SS5 第5公社の副長様

 とある平日の朝、俺は東高からバスで30分の場所にある、魔法第1公社の出張所に訪れていた。

 ニホンには第1公社の支部がトウキョウに、第2公社の支部がキョウトにあり、それらとは別にそれぞれの公社の仕事を斡旋する出張所がある。

 ライセンス持ちのプロの魔法使いが、公社を介して仕事を得るときは、ここで手続きをすることになる。

 仕事のための事務手続きをするだけの場所なので、建物の外観は地方の役場とあまり変わらない。

 飾り毛の無い3階建ての建物に、いくつもの窓口がある。


 東高は、学生の魔法使いとして目指すスタイルに応じて選択科目が豊富なので、単位制を採用している。

 四元素魔法関連の授業は充実しているが、さすがの東高でも独自性の大きい固有魔法の指導はできない。

 俺のように固有魔法しか使えない者は、実績でその実力を証明するしかない。

 そのために単位として認められている課外活動がいくつも存在する。

 中でも自由度が高く、点数を稼ぎやすいのが依頼の受注だ。

 学生達が依頼を受けやすいように、今月から授業の時間割も共通科目を集めた曜日と選択科目ばかりの曜日がある。

 俺の場合だと、週2日は依頼に使える。

 むしろここで単位を稼いでおかないと退学処分になってしまい、自動的に九重紫苑の護衛任務から外されてしまう懸念がある。


 本来ならば魔法公社への依頼を受注するにはライセンスが必要だが、学生向けの簡単な仕事を斡旋してもらうことができる。

 この出張所は他の高校の魔法科の学生も利用するが、東高の学生が大多数だ。

 と言っても、ふたつある受付の窓口で順番待ちしているのは、2、3人程度だ。


 あくまで仕事なので、単位だけでなく報酬も出る。

 俺の学費と生活費はステイツから支給されているが、日々の支出は自身の給料から出すことになる。

 そしてうちの組織の給料体系は自給や固定給ではなく、微々たる基本給と任務の達成度に応じた歩合だ。

 つまりこの任務が終わるまでは、俺の財布の経済状況は労働者のものではなく、学生と変わりない。

 そのためここでの小遣い稼ぎは、とても助かる。

 ちなみに、これまでの任務で得たお金の大半は、母さんや第5の精霊王の調査のための軍資金として使ってしまった。


 魔法公社の依頼は大きく一般依頼、公募依頼、指名依頼の3種類に分かれるが、実態はそれ以上に細かく、かなり複雑だ。

 一般依頼は依頼人が公社に仕事を申請して1人の魔法使い、もしくは1組の魔法結社が受注すると、達成もしくは失敗するまで他の魔法使いは割り込めない。


 一方、公募依頼の場合は、複数の魔法使いが参加することができる。

 報酬は達成者の総取りや分配など、事前に依頼主と公社が打ち合わせをして決める。

 主に政府からの魔獣討伐や、警察組織への捜査協力がこれに該当する。

 ひとつの公社に依頼されることもあれば、複数の公社にわたって募集されることもある。

 ここに現代の魔法社会の複雑性が浮き彫りになっている。

 魔獣に対する危機管理や、魔法使いの取り締まりをするのは各国公的機関だが、そのための戦力は魔法公社に発注することになる。

 ステイツと連邦政府が世界の覇権を争ったのは大戦までの話で、今の世界の戦力の大半が魔法公社の管理下にある。


 最後の指名依頼はふたつのパターンがあって、依頼者が魔法使いを直接名指しする場合と、一般依頼だったのものを公社側が特定の魔法使いを指名する場合がある。


 そして学生向けの窓口は、他とは少しだけ違う扱いだ。

 ここは第1魔法公社の出張所だが、学生に対しては全ての公社宛ての依頼が集まっている。

 単純に簡単でありできる限り近場の依頼集めるためと、学生はまだどの公社にも所属していないので、依頼の機会を平等に割り振るためだ。

 東高と西高は第1、第2公社の運営だが、ここでの依頼を通して学生は他の公社にもアピールできるし、公社側も目ぼしい学生を把握することができる。

 この活動によって、将来いずれかの公社からライセンスを得るときに、少しだけ優遇される。


 受付の整理券を引いて10分ほど待つと、俺の番号が呼ばれた。

 窓口では、40代前後の女性事務員が対応してくれた。

