第5話 副作用
日が経つにつれ、豪の意識ははっきりとして、歩行訓練や脳のトレーニングなども問題なくこなせるようになった。
“喉元過ぎれば熱さを忘れる‘の諺通り、酒好きの豪は性懲りもなく、自分の命を落とす原因になった酒を飲みたくて堪らなくなった。
病院の階下にある売店には、リキュール類が一切ないのを確認した豪は、夜にこっそりと病院を抜け出し、スマホで調べた近くのパブに潜り込んだ。
スツールに腰掛けワクワクする豪の前に、ドンとお待ちかねのビールの小瓶が置かれる。
「やったー! 久しぶりの酒ちゃんだ!」
瓶に口をつけて中身をあおろうとした豪は、その苦味とホップの香りが口内に流れ込んだ途端、喉が詰まって固まった。
一口も飲み込めず、トイレに駆け込んで洗面台にビールをぶちまける。
それでも口の中が気持ち悪くて、蛇口をひねって何度も口を漱いだ。
「変だな。ビールが腐るわけないし、飲み込めないなんて……」
首を傾げながら、水割りを注文してみる。
今度は芳醇なウィスキーの香りがしただけで、気持ちが悪くなってきた。
代金をカウンターに置くと、豪はがっくりしながら病室へと戻った。
翌朝Dr・エバンスが回診にやって来た時、叱られるのを覚悟で、豪はどうして酒に拒否反応がでるのかを聞いてみた。
「えっ? お酒が飲めない? 一体どこで手に入れたんですか?」
Dr.エバンスは呆れて一瞬絶句したが、豪にとっては酒が飲めないのは一大事らしい。真剣にどこかおかしいのではないか、調べてくれと懇願されて、ふと数年前の大型犬を思い出した。
もしかしてと閃いたDr.エバンスは、多種類のアルコールを少しずつグラスに入れ、豪に飲むように勧めた。
豪がグラスに顔を近づけるのを真剣に見守るDr.エバンスは、豪が匂いに顔をしかめるのを見て、口元を少し上げた。
「アルコールの匂いに反応しているようですが、どんなご気分ですか?」
「あんなに好きだった匂いが、今は嗅ぐと気持ち悪くなります。先生何とかなりませんか?」
Dr.エバンスは、豪の口内から綿棒で細胞を拭い取り、研究室に持っていって、細胞の中の微生虫がアルコールに対してどう反応するかを確かめてみた。
その結果、微生虫を使って解凍された大型犬が、大好きだった肉の脂肪を食べなくなったのと同じように、豪の場合も命を落とす原因になったアルコールに対し、それぞれの細胞の微生虫が反応して何かしらの分泌物を出していることが分かった。
宿主の健康が害されれば、微生虫も共倒れになるのは必然だから、微生虫は宿主に害をなすものに対して攻撃的になるのではないかと、Dr.エバンスは仮説を立てた。
害をなすものが生物ではなく、嗜好の問題で撃退できない場合は、宿主が摂取しないよう口に入れると気分が悪くなる物質を出すのかもしれない。
「これは、調べる価値がありそうだ。もし仮説が本物なら大発見になるぞ! 冷凍治療だけでなく、微生虫を使った依存症の治療を見い出せるかもしれない」
Dr.エバンスは喜び勇んで豪の病室に行き、ちょうど見舞いに来ていた妙子と彰良にも結果を知らせた。妙子と彰良は大喜びしたが、逆に豪は青ざめてしょんぼりと肩を落とした。
「酒ちゃん、バイバ~イ」
「あなた、この世にバイバ~イにならなくて良かったわね」
妙子の返しに大笑いしながら、彰良も豪をやんわり
「ほんと、Dr.エバンスと微生虫に感謝しなくちゃいけないよ。俺も悪酔いしたお父さんに絡まれなくなるから、良いこと尽くめだよ」
「ああ、耳が痛い。でも、お前たちの言う通りだ。家族からも天からも見放されなくて運が良かったと思わなければいけないんだろう。これからは心を入れ替えて、ちっとはお前たちに尊敬される人間になれるように頑張るよ」
いつもは妙子と彰良がどれくらい注意しても、のらりくらりと躱す豪が心を入れ替えると宣言したのには、家族だけでなく言った本人も、驚いていた。
でも、何というか、豪の身体の奥からふつふつとやる気が湧いたのだ。
そしてそのポジティブな思考も、危険物から逸脱するための微生虫の仕業なのだということが、その後のDr.エバンスの研究で分かり、学会で発表されたのだった。
了
アル中父さんの虫毒効果 マスカレード @Masquerade
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます