11 たった1度の約束

『せっかくだから、もうひとつ教えてあげるわ。わたしって負けず嫌いなの』


 疲労感で全身が重たい。

 意識はあるが不安定で、どうも現実味が薄い。

 しかしズキズキとしたの額の痛みによって、強制的に現実へと呼び戻される。

 次第に開けてきた視界には、見知らぬ部屋が映し出された。

 俺の体はベッドの上にある。

 辺りを見回すが、もちろん寮の部屋ではない。

 ベッドはひとつしかなく、内装から医務室の類でもなさそうだ。


 部屋の中には ベッド以外にソファーがあり、奥にはテーブルと椅子、他には小さな冷蔵庫と本棚くらいしかないシンプルなコーディネートだ。

 入り口はひとつのみで、少なくともこの部屋の中に他人の気配はない。

 壁に掛けてある時計からまだ昼前のようだ。

 より詳細に現状を確認したいが、まだ体が思うように動かない。

 そうこうしているうちに、ドアが開いた。


「もう目が覚めたか。調子はどうだ」


 入ってきたのは、副会長の工藤先輩だ。

 彼女は奥のテーブルから椅子持ってきて、ベッドの隣に座った。


「気絶する前のことを覚えているか?」


 指摘受け、思い返してみると、徐々に先刻までの記憶が鮮明になってくる。

 演習場で生徒会長と戦い、彼女の本気を目の当たりにした後は、一方的に負けたのだ。

 上半身を起こそうとするが、まだうまく力が入らない。

 最後に受けたデコピンのダメージだけでなく、どうやら身体強化による負荷もまだ残っているようだ。


「すまんな。紫苑が手荒な真似をして。あの子は君に期待していたみたいだから、出し惜しみしたことに不満があったみたいだ」


 どこまでかは分からないが、生徒会の先輩方は俺がまだ手札を残していたことを、見抜いているようだ


「いえ、期待されることなんてありません。会長の強さがあそこまで凄まじいと、他に打つ手なんてありませんよ」


 あまり長くは喋らずに適当に流そうとしたのだが、工藤先輩はじっと俺の顔を覗き込んできた。


「……君は強いんだな」

「何を言っているのですか。ご覧の通り会長の圧勝だったでしょ」


「いや。君は目的のためならば、負けることをいとわない人間のようだ。これはなかなかできることじゃない。その点、紫苑の奴はまだまだお子様だな」

「そういうもんですか」


「適当にはぐらかそうとしているな」


 工藤先輩はサバサバしている風貌なのに、細かい所まで目が行き届いている。

 そもそも交渉術とかの腹芸は、フレイさんの担当で俺にとっては苦手分野だ。

 とにかく多少不自然でも、余計な情報を与えないことだけに専念するしかない。


「実際にランキング戦で、負けを受け入れられなくて、過剰な攻撃してしまうことなんてよくあること。その点、君はしっかり堪えたよ」

「負けは負けです。互いに対等な条件で戦ったのですから」


「そっか。今日のところは、そういうことにしてやるよ」


 どうやら見逃してもらえそうだ。


「ところでここは?」

「生徒会ハウスの談話室。どうせもう午前の授業には間に合わないから、もう少し休んでいきなさい」


 そう言って工藤先輩は部屋から出て行った。


 最初の関門だと考えていた生徒会ハウスへの侵入は、あっさりと達成してしまった。

 とはいえ、無警戒に運び込んだということは、捜索しても簡単には情報を得られないということだろう。

 まだダメージも抜けていないし、お言葉に甘えて、もう少し休ませてもらうことにした。


 1度に大量の魔力を吸収したせいで、全身がだるい。

 いつもならば、身体強化を使ってもあまり反動はないのだが、あれだけの魔力を持つ相手と戦ったのは初めてだ。


 会長の魔力は、俺にとって1番の壁だった記憶の中のローズかあさんよりも大きいと感じた。

 あまりにも規格外だ。

 精霊王を直接見たことはないが、会長はそれに匹敵するかもしれない。

 ステイツの同胞たちが返り討ちにあったのも納得できる。


