9 第9演習場

 会長によって教室から強制連行された俺は、扉の前に立っていた。

 最初は無理矢理引っ張られていたが、観念して彼女の後ろについて歩き、今に至る。

 しかし会長は目の前の扉を開けるのではなく、後ろを振り向き、何もない空中に向かって唐突にしゃべり出した。


「残念ながら、今回はシリアスパートよ!」

「会長、誰に向かって喋っているのですか」


「もちろん読者の方々よ。冒頭から私が登場したせいで、コメディーパートだと期待されたら、申し訳ないからね」


 よく分からないことを言うと、彼女は前を向いて、改めて扉を押し開けた。


「さぁ、第9演習場へようこそ」


 扉の先はまるでヨーロッパの円形闘技場コロシアムだった。

 屋内であるにも関わらず、目測だが直径200メートルを超える闘技場に、それを囲うように観客席が階段状に並んでいる。

 俺たちが入場したのは観客席の最上段で、見下ろすと砂を敷き詰めた舞台全体を眺めることができる。


「そろそろ俺をこんなところに連れてきた理由を教えていただけますか」

「そうよね。私刑リンチなら体育館裏が相場だもんね」

「はぐらかさないでください」


 なぜ体育館裏が相場なのかは分からないが、そもそも授業中に連れ出されてリンチを受けるようないわれはない。

 たしかに昨晩、会長の野蛮な姿を目撃してしまったが、その場で口止めなどは無かったので、ここまで急な展開になるふしが思い浮かばない。

 彼女は俺の方へと振り向くと、じっと目を合わせてきた。


「昨晩、入学式に乗じて学内に侵入者が複数いたわ。ほとんどを生徒会で迎え撃ったけど、最後の1人が何もしないままいなくなったの」


 口調は対して変わらないが、先ほどとは異なり真剣さが伝わってくる。

 侵入者とは、会長にやられてボロ雑巾になっていた各国のエージェントや、俺が倒したやつのことだろう。

 とりあえず、どの程度把握されているのか分からないので、適当にとぼけてみる。


「それと俺をここに連れて来た理由に、何の関係があるのですか?」

「最後の1人の反応が消えて、しばらくしてあなたが現れた。私はあなたが手を下したと考えているわ」


 なかなか鋭い勘のようだが、証拠は何もないはず。

 俺は白を切り通すのが、上策だと判断した。


「ご冗談を。俺は入学したての1年生で、しかも最下位ですよ」

「入学時のランキングは、実力と関係ないわ。私だって最下位スタートだし」


 彼女の意図がかなり読めてきた。

 演習場に連れてきたのは、模擬戦で俺の実力を測ろうという訳だ。

 適当に相手して、わざと負ければ会長も納得するだろう。


「とにかくここで、あなたの実力を見せて。ちなみに手を抜いたら、気絶させた上で服をひん剥いて、校庭にさらすわよ」

(どこのアマゾネスですか!?)


 会長がニシシッと笑いながら口にするが、どうして発想がこうも野蛮なのか。

 ステイツのエージェントという素性がバレないのであれば、軽く力を見せるくらい問題ない

 それにいざという場面のために、俺の魔法を知っておいてもらった方が護衛しやすい。

 さすがにとっておきの切り札は見せてやれないが、普段使う能力ならば軽くお披露目しますか。


「あっ、ちょうど来たわ」


 振り返ると、2人の女生徒が俺達が通った扉から入ってきた

 1人目は入学式で、会長の暴走を止め、由樹曰くゴーレム使いで、副会長の工藤先輩だ。


 もう1人は見覚えのない和装美人だった。

 シワひとつない着物を着て、もの静かな雰囲気をまとっている。

 人形のような整った顔立ちだが、表情があまり読めない。

 飾り気のないシンプルなかんざしで丸く束ねている黒髪が、より一層その清らかさを際立たせている。

 そして背中には雰囲気にピッタリな和傘を背負っている一方、腰には物々しい日本刀を帯びている。


「凛花のことは、入学式で知っているわね。こっちは生徒会書記の静流よ」


 彼女が、由樹が言っていた“雨の剣士”というこの学校のナンバー2か。

 和装をした先輩は、何も喋らず軽く会釈だけした。


「静流は人見知りだから、気にしないでね」


 俺も草薙先輩に合わせて、軽く会釈で返した。


「授業サボって決闘か。青春だね〜。1年生、生きて帰って来いよ」


 副会長の方はさばさばとした感じで、声を掛けてきた。

 彼女だけは常識人だと思っていたけど、授業をサボるのは許容範囲なのか。

 そもそも『生きて帰って来いよ』って言うなら止めてくれ。

 会長の暴走を止めるのが、あんたの仕事じゃないのか。


「凛花は基本的に真面目だけど、熱血とか青春とかのイベントになるとブレーキが効かなくなるのよ」

(なにその中途半端なキャラ設定)


 自由奔放な会長に、人見知りの書記と比べれば、まだマシな方かもしれないが、普段とのギャップを考えると、この人が1番タチが悪いのかもしれない。

 ひどい生徒会役員達だと思わざるを得ない。

 それに校内ランキングのトップ3が集まっているのだから、学園の誰も逆らうことができないか。

 さらに教師である後藤先生すら、会長を止めることができなかった。


「この演習場は生徒会役員の私達しか入れないわ。2人には立会人をお願いしたの。ランキング戦の前にあなたの能力が外に漏れる心配はないわ」


 どのみち逃げられないならば、戦うしかない。

 後から来た2人が立会人ということは、会長と直接戦うのか。

 ステイツの同僚たちを、返り討ちにしたという彼女の実力に、俺自身も興味がある。

 俺達は客席の階段を下りて、舞台に足を踏み入れるとそのまま中心部に向かった

 途中まで付いて来た立ち合いの2人は、観客席の最前列で足を止めた。


 コロシアムの舞台にはステージがあるわけでなく、円形の全てが戦闘区域で、観客席に吹き飛ばされない限り、場外はない。

 砂が敷かれた地面は、踏ん張りが悪いが、多少なりともダメージを軽減してくれそうだ。


「この演習場は、舞台と観客席との間に結界が張ってあるわ。だけど負傷を消すようなご都合主義ではないから。あくまでも外に被害を出さないようにするものだから」


 ダメージを防いだり、自動治癒したりする結界は、国宝級のものなので、魔法公社が母体の学校だとしても、おいそれと用意できない。

 どのみち俺の魔法は、この闘技場の外に飛び散るようなことはないので、気にする必要はない。


「ルールは基本的にランキング戦と同じよ。武器は登録している物以外は使用禁止。相手を気絶させるか、降参させれば勝ち。命を奪うような過剰攻撃は禁止ね。新入生だからその辺の匙加減は大目に見るわ。立会人の2人は、決着がついたと判断したら止めに入って」


 そう言い残すと彼女は俺との距離を離した。


「覗き君の実力を見るのが目的だから、先にどうぞ。お姉さんが胸を貸してあげるわ。あっ、でも胸を貸すと言っても、揉むのはダメよ」

「揉みません! というかいりません!」


 否定はしたものの、胸を張る会長を見て、少し残念な気持ちを抑えきれないまま、締まらない形で俺と会長の模擬戦の幕が開けた。


***

『おまけ』

紫苑「次回こそはシリアスパートよ!」

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