そんな研究をしている彼だが何かをぼそぼそと呟いていた。


「くくっ、リア充どもめ……焼き殺してやる……」


 根暗どころか、かなり逝っちまっているようだ。


 気を取り直して、別の部員に話し掛けた。

 伸ばした髪がぼさぼさで、化粧っけがなく、いかにも研究者のイメージを体現したような女生徒だ。

 彼女の実験台には、呪符に蝋燭や藁でできた人形が散乱していた。

 これは説明されなくても分かりやすいな。

 ニホン由来の呪術だ。

 呪術は古くからあり、遠隔における対象指定魔法としてとても優秀だが、その分難易度が高く特に反動を伴うものが多い。


「ひひっ、リア充たちを呪い殺してやる……」


 ここにはこんな連中ばかりなのか。

 ある意味、由樹が魔法開発部に惹かれたことに納得してしまう。

 ここは入部の候補から外した方がいいかもしれない。

 俺の立場からすると、むしろ負のスパイラルに入りそうな由樹を連れ出す算段を考え始めていた。


 そして由樹も入部したてのはずだが、すでに実験台の上で何かを広げていた。


「芙蓉、俺のテーマも紹介してやるぜ」


 そこにあったのは市販のミネラルウォーターのペットボトルとキャンパスノートに書かれたいくつかの魔法陣だった。


「マジックポーションを作っているのさ。俺は魔力量の成長が止まっちまっているから、それを補うためだな。今は魔法陣を用いた液体の形質変化からアプローチしている」


 鬼が出るか変態が出るか身構えていたが、意外にも真面目なテーマで拍子抜けしてしまった。

 マジックポーションと言っても、様々な種類がある。

 一時的に魔力の回復速度を上げるものや、魔力の貯蔵量を上げるもの、魔力の伝導効率上げるものなどなど。

 瞬時に魔力を補充するだけならば、霊峰で使った魔石の方が優れている。

 両方希少だが、採掘量に限りのある魔石よりも、調合できるマジックポーションの方がいくらか手に入りやすい。

 しかし公開されているマジックポーションのレシピには、魔法公社が高い特許料を課しているので、価格はそれなりだ。

 さらには霊峰などの、魔獣が出現する地域にのみ生える植物が材料に使われることが多いのだが、由樹は魔法で直接生成しようとしている。


「そしてこれが失敗した試作品だが、飲んでみるか?」


 由樹が目の前のペットボトルを差し出してきたが、失敗していることを分かっていながら飲む奴などいないだろう。

 そもそも魔力を帯びた物質は、俺の魔法式が分解してしまう。


 とりあえずボトルを受け取って、蓋に触れるとまだ未開封だった。

 つまり容器越しに中身を変化させる魔法陣のようだ。

 蓋を開けたが、いきなり口を付ける馬鹿なまねなどしない。

 容器を傾けて、指に垂らして、匂いを確認した後に少し舐めるつもりだった。

 しかし中身の液体は重力に対して抵抗するかのようにゆっくりとボトルの中を動き、糸を引きながら、俺の指に落下した。

 想像以上に粘性があって、ヌルヌルする。

 匂いはなく、味もしない。


「これってポーションじゃなくて、□ーションじゃねえか」


 由樹はやっぱり天才バカだった。

 □ーションは粘性が高く保水性に優れているため、肌のケアだけでなく、地面や手すりに塗ることで即席のトラップに使うことができる。

 しかし品質の管理が難しいことと、処理が面倒なため、俺としてはあまり好まない。

 ちなみに別の用途についても、由樹の蔵書コレクションで学習済みだが、ここでは控えておく。


「欲しくなったらいつでも言いな。ルームメイト特権でいくらでも作ってやるさ」

「由樹、俺たちはいつまでも親友だ」


 俺たちは心の中で、熱い握手を交わした。


「後輩くん、何しているの?」


 咄嗟に俺たちは、ブツを後ろに隠した。

 そして俺は別の話題で誤魔化した。


「由樹、そういえば野々村は……」

「あっあぁ、委員長ならあっちの方さ」


 由樹が指差した先は、そこだけ異質だった。

 部屋の隅が、天井から床まで黒いカーテンで覆われていた。


 俺と会長は、こっそりとカーテンの隙間を空けて中を覗いた。

 そこは薄暗い照明に、香を焚いているような甘ったるい匂いの煙が漂っていた。

 そして肝心の野々村はトレードマークのメガネと三つ編みはいつも通りだが、実習で着ていた白いローブではなく、とんがり帽子と黒いマントを羽織って、試験官やらフラスコを弄っている。


