12 生徒会長は「絶対強者」

『じゃあ、お腹も空いたし学食に行くわよ!』


 せっかく入ることのできた生徒会ハウスの探索はお預けされた俺は、会長に連れられて学食へ向かった。

 わざわざ2人一緒に食事をする必要はないのに、彼女の勢いに負けてしまった。

 そもそも反論する間を与えてもらえなかった。

 ステイツにいた頃もそうだったが、やはり俺は押しに弱いようだ。


 東ニホン魔法高校では、朝晩の食事は寮で提供されるが、昼食は各自の裁量に任されている。

 寮のキッチンでお弁当を作るもよし、学食を利用するもよし、校内にあるコンビニや売店で買うもよし。


「2組の教室からはちょっと遠いけど、ここの食堂が1番人気なのだよ」


 “なのだよ”と胸を張るのは、もちろんこの学園の女帝たる会長様だ。

 学食が複数ヵ所にあることは事前に知っていた。

 しかしその優劣は入学したての俺には分からないので、大人しく彼女に従うに越したことはない。


 これが平常運転なのかは判断できないが、案内された食堂には昼食を食べにきた学生の大群で溢れかえっていた。

 2階まである建物で、昼間の多くの生徒に対応できるように、メニューごとに厨房に近いカウンターが別れており、並んでいる長机は人がギリギリすれ違える間隔で配置されている。

 一方で、ゆったりとした2階と、おしゃれな屋外のテラスは放課後の憩いの場になっていた。


 さすが魔法公社が関わっているだけあって、お金の使い方が違う。

 メニューは特別なものではなく、肉か魚がメインの日替わり定食に、どんぶりやラーメンなどありふれたものだが、学生の懐事情を考慮した破格の金額。


 会長の後に食券を買い行列に並ぶが、すいすいと列は進み食事を受け取ることができた。

 先ほどの戦闘で体力を使ったので、日替わり定食の生姜焼きで精を付けるつもりだ。。

 彼女も俺と同じカウンターに並んで、同じメニューを受け取る。


 会長が普通だ。

 まるで女子高生みたいだ。

 いや、正真正銘の現役女子高生だったか。


「まったく失礼ね。わたしだって、四六時中騒いでいる訳じゃないわよ」


 どうして俺の考えを読めるのだ。

 彼女に深く関わると、一方的に振り回される未来しか見えてこない。


 それにしても1番人気の食堂だと言うだけあって、人が多くてなかなか席が空いていない。

 それでも1人ずつに別れれば、どうにかなりそうだ。


「会長、別々に座りますか?」

「大丈夫よ。少し待って、退けるから」


(退けるから? 力づくで、席を確保するつもりなのか? “四六時中騒いでいる訳じゃない”と口にしたばかりだぞ)