 あんな人物を護衛する必要があるのか疑問だが、俺の任務は彼女と友好関係を築いて、“精霊殺しの剣”の情報を得ること。

 そして第5の精霊王へ繋がる数少ない糸口。

 考えたいことはたくさんあったが、疲れと布団の温もりで、ふわふわと意識を手放してしまった。


***


 生徒会ハウスのベッドで再び目を覚ました。

 相変わらず、仮眠からの寝起きはスッキリとしなくて、意識が不安定で朦朧もうろうとする。

 まだ起き上がりたくなくて、横に寝返りを打つと、“むにゅっ”何かにぶつかった。


 どうやら壁ではなさそうだが、何にぶつかったのか確かめるために、そっと手を伸ばす。

 手のひらで掴んで、感触を確かめると思ったより柔らかい。


 そして微睡まどろんでいたしていた意識が、すぐに冷静さを取り戻した。

 布団の中に何かいる。


 これはが、というパターンに違いない。


「慌てるな。落ち着け。フレイさんがよくしていたイタズラじゃないか」


 この手のいたずらは何度も受けたことがある。

 そう何度も。

 フレイさんはたびたび今の状況のように、こっそりベッドに侵入してきて、動揺する俺を見て楽しんでいた。


 会長もフレイさんに近いベクトルを感じるので、いかにも彼女達らしい典型的なからかい方だ。

 しかし俺だって黙ってはいない。

 この場合の対処法は大きく2つだ。


1.こっそりベッドから抜け出す。

2.逆にこちらから仕掛けて驚かす。


 普段の俺ならば無難に1なのだが、さっき会長に気絶させられた腹いせに2を選ぶ事にした。

 シンプルに布団を一気に剥がして、会長を驚かすことにした。


 彼女を隠す白いベールに手をかけて溜めを作る。

 心の中でカウントダウンをする。


(スリー)


(ツー)


(ワン)


 ばさっと、一瞬で布団を剥ぎ取る。

 しかしそこには会長に比べたら、小柄の女生徒が肌着でスヤスヤと寝ていた。


『パシャリ』

(!?)


 後ろから、電子的なシャッター音が聞こえた。

 振り向くとそこにはスマートフォンをこちらに向けて、にんまりとした表情を浮かべた会長がこの惨状を見下ろしていた。


「あの……会長、いつからそこに……」

「後輩君が女生徒をベッドに連れ込んだところから?」


「捏造しないでください! そしてなぜ疑問形?」

「冗談よ。『慌てるな。フレイさんがよくしていたイタズラじゃないか』からよ」


「最初からじゃないですか」

「あら、そうだったかしら」


「ハクチョン」


 俺と会長の声はそこそこ大きかったが、ベッドにいた女生徒は起きることなく、寒そうに体を縮めながらくしゃみを残した。


「いつまで見ているのよ? 布団返してあげなさい」


 俺は彼女を起こさないように、そっと布団を掛けなおした。

 顔をよく見たら、演習場で会った書記の草薙先輩だった。

 着物を脱いで肌着姿だったし、かんざしを外して髪を流していたので、すぐには気がつかなかった。


「さて後輩君。覗き、痴漢の次は先輩を無理やりベッドに連れ込むとは、」

「全て冤罪です。どうやって草薙先輩をそそのかしたのですか」


 前回目を覚ましたときは、ベッドの上は俺1人だったはずだ。

 そもそも彼女が同衾どうきんしていたら、常識人の工藤先輩が止めるに違いない。

 ということは、その後に入ってきたことになる。


 俺が上半身を起こしたことで空いたベッドの空間に会長は腰掛けると、草薙先輩の頭を撫で始めた。

 寝ている彼女は、気持ちよさそうにすやすやと寝息を立てている。


「昨晩は侵入者が多くて、あまり寝ていないのよ。私も今朝は寝坊しちゃったわ」


 それで中途半端な時間に教室に押しかけたのか。

 おそらく草薙先輩も会長に付き合って寝不足だったのだろう。

 しかし待てよ。


「それと草薙先輩がここで寝ているのは、関係ありませんよね」

「ばれたか。みんなには内緒にしてよね。この子普段は他人を警戒しすぎるのに、スイッチが切れると急に人懐っこくなるの。そして1人で眠れなくて誰かの布団に入っちゃうのよ」


