10 魔法狩り VS. 絶対強者

 観客を含めて4人しかいない閑散としたコロシアムで、俺は会長と対峙していた。

 昨晩、出合い頭に放たれたような強烈なプレッシャーは一切感じない。

 彼女は本気ではなく、宣言通り胸を貸すつもりのようだ。


「覗き君の実力を見るのが目的だから、お先にどうぞ」


 先手を譲られたが、残念なことに俺の魔法は、先制攻撃に向いていない。

 基本的に相手の魔法を吸収してからの、反撃が必勝パターンだ。

 こちらから仕掛ける場合は、ナイフやリボルバーで牽制しながら接近するか、そもそも身を隠して一撃で仕留めるかだ。

 しかし今回の戦いのルールでは、どれも制限されている。

 なにより力を見せるための模擬戦で、何でもありの殺しの技を使う訳にはいかない。

 肉弾戦で戦闘技能をアピールしながら、制圧を目指す。


 方針を固めた俺は、ゆっくりと呼吸を整える。

 空気中の魔力を少しでも多く体内へと取り込む。

 人間の限界に肉薄するレベルまで身体能力を引き出せるが、絶対強者と謳われる会長どころか、魔法使いと相対するには心もとない。


「それでは、行かせてもらいます」


 恐らく彼女に余計な小細工など通用しない。

 このような見通しのいい戦場では、正面から全速力で駆け抜けることが、1番の奇襲になる。

 全く構えを見せない状態から、俺は一気に距離を詰める。

 手元を警戒させながら、本命は蹴りだ

 左足を軸に右足の関節を滑らかに動かすことで、助走を全て載せる。

 そして会長の胴体めがけて、渾身の蹴りを叩きこんだ。


『ドン』という鈍い音とほぼ同時に想定以上の反動がやってきた。

 俺としてみれば、観客席まで会長を吹っ飛ばすくらいの力を込めたつもりだった。

 しかし彼女は微動だにせず、その細い左腕で俺の右足を受け止めていた。

 予想と違う結果に少し動転したが、すぐに正気を取り戻し、最初に対峙した位置まで後退した。

 会長は無理に追い打ちをせず、俺の退避を見逃してくれた。


「鋭い蹴りだけど、威力は三流だね」


 足には今でも蹴りを当てた感触が残っている。

 もし魔法で障壁を貼って防御されたなら、俺の体質は障壁ごと吸収して、そのまま蹴りを通すことができる。

 そうなると考えられる可能性はひとつしかない。

 会長も俺同様に、身体強化系の魔法を使っている。

 バットで殴られても無傷で、蓮司と由樹をいとも簡単に投げ飛ばしたことから、彼女も身体能力を向上できることは事前に予想できていた。

 防がれてしまったキックだが、仮説のひとつを検証できたのでやった価値はある。


 ステイツでは対魔法使いのエキスパートなどと持てはやされた俺だが、同じく身体強化を使う相手との相性が悪い。

 なぜなら身体強化魔法は魔力を肉体の内側にも通すため、直接触れられるのは表面だけで、分解するのに時間を要する。

 およそ5秒連続で触れていれば、相手の強化を解除できるが、現実的には困難だ。

 分解のために、クロスレンジに自信のある相手に触れるのはリスクが大きい。

 せめて他の魔法を使ってくれるならば、こちらの身体能力のギアを上げることができて、力押しで制圧する手段も出てくる。

 普段の任務ならば、身体強化を使うと分かっている相手には、他の者が出撃している。

 しかし全く勝機が無い訳でもない。

 これまでに圧倒的な格上であり、吸血鬼の真祖のローズかあさんを相手に訓練を重ねてきたのだ。

 一撃必殺を目指さずに丁寧に手数を増やして、じりじりと相手の魔力をがし取る。


「戦い方は決まったかしら?」


 会長の一言で加速していた思考が、現実へと引き戻された。

 多くのことが頭の中をよぎっていたが、俺にとっては何度もシミュレーションした戦いのパターンなので、一瞬の出来事に過ぎない。


 両手を広げてファイティングポーズをとり、跳ねるような軽いステップを刻む。

 加速と急ブレーキの緩急を付けながら、着実に距離を詰める。

 砂の足場を踏むのは余計に力を使うが、強化した脚力ならば誤差範囲でしかない。


「また打撃技を続けるの? 遠距離攻撃は苦手なのかしら」

「さぁ、どうでしょう」


 離れた間合いからの攻撃だって持っているが、ここで見せるつもりはない。

 先ほどのようなモーションの大きい蹴りは使わない。

 コンパクトな左ジャブを中心に攻撃を組み立てる。


 軽く放ったジャブに対して会長は、両腕を上げて丁寧にブロックした。

 1撃で終わらず、連続で左を繰り出すが、クリーンヒットは1度もない。

 彼女の腕に阻まれてもお構いなしに、2度3度とその上から強引に拳を叩き込む。

 手が会長の身体に触れるたびに、確実に魔力を奪い、俺の運動性能が向上していく。

 彼女の方から反撃の気配はないが、攻撃に慣れさせないために、数発当てたら横に回り込み、また拳を放つことを繰り返す。


「レディに向かって、平然と拳をつき出すなんて、紳士じゃないわね」


 そう言いながらも彼女は余裕のある涼しい顔で、最初の蹴りに匹敵する威力まで強化されたジャブをさばいている。

 そもそも魔法使いにとって、男女の膂力りょりょくの差は、簡単に埋めることができる。

 思春期に入ってすぐに、異性だからと躊躇ちゅうちょして、痛い目を見たことがある。

 

