第17話 いつでもそばにあるモノ



 ヨタヨタと、階段を降り切り昇降口へと向かう。

 視界に入ってきた運動場を照らすライトが目に痛い。

 よくよく考えてみれば、こんな遅くまで学校に残っていたことはなかった。『くみあい』の仕事で、外に遅くまでいることは多いが、学校にいるというのは、それはそれで新鮮だ。

 いずれまた、機会があれば夜の学校を探検してみたいものだ。

 靴を履き、昇降口を後にする。

 いつもならここを出れば、彼女が待ってくれているはずのだが、今日はもういないだろう。きっと自宅で帰りを待っていてくれているのだろう。

 頭の中でそんな光景を描いたのだが、実際はそうではなかった。

 それはこの間、確か同じ場所ではなかっただろうか。あの時は大勢の人に囲まれて、その中心でクルクルと舞い踊っていた。

 今は少し違う。どこか物憂げな表情をしながら、ジッと校舎の上の方を見つめている。なんてことない光景なのにそれがあまりに愛おしくて、つい自分から声をかけることを忘れてしまっていた。

「やぁ。待ってたよ」

 驚きの表情を作って一転、柔らかな表情を見せてくれる。

 ただ頬に貼られたガーゼだけが痛々しく、異質に見えた。

 そしてそれが思い出させる。彼女を守れず傷付けてしまった事を。どうしようもない現実として突き付けてくる。

「うん。待って、くれてたんですね」

 しかし待ってくれているとは思わなかった。

 それが嬉しくて、だが素直に喜ぶことが出来ない自分もいた。

 待っていた理由、何となくではあるが、見当が付いているから。

「ちゃんと聞けた?」

 ただそう問われる。いや、なくても分かる。言うまでもなく、それはユメとのことだ。

「いや、聞いたんですけど教えてくれませんでした。何だったんでしょうか?」

 あっけらかんと、何も分かっていない人間を演じてみる。

 ここでユメの気持ちを知っちゃいましたなんて事を言うと、色々と追及されてしまうのは目に見えて明らかだった。

 何よりも真白ちゃんがユメに遠慮してしまうのだけは避けたかった。

 これもその場凌ぎだということは分かってはいる。

 そして言われるのであろう皮肉についても。

「……あ~確かにカナタくん、鈍感だわ」

 そう。鈍感。でもその鈍感も、人を深く傷付けない鈍感なら良いだろう。

 実際真白ちゃんも仕方がないなと言いながら苦笑いを浮かべていた。

「な、何ですか、ちょっと、分かるように説明してください!」

「いやです~! 絶対に教えません~!」

 わざと大きなリアクションを取りながら、話題を流してしまおうとする。真白ちゃんは笑ってくれたが、ズキリと胸に痛みが走った。

誤魔化している事が心苦しいからだろうか。

鈍感な振りをして、人の気持ちに気付いていないふりをしているからだろうか。

 そんなことは考えなくても分かる。全部だ。全部が僕を苛んでいる。

 人を傷付けないようになんてただの詭弁だ。僕はただ、自分が傷付きたくないだけだ。

「カナタくんは、鈍感なんだよね……」

 二度目は自分に言い聞かせるように呟く。やっぱり、真白ちゃんは分かっているんだ。

 僕が分かっていないふりを、鈍感なふりをしていることを。

 何故追及してこないのか、まだ僕には理解することは出来ないけれど、この二人の距離感を維持出来るのであれば、ずっと理解出来なくても構わない。

 ただ、今二人でいるこの時が、すごく幸福だと思えたから。

「さて、行こうか?」

 一瞬呆けていると、真白ちゃんが手を引いていた。

「あぁ。全然オーケー……ってどこ行くんですか?」

 唐突な言葉に、頭は追い付いてこない。帰るのではなく行く?

