夕飯
伊藤さんと買い物に行ったあと寝てしまい、気がつくと空もだいぶ暗くなっていた。
時計を見ると9時を回っていた。
「やべっ、思いっきり寝過ごした!」
慌てて玄関の扉を開け、隣に向かい、インターフォンを鳴らす。
ピンポーンと音が鳴ったと同時くらいに扉が開かれた。そこにいたのは、朝見た時とおなじ格好をした伊藤さんだった。
なんだろう、買い物に行った時は多少は緊張したが、今の伊藤さんにはなぜか緊張しない。
「遅いよ〜! 遅すぎるから、迎えに行こうとしたんだから!」
伊藤さんは私怒ってます、みたいに頬を膨らませていた。
その後すぐに家に招き入れてくれたため、部屋の中に入っていく。
「悪い悪い。帰った後寝ちまってな。ついさっき起きたんだよ」
「もー! 私ずっと待ってたんだからね? お腹空かせてさ!」
「先にご飯食べててもよかったんだぞ?」
そしたら作る必要がなくなって俺も楽だった、なんてこと直接は言えないから心の中に留めておく。
「だって、レンチンご飯だよ?! お昼に美味しいご飯食べちゃったら、レンチンご飯はもう食べれないよ!」
「レンチンご飯も美味しいと思うぞ?」
最近のレトルトはどれもクオリティー高いから、正直作んなくても本格的な味が味わえるし。俺もたまに料理面倒な時はレトルト食べるし。
「えっ?! そうかな〜? ご飯べちゃべちゃだったりして、そんなに美味しくないよ?」
「いや、それただ単に温める時間短いだけだから! ちゃんと記載されてる時間通りにしてるか?」
「そこはちゃんと守ってるよ! でもうまくいかないんだよね〜」
「ちゃんとW数も合わせてるか? そこ違えばチンする時間も変わるんだからよ!」
「えっ?! 合わせないといけないの? いつも500Wでやってたよ」
「……はぁ、ここまでポンコツだったなんて思わなかったよ」
「なっ! ポンコツってひどい! た、確かに色々出来ないこと曝けだしちゃったけど、そこまでポンコツじゃないもん」
「家事全般だけじゃなく、チンすることすら危ういとなると、ポンコツという以外に表現する言葉がないんだが」
「うー、そんなに言わなくてもいいじゃん!」
そう言って今にも泣きそうな顔になっている伊藤さんを見ると、少し罪悪感を感じる。
流石にポンコツっていうのは直接的すぎたな。
「……まぁでも、俺は今のポンコツな伊藤さんの方が話やすくていいと思うけどな」
「ふぇ? そ、そうなの?」
「学校だと優等生すぎて、俺は話しかけづらいと思ってた。今のこのポンコツ具合なら、俺みたいに話しかけづらいと思ってた人とも仲良くなれるんじゃね?」
「……でも、やっぱりみんなに見せるのは恥ずかしいよ」
「そ、そうか。まぁ無理に曝け出す必要もないし、いいんじゃね? でも、伊藤さんも人の子でなんかホッとしてる」
「えっ?! 今まで私のことなんだと思ってたの?!」
「容姿端麗。学業優秀で、全国の模試で一桁の順位を常にキープしてたり、運動神経抜群でスポーツをやらせれば、全国レベルの、超人だと思ってた」
「そんな超人なんてこの世にいないでしょ! そもそも、容姿端麗とかありえないし、スポーツもマット運動とか苦手な物もあるからね?」
「客観的に見て、可愛い人が自分のこと可愛くないっていうのは、嫌味にしか聞こえないからな?」
「そ、そんなつもりないもん! 全然モテたことないし、告白もされた事ないんだよ? 友達は告白とかされてるのに。それって、可愛くないからじゃないの?」
やっぱこいつアホだわ。自分がどの立ち位置にいるかをまるでわかっていない。
「……はぁ、まぁいいや。今ここで話してたらご飯食べるの遅くなるし、ご飯作って来るわ」
「それもそうだね。ご飯、楽しみだなぁ〜!」
「そんじゃ、早速さっき買ってきた調理器具や材料使ってハンバーグでも作るか」
「うん! 何か手伝う?」
「なら、ひき肉と玉ねぎを合わせてこねるのだけ頼むわ」
「うん! それまでは見ててもいい?」
「そうだな、みじん切りとかも出来るようになって欲しいし、見てていいぞ?」
「ありがとっ!」
台所に2人でいると、なんか新婚さんみたいだなと思ったが、そもそも俺たちの関係はご飯を作ってあげるだけの関係だ。どんな関係だって言われればそう答えるしかない。
友達って言われればどうなんだろう? って感じだし、かといって友達じゃないのかと言われれば、はっきりと友達じゃないと言えないし。
まぁいいか。どうせこの関係は長く続かないだろうし、周りにバレることもないだろう。なら、今この空間を堪能しとかないとな。この先、一生ないだろうし。
「ど、どうかしたの?」
「いや、なんでもない。そんじゃ作っていくか」
「はい!」
玉ねぎの皮を剥き横向きにして半分に切る。玉ねぎの芯も忘れずにとる。その後、下まで包丁を入れないように切っていく。その後向きを変えてまた同じように切っていく。最後の仕上げにさらに細かくすると玉ねぎのみじん切りの完成だ。
「こんな感じだな。これだと簡単にみじん切り出来るぞ。まぁ最初は切る前に爪楊枝を2つ使って全部切ってしまわないようにしたほうがいいと思う」
「見てると、簡単に見えるね! 私でも出来そう!」
「今日は時間ないから次の機会だな」
「うん! 次が楽しみだね!」
「……そうか」
玉ねぎをアメ色になるまで焼いた後一旦取り出し、別のボールに入れてあるひき肉のところに入れる。その後パン粉と牛乳を適量入る。
「そんじゃ、混ぜるのは任せるわ」
「うん! 任せて!」
うんしょ、うんしょと言いながらコネている伊藤さんを眺める。やっぱり今の伊藤さんは緊張せずに話せるな。
「出来たよ! この後は焼くだけだよね?」
「まぁそうだな」
いい具合に焼き上がったため、皿に盛り付ける。その後、フライパンに残った汁でタレ作りをする。ケチャップとウスターソース、醤油を適量入れ味を整えてから、ハンバーグにかける。これで完成だな」
「わ〜! すっごく美味しそう! よだれが止まらないよ!」
ジュルリと音を鳴らしている伊藤さんは、今にもかぶりつきそうだ。
そこまで嬉しそうにしているのを見ると、何故だかこっちも嬉しくなる。
「そんじゃ、食べるか!」
「そうだね! 早く食べよ!」
「だな」
俺たちは手を合わせる。
「いただきます!」
そこからは無言で食べるだけだった。
本当に美味しいと言葉が出てこなくなるんだなと思った瞬間だった。
隣人の美少女は、実はポンコツだった?! こめっこぱん @komekkopan808
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