トナカイとにんじん
十森克彦
第1話
ふうくんはあたしの宝物だ。仕事でとっても疲れていても、旦那とちょっぴりけんかをしていても、ふうくんのまんまるなおめめを見ていたら、すっかりいやされてしまう。もちろん、旦那のことだって、嫌いってわけじゃない。ちょっとおっちょこちょいなところはあるけれど、素直でやさしいから、どっちかというと仲良しなほうじゃないかな。
前にふうくんにサンタさんの絵本を読んであげたとき、そりを引いて走るトナカイさんを、ちっちゃなおててで指さして、こう言った。
「トナカイさんってえらいねえ。サンタさんとたくさんのプレゼントをのせて、みんなのおうちまではしるんだもの」
あたしはふうくんのやさしさに感激して、
「じゃあ、ふうくんのところに来たら飲めるように、お水を置いといてあげようか」
と提案してみた。ふうくんはにっこりわらって、大きくうなずいた。それからあたしの顔を見て、
「おなかもすくんじゃないかな。おやつもおいといてあげようよ」
と言った。なんてやさしいんだろう、この子は。もしかして、本物の天使なんじゃないかしら。そのふうくんのやさしさは大事にしてあげたい。トナカイが何を食べるのかはよく分からなかったけど、まあ、馬みたいなもんだろう、とそこは適当に想像して、
「じゃあ、おやつにニンジンも一緒に置いといてあげようか」
と答えた。ふうくんは顔中を笑顔にして、今度はもっと大きくうなずいた。クリスマスの前の夜、あたしは約束通りふうくんの枕元に、ちっちゃな靴下と、水を入れたお皿とにんじんをおいてあげた。
翌朝、ふうくんの枕元にはすてきなおもちゃのプレゼントが置いてあった。もちろん、あたしが置いたのだけれど。だけどふうくんは枕元を見るなり、悲しそうな顔をして言った。
「トナカイさん、ニンジン食べなかったね。嫌いなのかなあ」
あたしは自分のうっかりを反省した。
「お腹がすいてなかったのかもしれないね。急いでたのかも。来年はきっと食べてくれるよ」
とふうくんをなぐさめた。
次の年のクリスマス、あたしは同じようにニンジンを置いてあげて、ふうくんが眠ってからそれをかじっておいた。翌朝、ふうくんはかじった跡のあるニンジンを見て、とっても嬉しそうに笑っていた。
今年もクリスマスの季節がやってきた。同じようにニンジンとくつしたと水。でも、今年は仕事がとっても忙しくて、用意している余裕がなかった。だから、旦那に頼んだ。旦那は優しい笑顔で、任せといて、と言ってくれたので、あたしは安心してその日は眠りについた。
クリスマスの朝、ふうくんの枕元を見ると、プレゼントと水はあったけれど、ニンジンは見当たらなかった。旦那に確かに頼んでおいたつもりなんだけど、忘れていたんだろうか。ふうくんが目を覚ます前に、と思って聞いてみた。旦那は、眠そうな目をこすりながら、答えたのだった。
「うん、言われた通り、ニンジンと水を用意したよ。だけど、生のニンジン一本はさすがにきつかったなあ……」
トナカイとにんじん 十森克彦 @o-kirom
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