 どうやら見てはいけないものを見てしまったようだ。

 俺たちは何も言わずに静かに漆黒のカーテンを閉じた。


「彼女は何をしているの?」


 さすがの会長様も本人に聞くのはまずいと判断して、由樹に質問した。


「好きな人を虜にする惚れ薬を作っているのさ。俺も味見を手伝っているけど、誰に飲ませるつもりなのかな?」

((いや、おまえだろ))


 珍しく会長と意見が合った気がする。

 いや、本人以外はみんな分かるか。


 呑気に笑う由樹の後ろで他の部員たちから、どす黒い妖気があふれ出ていた。


「カップルで入部しやがって、」

「リア充死すべし、リア充死すべし」

「裏切りものに、捌きの鉄槌を」


 ヤバい。

 野々村が想いを遂げたら由樹の命がない。

 俺はどちらを応援すれば良いのだろうか。

 しかし魔の手は俺にも忍び寄っていた。


「惚れ薬か……後輩くんを私にメロメロにできるならば、ちょっと楽しそう」


『ちょっと楽しそう』程度で、飲まされるこっちの身にもなって欲しいわ。

 俺の魔法式は、魔力によって作用する薬ならば分解できるが、化学物質は分解できない。

 そのため一概に惚れ薬が効かないとも言い切れない。

 魔法を使わなくても、精神に作用する薬などこの世の中にいくらでもある。


 会長とこの部活はあまりにも相性が良過ぎる。

 どれもこれも彼女のおもちゃになって、1番被害を受けるのが俺になることは目に見えている。


「由樹、また後でな」


 俺は強引に会長の手を引いて、部室から飛び出した。

 意外にも彼女は抵抗することなく、しおらしく俺に付いてきた。


 ***


 魔法開発部の部室から勢いに任せて飛び出したら、部室棟の外まで出てしまった。


「ちょうどいいわ。先にこっちに行きましょう」


 先ほどまで、俺が先導していたはずだったが、逆転して会長が手を引き始めた。

 部活棟の隣の建物は、全面ガラス張りで中には植物が生い茂っていた。

 朝のランニングで何度か見かけたことがあるが、温室のようだ。


「静流の部活も見学しましょ」


 そう言うと会長は学生証をかざして、入り口のロックを解除した。

 おそらく俺の持つカードでは開くことができない。

 過去に生徒会が学園のシステムをハッキングしたことは有名な噂で、学園側は大幅にセキュリティを強化している。

 しかし実際は、会長にあおられた工藤先輩が毎回突破しており、今のところ生徒会側の全勝というのが真実だ。

 というわけで彼女たちの学生証は、ロックの解除や他人の情報の覗き見をいともたやすく行うことができる。


 何はともあれ、会長に先導されて温室の中へと入っていった。

 以前、俺と会長がランキング戦でのペナルティで掃除をさせられた庭園を、物静かで和風と表現するならば、こちらは色とりどりで華やかな洋風だ。


「紫苑お姉さまに、高宮さんなのです」


 鮮やかな花々の中からひょっこりと現れたのは、我らが1年2組のマスコットこと草薙胡桃だ。

 戦闘になると1番恐いのだが、普段は俺の胸元くらいの小さい背丈でぴょこぴょこ跳ねている小動物のような子だ。

 老若男女問わず同じ態度なので、アンチは少なくクラスでも人気者だ。

 たしか彼女は茶道部のはずだったが、今日は従姉の草薙先輩にでも会いに来たのだろうか。


 仲良く話しながら歩く会長と胡桃の後ろを黙って歩き、温室の中心部へとたどり着いた。

 大きい樹木が減り、開けた場所に丸いテーブルがふたつと、それぞれ囲むように椅子が並べてあった。

 テーブルに上には紅茶の入ったティーカップに、一口サイズに切り分けられたケーキが優雅に盛り付けられていた。