また何か現場に出るのだろうか。それにしても僕のところには長さんからの指令は降りて来ていない。それにこの怪我だ。十分に動けない中で、現場に行ったところで役に立たないのではないか。

 ブツブツと呟いている中、彼女はもう一度僕の手を引き学校の外へと促していく。そのままこちらを見ずに、彼女はしゃべり始めた。

「ん、長さんからお遣い頼まれたんだ。少し遠いみたいだけど」

 お遣いか。それなら少しは納得だ。

つまりは現場にいなどの危険なことではないのだろう。

というかそれならなんで朝僕に直接言ってくれないのか?

「あ~了解です!」

ならばとりあえずは真白ちゃんと共に行くこととしよう。

 危険ではないのなら……いや。危険であったとしても、僕が真白ちゃんを守るのだから。

「はい。では参りましょう」

グンと力強くまた右手を引かれる。

「あいよ、お姫様」

 ようやくいつもの調子で笑いかけることが出来た。

 歩く歩幅を広くして横に並んだ時、彼女は一瞬目を丸くしてまたすぐに笑顔に戻った。

 彼女の笑顔に励まされたからだろうか、歩く足が軽くなっていった。そのまま彼女の前に出て、逆に手を引いて歩いていく。

「って……今回もお迎えがあるんですね」

 ちょうど校門を出てすぐ、この間のように停まるワンボックスが目に入る。

 ハザードをつけているからだろうか、三人とも車から降りている。

 そして僕たちが出てきたことに気付くと、こちらをジッと見つめいつものように三人揃って手招きしていた。

 しかし三人が車を出してくれるのは緊急事態の時か、もしくはあまりに遠い現場の時だけだ。そもそも受け持ちの地区が自宅に近い僕らは、なかなか車で現場に移動するということがなかなかないのだけれど、わざわざ車って……一体どこに連れていかれるのだろうか。

「カ、カナタくん……呼んでるよ?」

「僕ら二人を、ね」

 表情を見なくても分かる。

 引き攣った声、きっと未だに三人に慣れていないのだろう。

かなりマシになったのだが、それでもまだ怯えてしまっているようだ。

 手を引いたまま彼らの前に立ち、ゆっくり頭を下げる。

「こんばんは。この間は迷惑かけてすいませんでした」

僕の言葉を待っていたかのように三人は口を開いた。

「アズマ。早く乗れ」

「……サカキ。怯えてないでお前も来る」

「二人とも。困ったヤツ」

 三人の声は変わらず無愛想そのものだった。

 でもそれが僕を安心させてくれた。いつも通りでいてくれる事がここまで嬉しいことだなんて思っていなかったから。

 だからこの三人にはずっと変わらないでいてほしい。

あ。でもそろそろ知りたいと思う。

何時までも『三人組』だなんておかしいから。

信頼しているから、ちゃんと名前で呼びたいのだ。

「……カナタくん、マジで乗る?」

 グイと腕を引かれる。

 そんな不安そうな顔しちゃダメでしょ。色々言いたいこともあったけど今はこの一言で終わりにしよう。

「まぁちょうど良いじゃないですか。お言葉に甘えることにいたしましょう」

 何時までも苦手ではいられない、少しずつ変化していかなければならない。

変わってほしくない。変わらなければいけない。

その二律背反に頭を悩ませながら、歩いていくことにしよう。

「さてそれでは参りましょうか、お姫様!」

「うむ。案内いたせ!」

 やっぱり僕は、彼女の手を引いていたいのだ。

 ただ彼女の手を、どこまでも引いて歩いていきたいのだ。


「で、こんなところに居てていいのか?」


 目の前には咲き誇る太陽に向かう花。

 誇らしげに上を向き、陽の光を一心に受け続けている。


 何故か僕たちはこの向日葵の咲き誇る小高い丘にいる。

三人の運転するワンボックス乗りこみ、僕たちは長さんのお遣いに出発したのだが、遠くまで行かないといけないということで、仮眠をとることにしたのだが、気が付けばここで放り出されていた。