 なに、その取って付けたようなキャラ設定。

 会長のインパクトが強すぎて、残り2人のダメなところが可愛く思えてしまう。


「普段は私と凛花しかいないから、気にしないのだけど、後輩君が寝ていたから入ってきちゃったみたいね」

「なら、俺のせいじゃないですね。そもそも、なぜ草薙先輩は肌着なんですか」


「それは着物がシワにならないように、私が脱がせたのよ」


 たしかに草薙先輩は綺麗な着物をまとっていた。

 由樹の話だと草薙家は陰陽師の家系らしいが、そのあたりが関係あるのかもしれない。

 たしかに着物はシワになりやすいので、着たまま横になれないな。


(あれ……今、何かおかしくなかったか)


 俺が気づいたことに察したのか、会長が同じことをもう1度言い放った。


「それは着物がシワにならないように、私が脱がせたのよ」

「確信犯だ! 最初から狙ってやりましたね」


 会長がすっとスマホの画面を俺に向けてきた。

 そこには先ほどの写真が写っている。

 まさに俺が草薙先輩から布団を剥ぎ取った場面だ。


「激写、寝込みを襲う後輩君」

「なっ!」


「こうして冤罪は作られるのよ……」


“THE END”









(そんな訳あるか!)


「何が目的ですか」

「ひとつだけ約束して欲しいの。1度でいいから、もし私がピンチになったら、絶対に助けに来て」


 化け物みたいに強い彼女にピンチなんてあるのか。

 そもそも俺の護衛なんて、まったくいらないじゃないか。


「会長がピンチだなんて……」


 いつもふざけた会長だが、その眼差しはまっすぐに俺の目に向けられていた。

 先ほどの模擬戦のときですら、見せなかった真剣な表情だ。


「何か危なくなるような心辺りがあるのですか?」

「女の秘密を軽々しく聞いてはダメよ。戦いの駆け引きはできても、女性の扱いはまだまだね」


 似たようなことはフレイさんからよく言われている。

 どうせ護衛の任務だし、不都合な約束でもない。

 それに画像が流出されて、任務続行が困難になればステイツへ帰還させられ、他のエージェントが派遣されるだけだ。

 大した交渉材料にはならない。


「分かりました。会長のピンチのときは助けに行きます」

「ありがとう。それまで、この指輪は預からせてもらうわ」


 会長の手にはチェーンが握られていて、彼女が手のひらを見せると、そこに見覚えがある指輪があった。


 すぐに自分の胸元を確認するが指輪がなかった。

会長が持っているのは、間違いなくローズが残したものだ。

 寝ているときに盗られたのか。

 あれはローズに繋がる数少ない手がかりだ。


「もう1度、私がピンチのときは、助けて」


 彼女は俺がステイツのエージェントだと勘づいているのか。

 捉え方によっては、俺にステイツよりも会長のことを優先しろと言っているように聞こえる。

 いつも堂々としている彼女が不安そうな目をして、俺の答えを待っている。


 完敗だ。

 まぁ、フレイさんには悪いと思うけど、指輪を盗られたなら仕方がない。

 ステイツ政府に対して、特に忠誠はないし別にいいか。

 ローズと別れた後は、1人でやってこれたのだ。

 エージェントをクビになっても、生きていく自信はある。


 何より目の前の強いはずの少女を、とてもはかなけげに感じてしまった。

 あの圧倒的な強さと、今のこの人はあまりにもアンバランスだ。

 彼女にそんな顔は似合わない。

 常に明るくあって欲しいと望んでしまった。


「分かりました。会長が何を抱えているのかは分かりませんが、あなたのことは俺が守ります」

「そっか。信じているからね」


 会長の顔がパッと明るくなって、指輪を通したチェーンを自分の首にかけて、指輪は見えないようにブラウスの中に入れた。

 そこには普段通りの彼女がいた。


 儚げに見えたのは、目の錯覚だったのか。

 もしかしたら早まったかもしれない。


 “この日の約束が俺達の原点。今にして思えば『裏切りの騎士』になる運命への路線に乗り上げたのがこの時だ。しかしこの約束がなければ、紫苑の未来を守り抜くことができなかったかもしれない”


「じゃあ、お腹も空いたし学食に行くわよ!」


 まだ身体が万全ではないのに、会長に無理やりベッドから引き離された。

 とりあえず今は、こんな日々が続けばいいか。

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