 いくつか空席があるものの、女子生徒たちが静かにティータイムを楽しんでいた。

 そのうち1人は学校指定の制服ではなく、着物を着て簪を挿し、刀を佩いていた。

『雨の剣士』の異名を持つ生徒会書記の草薙静流だった。


「会長、一体ここは何の部活なのですか?」

「もちろん茶道部よ」


 もちろんと言われてもツッコミどころが多すぎて、俺の思考が追いつかない。


「静流は草薙の家では茶道を嗜んでいたけど、本当は紅茶とケーキの方が好きで、いつの間にかこうなってしまったわ」


 説明がざっくりし過ぎていて、よく分からない。

 つまり東高の茶道部は紅茶を飲んで、ケーキを食べる部活なのか。

 洋風になっただけなのに、なぜか趣を失い、怠惰に感じるのは俺だけだろうか。


「ここを使う代わりに、しっかり温室の管理もしているのです」


 不信感を抱いていた俺に対して、胡桃が補足をした。

 たしかに部活棟と同じ広さの温室の維持は大変そうだ。

 しかし会長をここに押し込めば、一件落着じゃないか。

 男子部員はいないので、俺は適当に他の部活の幽霊部員になって、温室の周囲を見張ればいい気がする。

 そんな考えをしていた俺に対して、草薙先輩が何か言いたげな目でこちらを睨んできた。

 胡桃がすぐに先輩の隣に行き、耳を差し出して代弁した。


「紫苑お姉さまは不器用なので、花の手入れは任せられないのです。あと、お菓子も1人で全部食べちゃうので、めっ! なのです」


 草薙先輩のコミュ障にも困ったものだが、会長様のことをよく熟知していらっしゃる。

 たしかにここは彼女にとっては場違いすぎる。

 本人も自覚があるようなので、俺たちは無言で温室を後にした。


 ***


 9班のメンバーの所属している残りの部活は、橘とリズの料理研究部だ。

 橘はもともと料理が得意のようだし、リズも林間合宿で思うとこがあったようだ。

 俺も会長も一通り料理はできるので、悪くない選択肢かもしれない。

 見学のために温室から戻って、部活棟の3階の廊下を歩いていた。


「後輩くん、今度はお姉さんをどこに連れていくつもりかしら」


 今更、お姉さんぶられても、威厳などない彼女が足を止めて俺に訊ねてきた。


「料理研究部ですけど、」

「駄目よ」


 会長が俺のジャケットを引っ張ったせいで、足が止まってしまった。

 いつもなら、どこにだってお構いなしに突撃する会長様なのだが、珍しく拒否の姿勢だ。

 まるで由樹のやっている恋愛ゲームに現れる、お化け屋敷を怖がる女の子みたいだ。


「実は昨年、料理研究部でやらかして、退部になっているのよ。今頃になって顔を出すのは気まずいわ」


 橘の歯切れの悪さはこれが原因か。

 未だに全貌は分からないが、会長様が気まずいことを理由に足をすくめるのは珍しいことだと思う。

 とりあえず彼女がお気に召さないのならば、諦めるしかない。


 しかし時すでに遅し。


『エマージェンシー、エマージェンシー』


 部室棟の廊下に謎の警報が鳴り響いた。


 目的地点の教室の扉がバタンと開かれると、中から人の背丈ほどある大きなアクリル板が出てきた。

 エプロンを装備した料理研究部と思われる面々がきびきびと廊下に現れ、十数秒で透明なバリケードを構築した。

 部活の種類が豊富な東高としては珍しく、20人ほどいて男女比は3対7といったところだ。


 バリケードの隙間から、一回り小さいアクリル板を盾のように構えた橘が現れた。

 そして彼女の後ろから、もう1人見覚えのない女生徒が顔を出した。


「九重紫苑! 今更何をしに来たの」


 やけに好戦的な物言いだ。