 ちなみに魔法公社の職員は、魔法高校や私立高校の魔法科を卒業したがプロを諦め、大学に進学した人がほとんどだ。


「東高1年の高宮芙蓉です。今日中に終わる仕事はありますか?」

「1年生なら今回が初めてですね。学生証を提示していただけますか」


 俺は言われた通り東高の学生証を提出する。

 東高の学生証は身分の証明になるが、仕事の記録を残すためにも使われる。

 他にも属性やポジション、学内での成績や素行などの情報が仕事選びの参考にされる。

 例えば土木工事ならば土属性があった方がいいし、高所での作業ならば風属性が好まれるなどだ。

 備え付けのPCを使って、自分で仕事を検索することもできるが、とりあえず手応えを得るために今日中に終わる仕事を希望した。

 このときは、1年生で最初の仕事なので、無難な案件を割り振られると考えていた。

 しかし俺の予想とは違う展開が起きた。

 デスクトップパソコンを操作していた事務員の女性は、突然手を止めて何度も画面と俺の方を確認した。


「恐れ入りますが、高宮様には指名依頼が来ております」


 この展開は全く想定していなかった。

 学生相手でも指名依頼は在り得るが、それは東高上位ランカーなどの有名人の場合だ。

 俺のような入学したで、さらにはニホンでの活動実績のない無名の学生への指名など怪しいとしか思えない。


「断っていただけますか?」

「断るのですか?! 指名依頼ですよ!」


 唐突な大きい声と、その後に訪れた静寂がフロアを包み込んだ。

 そのせいで事務員たちどころか、仕事を探しに来た魔法使いたちまでもこちらに注目している。

 あまり顔が売れるのは好ましくないので、俺は文字通り腰を低くして、顔を下げた。


 指名依頼は名を上げるチャンスだし、報酬も割り増しされ、公社からの評価も加算される。

 たしかに断る方が珍しいかもしれないが、俺は簡単な依頼で、学校の単位と小金を貰えれば十分だ。


「ちなみに依頼主と仕事の内容は?」


 いきなり断るのは、早計だったかもしれない。

 1度は断った依頼だがなんだか惜しくなってしまい、聞くのは無料ただなので、とりあえず内容を訊ねてみた。

 それに俺の情報が、どこから漏れたのか知っておくのに越したことはない。


「それが……依頼主は第5魔法公社の副長です。内容は直接お会いして、説明なさるそうです」


 歯切れ悪く言われた返答だったが、それ以前に突然の事態に対して、状況を飲み込むのに数秒要した。

 それぞれの魔法公社には、その頂点に総長が君臨して、次に1人もしくは2人の副長、そして各支部の支部長たちが続く。

 単純な組織の規模だけでいうと、俺の所属するステイツの部隊はせいぜい支部と同程度だ。

 つまり副長以上が号令を掛ければ、うちの組織は数の暴力の前に全滅しかねない。

 もちろんアウトローな何でもありのゲリラ戦ならば、そう簡単に負けることはない。


 そして第5魔法公社。

 もともと魔法公社が立ち上がったときは、4つの勢力が同時に結成されて、小競り合いはあったものの、協調して魔法使いの社会を先導、管理してきた。

 そして数年前に結成された第5魔法公社は、急速に頭角を現してきている新勢力だ。

 しかしメンバーや本部についての情報は、ほとんど公開されておらず、出張所すらないため一般の依頼は受け付けていない。

 しかし俺が1番興味のある点は、母さんの残した第5の精霊王という言葉だ。

 4つの魔法公社は、それぞれ精霊王との契約者を最大の切り札として抱え込んでいる。

 ならば第5魔法公社には、5人目の契約者がいるのかもしれない。


 これまでに時間があれば、情報を集めてきたが成果は少ない。

 仕事で第5公社の人間とブッキングしたこともあるが、上手くはぐらかされてしまった。

 しかしニホンに来るにあたって、護衛対象の九重紫苑が第5魔法公社の構成員の可能性が報告されていた。

 副長からの依頼とやらが、俺の事をステイツ政府の犬だと知っての誘いなのか、それとも九重紫苑経由での依頼なのかで、対応を変える必要がある。

 しかし仕事の中身を会ってから話すということは、またとない絶好の機会だ。

