アムルとカレン
もしここでアムルがカレンの言に否定を繰り返しても、彼女は到底納得しなかったであろう。
水掛け論が展開されるだけの、不毛な時間が消費されていただけなのは間違いなかったのだ。
しかし冷静沈着な第三者に発言させる事で、カレンの反論を抑え込むと同時に、彼女の煮立った頭を冷却する効果があったのだった。
「で……でも、普通ああいう言い方をすれば、誰だって死んだと思うじゃない!」
幾分強制的ではあっても冷静を取り戻したカレンであったが、それでもアムルへの抗議は止めなかった。
それは取りも直さず、彼女の仲間に対する想いが本物だと言う表れでもあるのだが。
「いや、そんな事は無いだろう? 大体敵国の侵入者を戦えない状態にして捕虜として捕らえ、情報を引き出すなり間者に仕立て上げるなり、利用価値は多くあるからな。捕虜交換に利用すると言う使い道もあるし……」
それに対してアムルは、どこか不思議そうな顔をしてカレンにそう言い返したのだった。
結局のところアムルは、あの場では本当の事を言っていただけなのだ。
つまり……魔王城へとやって来た「客」をもてなしたと……。
それが如何に招かれざる客だったとしても、客は客でありそれには魔王として接客すると……そう言っていただけなのだった。
それは王として、国家間の問題に責任のある者の見解であった。
そのこと自体はカレンも考えが及ばないことであるが、改めて説明されれば分からない話ではない。
「そりゃあ、時と場合によっては問答無用で戦闘になるだろうし、俺も初めてカレンと顔を合わせたときはそれもやむなしと考えたけどな。あの場ではそれぞれ自身の身を守ることを優先しなきゃならないし、冷静に話し合えっていうほうが奇跡に近い状況だったと思うぞ。元々こちらとしては、最初から勇者一行と会談しようという事で決まっていたし、その為の迎撃戦を計画していたからな。大体、やってきた勇者と必ず殺しあわなきゃならない道理なんてないだろ? 話し合いで事が済むケースも多々あるわけだし」
ここまで説明され、カレンはまさしくグゥの音も出なかった。
顔を合わせれば間違いなく戦闘……と考えていたのは人界側の方だけであり、魔界側はまずは会話を行おうと画策していたのだ。
どうやら二人の間には認識の違いからくる齟齬が存在していた様であり、カレンはそれに思い至り大きく脱力した。
現実が実感として感じられてきたカレンは途端にうれしいやら恥ずかしいやら情けないやらで、俯いた顔を上げる事が出来ずにいたのだった。
「それよりさ、カレン。魔王に求婚されたんでしょ?」
そんな彼女の顔を跳ね上げさせたのは、マーニャのこの言葉だった。
「な……な……何で知ってんのっ!?」
強制的に先程の話へと話題を戻され、カレンは顔を再び真っ赤に染めてマーニャに問い返した。
「何で……って……。魔王がそうするって事、聞いてたからだけど?」
そう答えたマーニャには、悪びれた様子など一切感じられなかった。
「はぁっ!?」
だがマーニャより齎された衝撃の事実に、カレンは意図せず素っ頓狂な声を張り上げた。
「良い話じゃない。受けなさいよ。……私は受けるつもりだけどねー」
そう言ったマーニャは唖然とするカレンを置いてけぼりにして、僧侶のエレーナへと視線を向けた。
マーニャに自身の意見を求められたエレーナは頬を薄っすらと染め、その頬に手を添えて少し嬉しそうに話し出した。
「私は少し考えますね―――。この様な事は何分初めてですし―――一生に関わる事なのですぐには答えられません―――」
そう返答したエレーナだったが、その夢見る様な眼差しはウットリとしており彼女の中では既に答えが決している様な雰囲気を醸し出していた。
「いいじゃないの、お前達。良縁ってやつじゃないか。因みに俺は残るぜぇ。人界に戻っても碌なことにはならねぇし、何よりここには
彼女達をけしかけたブラハムは、最後に入り口付近で控えている親衛騎士団長リィツアーノを見やってそう言った。
