3 ハロー ニホン
「こちらマックス。ターゲットを確保した。回収を頼む」
奪った魔力は、俺の意思とは関係なく身体強化のために消費されていく。
底をつき強化が解除されそうになった頃、応援がやってきた。
黒スーツの男達を従えて、先頭を歩くのはパンツスーツを着た白人女性。
白い肌に肩の上で揃えてある金色の髪は、軽くウェーブがかかっている。
いかにも仕事ができる風の女。
「ご苦労様。芙蓉君は相変わらず確実な仕事振りね。私の出番は、今回もないみたいだわ」
彼女は俺の直属の上司のフレイさん。
ステイツのエージェントに勧誘したのが彼女で、俺のことを芙蓉と呼ぶ数少ない人物でもある。
フレイさんが連れてきた男達がターゲットを引き取り、近くに止めてある護送車へと運び込む。
これで今回の任務は終了なのだが、フレイさんの言葉は労いだけでは終わらない。
「急で申し訳ないけど、芙蓉君には次の任務の準備をしてもらわなければならない」
ステイツ政府は、というよりフレイさんは人使いが荒い。
連続での仕事はよくあることだ。
「今回は長期任務だから覚悟してね。ニホンの魔法高校に入学してもらうわ」
「入学ですか? 潜入ではなく?」
任務で在学生に扮する場合は潜入と呼ぶことが多く、わざわざ入学という表現は使わない。
「そうよ。正規の手続きで、入学して学生をやってもらう」
「それでニホンの高校で俺は、何をすればいいのですか?」
「東ニホン魔法高校に通う女子生徒、
フレイさんが部下から封筒を受け取ると、その中から写真を取り出した。
拡大された証明写真のような顔写真で、写っているのはごく普通のニホン人の少女。
俺の任務は、魔法使いの拘束や暗殺が主で、護衛にしても調査にしても経験が少ない。
そもそも外国の一介の学生相手に、ステイツ政府の裏部隊が動くのはあまりにも大袈裟すぎる。
「あなたの疑問も分かるわ。順に説明するから。九重紫苑もしくは、彼女の周囲の人物が“精霊殺しの剣”を所持しているという情報が入っている。もし剣が実在するならば、今の魔法使い達の勢力図が一変するほどの価値がある。ステイツとしては、なんとしても確保したい」
「精霊殺しですか。またとてつもない代物が出てきましたね。それでも誘拐や強奪なら分かりますが、なぜ護衛と調査なのでしょうか」
「当初我々もそのつもりだった。腕利きのエージェントによるチームを複数派遣したけど、いずれも返り討ちにあって、現場復帰は当分無理そうな状態よ。政府上層部でも強硬派と慎重派に意見が分かれている。とりあえず精霊殺しの剣の実在の確認を優先する点では双方合意した」
ステイツのエージェントを退けたとなると、学生のレベルを遥かに超えている。
俺の場合は対魔法使い戦で、相性が良いからスカウトされたが、同僚達はみんな実力も経験も俺より数段に上。
写真の彼女自身かその周囲に、かなりの腕利きがいることが予想される。
「そこでちょうど日系で15歳の芙蓉君には堂々と入学して、学生として接触して欲しいの。なんなら口説いて、恋人になっちゃってもいいわよ」
「何を言っているんですか」
フレイさんはキャリアウーマンな見た目に反して、俺に対して悪ふざけをするところがある。
「彼女を狙っているのは、ステイツだけではないわ。他の組織に彼女が押さえられないように、護衛しながら、精霊殺しの剣について探りなさい」
「精霊殺しの剣を手に入れれば、任務終了でしょうか?」
「いいえ。確保は別働隊に任せるわ。あなたの任務はあくまで護衛と調査よ」
しかし高校に潜入となると、かなり長期の任務になりそうだ。
俺は
海外での長期任務はあまり好ましくない。
そんな俺の心情を見透かすように、フレイさんが説明を続ける。
「それに今回の任務は、あなたの知りたがっている情報を得られるかもしれないわ」
これまでの5年間
ローズについて、吸血鬼について、そして第5の精霊王について、何も手がかりがない現状で、いくら上司のフレイさんの言葉でもあまり期待できない。
しかしそんな俺の考えを一蹴する情報を、フレイさんからもたらされた。
「九重紫苑は新設の第5魔法公社の構成員よ」
2度の大戦を経て、世界各国が魔法戦力の不保持を条約で交わして以来、魔法使いの需要を満たすために魔法公社が台頭してきた。
俺達のような裏の組織を除けば、政府とは独立した魔法使いの自助組織の魔法公社が仕事を一手に管理している。
公社は世界中に支部を置いて、魔法絡みの案件の実に9割以上を取り仕切っている。
いわゆる中世の商業ギルドのような存在だな。
その背景として、第1から第4までの魔法公社には、四元素それぞれの精霊王との契約者がいる。
彼らの力は絶大であり、歴史ある魔法結社でも正面から逆らえず、傘下に入るしかなかった。
そのため噂の域でしかないが、精霊殺しの剣は魔法公社の最高戦力を無力化できる対抗手段となり、勢力図を一変させる可能性を秘めている。
そして近年、第5魔法公社が新設されたが、契約する精霊王は残っていないはずだった。
しかし俺からしてみれば、ローズが残した第5の精霊王という言葉がどうにも引っかかっている。
「ステイツとしても第5の精霊王について、存在の可能性を芙蓉君から得ただけで、何も把握できていない。任務に支障をきたさないならば、そちらの調査も許可するわ」
俺からしてみれば、この5年間で1番有力な手がかりを得られるかもしれない。
これまでにも第5公社の調査を試みたが、新設であるため他の公社と比べて活動規模が小さく、さらに少数精鋭の曲者揃いでなかなか手を出せなかった。
その構成員の1人に接触できるというのは、かなりのチャンス。
「出発は1ヶ月後で、航空券はこちらで準備するわ。向こうの学校には寮があるけど、入学までは宿の手配もしておく。また任務中はマックスをコードネームとして、マクスウェルのファミリーネームは伏せ、高宮の姓を名乗るように」
フレイさんから一通りの説明を聞いて、俺は帰路につく。
***
芙蓉が去った後、私は物陰に向かって喋りだした。
「ローズ。あなたの息子を紫苑と接触させる手筈は整ったわ。素直に富士の高宮家を訪ねてくれれば、こんなに回りくどいことをしなくて済んだのに。頑固なところはあなたに似たのかしら」
私が話かけた物陰の方から1匹の黒猫が現れる。
真っ赤な目をして、細い四肢を持つその猫が返事をしてくる。
「頑固なのは私ではなく、あの子の母親譲りだわ。当初の計画通りなら、あの子と紫苑は運命を削りあうことになる。だけど学生として出会い、あの子が騎士になれば、2人の運命は重なるかもしれない」
「調べでは残りの騎士の枠は2つ。かつてあなたが騎士だったように、彼も同じ道を歩むのかしら」
「私は“裏切りの騎士”になってしまったけど、あの子が私と同じ運命を辿るとは限らない。あの子には私が授けた知識と力がある。さらに彼女達が残した切り札は、このふざけた盤上をひっくり返すこともできる」
「感謝してよね。あなたにとっては、まだ子供かもしれないけど、彼はうちの立派なエースなのよ。ミスターを説得するのは大変だったわ」
「そうね。母にとって、息子とはいつまでもたっても子供なのよ」
***
『あとがき』
プロローグを最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。
次回より学園ストーリーの開幕。
いよいよメインヒロインの登場です。
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