第9-2話 訪れた結末
帰りの電車は三人一緒に乗り込んだ。薫は途中まで一緒だから、と電車の中で恒と今日のイベントについて熱く語っている。それを横目で眺めながらも、おれは内容に口を挟む気になれず電車の中の景色をぼんやりと眺めていた。
恒は何を考えて、おれとコイツを会わせたりしたのだろう。
おれの気持ちを軽いものだと思っているんだろうか。
ここまで見せ付けられて、それでも諦めきれないおれはどこかおかしいのだろうか。
次々と考えが浮かんでは消え、消えては浮かんでいく。
切なくて、苦しくて、それでも恒への想いをどうする事もできない。
段々考えが麻痺してきて、これ、もしかしたら小説に生かせるかもなぁ…なんて、考えてしまう。こんな苦しい想い、小説の中に吐き出してしまえば全部消えてしまえるものなのだろうか。
いや、書いた所でコイツへの気持ちは簡単に消え去ってくれそうもないか。
こうして悶々としている段階で、全然諦める方向に向かっていないのだから。
途中の駅で薫は乗り換えだとかで降りていき、電車の中でまた二人っきりの時間が戻ってくる。
けれど何を話していいかわからず、電車を降りるまでやっぱり無言のままで過ごしてしまった。
恒は駅に着いてもさほど気にしていなさそうだった。帰る方向が一緒なので、家の方角に向かって歩きながら会話を入れてきた。
「今日はお前、楽しめたか?」
お前がそれを言うのか。おれに元カレを会わせて、こんなに苦しい思いを味わわせるお前が。
ふと立ち止まり、おれは小さく口を開いた。
「……率直に聞くけど、お前、アイツとヨリを戻してんのか…?」
おれの言葉にコイツも歩みを止める。
「…こんな話、道端でする話じゃねぇな…」
恒はおれの腕を掴んで裏路地を曲がり、小さな声で応える。
「一回お前ん家行くか。今日は大分遅くなるか、あんまり遅くなるなら泊まってくるって家族には言ってあるし」
「…わかった」
こっちもそう応えて恒と連れ立って歩いていった。
おれの家に着くと、二人で中へと入る。
「さて、しゃーねぇから、話し合うか」
俺にはそんな話す事ねぇんだけど、と断って恒は言葉を繋いだ。
「ヨリを戻してたら、お前はどうするんだ?」
今日の恒と薫のやりとりを思い出して胸が痛む。あれがヨリを戻していたからだとしても、おれは諦めきれなかった。
「…戻していても、関係ねぇ。おれはお前が好きだから」
「略奪したいって事か? それとも、ただ好きなだけで満足なのか?」
「満足はしねぇよ。好きだからお前を振り向かせたいとは思う。それは略奪に入るのか?」
「相手がいるのに振り向かせようとするなら略奪に近いだろうな」
おれの言葉に、恒は唇の端を吊り上げて笑う。
「そもそも、お前の言う『好き』って何なの? 俺の『何』が『どう』好きなんだ?」
「何って…いや、顔も好みだし……」
おれが言い淀んでいると、恒は顔かよ、と顔を歪めてみせた。
「いや、顔だけじゃなくって……」
更に言葉を繋げようとした矢先に、恒が口火を切って話し出した。
「あのさぁ、それって単純に、珍しいものに対しての執着心みたいなもんじゃねぇの?」
「…違う」
「違わねぇだろ。俺にも独占欲や執着心ってものはある。けど、お前は俺へのそれを『好き』と勘違いしてるだけなんじゃねぇのか?」
あまりに冷静な言葉に、俺の頭に血が上る。
「違う! どう言ったら信じてもらえるんだよ!?」
「さぁな」
温度間があまりにも違う。勘違い? 勘違いでどうしてこんなにおれの胸は今にも張り裂けそうになっているんだよ。好きだから独占欲や執着心があるってことじゃねぇのかよ。
「…お前の声も、性格も、全部が好きなんだよ!」
「だから? それも一番初めに顔があったからなんだろ? 別の顔だったら今みたいになってねぇんじゃねーの」
皮肉そうに笑う恒に、そうじゃない、とおれは首を横に振る。