 東高に会長のアンチがいることは知っていたが、ここまであからさまに敵意を見せる人物は中々いない。

 まったく状況を把握できないのだが、会長が相当嫌われていることだけは分かった。


「えっと……彼女は料理研究部の2年生で、副部長の香坂茜こうさかあかねよ」


 さっきまで隣に並んでいたはずの会長様は、俺の後ろに隠れてしまった。

 いつもはトラブルを引き起こす側の彼女だが、仕掛けられるのは慣れていないのか反応が鈍い。

 むしろ気まずいのか俺の後ろから隠れたまま、『何をしに来た』という問いに対して、まったく答える気配がない。

 こんな彼女は珍しいのでもう少し見ていたいが、「どうにかして」と目で訴えてきているので、渋々俺が対応することにした。


「九重会長がまだ部活を決めていないので、文化部の棟を見学していました」


 別におかしなことを言ったつもりはないのに、バリケードの裏に控える学生たちの顔は引きつっていた。

 会長様は一体全体何をやらかしたのだろうか。


 橘の構えた盾の後ろから、もうひとつ小さな影が現れた。

 俺と同じく九重紫苑を守る密命を帯びたイタリーの騎士、リゼット・ガロだ。

 しかし彼女が手にしていたのは、いつものレイピアではなかった。

 リズはなぜだか、自分の腕より太いバズーカー砲を肩に背負っていた。

 見たことのない形状だが、SMAWロケットランチャーに似ており、口径は80前後といったところだ。

 そして副部長の香坂茜が合図を出した。


「問答無用!」

(いや、先に質問してきたのは、そっちだろ)


 リズが安全装置を外して、太い引金をしっかりと握って、後方確認の後にトリガーを引いた。


 俺は咄嗟に会長を守るように覆いかぶさった。

 そして強烈な破裂音を響かせながらバズーカーからは、乳白色の砲弾が撃ちだされる。

 俺の背中に着弾すると、廊下中に甘ったるい匂いが広がっていく。

 放たれたのは大量の生クリームだった。


「食材を無駄にするんじゃね!」

「後輩くん。ツッコミがズレているよ」


 ***


「それで決まらなかったのか」


 目の前に置かれたケーキをフォークで口に運びながら、工藤先輩が落胆気味に感想を漏らした。


 あの後も会長と他の部活を回ったが、目ぼしいものがないまま終わってしまった。

 むしろ知り合いの伝手がない部を見学しようとしたら、会長に恐縮されたり、門前払いされたり、泣いて懇願されたりしてしまい、まともに対応してもらえなかった。

 そして日が暮れて、俺は工藤先輩に報告するために生徒会ハウスの事務室に戻ってきていた。


 料理研究部の放った生クリームは、床や壁に付着した表面以外は、会長が魔力で器用に回収した。

 そして今、俺たちの目の前にあるケーキにふんだんに使われている。

 特別なトッピングはなく、スポンジとクリームを1対1で何層にも重ねることで、甘さを強調した悪魔のデザートだ。

 ちなみに生地は、橘とリズの差し入れで、生徒会ハウスのキッチンでデコレートした。

 残念ながら、会長と料理研究部の禍根について、新入部員たちは知らされていないそうだ。


 ちなみに会長は2人分のケーキを持って、生徒会ハウスの庭へと向かった。

 今日は飼い犬のリルの出勤日なので、可愛がるそうだ。

 業務形態が決まっているペットがいたとは。


「まぁ、昔の紫苑ならばいざ知れず、今の彼女を受け入れてくれる部活はないだろう。部員が0になって廃部になった部の資料を渡しておく。新しい部を立ち上げるよりも、以前あった部を復活させる方が、書類手続きが簡単だし、紫苑が考えるヘンテコな部よりは幾分マシだろう」