ちょうど太陽の花も開花のピークを迎えた頃で、確かに目の当たりにする黄色はあまりに壮観だった。

 ずっと見ていても飽きないからいいんだけど、こんな所に長さんで一体何をすればいいのだろうか。

「学校休んで、こんなことしててもいいのか?」

 そう。何もしていないのにこんな所にいてもいいのだろうか。昨日まで病院にいて、出席すらしていないのだ。さすがに留年なんて事にはならないと思うけど。

 それにこうやって立ち止まっている事に違和感あった。

 何かをしておかないと落ち着く事が出来ない。

 僕は一分一秒でも早く、より強くならないといけないのに。

「だって長さんからの命令だよ~」

独り言を聞いていたのか、少し離れたところで寝転がっていたはずの真白ちゃんがこちらを向く。

ここに来た時、『実はお遣いもなんてない』とハッキリ言われていた。

 ただゆっくり休めとの長さんのお達しが下ったのだ。休むだけなら自宅でもいいはずなのだけれど、それでは意味がないとのことで、本当に何もないこの長閑な向日葵畑に連れてこられた。

「ホント、ただの過保護じゃないか」

 あの人は僕たちに気を使い過ぎだ。

 本来なら、命令違反のお叱りを受けて、謹慎でもしておかないといけないはずなのに。お咎めはなし。怪我はしたが大事なくて良かったとそれで終わりだった。

叱られた方が気が楽になるのに。ホントに優し過ぎるよ、長さん。

「まぁまぁ〜じっくり休もうよ」

 そしてまた彼女はゴロンと僕の傍に寝転がり、気持ち良さそうに身体を猫のように丸まった。

日向ぼっこしている猫かよ。

 そんなツッコミを入れてしまおうかと考えはしたけど、この天気だ。些細な問題は無視しておこう。

 僕も彼女に倣って、座り込んでいた芝生に仰向けに寝転んでみる。背中がチクチクと痛かったがどこか心地良い。

「ね。気持ちいいでしょ?」

「うん……そうですね」

 降り注ぐ日差しは確かに暑かった。しかし吹き抜けていく風が暑さを紛らわせ、そして爽やかさすら運んできた。

 でも、そんな風も心の靄だけは払ってくれない。苦しんでいるのに、紛らわせてくれない。

「……ゴメンね、真白ちゃん」

 青い空がどこまでも広がっていた。

それを目にした時、彼女への謝罪が口をついて零れた。

それは守れなかったことに対する謝罪で、ユメと僕の問題に巻き込んでしまったことに対する謝罪で、傷を負わせてしまったことに対する謝罪だった。

「ん。謝ることないよ」

 僕の手に、柔らかな感触が触れた。

小さい温もり。どうしようもなく暖かい彼女の手。

 暖かかったけど、でもそれは僕を責め立てていた。

お前が弱かったせいだと。根性なしだったからだと告げられている気がした。

「でもさ……僕」

 すぐに否定の言葉が飛び出す。

あぁ。こんなにも弱々しい僕が誰かを守るなんて出来ようはずがない。

 もう見捨ててくれと心の中で叫びたかった。しかしそんな言葉を口にする愚かしさも、僕は持ち合わせていなかった。

「すぐ謝るのは悪い癖。長さんに言われてるでしょ?」

 優しい言葉が僕を包み込む。

長さんによく言われた言葉。

周囲に気を使い過ぎる。美徳だが褒められたものではないと笑われたことがあった。

 今ならその言葉の意味が分かる気がした。

気を使い過ぎているということは、人の目が気になるということ。

そして人の目が気になるということは、確固たる自分がないこと。

失敗を恐れて、失敗すると途端に何も出来なくなってしまう。

僕は、そんな人間だった。だから長さんはそのことを指摘し続けてくれたのだ。

「うん……そう、だね」

 そう。これは直していかないといけない悪癖だ

「でも、ゴメンな」

それは分かっている。

「弱くてゴメン……」

 分かっているけど。

「守ってあげられなくて、ゴメン」

彼女の頬の傷が消えるまで、僕は謝り続けないといけないと思う。

それが相棒としての、大切な人を守れなかった贖罪だと思うから。

 冷たい感触が耳に当たる。

 思わず投げ出していた手で触れてみると、それは生温かい水だった。

