エピローグ ハジマリの続きへ
エピローグ
一枚のCDから始まった存在が、ひょんなことから言葉に出来ない存在へと変化した。キラキラと輝きながら、様々な表情をみせるその円盤は、まるで人生の一つの方向性を指しているようだった。
――気になったら試せばいい。
楽器の試演でもするかのような手探りの日々が過ぎたある時、隆は俺に一つの提案を持ちかけた。
「なぁ、おれたち、近所に住んでるんだし、どうせだったら一緒に暮らさないか? お前は自宅だからおれん家に住むことになるけど」
そのほうがおれの事を色々知ってもらえる、と言う隆に俺も少し考え込む。
「…まぁ、そういうのも面白そうではあるけど」
親や兄貴たちへの説得も必要だが、一度も出た事のないあの家を出て二人で生活してみるというのは、俺にとっても興味のある話だ。
前向きに考えてみるわ、と応じると隆は言いにくそうにこちらを見つめ、ポツリと呟きを漏らした。
「……元カレはいいのか? おれと付き合ってくれてるってことはヨリを戻したとかではねぇんだと思うけど…」
まだそれを引きずってるとか、面白すぎる。
本当に信じ込んでたんだな。
俺はニヤリと笑って隆を見つめると、一言告げた。
「元カレとか、あれ、嘘だから」
「……マジか」
呆然とする隆に、してやった気分で俺は言葉を繋いだ。
「言っただろ、野郎相手はハジメテだって」
…責任とれよ?
そういうと隆は急に元気になって俺に抱き付いてきた。
「勿論。責任とって、一生愛してやるからな」
「言ってろ。どこまで保つのか楽しみだ」
互いに互いを睨むように見つめて笑いあう。
こういう挑みあいも、たまらなく面白い。
「じゃあ、家族を納得させる理由を一緒に考えろ。うまく説得できたら一緒に暮らしてお前の事を試してやるよ」
「…説得もそうだけど、お前の家族にまだ挨拶してねぇ」
「そうだっけか? まぁ、『息子さんを俺にください』とかはナシな? 今から時間とれるか?」
そういうベタなのは冗談でも笑えねぇ。
隆はそれは思いついていなかったのか、その手があったか、とマジな顔をしていた。だから、そういうのはやめろ、って言ってるだろが。
「時間は取れるけど、説得内容を考えてから行かねぇと」
「そうだな…」
互いに少し考え込む。少しして隆がポツリと口を開いた。
「…いきなり一人暮らしをはじめるのは難しいから、二人暮らしから始めることにした、とかはどうだ?」
「まぁ、無難な線だな」
一応言ってみるけどどうなることやら。それでも、俺自身もわりと乗り気になってしまってる事は否めない。
「それじゃ、ウチに行くか。挨拶してくれるんだろ?」
「菓子折りとか、用意してねぇんだけど」
「ちょ、マジで両親に紹介みたいな感じになるからやめろ」
苦笑しながら隆の家を出て、徒歩五分の距離を一緒に歩いて進む。
俺の家が近づくと徐々に緊張で顔が強張っていく隆に、肩を叩いて笑いかけた。
「もうちょっと力抜けっての、ばーか。顔怖いんだよ、お前は」
「お前、ほんっと口悪ィよな。昔っからそうなのかよ?」
「昔の俺はそれはもう、素直なイイ子だったぜ?」
「お前の昔の写真とか見てみてぇ」
「あったかな…ちょっと探してみるわ」
軽口を叩いて会話をしていくうちに、隆の緊張も多少ほぐれたようで、いつものような口調で話し出していた。親や兄貴たちに会わせるのに、ガッチガチの状態じゃ困るもんなァ。
門をくぐって、庭を通り、家の玄関へとやってくる。鍵は持っているからいつものように鍵を開けて中へと入っていく。
「ただいま。友達連れてきた」
お帰り、と最初に迎えてくれたのは母親で、友達が来たということで応接室に一度通してお茶を出してくれた。
「初めて見る人だけど、最近友達になったって言う子?」
「ああ。ちょっと話があるんだけど、母さんもちょっといいかな」
母親が席に着くと、隆が名前を名乗って自己紹介してくれた。