 それでなくとも会長と一緒にいるだけで、周りからチラチラ見られている。

 彼女が今にも行動に移ろうとしたら、奥の方から不穏な雰囲気が伝わってきた。


「東高では実力が全てなんだよ。俺らより下の順位のくせに先に座っているんじゃねぇ!」


 どうやら学生同士が席を巡って揉めているようだ。

 標的を発見した会長様は、そそくさと騒ぎの方へと吸い込まれて行く。

 静止は間に合わず、俺もその後を追うしかない。


 聞こえてきた声で予想はできていたが、長方形の長机に座っていた新入生の集団を、上級生と思われる男子生徒2人が脅していた。


「本来、喧嘩の仲裁は風紀委員のお仕事だけど、後輩君が見ているし、お姉さん頑張っちゃうよ」


 そう言い残した会長様が男子生徒2人へと向かっていく。

 まぁ、彼女に心配はないだろう。

 むしろ相手の方が心配だ。

 俺としては穏便に済ませて欲しいので、頑張らなくていいのだが。

 しかし会長様が声を掛けようとしたら、先に男子生徒の片割が彼女に気づいた。


「げっ、会長……本日もごっ、ご機嫌麗しゅう。おっ、おい、行くぞ」


 自主的にもう片方の男子生徒を連れて逃げてしまった。

 会長はまだ何もしていないのに、どれだけ恐れられているんだよ。

 そんな彼女が新入生たちに向かって言葉を掛けていた。


「君達、別にあんな奴らの言うことに従う必要ないわ。席に戻りなさい」


 何人かは怯えながらその場を離れたが、おおむね席に戻った。

 そして空いた席にちゃっかり彼女が収まり、俺に向かい側に座るように促した。

 周りからの視線が痛いが、この状況で会長様を無視することもできない。


「どう? これが席の取り方よ」


 会長様は自信満々に言うが、まったく参考にならない。

 周りからの非難の色は収まったが、未だに好奇の目で見られている。

 彼女との同席は早まったかもしれない。

 さっさと食事を終えて別れようと考えていたら、隣の席の人物から話かけられた。


「高宮君、無事だったんだね」


 会長に注意が向いていて気が付かなかったが、今朝知り合ったばかりのクラスメイト、橘由佳たちばなゆか草薙胡桃くさなぎくるみが隣の席に座っていた。

 ちなみに果敢にも蓮司に最初に話しかけた女子が橘由佳で、由樹が最初に声を掛けようとして、怯えていたのが草薙胡桃だ。

 意外にも草薙胡桃の方から会長に話しかけた。


「紫苑お姉様、お久しぶりなのです」


 まさかの草薙さんは会長の知り合いか。

 草薙って、もしかして、いもう。


「この子は静流の従妹なのよ」


 そっちのパターンか。

 妹かと思った。


「ちなみに静流に妹はいないわ。弟なら今年入学しているわ」


 いい加減、他人の考えを先回りするのは止めて欲しい。


「高宮さん。草薙だとややこしいから胡桃でいいのです」

「おう、分かった。胡桃だな」


 ニホンで女性をファーストネームで呼ぶのはあまりない文化らしいから気をつけていたが、小柄な胡桃は同じ年とは思えず、すんなりと呼べた。

 むしろ保護欲がそそられる。


「おうおう、青春だね。少年」


 会長がニヤニヤしながらこっちを見ている。

 自由勝手に行動したり、お姉さんぶったりと、話せば話すほど彼女のキャラがよく分からなくなってきた。


「ところで、胡桃と橘さんは仲が良かったのか」

「私は、苗字にさん付けなのね。まぁいいわ。私たちは寮でルームメイトなの」


 胡桃に聞いたつもりだったが、橘さんから返ってきた。

 橘さんは気が強そうなので、下の名前で呼ぶのは抵抗があった。

 寮でルームメイトということは、女子も男子で4人1組のはずだから。


「残りのルームメイtぶげふっ」


 会長が突然俺の口をふさいで、耳元で囁いた。


「こういうデリケートなことは聞いちゃだめでしょ」


 そっか、俺は蓮司と由樹とうまくいっているが、みんなが同じとは限らないだろう。

 女性は男性以上に人間関係に気を使うと、フレイさんもよく口にしていた。

 俺達男子には見せないだけで、ルームメイト同士ではギスギスしているのかもしれない。

 そんなことを考えていたら。会長が自身の主張を押し付けてきた。


「後輩君。1章のエピローグで、新キャラを出すなんてありえないでしょ。作者の事情だって考えなさい」


 彼女は時折、訳の分からないことを言う。

 しかし俺たちのやり取りを意に介さずに、橘さんが会話を進めた。


「九重会長、私達生徒会に入りたいのですが、どうすればいいですか?」


 会長に対して、まさかの打診だった。

 この会長がトップの生徒会に入りたいなんて、尋常じゃないと思う。


「後輩くーん。また失礼なこと考えたね」


 彼女はそう言いながらも、嬉しそうに橘さん答えた。


「生徒会の役員は4人までだけど、役員以外の定員は決まってないから、来月にでも1年生から数名スカウトするつもりよ」


 あの会長の口からまともな返答が出てきた。

 生徒会はてっきり3人だと思っていたが、他にもメンバーがいるようだ。

 ならば橘さんたちが入っても、問題ないかもしれない。

 そういえば4人目の生徒会役員というのは、まだ見たことがないな。


