1章 生徒会長は「絶対強者」
1 入学式
『あらすじ』
芙蓉はステイツのエージェント
次の任務はニホンで女子高生の護衛と調査
***
フレイさんから新たな任務を言い渡されて約1ヶ月。
俺は両親の故郷でもある桜の国ニホンで、高校の入学式に参加していた。
今回の任務は“精霊殺しの剣”を持つとされる、
そして彼女は
「新入生諸君、入学おめでとう。君達は本日をもって、
学校に通うのは初めてだが、校長の退屈な挨拶というのは、フィクションの中だけじゃないのだな。
しかしそんな感想は、直角に曲がり始める。
「ここでは実力こそが全てだ! 厳しいカリキュラムに耐え抜き、ランキング戦で
テンプレ通りのありふれたスピーチなどではない。
むしろ軍の教官の物言いにそっくりだ
校長の話を聞き流しながら、俺は手元の入学案内の資料に視線を落とす。
ここ東高の特色は、魔法使い同士の決闘に重きを置いている点。
魔法使いというものは、本来戦場では遠距離砲台としての活躍が期待されるので、魔法使い同士が顔を合わせることはほとんどない。
しかし東高はランキング戦という1対1の決闘によって、学生達が順位を競っている。
そのため東高は世界から注目されており、腕に自信のある魔法使いの卵達が国内外から集まっている。
俺は入学案内のパンフレットに挟まっていたA4の紙に目を向ける。
他の資料と違い学校が作ったものではなく、学生が作ったような粗いデザインだ。
そこには大きな文字でこう書かれていた。
『生徒会に関わるな! 生徒会長に逆らうな!』
俺の任務のターゲットである九重紫苑が、この生徒会長でもあるようだ。
彼女について、フレイさんから受け取った資料に、いくつかの情報があった。
九重紫苑は2年生の女子生徒で、校内ランキング1位にして、東ニホン魔法高校において歴代最強と名高い。
そんな彼女に付いたふたつ名は“絶対強者”。
一方で使う魔法は不明で、属性すら分からないという謎がある。
憶測に過ぎないが、詠唱や発動が早すぎて、目の前で魔法を使われても、見えないなどという噂がある。
そして精鋭揃いの第5魔法公社の一員。
あれこれと考え事をしていたら、いつの間にか校長の挨拶に続き、新入生代表の答辞が終わるところだった。
名前は聞いていなかったが、一切緊張の色が見えない涼しげな顔の男だったという程度には見ていた。
新入生代表ということは、入学試験で1番なのだろう。
最後に
フレイさんから見せてもらった写真と同じ顔をした人物がステージに上がる。
背中まで伸ばした黒髪に端正な顔立ち、ここからでは分からないが、写真で見た限りでは、美人の部類に入れても誰も異論ないだろう。
姿勢が一切ブレない綺麗な歩みから、武道か舞を
そしてマイクに向かって。
「みんなぁー。元気してる~。入学おめでとう!」
ターゲットの生徒会長は清楚な見た目に反して、えらく軽いノリのようだ。
こんなふざけた人物を、ステイツ政府がわざわざマークしているのか。
というか新入生は全員面食らっているが、周りの先生達は特に驚いた素振りがない。
むしろ呆れているようにすら見える。
「まずはみんなにやってもらいたいことがあるけど、分かる人いるかな?」
誰も答えない。
分かる分からない以前に、このテンションについていける勇者は、この場にいないようだ。
静まり返った講堂の中で、生徒会長は先ほどのノリとは打って変わって、
「君達には、新入生同士で殺し合いをしてもらいます」
先ほどまでとは別の意味で、静まり変える。
会場全体に緊張の糸が駆け巡る。
実力主義の学校とは聞いていたけど、21世紀のこの時代にそんな野蛮なことをするなんて、小説じゃあるまいし。
それでも俺は、いつでも戦闘ができるように身構える。
数名だが、同じように臨戦態勢に入った者がいる。
おそらくすでに、修羅場を潜り抜けてきた実力者達なのだろう。
「九重さん、何をふざけているのだ」
想定外の事態なのか、1人の男性教員が壇上に上がって止めようとする。
「はーい。先生達は邪魔しないでね」
それは一瞬だった。
止めに入った男性教員が壇上から吹き飛んだ。
そのまま地面に叩きつけられて、
目立った外傷はないようだが、起き上がらない。
魔法を使ったことは確かなのだが、何が起きたのかのかまったく分からない。
資料を見たときは疑ったが、彼女の実力は本物。
九重紫苑の本気が俺達新入生へと伝わる。
今の一撃で、完全に彼女がこの場の支配者になった。
他の教員達も構えているが、誰1人として動こうとはしない。
否、動けないのだ。
“絶対強者”のふたつ名に、嘘偽りない威圧感が講堂に充満している。
緊張の中、九重紫苑の説明が続く。
「隣の席に座っている者同士がそれぞれの対戦相手よ。私が合図したら戦闘開始ね。しっかりトドメを刺すまでが殺し合いです」
まるで『家に帰るまでが遠足です』のような言い方だが、ツッコミをする余裕など一切ない。
俺はすぐに隣の奴を警戒する。
隣に座っていた学生は小柄な男で、この状況についていけずオロオロしている。
これまでの任務の中で、殺しの経験がない訳ではない。
しかし何度経験しても、慣れるようなものではなかった。
殺しの
手心を加えたら、辛くなるだけ。
合図と同時に一気に仕留める覚悟を固めて、思考をどんどん冷たくしていく。
「それでは、3つ数えたら始めてください」
九重紫苑から無情で残酷なカウントダウンが放たれる。
「さーん」
カウントがやたらと長く感じる。
「にー」
息ができないほど、会場の緊張感が最高潮に達する。
「し~」
(し~?)