 言葉以上に拳を交えることが続く。

 単純な作業を何度も繰り返し、じわじわと魔力を奪っていく。

 吸収するたびに威力とスピードが増すが、会長のガードを崩せる気配がない。

 同じパターンを繰り返すのは芸がないので、左ジャブの合間に空いた右手で彼女の腕を掴もうとするが、どうも勘が鋭いみたいで簡単に払われてしまう。

 このままでは長期戦を避けられないので、少し挑発して揺さぶりを掛けることにした。


「“絶対強者”とか呼ばれているのに、えらく消極的なのですね?」

「覗き君のくせに生意気よ。じゃあ、まずは軽くいこうかな」


 会長はバックステップから連動して、俺が最初に放ったのと同じ型の蹴りを繰り出してきた。

 急激に加速したので回避動作を諦め、地面にしっかりと足を付けて踏ん張り、両腕を使ってでしっかりブロックを固めた。

 ガードの上でもお構いなしに衝撃が殴りかかってくる。

 切れる様な鋭さは無いが、鈍器を振り回した様にとても重く、俺は10メートルほど後方へと吹き飛んだ。

 インパクトの瞬間に大量の魔力を吸収したが、勢いまでは殺しきれなかった。

 防御が間に合わなかったり、踏ん張りが足りなかったりすれば、1発で戦闘不能になっていただろう。

 これで軽くとは。

 予想していたが彼女の力の底が見えてこない。

 地力の差がここまで顕著けんちょに現れるとは思わなかった。

 同じ蹴りでも、方や微動だにせず、方や10メートルも吹き飛んだ。


「なるほど。触れた相手の魔力を吸収して、動きに還元しているのね」


 わざわざ自分から言いふらすつもりはないが、東高で学生をする以上、通常使用の能力を隠すことはできない。

 会長の指摘は不十分で、彼女の身体強化も分解しているのだが、触れていられるのが一瞬なのであまり弱体化できていない。


 蹴りを終えた彼女は、攻撃を続けるつもりはないようで、ノーガードで俺が仕掛けるのを待っている。

 俺の方は先ほどまでと同じように足を止めずに、パンチを繰り出すが、彼女の動きが急に変わった。

 堅実だったガードの回数が減り、左右に動いて身体を振ってジャブをかわし始めた。


「さぁ、捕まられるかな? 触れないとジリ貧になるわよ」


 現状は会長が考えている以上に深刻だ。

 奪った魔力は何もしなくても自動で消費してしまう。

 俺は攻撃を当てて魔力を奪い続けないと、文字通りになってしまう。

 彼女との膂力の差を埋められない限り、魔力を奪い続けるしかない。


 彼女の対応に合わせて、こちらも攻撃のパターンに変化を加える。

 俺の繰り出した拳を、会長は上半身だけを振って外側へと避けるが、そのまま拳を引かずに追尾するように横薙ぎを放つ。

 そこに彼女の腕が割り込んでガードされるが、接触によりしっかりと魔力を吸収する。

 先ほどまでのボクシングの動きから、カンフーへとスイッチしたのだ。

 スピードは落ちるが、直線的な動きから変則的な動きに切り替わるので、攻撃を当てやすくなる。


 俺はまともの魔法を習得することができなかったが、その代わりに自身の能力を活かせる戦い方の工夫を続けてきた。

 目的のためならば、魔法にこだわらない。

 格闘技ですらそのひとつに過ぎない。


 力強くても会長の動きは素直なものばかりで、変則的な攻撃に対して対応が遅れている。

 ボクシングスタイルに比べて、単発での攻撃速度は落ちているが、回転率は増している。

 力も速さも彼女の方が上だが、戦いの経験値ならこちらが勝るようだ。

 一撃必殺の反撃が迫りくるが、攻撃が単調なので、当たる気がしない。

 フェイントを混ぜながら、攻撃に2段、3段と変化を加えることで、決定打にはならなくても、着実に魔力を奪っていく。


 会長の大振りがくるが、上半身を揺らして最小限の動きで容易く避ける。

 攻撃後の体勢を崩したところに軽く左ジャブを放つ。

 彼女は強引に、体と拳の間に腕を滑り込ませてクリーヒットを防ぐ。

 まったく勢いのないジャブをガードの上から当てて魔力を奪い、さらに死角から右腕を伸ばす。

 この戦いで初めて、会長の腕を掴みとることができた。

 一気に魔力を吸収する。


「放しなさい!」


 彼女の魔力が膨れあがり、腕を振り払いのけてくる。

 魔力の消耗を抑えるためにも無理をせず、あえて手を放して後方に飛んだ。


 徐々にだが会長の動きが鈍くなり、息も上がってきている。

 魔法使いとしてどんなに強くても、体力は普通の女子高生と変わらないようだ。

 奪った魔力はすでに、ステイツの上位魔法使いを行動不能にする量を超えている。

 とてつもない魔力貯蔵量なのに、この戦いで終始彼女から大して魔力を感じない。


 決着をつけるべく最初と同じように、会長の胴体めがけて、磨身一滴こんしんいってきの蹴りを放つ。

 本来ならば持て余す速さだが、魔力により強化された肉体は、全ての力を蹴りへと無駄なく集約することを可能にする。

 過剰攻撃は禁止というルールだったが、直撃したら骨が数本折れるかもしれない。


 開幕直後の鈍い音とは異なり、高く響く音がコロシアムへと広がる。

 しかし眼前の結果は、オープニングと同じだった。

 絶対強者はその場から1歩も動いていない。

 またもや、俺の右足は彼女の左腕に阻まれていた。


「なかなか思い切りがいいのね。普通の人間なら再起不能レベルの蹴りよ。身体強化の方は、完成度がかなり高いわね。魔力の吸収に伴って、変化している力と速さに動きがしっかり追いついているわ」