「会長、残り1人の役員の人って……」

「昨年、卒業したわ」


 そうか。

 生徒会長戦挙は秋だから、発足した時点では3年生を含めて、役員が4人だったのか。

 しかし空いた役員の席は、役員以外の生徒会メンバーから繰り上げにはならないのか。

 そもそも役員以外に、生徒会に残り何人いるのだろう。


「じゃあ、今の生徒会って……」

「3人よ」


 俺の中で、危険信号が黄色から赤色へと変わった。

 人が集まらないのは、どう考えても会長が原因だ。

 工藤先輩も草薙先輩も個性的だが、嫌われるたちではない。

 むしろ人を惹きつけるカリスマ性がある。

 会長もたしかにカリスマ性はあるかもしれないが、あまりにも度が過ぎる。

 夢を見させてくれるどころか、一瞬で夢をぶち壊しかねない。

 橘さんも胡桃ちゃんも、生徒会に入るのは考え直した方がいい。

 しかし今は会長が目の前にいるので、直接的な言葉を口にするのは、はばかれる。


「2人はどうして、生徒会に入りたいんだ?」


 ほぼ同時に橘さんと胡桃が答えてきた。


「工藤先輩のファンなの。先輩みたいなカッコイイ女性になりたい」

「私は静流お姉様のお役に少しでも立ちたいのです」


 一気に会長様の表情が陰る。

 さっきまでの嬉しそうな態度が嘘みたいに、背筋が曲がり視線は下を向いていて、明らかに落ち込んでいる。

 この人は騒いだり、からかったり、真剣になったり、落ち込んだりと忙しい。


「俺は会長のことと思いますよ」


 その言葉によって、彼女の顔色がパッと明るくなり、あっという間に機嫌が元に戻っていく。


「後輩君は、なんだかんだで、私のこと慕っているのね」


 なぜかくねくねと動きながら喜ぶ様は、少し気持ち悪い。

 残念ながら、何がスゴイかは言っていない。

 重要なことだからもう1度、何がスゴイのか言及していない。

 まぁ落ち込んだ会長が何かやらかすよりは、これで機嫌が直るならばマシだと思える。

 そんなやりとりをしていたら、橘さんからとある情報がもたらされた。


「そういえば、的場君達が高宮君のことを心配していたよ」


 あまりにもいろんなことがありすぎて、彼女から指摘されるまで、2人のことをすっかり忘れていた。

 2人とも教室で会長にやられて、うずくまっていた。

 大事には至っていないはずだが、あれからどうなったのだろうか。

 スマートフォンを見ると、メッセージアプリからたくさんの通知が入っていた。


 蓮司「芙蓉、無事か」

 由樹「女子なんて嫌いだ」


 蓮司「芙蓉、大丈夫か」

 由樹「女子なんてどうせ顔しか見ていないんだ」


 蓮司「俺たちは医務室にいるけど、お前は怪我していないか」

 由樹「イケメンなんて、イケメンなんて、」


 蓮司「俺たちは授業に戻るけど、医務室の先生には伝えておいたぞ」

 由樹「俺の見せ場だったのに、見せ場だったのによ」


 蓮司「とりあえず、午前中の授業の先生たちには、事情を話しておいた」

 由樹「クソ、クソ、クソ」


 蓮司「大丈夫そうで安心したわ。

 由樹「……」


 由樹「……」

 由樹「……」


 由樹「……」

 由樹「……」


 由樹「……」

 由樹「……」


 由樹「……」

 由樹「……」


 由樹「……」

 由樹「……」


 由樹「……」

 由樹「……」


 由樹「……」

 由樹「……」


 由樹「……」

 由樹「……女子3人と楽しそうに食事しやがって……」


 俺はキョロキョロと辺りを見渡すと、後ろの方のテーブルに蓮司と由樹が座っていた。

 蓮司はさっと手を挙げて挨拶するが、由樹は呪詛でも飛ばしているかのような視線を投げている。

 どう弁明するか必死に考えていたら、隣で食事していた会長がすっと立ち上がった。


「さてとっ、後輩君、食べ終わったことだし、私は先に行くわね。その前に私の何がスゴイのかな? 私は後輩君にとって何なのかな?」


 適当に持ち上げて、誤魔化したことがばれている。

 そもそも俺が口で会長様のマウントを取れる訳がなかったのだ。

 この回答を間違える訳にはいかない。


 会長は俺にとって……


 会長は、


“護衛対象”


“東高の先輩”


“野蛮な暴力女”


“第5公社の構成員”


“歩くトラブルメーカー”


“調査対象”


“俺の弱みを握っている人”


“黒髪美人のお姉さん”


“指輪を預けた相手”


“守ると約束を交わした女性”


「俺にとって……生徒会長は『絶対強者』です」


 何故それをチョイスした。


 彼女は何も言わず無言で、俺の胸倉を掴むと、由樹のところまで投げ飛ばした。

 そしてこの日は、の授業も受けることができなかった。



 ***

『あとがき』

これで1章は完結です。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。

SSショートストーリーを3、4話ほど挟んで、2章に入りたいと思います。

キリの良いところなので、気に入ってくださったならば、評価の方もお願いします。

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