 場合によっては、今回の護衛任務の継続に支障をきたすかもしれないが、知りたいという欲求に抗えなかった。


 ***


 俺は受付に依頼を受ける旨を伝えると、第5公社の副長が待つ会議室へと通された。

 ノックをして中に入ると、U字型の細長い机が部屋の中心を占有しており、それを囲うように黒く背もたれの長い椅子が30以上並んでいた。

 部屋の片面は窓ガラスで、ブラインドにより外からの光は遮られている。


 待ち人は椅子に腰かけずに、入り口から最も遠い窓際に立っていた。

 こちらに背中を向けており、顔を確認することができない。

 背丈は俺より10センチほど小さく、皺ひとつないダークスーツに紺のハットを被っている。

 髪の色は黒で、ハットとジャケットの間から見せる肌の色から黄色人種だということがうかがえる。

 腕を前の方に出しているせいで、俺の視点からでは装飾品などの観察はできない。

 意外なことに覇気や威厳のようなものは感じられず、どこか捉えどころのない印象だ。

 副長とやらは振り返ることなく、こちらに背を向けたまま話を始めた。


「よく来たね、高宮くん。ちと、君にやってもらいたい仕事があってのう」


 声色から壮齢な印象だが、その口調にわざとらしさを感じとってしまった。

 最近のボイスチェンジャーは高性能な品だと、肉声との違いを聞き分けるのが困難だ。

 わざわざ顔を見せずに、話すことがなければ、この違和感に気づくことはなかった。

 俺の身近でも圧倒的な力を持っていながらも、普段はそれを感じさせない奔放な少女が1人いる。


 1度そうかなと思い始めると、小さな疑念は徐々に確信へと変わっていった。

 そこで試しに鎌を掛けてみることにした。

 間違っていた場合を考えて、あえて独り言のように小さめに呟いた。


「そういえば会長はどこに行ったのかな~。2年生の授業にいないって、工藤先輩が怒っていたな~」

「後輩くん! そんなことないわ。凛花にはちゃんと伝えてあるもん。……あっ」


 先ほどまでの低くかすれた声と違い、聞き慣れた若い女性の声が会議室に鳴り響いた。


「……さて仕事の話だったかな」

「アウトですよ。会長、何をしているのですか?」


 今更ボイスチェンジャーを使ったところで、もう手遅れだ。

 なぜこの人の計画は、こんなにもずさんなのだろうか。

 どうやら観念したようで、こちらを向き帽子を取りながら詰め寄る。

 ハットの中に隠していた黒く長いストレートの髪を靡かせながら、あたふたし始めた。


「だってだって、私、副長なのよ。偉いのよ」


 残念ながら、説明にも言い訳にもなっていない。


 この騒がしい人が、謎に包まれた第5公社の副長だとは信じ難いが、さすがの会長でも、公社の出張所を欺くことはできないはずだ。

 いや、内部に協力者がいれば別かもしれないが、俺に会長のことを副長として誤認させて何の得になるのか考えられない。

 しかしそうなると、最初に会長が変装した意味が無くなる。

 裏の裏まで考え始めるとキリがないが、シンプルな結論は目の前の少女が少数精鋭の第5公社の副長ということになる。

 最近、会長に振り回されているせいなのか、彼女が組織の上に立っていても不思議に感じない自分がいる。


「疑っているな。ちゃんと副長権限で、後輩くんにお仕事を持って来てあげたのだから」


 そう言って彼女の差し出した書類は、どこにも不審な点のない正規の手続きを踏まれたものだった。

 しかし嫌な予感しかしないのは、俺だけだろうか。


 ***


 家を建てるとき、まず土台を造る基礎工事というものを行う。

 その最初の工程では、建物を建てる枠の内側を、基礎を埋め込む深さまで掘る。

 しかしこういう単純な作業は、魔法使いにやらせた方が短時間でかつ安価で済む。

 重機を運びこむ必要はなく、交通費と人件費だけ払えばいい。

 本来ならば、土木作業は土属性を持つことが前提だ。

 なぜこのような説明をしているかと言うと、そう、会長様は基礎工事の掘削作業を俺に持ってきたのだ。

 現場に着いてから、さっそく彼女に抗議した。


「俺は土魔法なんて使えませんよ」

「私も使えないわ」


(ですよね~)