 昔の会長ならって、猫を何匹被れば彼女の印象が変わるのだろうか。

 そういえば、ステイツの資料にも会長が頭角を現したのは、生徒会長戦拳だと書かれていた。

 とりあえず工藤先輩のアドバイスの通り、すでに枠組みがある部活を再開させて、活動をほどほどにしておけば、楽に済みそうだ。

 本日は資料を受け取って、寮でゆっくりと読むことにするか。


 ***


 部活見学の次の日の放課後、俺は再び生徒会ハウスに訪れていた。

 資料の中からいくつか目ぼしいものをピックアップしたので、会長と相談するつもりだった。

 しかし昨日と同じく事務室に行くと、工藤先輩しかいなかった。


「高宮、お疲れさん。さっき入部届を受理しておいたぞ。なかなか2人にピッタリの部活じゃないか」


 一体何の話だ。

 俺は工藤先輩の持っていた書類を盗み取り中身を確認した。


『珍獣&珍味ハンター部』

活動内容:珍しい動物(魔獣を含む)をペットにしたり、希少な食材で料理を作ったりするために世界中を駆け巡る。

部長:高宮芙蓉

副部長:九重紫苑

猟犬:リル

ペット:ベヒA娘、ベヒB助


(なんだこの部活は! そして俺が部長になっているし! ……まぁペット枠よりはマシか)


「さぁ、後輩くん。未知なる生物を求めて、いざ出発よ!」


 唐突に事務室の扉を開けて入ってきた会長様は、探検家のような風貌をしていた。

 つばのある帽子にヘッドライト、大きなリュック、さらにロープを輪にして肩に掛けている。

 彼女にロープが必要な場面など考えられないが、あえて口には出さない。

 彼女は意外と形から入るタイプなのだろうか。


“そして俺は会長様に手を引かれながら、新たな冒険に旅立つのだった……部活が決まったのはいいが、マジでそろそろ出席日数がヤバい”


 ***

『おまけ』

「スクリプト、魔法式、魔法陣の違い」


紫苑「学園の人気者アイドル九重紫苑だよ。スクリプト、魔法式、魔法陣の違いについて筆者が本文で説明するのを省略しやがったから、代わりに私が紹介するわ」


“スクリプト”

紫苑「スクリプトは魔法を編集するためのものよ。凛花が得意で、ゴーレムの操作に使っているね。後輩くんの銃弾を曲げたのも、強化の付与を施した後に軌道操作をスクリプトで編集しているわ。かなり確立された技術で、PCのキーボードの様なもので、簡素化された言語を入力することで使えるわ。ほとんどプログラミングの感覚ね」


“魔法式”

紫苑「魔法式は生物や魔石に刻むものね。魔力を込めることで魔法を発動できるわ。属性の適正は関係なく詠唱もいらないけど、式を刻める許容量が個体ごとに決まっているわ。持っている魔力と属性が少ないほど許容量が大きい傾向がある。吸血鬼たちは強力な魔法式を刻むために、生まれたばかりの赤子の魔力炉を破壊することまでするらしいわね」


“魔法陣”

紫苑「魔法陣は魔法式に似ているけど、どこにでも書けて、外から魔力を注入することで魔法を発動するわ。紙に書いてもいいし、液晶に写しだしても効果があるわ。内側から魔力を供給するのが式で、外側からが陣ね。第9演習場やベースキャンプの結界も魔法陣の分類ね」


紫苑「これらの定義だと、後輩くんの身体強化は1度奪った魔力で内側から発動するけど、そもそも魔力を持たない彼はどうやって分解吸収を発動しているのかしら……やはり彼は、先代が私のために残した……」


 ***

『あとがき』

いかがでしたか。

SSなのにかなり長くなってしまいました。


出番のなかった蓮司は3章に向けて修行中です。

名前は何度も登場しておりますが、なかなかリルを出してやれません。

珍獣&珍味ハンター部は、またそのうちです。


料理研究部のエピソードは、芙蓉の視点では語れないかもしれません。

生徒会のお姉さんたちの1年生編も書きたいところですが、当面は本編を優先します。

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