社畜少女メル・アイヴィー

氷桜羽蓮夜

社畜少女 メル・アイヴィー

 世界は犠牲で成り立っているんだって、やっと気づいたんだ。


ほら、見渡してごらんよ。


電子化が叫ばれるこのご時世に、天井高くまで平積みにされた書類と。


「「シニタイシニタイシニタイ…………」」


集団鬱にかかった、この職場を。


「首吊りは痛い、投身も電車も車も痛い、入水は苦しい……」


「毒は致死量も手に入らない、焼身も怖い……」


「「あぁ、人類滅びないかな」」


ねぇ、私が昨日一日風邪で休んでる間に、何があったの?


「なぁメルちゃん、練炭自殺って楽なのかな……?」


知らねぇよ。


さりげ私に話を振るんじゃねぇ。


「……今死んでも、地獄の底まで追いかけ回して仕事させられそうですね」


どうしよう、凄く逃げたい。


「うぐっ……あぁ、この世界は残酷だ……」


いや、本当に何があったの?


凄く聞きたいけど、聞いたら何もかもが終わりそうな気がする。


何で私は、今こんなことになっているんだろう。


一昨日までは、みんな蒼白な顔で一言も発せず淡々と仕事をするくらいで終わっていたはずなのに。


「おぅ、メルちゃん来たか」


後ろから響く上司の声に、私は何故か感じたんだ。


『今すぐ逃げろ』と。


でも、そんな感覚は最早後の祭りで。


「社長が業績悪いからっていつもの10倍仕事を受注してね……納期、来週までなんだ」


アホだろ社長、何を血迷ったよ禿社長。


そして、捨てられた老犬のように悟った目で見つめるな禿課長。


打ち合わせでもしたのかっていうくらいさりげなく、みんなが代わる代わる入り口を塞ぐお陰で会社から逃げるに逃げられず。


「お仕事……頑張ってね♪」


禿は、全く可愛くない皺だらけの笑顔を浮かべて宣った。


気持ち悪いんだよ、ぶっ殺すぞ。


だけど、そんなこと言ったら私がぶっ殺されっし……。


「おい穀潰し共、朗報だ!」


あん? 無能で無能で無能なことで有名の屑(社長)じゃねぇか。


一体何の用で……。


「役に立たない貴様らでもできる簡単な仕事を、さらに100件取ってきた!」


黙れツルッパゲ、毛根のないその頭に太陽光でも集めてやろうか。


「が、頑張れよみんな!」


おうこら斑禿、その残り少ない毛根毟り取ってやろうか。


もう何なのこの会社。


何で私はこんな会社を選んだの?


「貴様らのような他の会社では使い物にならぬほどの無能でも雇ってやってる私に感謝して、馬車馬のようにさっさと働け!!」


これで月給15万か、定時なんて概念ないし、時給に直すと……アハッ、やめとこ!


魔法のステッキ金属バットで全部解決したくなっちゃうな☆


そんな訳で、私は天高く積まれた書類を必死で処理していたんだけど。


終・わ・ら・な・い!!


まだ私は一日目だから元気な方だけど、他の人なんてもう何も喋らなくなったよ!?


何なら突然奇声上げたり狂ったように笑って眠らされたよ!?


まぁ、その後水かけて起こすんだけど。


何で朝みんな死にそうだったのか、今になってよく分かる。


社会って、犠牲で成り立っているんだな。


そんなことを、またしみじみと思った。


でも、時間は待ってくれなくて。


「僕と契約して、会社少女になってよ♪」


絞め殺すぞ糞野郎!


気持ち悪い笑みを浮かべた専務が、雇用契約書の変更を持ちかけてきやがった。


残業代を出す代わりに月給を下げるという、頭大丈夫かと言いたくなるようなものだった。


まぁ、この専務も髪がないんだけど。


禿はみんな鬼畜なのか?


「契約者が1人でも入ると、他の人たちも凄く助かってくれると思うんだけどなー」


あぁ、なるほど。


要は、会社側からの要望にはしたくないと。


よしわかった、答えはNOだ!


「すいません、定時なのでお先に……」


「「どこ行くの?」」


……本当に、何で私はこんな会社に入ってしまったんだろう。


入社13日目にして、そう思った。


私まだ13日目……いや、もうすぐ14日目か。


そんなもんですよ?


だから、他の人みたく染まってるわけじゃないんだけど。


「契約、してくれるよね?」


素直に、拳を突き出し逃げ出そうとして。


結局、圧力に負けてしまった。


これが、人間社会の闇か。


ぼんやりとした頭の中でそんなことを思ったけども、私を虐める仕事の山は減ることを知らずに増え続け。


「僕と契約して、社畜少女になってよ♪」


私は、いきなり目の前に現れた熊の縫いぐるみを踏み潰した。


……何か変な物が見えた気がする。


でも、何度周りを見渡してみても書類と死体ゾンビ以外はどこにもなくて。


「とうとう幻覚が……」


私、疲れてるんだ。


そう思ったのは、日が昇ってからだった。


……あっれー?おっかしいなー?


さっきまで時計の針は両方真上だったぞー?


「はーいメルちゃん、ちゃんとお仕事しましょうね〜」


……人が気持ちよく現実逃避してる時に、いい度胸してるじゃねぇか斑禿。


そんなことを言う気力すら、どんどんとなくなってきて。


「酷いじゃないか、話も聞かずにその怪力で潰さないでくれよ」


午後5時丁度、また変な幻覚が見えた。


「あくまでも無視する気かい?」


黙れ、幻覚に付き合ってられるほど病んでねぇ。


「まぁいいや。 何でもいいから、僕と契約して社畜になってよ♪」


この日、私は残る気力を振り絞り。


変なことをほざく熊を踏み潰し、禿共を殴り飛ばして免職になった。

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社畜少女メル・アイヴィー 氷桜羽蓮夜 @HioubaneRenya

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