 分かりきったことだが、いつにも増して理不尽だ。

 せめて重い荷物の運搬作業とかにして欲しかった。


 ***


「カイチョー。ちょっとは手伝ってくださいよ」

「駄目よ。後輩くんの仕事でしょ」


 与えられた支給品はショベルカーなどではなく、一振りのスコップのみ。

 手に馴染むと思ったら、かつて温泉を発掘したときの相棒だった。

 ただひたすら掘るばかり。

 しかも休憩しようとすると、会長は俺が耐えられるギリギリの魔力を強制的に送り込んできた。

 それに押し潰されないためには、魔力の消費ペースを上げて作業を続行するしかなかった。

 そして当の会長さまは、スマホでゲームをしてやがる。


「霊峰から帰ってきたのに、やっていることは同じじゃねぇか!」

「文句言わない。まだ3件目でしょ。あと今日中に5か所よ」


 そう。

 すでに穴掘りすること3番目の現場だった。

 そしてまだ5件もあるだなんて知りたくなかった。

 会長は複数の仕事をまとめて、第5公社のからの依頼として正規の手続きを踏んでいた。


 護衛の任務からしたら、会長を置いて課外活動するよりは、一緒に行動する方が都合がいいのだが、こんな重労働など想定していなかった。

『魔法狩り』を発動すればすぐに済むけど、こんな場面で使う訳にはいかないし、前回の発動からまだ数週間しか経過していないので、会長の血に対する抗体が残っており、短時間しか発動できない。

 それでもこの仕事には終わりがあるだけ、温泉の発掘よりはマシだと思っている自分に気づくと、なんだか悲しくなってしまった。


 ***


 寮の部屋でシャワーを浴び終えた俺は、動きやすい部屋着に着替えていた。

 机が4つ並ぶ居間には、1台だけテレビがあり、由樹が独占していることが多いが、今晩は蓮司も一緒になってゲームをしていた。

 俺も混ざりたいところだが、今は先にやることがある。


 あれから現場を一通り回って、寮に戻ったのは20時だった。

 残念なことに、タッチの差で夕食の時間を逃してしまった。

 寮に門限はないが、朝晩の食事は決まった時間に食堂へ行かなければならなく、例外は認められない。


 任務中に食事を抜くことなど、日常茶飯事だったが、ニホンに来てから1日3食が当たり前の習慣になっていたので辛く感じてしまう。

 何より肉体労働した後なので、しっかり栄養補給をしておきたい。

 机の引き出しの中から、わびしい栄養バランス食品を取り出した。

 様々な種類があるが、どれも口内の水分を奪っていく味気ないものばかりだ。

 しかし背に腹は代えられないので、我慢するしかなかった。

 そのうちの1つを袋から取り出そうとしていたら、部屋のドアがノックされた。


「芙蓉、手を離せないから頼む。今日こそ由樹を負かしてやる」


 蓮司は意外と勝負事にこだわるタイプだ。

 彼らがプレイしているスマッシュブラボーズ・・・・・は、画面の外に相手のキャラを追い出すことで、残基を減らせるので、HPケージを削り合う格ゲーと違って、実力だけではなく運の要素も関わるゲームだ。

 それでも蓮司は、由樹に一矢を報いることはあっても、勝ち越したことは1度もない。

 ちなみに俺が加わることもあり、お気に入りのキャラは剣と盾を持ちながらも爆弾や鎖を隠し持つ少年だ。

 蓮司が使っているキャラは、レーザー銃を持ったキツネ。

 由樹はこのゲームをやり込んでいて、どんなキャラでも使いこなすが、俺たちがゲームに慣れるように、最も標準的なファイアボールの連続詠唱ができる大工(他説によると配管工)の兄の方を使っている。


