かっぱの素
かもがわぶんこ
第1話 ☆星の王子さま☆
「ずーっと雨だなぁ。パンの配達に行ってくるね。」
かっぱのカパエルはこの街で、小さな小さなパン屋さんをしています。
小さいながらもお店には、さまざまなパンが並び、とってもにぎやか。
カパエルは、近くに住んでいる足の悪いウサギのおばあちゃんに、焼きたてのパンを届けたあと、道に小さな星が落ちているのを見つけました。
「あれっ? 昼間なのに、こんなところに星が落ちてる。どうしたのかな?」
やさしいカパエルは、その星を拾おうとしました。すると、すごく熱くてびっくりしました。どうやら星は熱を出して、空から落っこちてきたみたいです。
空を見上げるのですが、黒い雲が空を隠していてずっと雨が止みません。
カパエルは、配達用のバスケットに星を寝かしてあげて、店まで連れて帰ることにしました。
「カパエルおかえり。あれ?その星さん、どうしたの?」
「うん、なんか帰り道で見つけたんだ。熱があるみたい。」
「ほんとだ、ちゃんと寝かしてあげなきゃ。」
カパエルの店を手伝ってくれている、桃色かっぱのフランソワがタオルを集めてベッドを作り、星さんの頭に濡らしたハンカチを乗せて休ませてあげました。
「どうしたのかな? 7月になってもずっと雨だから、空に帰れないのかな?」
「そうね、元気になるまでここにいてもらいましょ。」
カパエルとフランソワは星さんをお店で休ませてあげて、お仕事に戻りました。フランソワはレジ係で、カパエルは奥の窯でパンを焼いています。
先月の後半からず〜っと雨が降り、一日も晴れた日がありません。そればかりか、小さな台風がこの街に向かっているとラジオが言っていました。
「ねぇフランソワ、台風が来るって言ってるよ。いやだねぇ。」
「そうね、この季節にしたら早いわね。」
次の日の朝、星さんの熱は下がりました。朝からパンを焼いて大忙しのカパエルたちにお礼を言いに来たのですが、なんだか元気がありません。星さんは空を飛ぶことができなくなって、お空に帰れないと言うのです。
「星さん、元気になってよかったねぇ。」
「ほんとうにお世話になりました。わたし、オリカという星の精です。あの……ちょっとご相談があるのですが、いいですか?」
「どうしたの、オリカさん?」
「わたし、飛ぶ力が弱くなってしまって、空に帰れなくなってしまいました。お店のお手伝いをするので、しばらくこちらに置いていただけないでしょうか?」
「それは大変だ! 飛べるようになるまで、うちにいたらいいよ。」
しばらく星のオリカは、カパエルのお店で働くことにしました。
カパエルたちの頭までの高さまでなら飛べるのですが、それ以上はまだ飛べません。オリカは毎日、お手伝いの合間に一生懸命飛ぶ練習をしました。いつしかカパエルたちとは、すっかり仲良くなりました。
「オリカちゃんさえよかったら、ずっといてくれていいよ。」
「うん、嬉しい。でもわたし、空に帰らなきゃならないんだ。」
「そっか……早く帰れるといいね。」
七夕の日の朝、台風がこの街にやってきました。カパエルは急いで、ウサギのおばあちゃん家に配達に行って戻ると、お店の雨戸をしっかりとしめました。
「配達が終わったから、今日はもうお休みにしようか。」
「そうだね。こんな風と雨じゃ、お客さん来なさそうだもんね。」
オリカはカレンダーと時計を交互に見ながら、なんだかソワソワしています。
風の音がますます強くなってきました。
「オリカちゃんどうしたの、風がこわいの?」
「いいえ、大丈夫です。」
「ほんと? なんだか落ち着かないみたいだね。」
「はい、実は……。」
星のオリカは、この街に落ちてきた理由をカパエルたちに話しました。
オリカの本当の姿は、星の世界のお姫様。七夕に会える隣の星の王子さまのことを考えているうちに、ついうっかり地上に落ちてしまったのです。気がつくと、冷たい雨にさらされ風邪をひいて倒れていた所を、カパエルに助けられたのでした。
「たいへんだ!七夕って今日じゃん。」
「でも、こんな台風ですからあきらめます。」
「そんなぁ。カパエル、なんとかしてあげられないかな?」
「そうだなぁ……トコトコ山に行こうか?あそこなら空にも近いし、星の王子さまに会えるかも!」
「こんな台風の中。わたしのために皆さんを危険な目にあわすわけにはいきません。残念だけど……今年はあきらめます。」
フランソワは、しょんぼりしているオリカの肩をやさしく撫でてあげました。台風の風が強くなり、ガタガタとお店が揺れ始めました。
「ひどい風だなぁ。温かいスープでも飲んで、ラジオでも聞いていようよ。……あっ!」
「どうしたの、カパエル?」
「いいこと考えたよ。ちょっと待っててね。」