「し~お~」
(やっぱり、し?)
「し〜お~ん! そんなわけあるか~!」
『カコ~ン!』
九重紫苑の後頭部に金属バットがクリーンヒットした。
強烈な打撃音がスピーカーによって増幅され、講堂に響き渡る。
現れたのは、なぜか男子の制服を着ているが、それが不自然でないほどさばさばとした女生徒。
ショートカットにスラッとしたボディラインで、格好いいという言葉が似あう。
アクション映画の女主人公に出てきそうだ。
「いった~い。今、おもいっきり叩いたでしょ」
「当たり前よ。それでも大してダメージ無いくせに。というか金属バットへこませるなんて、どれだけ固い頭なのよ!」
会長様は叩かれた頭を抑えながら、ぷんすかと文句を言っている。
補足として断っておくことが、コメディショーなどで人をバットで殴るようなツッコミがあるが、あれはフィクションだ。
現実世界では病院送り、最悪のケースは即死。
にもかかわらずノーガードで受けて痛いで済まし、その上バットをへこませる会長様は何もかもが異常。
魔法を使った気配は何もなかったことからすると、俺と同じ自動発動型の能力なのかもしれない。
いつの間にか会長様は、ステージ上で正座させられている。
さっきまで騒いだり、冷徹になったりしていた会長様が、今度はしゅんっと萎んでしまっている。
乱入してきた女性徒とのやりとりをマイクが拾って、講堂内に漏れる。
「さぁ、なんでこんな悪ふざけをしたの」
「だって、だって、エイプリルフールだから、新入生を驚かせてやろうと徹夜で考えたんだもん」
「エイプリルフールは昨日! 今日は4月2日!」
「えっ? いつの間にエイプリルフールが終わったの?」
「紫苑がくだらないことを企んで、徹夜している間にだよ! というかエイプリルフールだとしても、やりすぎでしょ。先生を1人吹き飛ばしているじゃないの」
「だってだって……必要な演出? 尊い犠牲?」
「いい加減にしなさい!」
そんな話をしている中、先ほどまでの緊張が解けたので、吹き飛ばされた教員は他の教員たちに運ばれて退場していった。
会長様の正座は継続したまま、後から現れた女生徒が新入生に向かってしゃべりだした。
「会長の悪ふざけはいつものことである。早く慣れてくれとしかアドバイスできない」
(((いつものことなの!?)))
新入生全員の心が今、ひとつになった気がする。
あれで、平常運転なのか。
そもそも先生や先輩方は、諦めているのか?
「生徒会、副会長の
この人は生徒会の副会長だったのか。
会長様(笑)とは違って常識人のようだ。
当の会長様(笑)は未だに正座さられたままだ。
「本学の特色として、校内ランキング戦に、魔法を使った部活動、魔法公社から割り振られる課外活動などがある。学校や生徒会はできる限り、バックアップするが、トラブルが後を絶たない。諸君らにも十分に気をつけて欲しい。何か困ったことがあれば、すぐに生徒会を頼ってくれ。あと会長が迷惑を掛けた場合も、すぐに生徒会に通報してくれ」
なんとなしに、生徒会の仕事の半分くらいは、会長様の迷惑の処理になっているのだろうなという考えが頭を横切る。
話を終えた工藤副会長は、スタスタとした足取りで会長様を引きずりながら、退場していった。
とりあえず九重紫苑について分かったことは、悪ふざけが好きで、バットで殴られても無傷ということだった。
さっそくだが、この人に護衛が必要なのか、ステイツ政府の判断を疑いたくなる。
“これが会長様こと紫苑に振り回される物語のプロローグだったことに、この時の俺はまだ気づいていなかった”
***
『あとがき』
入学式のイラストをいただきました。
https://30777.mitemin.net/i503758/
by ゴールデン☆ガチゴリラ様
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