 そう。僕は知らず知らずの内に涙を流していた。

 泣いても何も変わらないと知っているのに、それでも涙は止まらなかった。

「謝ってばっかりじゃダメだよ」

 きっとそれはこの人が、真白ちゃんが優し過ぎるからだ。いや、真白ちゃんだけじゃない。長さんもあの三人も、鉄ちゃんと龍馬、そしてユメも優し過ぎるからだ。

それが嬉しくて、この人たちのために強くなりたくて、でもそれが出来なくて、だから涙が止まらないんだ。

「でもさ……頼もしかったよ、本当に」

 頬を流れる涙を拭いながら、彼女はそう呟く。

本当に、本当に暖かい。僕にこの手を、この温もりを守ることが出来るのだろうか。

その考えが頭を過った時、僕は言ってはならないその言葉を口にしていた。

「そんなことないですよ。長さんが来てくれたから……」

「違うよ! 何度も立ってくれたもの! 私のために、私を守るために立ってくれたもの!」

 その声にドキリと心臓が跳ねる。

 僕は思ったのだ。自分がしたことには何も意味がないことだって。

長さんが来てくれたからこそ、全てが好転したのだと、僕はそう思っていた。

 でも彼女は言う。

決して長さんが自分たちの全てを救ってくれたわけではない。確かに彼が来なければ、自分たちはより傷付いていただろうと。もしかすると命すら失くしていたかもしれないと。

しかし諦めかけていた自分を奮い立たせてくれたのは僕。

 折れかけた心を支えてくれたのは僕だったと。

「だからね。私の心を救ってくれたのは、カナタくんなんだよ?」

 いや、違う。僕の方が救われていたんだ。

僕が、真白ちゃんにずっと救われていて、支えてもらっていて、依存している。

 僕の真白ちゃんを守りたいという思いも、そこから生まれた副産物にすぎない。

「僕の気持ちは……偽物ばっかりだ」

 こんなことを言っては見限られてしまう。

 でも言わずにはいられなかった。いっその事幻滅してくれればどれだけ楽になっただろう。

もう自分自身では諦めて、その答えを卑怯にも彼女にもとめていた。

「いいじゃない、偽物でも。だって、その偽物さんは誰かを……ううん。私を救えるんだよ?」

 それでも、彼女は僕を諦めなかった。

 偽物でいいと、今の僕でいいと言ってくれた。

自分の両の手で僕の頭を抱えて、そして抱きしめてくれた。

 手を握られた時よりも、ハッキリと熱を感じる。

初めての感覚なのに、それはどこか懐かしかった。

 じいちゃんに抱っこされた時。長さんに頭を撫でられた時。

それのどれとも似ているようで似ていない。もっと以前……もっと以前に感じたはずのモノ。

「あぁ。そっか……」

 覚えていないと思っていたのに。

「ん? どうしたの?」

この人の、真白ちゃんの優しさは思い出させてくれた。

 彼女が抱きしめてくれた暖かさがそれだった。

「いや、何にも、ないです」

 僕は彼女の温もりの向こうに、死に別れた両親の姿を、そしてじいちゃん見た。

真白ちゃんを、親みたいだと思ってしまった。

「暖かいなって……思っただけです」

 一つ年上の女の子に親みたいだなんて、口が裂けても言えない。

 ただ抱きしめてくれた熱を逃がしたくなくて、傷だらけの腕で彼女を抱きしめ返した。

 ずっと、ただ彼女のくれる熱を感じ続けた。

 それから、どれくらいの間抱いてもらっていただろう。

 頬を伝っていた涙はいつの間にか乾いてしまい、弱々しく折れかかっていた心は彼女のおかげでどうにか持ち直していた。

 そんな時だ。彼女が口を開いたのは。

「私も、ゴメンね」

 出てくると思わなかった。弱音が彼女の口から零れ落ちていた。

「私、お姉さんなのに。助けてあげられなくて」

「そんなこと……」

「自分勝手で、何時も振り回してばかりで」

 あの時走り去らなければ。長さんの言うことを聞いていれば。

 結局僕の怪我は自分のせいだと、ずっと嘆いていたのだ。

ずっとその気持ちを抱えて、誰にも言いだすことが出来ずにいた。そしてそれは僕に対しても同じで、落胆し続けている僕の前で、彼女は悔いて泣く事が出来なかったのだ。