カパエルは釜に火を入れて、パンを焼きはじめました。フランソワとオリカは、どんなパンが焼けるのかとワクワクしながらカパエルの後ろ姿をじっと見ています。やがて、お店の中においしそうな香りが漂ってきました。
「さぁ焼けたよ!星のくりーむパンだよ〜!」
「わぁ、おいしそう。」
「かわいい!星の形のパンだ。」
三人は、焼きたてのくりーむパンを仲良くほおばりました。バニラの香りのくりーむが口いっぱいに広がり、オリカに笑顔がもどりました。
「こんなおいしいパンを食べたのは初めてです。カパエルさん、ありがとう!」
その時です!突然、オリカが天井までふわりと浮き上がりました。おいしいパンと二人の優しさに心が軽くなり、飛び方を思い出しはじめたのです。
「わぁ、オリカちゃん飛べるようになったんだね!」
「よかった!これで約束の時間に合うかもしれないよ。ほら、なんだか風の音も聞こえなくなったみたい。」
そう言ってカパエルは、そっと雨戸を開けてみました。まだ空には雲がたなびいていましたが、台風の風はおさまっていました。
「もう台風はどこかに行っちゃたのかな?」
「オリカちゃん、トコトコ山までいこう!」
「でも……ここから遠いんでしょ。」
「へいき、配達用の車で行こう!」
三人は小さな車に乗り込んで、トコトコ山に向かいました。くねくねの山道を抜けて頂上に着くと、空には満天の星がキラキラと輝いていました。
車から降りたオリカの体は、ふわふわと宙に舞い上がりました。が、どうしても木のてっぺんくらいまでしか上がることができません。もっと高く飛ばないと、空には帰れないのです。
「がんばれ!オリカちゃん!」
「もう少しよ!オリカちゃん!」
二人が応援していると、空から大きな流れ星がまっすぐこちらにやってきました。それは、オリカが会いたがっていた星の王子さまでした。
「オリカ!無事だったかい?」
「ヒッコ!会いたかった。うん、この人たちが助けてくれたの!」
王子さまの名前はヒッコ。ずっとオリカを探していたのですが、雨雲が多くて地上に降りてこれなかったのです。でも、台風とともに雨雲は消え去り、トコトコ山にいるオリカを見つけることができました。
ヒッコは空から急いでおりてきてオリカの手を取り、空高く舞い上がりました。再会を喜びあうヒッコとオリカ。
「本当はすぐに帰りたかったんだけど、空の飛びかたを忘れてしまっていたの。」
「そうなの? でも今、飛べているんじゃないの?」
「あっ、本当だ!」
いつの間にかオリカは、ヒッコの手を離しても空を飛べるようになっていました。ヒッコに会えた嬉しさで、オリカはすっかり飛びかたを思い出したのです。
「おーい、オリカちゃん、飛べるようになったんだね。よかったね!」
カパエルたちがやっと会えた二人のことを祝福しています。
「カパエルさん、フランソワさん、ありがとう! 二人のおかげで空に帰ることができそうです! ささやかですが、私たちからのプレゼントをもらってください。」
キラキラキラ! 群青の夜空に輝く星たちが一斉にささやき、一度に地面に落ちてきました。それはまるで光の滝のようでした。カパエルたちの周りに光が集まって大きな船になり、二人と車を乗せてスーッと夜空に浮かびあがりました。
オリカとヒッコに先導された船は天の河をすべるように進み、やがてカパエルたちが住んでいる町の夜景が見えてきました。いつも見上げているノッポの教会も、ずっとずっと下に見えます。町の向こうには月に照らされた海が見えていました。
「すごい!フランソワ、僕たちの町が見えるよ!」
「本当だ、カパエル見て! あそこがわたしたちのお店よ。」
「空を飛ぶのって気持ちいいなぁ。こんなの生まれて初めてだ!」
カパエルとフランソワは、心ゆくまで町の夜景を楽しみました。
そしてゆっくりと、店の前に降ろしてもらいました。
「オリカちゃんとヒッコくん、会えてよかったね。またいつでも遊びにおいで。」
「ありがとうございます! 二人のことは忘れません。空からあなたたちの幸せを、これからもずっと見守っていますね。」
七夕の夜、台風の過ぎ去った天の河に、星の二人は登っていきました。カパエルとフランソワは手をつなぎ、一緒に夜空を見上げて彼らを見送ります。
すると星々がまた動きはじめ、夜空いっぱいにカパエルたちの似顔絵と「ありがとう」の文字を描いてくれました。
「きれいだね。」
「嬉しいね。」
長い雨の季節も終わり、輝く夏がやってきます。カパエルは、オリカたちがいつ遊びに来てもいいように、毎朝星のくり〜むパンをいっぱい焼こうと思いました。
かっぱの素 かもがわぶんこ @kamogawabunko
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