「いやいや、お主も中々の腕前であったぞ。あの勝負は正に紙一重の決着であった」
ニヤリと口角を上げたリィツアーノがブラハムにそう答えた。
彼等はすでに一合打ち合った後であり、それだけでお互いに随分と打ち解けている様である。
「俺もここの親衛騎士団副団長を約束されたからな。ここの雰囲気は俺に合ってるみたいだしよ」
ニカッと歯を見せて笑うブラハムは、既にこの魔界へ残る事を決めている様であった。
人界へと戻っても処罰が待っている事に変わりはなく、確かに魔界で過ごす方が彼等にとっては何倍もマシである筈なのだ。
だがブラハムがここに残る理由と、今カレンを含めてマーニャとエレーナに求められている事は根本的に違う。
「マーニャ、それにエレーナも。あんた達はそれでいいの?」
カレンは盛り上がる彼女達にそう問いかけた。
マーニャとエレーナ、ブラハムの言った言葉から、流石にカレンもその状況を察していたのだった。
つまりアムルはカレンだけでなく、マーニャとエレーナにも求婚していた、もしくはするつもりだと明言しているのだった。
カレンの「それでいい」には魔王との結婚もさることながら、それが既に妻子持ちの男からの言葉だと言う事に対してでもあったのだ。
「ん―――……。人界では馴染みがないんだけど、こっちでは結構当たり前みたいなんだよね―――。“一夫多妻制”って言うんだってさ」
人界では耳にした事も無い言葉と制度に、カレンは改めて驚かされ幾度目かの絶句を余儀なくされていたのだった。
「とりあえず魔王はあんたを第二夫人にって考えてるみたいで、私達への正式な求婚はその後って言われてるんだけどね」
カレンに説明したマーニャは、再びエレーナの方へと目を向けた。
「レギーナさんに聞いたんですけど―――、第五夫人まではかなり重要な事のようなんです―――。それを聞いたら―――正妻に拘る必要もありませんしね―――」
エレーナは相変わらず頬を染めてマーニャの後を継いだ。
もっとも、聖職者としてあっさりとその制度を受け入れているエレーナの感性も、それはそれで少し問題なのかもしれない。
しかし人界へと戻れば、如何に「暁の明星」といえども厳罰が待ち受けているのだ。
必死に戦った代償がその様な仕打ちならば、自らの信仰を捨て去るという選択肢も取れなくはない。
何ともカレンには理解のし難い魔界の風習だが、後ろめたい事ではないと言う事実が随分とカレンの心を軽くしていた。
「カレンに限らず、そのパーティのメンバーなら優秀な事に間違いはないからな」
アムルも彼女達の言葉を補足する様に、エレーナの後を継いでそう語った。
更にその後をバトラキールが受け持つ。
「はい。彼女達ならば魔王様の后様として申し分なく、意義の申し立て様も御座いません」
経験豊富な執事に太鼓判を押され、マーニャとエレーナの顔には笑みが零れていた。
「それで? カレン、あんたはどうするのさ?」
そして、マーニャが再びカレンへと問いかける。
その瞳には好奇心が爛々と輝き、彼女の答えを今や遅しと待ち構えていた。
そしてそれは、この場に居る全員が同じだったのだ。
「か……ちょ……ま……」
注目を一身に浴びたカレンが、漸く言葉らしきものを発しだした。
だがそれは、すぐに確りとした答えとなって彼女の口から飛び出してはくれなかった。
「ちょっと……ちょっと考えさせてっ!」
カレンは目を瞑り、顔を真っ赤にして大きくそう答えた。
彼女にしてみても突然の事であり、そう簡単に答えの出せる事ではない。
アムルに対して好意を持っている事は間違いないと分かっていても、それがすぐ結婚となると話は別なのだ。
しかし彼女の言葉が人族や魔族、勇者や魔王としてではなく、一人の女性として発せられた非常に可愛いものであった事が、その場にいた全員の心を温かくしていたのだった。
了
魔王の魔王による魔王の為の、魔王城攻略! 綾部 響 @Kyousan
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