The sweetest treat

みなづきあまね

The sweetest treat

それはふいにやってきた。忘れてたわけではない。そろそろやらなくちゃ、と毎日思っていた。目に見える場所に資料は常に置いてあるのだから。


「ちょっといいですか?」


私を呼ぶ声に振り向くと、珍しく楽しそうな表情をした同僚が近づいてきた。普段私に話しかける時は、真面目な仕事の質問とか、差し迫った事案の相談なので、基本真顔なのに、今日はもう仕事も終わりかけなのか、余裕がある。


「あの宿題、終わりました?」


この一言で私の背筋はしゃんと伸びた。「宿題」とは、9月末〆切で頼まれたデータ入力だ。彼ともう一人と約束し、9月末にはと。今日は10月上旬。ゆるい〆切だったとはいえ・・・。


「僕はもう終わりましたよ。100くらい入力したかな。」


冷や汗をかいている私を横目に、彼は自分の功績を滔々と述べた。


「まあ、向こうにいる人も、まだ全然やってないみたいだから大丈夫ですけどね。でも、入力後にまだやることがあるから、入力だけはそろそろ。」


私は意を決して彼に懇願の視線を送った。


「もう〆切を決めて下さい!じゃないとやれない気がする・・・やらなかったらいいですよ、向こうの席から睨んでください!」


「睨まないですよ、笑。じゃあ、17日までかなあ。」


彼は私の発言に吹き出し、そう言った。


「分かりました。もし向こうの人より早く終わったら褒めてください!何かご褒美があればなあ。」


私は普段ならあまりやれないやりとりの雰囲気を感じ、ここぞとばかりに食い下がってみた。


「何か準備しときますか?」


彼は冗談めかしてそう言うと、手をパンと鳴らして、〆切を確認した。


一息分間があった後、入り方は忘れてしまったが、たわいないやりとりがあった。彼の休みが全然なくて、来週久々に休めること、週末は台風なのに出張だけど、たまたま実家近くなので前泊するらしいこと、彼の出身地と私の出身地が実は同じで、親戚がどこにいるかとか。


しばらく話した後、彼は仕事に戻った。はあ、と満足げなため息をついていると、隣にいた同僚が、


「いや〜あんなに話せるようになったなんてね!笑いを堪えるの、大変だったあ。ニヤニヤしちゃったよ。」


と私を見ながら言ってきた。たしかに、数ヶ月前からは想像も出来ない進歩!


翌日、すごいタイトなスケジュールだったが、彼をビックリさせたくて、作業に取り掛かった。半分は既にやっていたため、意外にあっさり終わってしまった。


彼に確認してもらうのと、ちょっといたずら心が湧き出し、彼の社内メールにデータを添付し、送信した。1番最後に、「昨日の今日で終わりました!怒らないでくださいね!」と付け加えて。


メールを見てくれるように机に付箋を貼ったが、しばらくレスポンスはなかった。


たまたま昼過ぎに別件で彼が来た。昨日の楽しそうな感じは消え、いつもの硬い感じに戻っていた。少し残念に思いながら、要件が済んだ後、メールを読んだか聞いてみた。


「読みましたよ。別にそのままフォルダに保存してくれてても良かったのに。」


とか、興醒めな返事。でも、


「いや、早くてすげぇなって思いましたよ。」


と笑いながら彼は戻っていった。


まあ、最初からやれよと私自身も思ったけど、おかげで話せたし良いかな。


ご褒美はなかったけど、彼と話せたことが1番のご褒美!

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