2 魔法狩り
『マックス。ターゲットは5番街への繋がる路地に入った。先回りできるルートを送信する』
インカム越しに流れてくる指示によって、俺の意識は追憶から、今この場へと呼び戻された。
とある街の郊外。
ネオンが照らす表通りは、夜であるにも関わらず日中よりも
一方で小さな路地に入ると、長い歴史の流れで無計画に並べられた建物が光の通り道を遮っている。
そんな中、俺は支給品のデバイスに表示された地図と、インカムから聞こえる指示を頼りに、足を止めることなく駆け抜ける。
これは俺にとって数ある仕事のうちのひとつ。
母さんと別れて1人になった俺は、仕事でニホンに赴くことは数回あったが、結局父の生家と言われた高宮家を訪ねる気にはならなかった。
幸いなことに母さんの教育のおかげで、食うに困ることはなかった。
最初の1年は、裏の危険な仕事をしながら日銭を稼いで、目立ちそうになれば他の国へと渡る生活を繰り返していた。
そんな暮らしを続けていたら、ステイツ政府のエージェントから勧誘を受けて、政府の裏組織の一員になることになった。
両親の仇討ちをするつもりはないが、知らないことがあまりにも多すぎた。
残された手紙だけでは、母さんと俺の両親の間に何があったのか分からない。
確証はないが、事情を知ることで母さんと再び向き合えると思っていた。
その点、政府のお膝元というのは世界中の情報が集まるので、母さんのこと、吸血鬼のこと、第5の精霊王について調べるのにとても都合が良かった。
しかしこれまでにあまり目立った成果はない。
些細な情報かもしれないが分かったのは、母さんが人間社会に溶け込んでいたときは、ローズ・マクスウェルという名の魔法使いに
そのことを知って以来、マクスウェルの姓をもらい、芙蓉・マクスウェルと名乗っている。
フヨウという名はステイツで馴染みの無い発音なので、配属当時のメンバー以外からは
母さんが残した意匠のない指輪は、何かしらの魔道具のようだが、使い方が分からないまま。
とりあえずチェーンを通して、首に掛けて外から見えるようにしている。
もしかしたら、彼女を探す手がかりになるかもしれない。
さて、今回の仕事は違法な魔法薬の売人達の捕縛。
魔法薬は人体に様々な影響をもたらすが、認可されていない物はほとんど何らかのリスクがある。
ターゲットの1人が腕利きの魔法使いだという事前情報が入っていたので、警戒して複数チームでミッションにあたっている。
先行していた突入部隊がギリギリまで追い詰めたが、
俺の担当は、初手で失敗した場合の追跡と確保。
索敵班が逃走経路を割り出して、先回りするための指示を出してくれるので、今はそれに従っている移動している。
しばらく進むと相変わらず暗くて
戦闘するにはちょうど良い広さだ。
ここでターゲットを迎え撃つことにしよう。
足を止め、1度呼吸を整える。
「こちらマックス。現在地で待ち伏せをしたい」
「了解。周辺区域の封鎖を手配する。ターゲットは想定通り、そちらへと移動している」
先回りしたのならば奇襲を狙うのが定石だが、俺は道の中央で魔法使いが現れるのを待つ。
デバイスを確認すると、ターゲットを印したマーカーがこちらへと近づいている。
もう次の角を曲がれば現れるだろう。
走り出てきた男は、俺の存在に気がついて足を止めるのと即座に攻撃へと移行する。
彼の口からは、どの言語にも当てはまらない発音が紡がれる。
正面に火の球が現れ、詠唱が進むにつれてクルクルと回りながら大きくなる。
火の下級魔法ファイアボール。
下級魔法を選んだからといって、断じてこの男が魔法使いとして劣っている訳ではない。
対人戦において、下級魔法でも十分に致命傷を負わせることが可能。
わざわざ詠唱が長く、魔力を多く使う中級以上の魔法を避けることから、人間相手の戦いに慣れていることがうかがえる。
一応俺は、捕縛マニュアルに従って1度は警告をする。
「止めておけ。無駄だ」
「この政府の犬どもが!」
男が言葉を発するのと同時に手を前に振ると、俺に向かって火の玉が飛来する。
しかしぶつかる直前に、右手を前に出し魔法に触れることで、あっという間に炎は消失した。
これは俺の意思とは関係なく、触れた魔法を自動で分解し、その魔力で身体能力を向上させる。
ファイアボールの魔力を吸収して、運動性能を高めた俺は、一瞬で距離を詰める。
接近と同時に足を止めることなく、男の腹部に蹴りを叩き込む。
この一連の動作は、魔法によるサポートだけでなく、これまで長年の鍛錬によって培われた技。
魔法を放った直後はどうしても無防備になる。
しかし1対1の正面戦闘で、その隙を突くことは意外に難しい。
射線上に相対している場面では、まず相手の攻撃に対処することが求められるからだ。
一瞬で魔法を分解できる俺にとって、攻撃後の隙が最も狙いやすい。
これが俺の得意とする戦い方。
だからわざわざ奇襲をせずに、相手に魔法を撃たせた。
蹴りを受けた男は後方へ吹き飛び、背中を建物にぶつけたが、まだ制圧は終わっていない。
俺はジャケットの内側からリボルバー式の拳銃を取り出し、逃げられないように膝へと銃弾を1発撃ち込む。
男は全く声を漏らさずに耐え、銃声だけが鳴り響いた。
かなり訓練されているようだが、それでももう詰み。
足を撃たれては逃げることはできないし、痛みで魔法を発動するための、集中力も残されていないだろう。
「クソッ。“魔法狩り”が相手だなんてついてないぜ」
うめくように声を絞り出してきたが、わざわざ答える必要はない。
ゆっくりと近づき男の額に手を触れると、彼はビクッと
俺の魔法式は、直接触れることでより強力な効果を発揮する。
相手の魔法の発動を封じ、魔力を奪うことができる。
男は急速に魔力を失ったショックで、気を失ったのだ。
魔法使いを拘束することは非常に難しい。
魔法を封じることができる牢は存在するが、現場での拘束はそうもいかない。
口を遮っても詠唱無しで魔法を発動できる使い手もいる。
視界を奪うことが最善とされているが、無差別に攻撃魔法を放たれては危険だし、透視能力や感覚器官を強化できる強敵だっている。
特に戦闘訓練をしている魔法使いは、拘束されたときに抜け出す手段を準備しておくのが鉄則。
そのため短時間で魔力を奪うことができる俺は、対魔法使い戦において戦局を決定づける。
事件の大小に関わらず、最終確保を担当することが多い。
吸血鬼の真祖から10年近く手解きを受けた俺だが、魔法の適性は皆無だった。
俺の肉体は魔力を生成できず、外から補給しても長く貯蔵することもできない。
しかし
いつの頃からか裏社会では“魔法狩り”の異名で知れ渡ることになった。
ターゲットの額に手を押し当てたまま、もう片方の手でインカムを操作する。
「こちらマックス。ターゲットを確保した。回収を頼む」
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