「金城隆と言います。恒くんには最近、よく一緒に遊んでもらってます」
笑顔を振りまく隆。愛想はいいんだよな、コイツ。顔は怖いけど。
「こちらこそウチの恒がよく泊り込みさせてもらってるみたいで、ご迷惑おかけしてます」
「いえいえ、迷惑なんて。恒くんは料理とかも上手なんで、こちらこそよくお世話になってますよ」
世間話のような内容から話がシフトしてきたのをいいタイミングだと思い、俺は母さんに向かって口を開いた。
「あのさ、俺、一人暮らししようかと思うんだけど」
「一人暮らしも悪くないけど、今からだと準備も大変じゃないの?」
「そうなんだ。そこで、急に一人暮らしだと大変だから、コイツが自分と二人で生活してみないか、って申し出てくれたんだよ」
「あら、そうなの? それも楽しそうじゃない」
母さんはそれも経験でいいんじゃない? と言ってくれた。この分だと父親も母親の言い分と一緒になりそうだ。ウチで一番の権力者は何と言っても母親だから。
「反対だぞ!」
応接室の扉がバンと開いて、兄貴たちが飛び込んできた。どうやら扉の向こうで話を聞き耳立てていたようだ。
「ウチの恒が一人暮らしというか、二人暮らしとか、オレは認めん!」
「場所はどこなんだい? あまり遠くないといいんだけど」
二人の兄貴が口々に言ってのける。
「
ウチの一番上の兄貴である
「あ、場所はおれの家なのでここから歩いて五分程のところなんですが」
「近いし、仕事で毎日通うのもやりやすいんじゃないか?」
隆の言葉を聞いて、二番目の兄貴である
「
「まぁ、社会勉強にもなるし、いいんじゃない? 友達と暮らしてみると家との違いもよくわかるだろうしね」
それに、仕事でウチには毎日帰ってくるんだろ? と念押しされるようにニッコリ笑って問い掛ける直次に俺も笑顔で応える。
「そりゃ毎日帰ってくるさ、仕事だもん。あとは壱兄も賛成してくれよ。母さんだって賛成してくれてるんだし」
「母さんがそういうなら仕方ないけど…夜はいないんだろ?」
「夜にいないだけで、昼間はいるし、夜だって仕事が忙しかったら行かないかもしれないだろ?」
俺の言葉を聞いて納得はしてないものの、少し考え込む壱斗。逆に隆は少し複雑そうな表情を浮かべて、目で訴えてくる。
今はお前より家族の説得が優先だ。後で話は聞いてやるから。
そう思っていると、壱斗の視線が隆へ向けられる。
「コイツが一緒に住もうとか言ってる輩か」
「ああ。わりと最近仲良くなった友達だよ」
友達、と紹介され隆は兄貴二人に先程母親にしたような自己紹介をする。
「最近よく泊まりに行ってるのはお前の家か、金城隆」
「ええ…ああ、そうですね」
「最近仲良くなったばかりだってのに、一緒に住むとは何事だ!」
「え、でも近所ですし、最近よく遊んでいるんで、そういう話になったんです」
そう言って壱斗の追撃をかわしている隆にちょっと目をみはった。
一応そういう『オツキアイ』しています、というような素振りは一切見せない隆に、コイツ、嘘つくのも結構うまそうだな…だなんて思ってしまう。
話し込んで三十分は経過しただろうか。俺と隆、母さんの三人がかりの説得の末、不承不承という感じで壱斗からも二人暮らしの許可をもらえた。
今日からだと急なので来週から一緒に生活する事を話し合いで決めて、今日はお開きとなった。
さて、初めての二人暮らし。どんな物が必要なんだ? 基本的なものは全部揃ってるだろうから、あとで隆と確認してリストアップしなきゃな。
あとはコイツのしれっとした嘘のつき方の追及も必要だ。どちらにせよ、今までの生活とは違った景色が見れるのは間違いないだろう。
――こうして、俺と隆の同棲生活が始まろうとしていた。
第一部 完
非日常のハジマリ 音羽 咲良 @pholifakia
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