エンゼルホイップ

第1話 完結

「楽観主義者はドーナツを見て、悲観主義者はドーナツの穴を見る。」

片側にだけチョコレートのかかったドーナツを片方の目の前にかざして、その穴越しに彼女を見ながら呟いた。

オスカー・ワイルドのこの言葉を、ドーナツを見て、今唐突に思い出したのだ。要するに悲観主義者というものは無いもの(この場合ドーナツの穴だ)ばかりに囚われてしまい、楽観主義者はその逆であるという話だ。

ちなみに僕の場合は間違いなく穴の方を見てしまうだろう。そもそも穴がないとドーナツではないとまで考えているくらいだ。そこに穴が存在するからドーナツはドーナツとして成り立っているのだ。この世界だってそうだろう。何かを、例えば都合の悪いことだとか、根拠の無い寂しさだとかを埋めるためには、それを埋めるための穴が必要なんだ。とまあ、そんなところだ。

僕は典型的な悲観主義者だといえるだろう。ドーナツひとつでこんなことをグルグルと考えてしまう。我ながら痛い奴だとは思うけれど。

「君ならドーナツの本体とドーナツの穴、どっちを見るかって聞かれたら、どう答える?」我ながらよくわからない質問だ。

「ふぁあ?」今ちょうど手に持った甘ったるいホイップクリームの入った砂糖のたくさんついたドーナツを頬ばろうと口を開けた彼女は、間抜けな声を出した。

唐突にぶつけられた意味のわからない質問にぽかんと口を空いたまま、しばし考えていたが、一時を経て、空いていた口をそっと閉じた。

と思ったら彼女は先ほどよりも大きく口を開け、次の瞬間、僕が目の前に持ち上げているチョコレートドーナツに猛烈な勢いで噛み付いた。

もごもごと実に幸せそうな顔をして人のドーナツを噛み締めている彼女は「ちょっと待て。」という合図を手のひらで示した。

予想外の彼女の行動に、僕は目を丸くしたまま、次の言葉を待った。

ごくり。僕のドーナツをほぼ4分の1飲み込んだ彼女は、満足そうな顔でニッコリ笑って言った。

「穴なんてどこに空いているんですか?」

今度は僕が口を開ける番だった。


彼女が誇らしげに指さした僕の手にある残りの4分の3のドーナツには、先程まで空いていた「穴」は存在していなかった。

「チョコレートドーナツって美味しいですね。」

それは、うん、知ってる。

え、終わり?

終わったのか終わっていないのかわからない話を理解しきれずにいる僕の前で、彼女は何もなかったようにすました顔をして先程頬張り損ねたクリームのドーナツに夢中になっていた。

はてなマークを浮かべたままの僕の視線に気がついた彼女は、「それに、ほら、エンゼルホイップだってドーナツですが、これには、初めから穴は空いていませんよ?」

口の横に砂糖をくっつけたまま笑った。












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