「……言い方が悪かったのは謝る。顔よりも先にお前の合コンの時の態度が気になったから、話してみてぇって思った。それに、おれは女としか付き合ったことがねぇのに、お前とは話してみてどんどん惹かれていった。そういうお前だから、好きだって思ったんだ」
出来るだけ冷静に言葉を投げかけた。これだけでわかってもらえるなんて思ってねぇし、相手との温度差があるのもわかってる。でもこれだけ惹かれた相手だからこそ、どうしてもこの『好き』という気持ちを捨てられなかった。
おれの言葉を聞いて、恒は小さく吐息をつくと、口を開いた。
「正直、好きって感覚がよくわかんねーんだよなぁ、俺」
「何がわからねぇんだよ。お前にだって好きなものとかあるだろ? それに家族だって好きなんだろ?」
「好きな物なら嗜好品だし、家族なら庇護してもらえる対象で、犬猫にいたっては自分の庇護の対象だ。好きってのはそういうことじゃねぇのか?」
そう言ってから、恒は頭をガシガシと掻いて呟く。
「…違うな、恋愛感情としての『好き』が理解できねぇんだ」
「恋愛感情で言うなら、おれはお前の事が好きだから触りてぇと思ってる」
「スキンシップしたいって事か?」
「単純にスキンシップ、ってことじゃねぇ。こう、抱き締めたいと思うし…」
「家族や友人にだって普通にスキンシップでハグとかするだろ」
どう言おうか迷っていると、相手から即座に反論され、おれは小さな吐息を漏らす。
――どういったら伝わる? コイツとおれの差をどう説明したらわかってもらえるんだ?
「確かに、好きには色々ある。けど、おれはお前に対してはそういうのじゃなく、守ってやりたいとか、ずっと側にいたいとか、そういう愛情を持ってる」
「ずっと側にいたいってのなら、それこそ家族に対しても同じじゃねぇのか? つまり、家族と同じように思って欲しいって事か?」
違う、と頭の中で叫んで、おれは言葉を繋ぐ。
「そうじゃなくって、恋愛感情が高じて家族愛になることはあるけど、おれが言ってるのはその手前の意味で。家族にはあーゆーことしねぇだろが」
言葉を濁して伝えると、相手はあっけらかんとして口を開いた。
「…要約すると性欲の対象として見れるかどうかって事か? モノが反応すりゃいいだけだから、家族以外でも対象が広いよなぁソレ」
そういう次元の話なのだろうか。
おれはもっと愛情がどうのとか、そういう話だと思っていたんだが、コイツにはそれは通用しないらしい。
おれは思わず頭を抱えてしまった。
相手も溜息をついて言葉を接いでくる。
「…難しいなぁ、『恋愛感情』っての。やっぱり俺の中でしっくりこねぇわ」
「難しいことはねぇだろ。まず最初の一歩として、相手を気に入ってるかどうか、じゃねぇの?」
「気に入ってればOKなのか? んじゃ友達は恋愛の第一歩なんだな。つーか、それならバンドやってた時なんか引く手あまただっただろ。なんでそこらへんので落ち着かなかったんだ?」
どっかで落ち着いてて欲しかったような言い方だな、お前。おれはお前がいいって言ってんのに。
その当時を思い出しながら、おれは自分の理屈を口にする。
「…そんなん、見てくれやヴォーカルっていう上辺しか見てねぇのばっかだからだろ」
「お前は俺の上辺以外のところも見てるって事か? 第一印象は顔なんだろ?」
「言ったろ? 最初は顔じゃねぇって。お前の態度から気に入ったんだって」
「…一番初めに顔ってのが出てきた時点で、それは信用できねぇ」
おれも上辺だけで付き合うのは御免だが、お前はおれより相当だな。でも、おれが上辺だけでお前を好きだって言ったんじゃないって、わかってもらいてぇ。だからおれは一種の賭けに出る事にした。
「信用できないなら、試せばいいじゃねぇか。おれが本当に顔以外でお前を好きなんだって事、わからせてやるから」
おれがそう言うと、恒の目が見開かれる。次いでその瞳が面白そうに輝きを増して口に笑みが浮かんでくる。
「…お前が俺にどんな理想を抱いてるかわかんねーけど、俺はお前が思ってるほど優しくないし、試すような事をいっぱいするからな?」