 寮の各部屋の入口はホテルのようにオートロックで、住人の学生証をかざすことで開錠することができる。

 覗き穴に片目をあてて、夜の訪問者を確かめると、どこかの組織の副長様の姿が目に映った。


 よしっ。

 何かの見間違いだ。

 男子寮に彼女がいる訳がない。

 さっさと食べて寝よう。


「誰だった?」

「いや、気のせいみたいだ」


 画面から目を離さない由樹の問いに対して、俺は適当に答えたが、さすがの彼もゲームにリソースを集中しているようで、それ以上には聞いてこなかった。


 再びノックの音が部屋に響く。

 無視を決め込もうとしたが、ガチャリとドアが開く音が耳に飛び込んできた。

 振り返ると、口を尖らせた副長様がいた。

 俺と一緒に東高に帰ってきた彼女だったが、まだ制服を着替えてなく、中身がパンパンの大きなバスケットを手にぶら下げていた。


 すっかり忘れていが、会長様に東高の電子セキュリティは通用しない。

 生徒会(主に工藤先輩)が学内のサーバーをハッキングした伝説罪状は現在進行形だ。

 その背景から彼女らの学生証には、教員以上のほとんどの権限が付随している。

 まだノックをしてくれただけでも、今回は良心的な方だったのかもしれない。


 会長様は断りもなく、当たり前のように俺たちの部屋に入ってきた。

 彼女は入口から一番近い、誰も使っていない空きの机に荷物を置いた。

 蓮司と由樹もそのことに気づいているのだが、一言も発さずにゲームを継続している。

 面倒くさいが仕方がないので、俺が当たり障りのない対応をすることにした。


「本日はどのような要件でしょうか?」

「後輩くんが夕食を食べ損ねたと思って、冷蔵庫にあった食材でサンドイッチを作ってきたの。一緒に食べましょ」


 先ほどまで面倒などと思って、ごめんなさい。

 普段はふざけてばかりの会長様だが、頭の回転が早く、欲しいところにさっと手を伸ばしてくれる人だ。

 俺は空いている椅子を彼女に進めると、机を軽く拭いた。

 彼女がバックの中からバスケットを取り出すと、パンの香りに包まれた野菜の匂いが部屋の中に広がっていった。

 レタスとトマトを挟んだシンプルなサラダサンドと、鶏肉の照り焼きをそのまま包んだテリヤキサンドだ。


「お肉も必要だと思って、余りものだけど、オーブンでサッと焦げ目を付けてきたわ」


 夕食は軽めの方が体にいいが、彼女の言う通り肉体労働をしたあとなので、タンパク質はとてもありがたい。

 仕事から戻って、まだ30分程度しか経過していないのに、とても早い手際だ。

 彼女は純粋に料理の腕もさることながら、限られた食材や条件下でもしっかりと仕上げるところが特に優れている。

 そしてなんと味の好みが俺と似ていて、余計な工夫をせずに素材本来の味を生かした調理をする。

 彼女には振り回されてばかりだが、なぜか料理に関してだけは気が合う。


 無視を決め込んでゲームを続けていた2人も匂いに釣られて、こちらに興味を示してきた。


「多めに作ってきたから、あなた達もいかがかしら」


 たしかに2人分にしては、やや多い。

 会長の手料理を分けるのは癪だが、こいつらならばいいか。


 4人で囲うには勉強机は不格好だったが、由樹がどこからか丸い机を出してきて足を組み立て始めた。

 蓮司の方は人数分の飲み物を用意した。

 何も言っていないのに、全員バラバラの飲み物を注いでいる。

 誰も何ひとつ文句を言わないところを見ると、しっかりそれぞれの好みに合わせて準備したようだ。

 しかも普段の俺ならパンと一緒にホットコーヒーだが、シャワーで身体が火照っているのを見越して、スッキリとした味わいのアイスティーが並べられていた。

 こういうことをさらりとやってのけるところが、モテるんだと感心してしまう。


「「「「いただきます」」」」


 こうして俺たち4人の夜食が始まった。

 今回はいわゆる珍味がないので、2人もがっつくように会長の料理を頬張っている。

 寮の夕食は食べ逃したが、偶にはこういうのも悪くないかもしれない。


 余計な言葉もなく、食べることに集中している男子3人に、会長からアナウンスがあった。


「そういえば、ひとつだけ当たりがあるわ」


 当たりとは楽しみだな。

 しかし会長の一言で蓮司と由樹は硬直した。

 俺は気にせず、手の中のパンを口に運ぶ。


「2人ともどうした?」

「いや、会長の料理にトラウマがあったはずなのに」


 由樹がぶるぶると小刻みに震えながら答えた。

 隣で無言の蓮司なんて、この世の終わりに絶望しているような真っ青な顔になっていた。

 しかし俺はパンに挟まったレタスのシャキシャキした触感を楽しむことを止められない。


「いや、何を普通に食べているんだよ。どう考えたって当たりって、ハズレの間違いだろ」


 せっかく料理を作ってもらったのに、文句を言う由樹。

 黙々とパンを小さく千切って、咀嚼せずに飲み込む作業を繰り返していく蓮司。

 2人とも警戒しすぎだ。

 会長がそんな食べ物を粗末にする訳がないじゃないか。


 結局、由樹と蓮司はひとつずつ食べたら、あとは飲み物を手から離さなかった。

 ほとんどを俺と会長で食べきったしまった。

 ひとつだけ爬虫類系の淡泊な肉が入っていたけど、これが当たりだったのだろうか。

 何の肉なのかは分からなかったが、さっぱりして食べやすかった。


 腹が満たされたので、後は眠るだけだ。

 明日も朝から授業があるので、あまり遅くなる訳にはいかない。


「そういえば後輩くんたちって、4人部屋を3人で使っているのよね」


 会長の無茶苦茶にも大分慣れてきたつもりだったが、何気ない平凡な台詞から、とんでもない言葉が続くとは思いもしなかった。


「もう疲れたから、今日はこの部屋で寝るね」

「いえ、いくら会長が強いとはいえ、男子の部屋に泊まるのは外聞が悪いですよ」


「何よ。あなたたちが私のことを襲えると思っているの?」

(いいえ。俺たちが襲われる側です)


