8 会長再び

 それは後藤先生が担当する魔法基礎論の授業が、半分ほど経過した頃に起きた。

 突然、教室の後の扉が豪快に開けられた。


「おっはよう〜、諸君」


 顔を見なくても、声だけで誰が現れたのか分かる。

 唐突に生徒会長の九重紫苑が教室に入って来たのだ。

 教壇に立っていた後藤先生は淡々と、いたって普通に対応した。


「九重。また遅刻か。それに教室間違っているぞ。今日から2年生だろ。とっとと自分の教室に行きなさい」

「ちっちっちっ、後藤ちゃん。遅刻は当たっているけど、このクラスの子に用事だよ」


 会長は後藤先生の指摘を無視して、教室を見渡した。

 先生の口振りだと彼女は遅刻の常習犯のようだが、朝は苦手なのだろうか。

 このクラスの誰かに用事らしいが、入学したての1年生相手に何をしたいのだろうか。

 思考を巡らせていたら、俺は迂闊うかつにも彼女と目を合わせてしまった。


「あぁ! 昨日の痴漢君、発見!」

「いえ、覗きです」


 別に覗きでもないのだが、つい反射的に答えてしまった。

 これがニホン語の売り言葉に買い言葉ということなのだろうか。

 ちょっと学生生活にワクワクしていたところだったのに、会長がいきなりぶち壊してきた。

 男女問わず周りのクラスメイトから軽蔑けいべつのまなざしが向けられてきた。

 しかし隣に座る由樹からだけは、同志を見つけたかのような、キラキラした視線が放たれている。

 人付き合いはあまり得意じゃないのに、初日から好感度がマイナススタートだ。

 唐突な出来事に何も言えずにいると、話が勝手に進んでいく。


「後藤ちゃん、彼を連れて行っていいかしら」

「まず先生をつけろ。高宮を連れて行ってどうするつもりだ」


“学生としての俺”

(会長とはこれ以上関わりたくない。今はクラスでの立場の回復が優先だ)

“エージェントとしての俺”

(一緒に行けば、『精霊殺しの剣』の情報を得られるかもしれない)


 しかし会長が後藤先生に俺を連れていく目的を答えると何やら雲行きが怪しくなっていく。


「もちろん、私刑リンチよ」


“学生としての俺”

(行きたくない。どうせいじり倒されるに決まっている)

“エージェントとしての俺”

(虎穴になんちゃらって、やつだな)


「高宮、おまえが被害者なのは、みんな分かっているから。大人しく行ってこい」


 後藤先生の言葉で、周りの視線がなんだか生暖かくなってきた。

 痴漢呼ばわりのせいで軽蔑が込められていた眼差しが、会長に連れていかれる俺を憐れんでいるものに変わっている。

 クラスメイト達は、先生の言う通り被害者扱いを通り越して、イジメに巻き込まれないように静観を決め込んでいる。


(いや、分かっているなら、止めろよ! 教師)


「雇われ教師に過度な期待をするな。俺は実技教官じゃないのだから荒事は苦手だ。特別に午前の授業は出席扱いにしてやるから」


 後藤先生は俺の視線から意図を汲み取ってくれはしたが、頼りにならなさそうだ。

 会長がゆっくりとした足取りで、こちらへと近付いてくる。

 姿勢が良く綺麗な歩みは、美しいというよりむしろ高圧的に感じてしまう。


「芙蓉、ここは俺に任せてくれ」


 隣の席に座っていた由樹が、俺と会長の直線上に立ちはだかる。


「ここで1発決めれば、モテモテだ」


 それを口に出さなければ、満点なのだけど、言ってしまう彼を憎めない自分かいる。

 動機は不純だが、たしかに今のお前はこの教室で誰よりも輝いているよ。


「会長、俺の親友に。いや同志に手を出すnでげぶへっ」

「邪魔よ」


 台詞の途中の由樹だったが、会長に制服を掴まれ、そのまま横に投げ飛ばされた。

 彼は教室の後ろにあるロッカーに激突し、扉を壊し、そのまま中へ飲み込まれていった。

 教室は一瞬で静まり返り、ロッカーの扉が、ギーコギーコと動く音だけが余韻を残していた。


 中からぶらんと出てきた由樹の右腕が、親指を立てて無事のサインを送るが、すぐにビクビクと痙攣けいれんした後に、力が抜けてぐったりした。


「「よしきー!」」


 40人を超える教室の中で、俺と蓮司だけが彼のために声をあげた。

 由樹、たしかにお前はかっこよかったぜ。

 あっけなかったけど、女子からの評価も上がるだろう。


「九重。教室の備品を壊すな!」

「細かいな。後藤ちゃんの給料から引いておいてよ」


(台無しだ!)


 会長もだけど、後藤先生も大概だ。

 そして今度は後ろの席の蓮司が立ちあがる。


「由樹が漢を見せたのだから、次は俺が行くしかないだろ。たとえ出会って1日でも同じ宿で寝たなぶはっ」

「備品を壊さないようにっと」


 またもや台詞の途中だったが、会長の振り下ろした拳が蓮司の肩に激突した。

 勢いは一切衰えず、蓮司は床へとたたきつけられた。

 彼はそのまま立ち上がることなく、痛めた肩とは逆の手で、俺に向かって親指を立てるが、由樹と同じようにそのまま事切れた。


「れんじー!」

「「「きゃー、的場く~ん」」」


 俺の声は、教室内に響き渡った女子たちの悲鳴によって、かき消されていった。

 残念ながら由樹と同じではなかった。

 どうして授業初日から蓮司にファンがついているのだ。

 先陣を切った由樹があまりにも不憫ふびんで可哀そうだ。

 彼がロッカーの中で、まだ気を失っていることを祈ろう。


「さぁ、行くわよ」


 会長は俺の制服の襟を掴むと、強引に教室の外へと連れ出そうとする。

 力を籠めれば振り払えそうだが、蓮司たちの姿が脳裏に焼き付いていて下手に動けない。


“学生としての俺”

(行きたくない! 行ったらひどい目にあう)

“エージェントとしての俺”

(行きたくない! 行ったらひどい目にあう)


 あれ……何かが一致してしまった。

 俺の思考とは関係なく、会長にズルズルと引っ張られて強制連行される。


 教室を出るとき、ロッカーの中の由樹がちらりと見えた。

 彼は体育座りで真っ白に燃え尽き、ぼそぼそと何かを呟いている。

 先程の彼と蓮司に対する、教室のリアクションの違いが聞こえていたな。


***

『おまけ』ロッカーの由樹より


「いや、あれは俺の見せ場でしょ。なんで全部蓮司に持っていかれるんだよ。イケメンも、イケメンが好きな女子も、この世からいなくなればいいのに……」

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