0章 ハロー ニホン

1 吸血鬼の息子

『まえがき』

アクセスありがとうございます。

本編はコメディ要素多めですが、プロローグは少し暗めに書いています。


 ***


“俺は彼女しおんを守るために、彼女の意志にそむかなければならなかった。これは俺と彼女が出会い、絆を紡ぎ、そして裏切りまでの物語”


 ***


 僕は、吸血鬼に育てられた。

 物心ついたときに産みの親はおらず、彼女のことを母さんと呼んでいた。

 芙蓉ふようという名は両親の故郷の言葉で、母さんが選んでくれた。


 母さんは僕を連れて世界中を旅した。

 人の多い都会に滞在したこともあれば、電気もガスもない未開拓な地を彷徨さまよったこともあった。

 犯罪に巻き込まれることもあれば、2、3日食事ができないことだってあった。

 それでも母さんの隣は絶対に安全で、どんな場所でも不安はなかった。


 月に1度くらいの周期で、夜になると母さんはどこかへ消えて行くことがあった。

 帰りを待つけど、いつの間にか眠ってしまい、目が覚めたら母さんは帰ってきていた。

 このときの僕はまだ、吸血鬼が人間の子供の面倒を見ることの大変さを理解していなかった。


 いろいろな国に立ち寄ったけど、母さん以外の人と話すことはほとんどなかったので、世界は僕と彼女だけで構成されていた。

 だから母さんは母さんであって、名前を知る必要はなかったし、聞く機会もなかった。


 母さんは僕に様々な国の言語、歴史、科学、社会の仕組み、そして戦い方を教えてくれた。

 僕と出会う前の彼女は高名な魔法使いとして、人間社会に溶け込んでいたらしい。

 母さんは魔力を持たない僕の体に魔法式を刻んで、たったひとつの魔法を極めるように鍛錬させた。


『芙蓉、守りたいものができたら、最後まで貫くのよ。私にはそれができなかったから……』


 母さんが訓練のたびに、ひたすら僕に言い聞かせた言葉だけど、何のために口にしたのか、今でもその意図はよく分からない。

 魔法の修行はいつも母さん相手の戦闘訓練で、彼女は常に超えることのできない高い壁だった。

 他の魔法使いや魔獣を相手に戦う機会は乏しかったので、自身の成長を客観的に捉えることはできなかった。

 そもそもなんのために母さんは、僕に訓練をさせたのだろうか。


 しかしそんな僕にとって、当たり前だった世界の終わりが唐突に訪れた。

 ある日、目が覚めると母さんの姿がなく、書置きと意匠のない指輪だけが残されていた。


『芙蓉へ


 あなたには1人でも、生きていくのに必要な力と知識を十分に与えました。

 そろそろ真実を知るべきです。

 あなたの本当の両親は、私が殺しました。

 まだ幼かったあなたを育てたのは、私の贖罪しょくざいであり、彼女達との約束だったからです。


 私はあなたを我が子のように大切に思っております。

 しかし私は、そしてあなたも、互いに依存し過ぎてしまいました。

 行き過ぎた愛情は、洗脳と変わりありません。

 あなたには自分の生き方を、自分自身で決めて欲しいのです。

 母としてとても不甲斐ないですが、距離を置くことにします。


 芙蓉、あとは心の赴くままに生きてみなさい。

 行く宛てに困ったら、あなたの両親の故郷、ニホンに向かいなさい。

 あなたの父の生家である富士の高宮家を訪ねれば、面倒をみてくれるでしょう。


 両親の仇を取る選択肢を否定するつもりはありません。

 しかし私の後を追うことは考えないことです。

 今のあなたでは力不足です。

 授けた力だけでは、どう足掻いても勝ち目はありません。


 吸血鬼の真祖である私を倒すには、長い年月かけて更なる研鑽けんさんが必要です。

 第5の精霊王について知りなさい。

 あなたの運命を切り開くきっかけを得られるでしょう。


 最後に、手紙と一緒に残した指輪は、あなたの母親から私が受け取ったものです。

 今となっては意味のないものですが、その手に持っていてください。


 我が子の幸せを心から祈っております。


 母さんより』


 ***


『マックス。ターゲットは5番街への繋がる路地に入った。先回りできるルートを送信する』


 インカム越しに流れてくる指示によって、の意識は追憶ついおくから、今この場へと呼び戻された。

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