「ホントに、ゴメンね」

 一しきり話終え、深く溜息をつく。

 しかし頬を伝う涙は絶えることはなく、止め処なく流れ続けていた。

「真白ちゃんは、謝っちゃダメだ……」

 顔を上げ、嘆く彼女の涙を拭う。一度拭うだけでは彼女の涙は止まらない。

彼女の涙する姿を目するのが嫌いだった。それを止めたくて僕は彼女の傍にいた。

彼女が笑っていてくれるなら、僕はどんなものでも差し出せるし、何が敵でも立ち向かってみせる。

そうか。これが僕のやりたかったことなのだ。

偽物ばっかりだと思った自分の中に一つだけ、本当のモノがあったんだ。

「……純粋なものなんて、ないのは知ってる……」

 そうだ。これだった。

「でもさ、これだけは、この気持ちだけは本物だって信じられるから……」

 彼女と一緒にいる時間、いつも思い続けていたこと。

 守るとか、支えるとか、そんな言葉に逃げていたけど、僕が見たいものは一つだけだ。

「笑って……お願いだ」

 これが僕の望み。今の僕の望み。

「笑ってて、ほしい」

 力強く、もう一度。

「笑ってくれなきゃ……いやだ!」

 押し付けかもしれないけど、それが僕の心の底から抱く望みだった。

「ありがとう。カナタくん」

 僕の言葉を最後まで黙って聞き、そして真白ちゃんはゆっくり口を開いた。

ただ、ありがとうと。

その言葉だけで十分で、お互いの心にあった言えないわだかまりも全部、全部一気に晴れていくような気がした。

「私も、カナタくんに笑ってほしいよ」

 確かな響き。僕だけに届くその声。

 枯れていたはずの涙が、再び溢れだし頬を流れていく。

「ましろ、ちゃん……」

 言葉が出てこないから、だからもう一度だけ彼女の名前を呼んだ。

それは名前通りの、何にも染まっていない、彼女だけの純粋な笑顔。

 僕の大好きな笑顔。

「――だからね、強くなろ?」

「強く……」

「うん。長さんがビックリするくらいの、強い人になろう!」

「長さんを守れるくらい、強く……さ」

 ちょっと想像つかないなと笑ってみせる。

彼女もそうだねと笑ってくれるのだが、でも彼女の眼は本気だった。

 それなら、本当にそうなろう。

僕たちを家族だと、自分の子どもだと言ってくれた彼に報いるために。

「そうだね。長さんを、守れるくらいに」

「もらったモノ、全部返せるくらいに」

「うん。そう、だね……」

 最初に僕に優しさをくれた両親には、じいちゃんにはもう何も返せない。

 けれどその分、今傍にいる人たちに返していこう。

 そのために強くなり続ける。

 それこそ愛する人、みんなを守れるため。

 愛する人の、笑顔を見続けていたいから。

「でも、私の事置いていかないでね」

「しないよ、そんなこと」

 けれど、決して一人で強くなることは出来ないと知っているから。

僕たちの力が示す通り、一人では何もできないと知っているから。

「うん。だから二人で……」

「二人で……もっと強くなろう」

 僕たちは二人で、二人で強くなっていく。


 再び、風が流れだした。熱い日差しを和らげる風。

 時にそれは強く吹き乱れ、丘に咲き誇る向日葵を大きく揺らしていく。

 でも向日葵は折れることはない。

 風が全てを薙いで行こうとしても、それでも太陽に向かって溌剌と顔を向け続ける。

今は二人、ここで目を閉じよう。

 弱ってしまった心を癒して、次に進むために。

 大事なものを守る力を蓄えるために。そしてまた立ちあがって、隣にいる人と共に歩いていけるように。


 また、風が流れた。

 そう。風はただ吹き続けている。

 この空が続いているように。

 この丘から僕たちの街へ。

 風はどこまでも、吹き続けていく。


 きっとそれは、明日へと続いているのだから。


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melody 桃kan @momokwan

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