 何とか、率直な感想が口から洩れるのを抑えることができた。

 代わりに他の角度から攻めてみるが、これが悪手になるとは思わなかった。


「そもそも、会長は制服じゃないですか」

「大丈夫よ。私って、何も着なくても平気で寝られるのよ」


 それは嬉しくもあるが、色々とまずいので、今は理性が歯止めをかけている。


「という訳で、あなたたちには先に寝てもらうわ」


 やばい。

 この先の展開は分かっていても、逃げることができない。

 すでに詰んでいる。

 部屋の外で寝るか、大人しく会長に気絶させられるかだ。

 しかし思考時間は1秒もない。


 瞬間的に彼女から強烈な魔力が放出された。

 直接ダメージは無かったが、動揺して精神的な防御に間に合わなかった蓮司と由樹の意識を刈り取るのには十分だった。

 俺の場合は、魔法式が自動発動してくれたおかげで難を逃れた。


「とりあえず、シャワーを借りるわ。ベッドの準備よろしくね」


 そう言って会長は、俺が使った後のシャワールームへ行ってしまった。

 床で倒れている蓮司と由樹を1人ずつ順に、それぞれのベッドに放り込んで布団を被せた。

 とりあえず、呼吸も安定しているし、このまま寝かしておくことにしよう。


 ベッドには寝具が備え付けられていて、希望すれば週末に学校指定の業者に布団を交換してもらうことができる。

 使ってないベッドだったが、料金がかからないので、ちょうど前の週末に俺たちの布団と一緒に交換したところだった。

 そのため埃を被ったりしていなかったので、シーツを真っ直ぐに整え直すだけで十分だ。


 食事をしたテーブルの片付けを終えた頃には、ドライヤーの音が聞こえてきた。

 その音を確認しながら、スマホで報告専用のメールアプリを開いた。

 私的に購入した端末だが、ステイツから支給されたSDカードでいくつかのアプリをインストールしてある。

 今日あったこと、主に九重紫苑が第5公社の副長を名乗ったことを書き込んだ。

 おそらく嘘ではないと思うが、フレイさんの方からも裏付けをしてくれることだろう。


 ドライヤーの音が消えてしばらくすると、バスタオルを巻いた会長がやってきた。


「あら、待っていてくれたの。じゃあ一緒にベッドに行きましょうか」


 そう言って彼女は俺の手を取り、寝室へとリードする。

 まさかの行動にドキリとしてしまったが、もちろんオチは見えている。


「おやすみなさい」


 その言葉を最後に、繋いだ手から今日1番の魔力を流され、魔法式が耐えきれず俺は意識を失った。

 これ、俺以外の人間だったら死んでいるぞ。


 ***


 スマホのアラームで目が覚めた。

 いつもだと設定した時間より前に起きて、ランニングをするのが習慣なのだが、昨晩は疲れていたのか、ギリギリまで寝てしまったようだ。

 とりあえず自分のベッドの上にいたので、どうやら会長が運んでくれたようだ。


 カーテンを広げて、部屋に太陽の光を呼び込むと、野郎2人がもぞもぞと起き始めた。

 いつもなら、すぐに挨拶を交わすところだが、そういう訳にもいかなかった。

 主人のいないベッドの上に、布団にくるまった蓑虫がいた。

 それを見た俺たちは、瞬時に各々が置かれている状況を理解した。

 昨晩は途中退場した由樹が小さな声で聞いてきた。


