第21話 旅の前

コツコツと足音を立てて長い長い廊下を歩く。


その奥から二番目の部屋のドアをノックすると、「どうぞ」と中から声がした。


「全く、人遣いの荒い人ね、お父様は」


教祖様と呼ばれている父に会うのは久しぶりだった。


お気に入りの紺色のドレスを着てきたとはいえ、気持ちは少しだけ憂鬱だった。


「ベラ」


父は私の名を呼んだ。


「赤い箱は解き放たれた」


嬉しそうな父の言葉に目を伏せ、「そう」とだけ答えた。


「あとはお前次第だ。”道しるべ”の解放を頼む」


「わかってるわよ」


私は父の部屋に飾られている漆黒の剣を見た。


台座に刺さっているその剣を抜けるのはきっとリュカかヨルだけ。


そしてその剣に宿っているのは恐らくリアムの父、ハオユー。


彼の研究室から今回の旅に関する書籍は片っ端から探し出した。


置き去りにしてきたものはなかったはず。


「ねえ、お父様」


「ん?」


「リュカとヨルの両親はどうして亡くなったの?」


「それはーーただ、運命だったとしか言えない。


彼女たちの両親は酔っ払いの男に殺された。男は国の偉い人でね。


いろんな事情があって彼を裁けなかった。幼いヨルは泣いていた。


夜空が割れんばかりの泣き声だった。


私はその子よりも、その子を見ていた双子の姉の方が気になった。


虚ろな目でその子を見ていたあの佇まい。


全てを背負ったようなあの顔が忘れられないよ」


父は窓の外を見つめながら言った。


「変な話、あの時のリュカの瞳に魅了されたんだ。だから助けた。


その積み重ねで今私は孤児院という大きな事業を展開している。


不思議な出会いだよ」


「ヨルは……?ヨルはどうなったの?」


「さあ、それは知らないんだ。


リュカは両親を失ったショックで他の家族のことも忘れてしまったみたいでね。


だからきっとリュカはヨルのことを覚えていない」


「覚えていない!?それは今回の計画が破綻しているのでは?


リュカがヨルを見つけることができないなら”道しるべ”も”資格”も意味ないわ」


「……そうだな、半ば賭けだ。でも覚悟の上」


今宵は満月。金色の球体が空に浮かんでいた。


私はどうにもならなかったその少女たちを思い、憂いた。


「さあ、準備をなさい。あの少女は旅を始めたよ。我々は目的を果たさねばならぬ」


「ええ、分かっているわお父様」


もしかしたら意味を以てまいかもしれないけれど。


私は一息つき、部屋を後にする。


ドアを開けると執事が待っていた。彼も重要人物の一人だ。


「……ねえ、お父様」


「なんだ」


「私たちにヨルは救えるの?」


父は目を伏せて言った。


「それは無理だろうね。彼女を救えるのはリュカだけだ」


「……そう」


ならば私たちの本当の役目は……。


私は決意を胸に父の部屋のドアを閉めた。


ダヴィ王が杖を落としたのはその半年後のこと。


リュカは私たちの思っていたよりも早く七色の玉を集め、


そして私たちと出会った。私たちは役目を果たした。


リュカの旅を終わらせる後押しを、


彼女にしかできぬヨルを救うという重大なミッションのお手伝いを。


今宵も満月を迎えた。


執事と二人でヨルの城が首都に現れたという知らせを聞いたのはもう夏が終わる頃だった。



結局ヨルが救われたのかは分からない。


戦いに敗れたヨルは姿を消した。


七色の玉もきっと砕けた。


もう私ができることはない。



ーーダヴィ王の杖と共に砕け散ったはずの飴色の玉が彼の手元に戻ったのは冬を越えて春が訪れるになる。



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ヨル yume @yume_nanase

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