「よく見ていますね。魔力の吸収の方が目立って、強化はおまけに見られることが多いんですがね」


 ふざけた言動を度々口にする会長だか、戦闘中の観察眼はかなり鋭いようだ。

 彼女の出方を見ながら、こちらのペースで運んでいたつもりだったが、相手も俺をじっくりと採点していた。


 本来、身体強化系の魔法は多種多様に分類される。

 硬質化、動体視力の強化、筋肉を活性化させて運動量の増強、魔力を拳にまとわせて攻撃の補助など。

 共通項として、1ヵ所を強化すると、それに合わせた戦い方をする必要がある。

 しかしローズの刻んだ魔法式は、意識しなくても自動で強化のバランスを配分してくれる。

 そのため強化された身体に感覚を翻弄ほんろうされることなく、常に安定した戦闘を繰り広げることができる。

 さらに現在の身体強化のギアがどの程度なのか把握しながら戦えるように訓練を積んでいる。

 魔力の吸収に応じて突然ギアが切り替わっても、振り回されることはない。

 ちなみにとっくにトップギアに到達している。

 これ以上の強化は経験したことのない未知の領域だ。

 しかしギアをさらに数段上げても、結果が変わるとは思えない。


 このまま続けても、会長には敵わない。

 打開策として切り札を残しているが、あまり知られたくない。

 どちらも発動と制御が難しく、怪我どころか相手を殺してしまうかもしれない。

 完全に手詰まりだ。


「まだ様子見を続けるつもりかしら」

「何のことですか」


「あら、そう。じゃあ少し本気を出すわよ」


 俺がこれ以上の手札を切るつもりないことを察した会長は、いよいよ攻勢に転じる。

 彼女から魔力が溢れ出て、疲れが吹き飛んだかのように顔色が良くなり、息も整っていく。


「回復魔法ですか? 吸収以上に希少な能力ですよ」

「どうかしら。それより、そんな近くに立っていていいの?」


 その言葉を最後に、一気に体が重くなった。

 全身の体重が増した感覚で、立っていることができず、前のめりに倒れた。

 体を起こそうとするが重くて、頭部を地面から引き離すことすらできない。

 自身の身に起きていることを、知識としては知っていたが、体感するのは初めてだった。

 実際は質量が増しているのではなく、地球の中央へ向けて引き付けられているのだ。


 俺以上の身体強化だけでなく、回復魔法に重力魔法も使えるのかよ。


 身体強化と違い発動された魔法は瞬時に分解できるはずなのに、全く追いつくことができない。

 増加し続ける自分の重さで、ミシミシと砂の中へと押し込まれていく。


 重力系の術は土属性の上級魔法に分類される。

 難易度以前に消費魔力が激しいので、使える者は世界でも少ない。

 さらに俺の分解が追いつかないなんて、あまりにも反則的な強さだ。

 しかも発動時に詠唱している素振りがまったく見えなかった。

 これが“絶対強者”と学園に認められた彼女の実力なのか。


 おそらく生徒会長戦挙のバトルロワイヤルで、最初に使った広範囲攻撃魔法がこの重力魔法なのだろう。

 俺の場合は随時魔法の効力を分解しているので、なんとか潰れずに済んでいるが、抵抗できなければ一瞬の発動でも十分に戦闘不能になる。