「芙蓉……やったのか?」


 一体、どっちの意味だ。

 とりあえず、殺してやってないし、犯してやってもいない。

 むしろ俺が殺さやられた側だ。

 そっと蓑虫に近づいたら、何やら寝言を発している。


「むにゃむにゃ、後輩くん。チョコレートはいくら食べても太らないのよ。Zzz」


 何の夢を見ているのか。

 そして食べた分だけ、確実にカロリーに変換されるぞ。


 蓮司と由樹はさっさと着替えると、俺を置いて寝室から出て行ってしまった。

 たしか工藤先輩から会長の寝起きは、とても悪いという話を聞いたことがある。

“触らぬ紫苑に祟りなし”


 彼女を放置して俺も日常へと戻っていった。


 もちろんこの後、起こさなかったことに対して、会長に八つ当たりされた。

 しかし工藤先輩からは、間違った選択じゃないとフォローされた。


 そして課外活動の度に会長が先回りして、仕事を押し付けられ、偶に寮まで押しかけてくることが俺たちの日常になっていった。


 ***

『おまけ』

芙蓉の時間割の1例


月 午前:数学 第一外国語 魔法基礎論 歴史

  午後:総合魔法戦技

火 午前:物理 化学 日本語 魔法法規

  午後:数学 魔法工学

水 午前:第二外国語 地理 四元素魔法概論 家庭

  午後:空きコマ(課外活動)

木 午前:空きコマ(課外活動)

  午後:空きコマ(課外活動)

金 午前:固有魔法概論 生物 情報 魔法基礎論

  午後:総合魔法戦技


*クラス毎に課外活動の曜日が、不公平にならないように毎週時間割が変わる。

・魔法基礎論:1章で担任の後藤健二が担当していた科目。魔法の歴史、魔法の分類、基本的な連携について。

・四元素魔法概論:一般的な四元素魔法についての基本知識の習得および連携や対処法について。

・固有魔法概論:東洋、西洋の典型的な魔法や魔道具について。

・魔法法規:魔法に関わる法規制について。

・魔法工学:魔道具、魔石、スクリプト、魔法陣など汎用性の高い魔法技能について。

・総合魔法戦技:体育の代わり。演習場で個人トレーニングもしくは模擬戦を行う

・空きコマ:本来は、四元素魔法の属性ごとの実技の時間。


 ***

『あとがき』

いかがでしたか。

男子部屋に女子が泊まるなんてドキドキするシチュエーションのはずなのに、なぜか命の危険に晒される残念な男3人でした。


本格的な第5公社の仕事は4章の予定ですが、時系列的にここに入れました。

本作の当初の計画では、林間合宿と新人戦がなく、1章の後に今回の話が入って、4章のエピソードを書く予定でした。


変更になるかもしれませんが、今のところは下記の構成を考えております。

1章 入学

2章 林間合宿

3章 新人戦

4章 第5公社からの依頼

間章 夏休み

5章 東西対抗戦

(間章 学園祭):東高に学園祭はありませんが、会長様の気分次第では……

間章 生徒会戦拳

最終章 裏切りの騎士

間章 各キャラ個別エピソード


このスケジュールだと、クリスマスとバレンタインを書けないのが残念です。


2章のSSもいよいよ次回で最後です。

トリは『SS6 由樹の大浴場突撃作戦』です。

ぜひご期待ください。

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