「上等だ。お前が優しくないのはもう知ってるし、これからいっぱい試せばいい。それでお前が納得するならな」
おれも相手を見据えて口元に笑みを浮かべる。
「……なら、しばらくは付き合ってやるよ。もし途中でギブアップって事になったら、言ってくれたらそれでいい」
「そんな事になるもんか。一生、お前の事好きでいてやる」
そっと身体を寄せ、強く抱き締める。もう、絶対離してやるものか。
「口だけで終わらないといいけどな」
「ぬかせ」
片手をしっかり腰に回したまま、もう片方の手で恒の顎を上向かせ、唇に口付ける。顎を支えた手で頬をなぞり、目を覗き込んで今度は深く唇を重ね合わせた。舌を絡め、上唇を軽く食み、歯列をなぞっていく。
恒はくすぐったそうに目を細めておれのキスに応えてくる。こいうところ、慣れてんのかな、って思っちまう。元カレの存在もそうだけど、コイツ、女とも付き合ったことあるよな。今までの相手全部に嫉妬しても意味ねぇのはわかってんだけど、ちょっとしたことでモヤモヤしたものが浮上してくるから嫌になるんだ。
唇を離して再度軽くキスを落とすと、恒をベッドへと促した。
相手もすんなりとベッドへ向かい、ベッドの上で恒を押し倒す。
「やっと、お前とちゃんとヤれる…」
「こないだだってシたじゃねぇか」
クッ、と笑ってみせる恒に、おれは恒の上着を脱がせると胸にキスをした。
「ちゃんと、付き合ってヤりたかったんだよ、おれは」
だから、今日はなんと言われようと絶対止める気はなかった。
「フフッ、お手柔らかに、な?」
そう言って笑顔で見つめられた。今までつれなかった相手からそんな顔されたら燃えないわけがない。
「いっぱい、感じさせてやるよ」
おれの言葉に、恒は笑みを浮かべたままで自ら口付けて挑発してくる。
これだからコイツは…と思いながらも、行為と名のついた睨み合いは、まだまだ終わりそうもなかった。
ケリがついたのは真夜中もとうに過ぎた頃。
恒の体力が底をついて、盛大な文句を言われた為に一旦切り上げることにした。
「…終わったんなら、避けろ…って…重い」
包むように抱き締めていたおれの腕から逃れようとしているが、身体がだるくてうまく動けていないようだった。
「仕方ねぇ…まだ、足りねぇけど、一旦休むか」
離したくはないが、こんな所でまた揉めたくはない。
恒に絡めていた腕を退けると、頬に軽いキスを落としてから恒の頭を軽く撫でた。
「お前の事は大事にしてヤりてぇしな?」
「嘘だろ、まだやる気かよ…この、性欲魔人め……痕もいっぱい付けやがって…吸われると、結構痛ぇんだぞ、ばーか…」
ぐったりした表情で、吐息混じりに言葉を漏らす恒。そんな恒の声は喘ぎ過ぎのためか、大分掠れている。息も絶え絶えな所とか、本当に可愛い。
「悪ィ、お前のこと好きすぎて夢中になっちまうんだ」
「…ったく、よく打ち止めになんねぇな? こっちはお前のせいで脚震えてんだぞ」
足腰が立たないってこういう事か、と文句を零す恒に軽く口付けて、恒の隣に横たわりながらやんわりと抱き締めた。
「お前のことがそれだけ好きなんだって」
そう告げると、恒はそっぽを向いて小さく呟く。
「…求められンのは嫌いじゃねぇ」
くっそ、可愛いな。こういう所があるから、ほんと止められなくなるんだ。
「マジでお前、可愛すぎるだろ。好きだぜ、恒」
「…可愛いって言われんのは嬉くねぇ」
文句を言いつつ布団にもぐりこみかけて、ふと、何かを思いついて顔をこちらに向けて話し出した。
「あ、それと。変えのシーツ、あるんだろな? あと、風呂に入りたい。このままじゃ寝られねぇ」
行為の余韻に浸れるかと思ったら、気にするのはソコかよ!
おれは恒に言われるまま、甘い雰囲気をなし崩しにして足腰が強張る恒の為に身体を綺麗に拭いてやってから、シーツを取り替えるのだった。
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