 しかし会長の申告によって、そんな俺の考えは無情にも消し去られることになる。


「さっきから勘違いしているみたいだけど。私の魔法は身体強化でも、回復魔法でも、重力魔法でもないわ。そもそも、まだ何ひとつ魔法を使っていないわよ」


 一瞬、何を言っているのか理解できなかった。

 しかしすぐに俺の中である仮説に辿り着いた。

 そして彼女の言葉によって確信へと変わっていく。


「私の魔力は大きすぎるから、普段は体の内側に抑えているの。それを解放しただけよ」


 つまり押し込めている中から漏れ出た魔力によって俺を上回る身体強化がなされ、解放しただけで肉体を癒し、さらに重力魔法と勘違いするような圧力を出しているのだ。

 本来ならばこの膨大な魔力で吹き飛ばされるところだが、コロシアムの結界内に閉じ込められて、その結果、俺を地面に押し込んでいるという訳だ。


「他の演習場だと結界が耐えきれないけど、ここなら数分続けられるわ。まだ何か隠しているようだけど、使うつもりがないのならば、このままひん剥くわよ」


 会長がこちらに近付いてくる。

 1歩近づくたびに、魔力の影響が増して俺を押し付ける力へとなる。

 これが命懸けの戦いならばまだ手があるが、模擬戦なんかで使うようなたぐいではない。

 しかし一切を魔法を使っていない相手に、このまま負けるのは、さすがにしゃくだ。

 俺にもステイツのエージェントとして生きてきた意地がある。


 対魔法使いのエキスパートだぞ。

 負けるにしても、こんな惨めな結末はごめんだ。


「クソがー!」


 声を上げて全身へと気力を行き渡らせる。

 フルスロットルの身体強化で会長の魔力の圧力に逆らうのと同時に、結界内部の魔力を吸収するペースを引き上げる。


 感情を燃やせ。

 魔力の消費を全開にしろ。

 押してくる力を分解してやる。


 腕を地面につき上半身を起こす。

 膝を曲げ片足ずつ立ち上がる。

 やや腰が曲がっているが辛うじて、ファイティングポーズをとる。

 今はこれが限界だ。

 それでもじっと会長に眼光を送りつける。

 もう1歩も動けない。


「私の魔力を受けながら、立っていられるなんて、この学校で後輩君・・・くらいよ。自慢してもいいわ。まだ見せていない力があるみたいだけど、ひん剥くのは勘弁してあげるわ」


 そりゃ、光栄なことだ。

 奥の手を残したまま彼女に認められた。


「頑張った後輩君にご褒美よ。私は四元素のどの属性も使えないわ。固有魔法をひとつ使えるだけ。“”指輪の騎士達”。制約がとても厳しい魔法だから今は見せられない」


 彼女は間合いを詰め始めて、至近距離までやって来る。

 距離が近づくにつれて、圧力がさらに増す。

 必死に堪えて、ファイティングポーズを維持することしかできない。


「そうだ。せっかくだから、もうひとつ教えてあげるわ。わたしって負けず嫌いなのよ」

「えっ!?」


 会長は右手を俺の顔の前に出して、指を曲げる。

 彼女が指を弾いた瞬間、俺の意識はあっけなく消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る