泡沫の恋 後編
私が水槽のある自分の研究室に帰ってくるとマーメイドが話しかけてきた。
「ねぇ、藤村さんもテレビに映ってる人もさ皆服着てるよね。なんで着てるの?空気って人間にとって害があるの?服着ないと肌が荒れちゃうとか?でもそれだと顔も隠さなきゃだよね?」
マーメイドはどこまでも純粋だ。純粋に人間の世界の様々な情報をスポンジのように吸収していく。
「なぁ、話は変わるけどいいか?」
「?」
マーメイドは私にきょとんとした表情を向けてくる。
「君は私をどう思ってる?君の目には私がどう映ってる?」
んー、とマーメイドは考え、言葉を紡いだ。
「藤村さんは、美味しいご飯持ってきてくれるし、テレビ見せてくれるし、私と話してるとすごい笑顔だから私もなんか楽しくなるし、それにそれに……」
私はわかっていた。こう聞いたときマーメイドが私を肯定してくれることを。それをわかっててマーメイドに質問をしたのだ。完全なる自己満足。
私は鎖だ。水槽が彼女を閉じ込める檻だとしたら私は彼女をその檻に完全に縛り付ける鎖だ。彼女の世界には水槽と私しかいない。彼女は知らないだけだ。海の広さを。空の深さを。私は決心した。
2週間後、人魚の存在は世間に公表された。全世界で大スクープになった。幼体の状態で捕獲し、ずっと隠し続けてきたことは隠蔽され、数日前に成体の状態で発見されたということになっていた。世界中で多くの議論が交わされた。このまま水槽の中に閉じ込めておこうというもの達。逆に人権を持たせようとするもの達。過激なものでいうとそんな得体の知れないものは早々に殺してしまえと論じるもの達。世間に公表することで不自由になるかもしれない。自由になるかもしれない。最終的に世界の意思がどちらに転ぶかはわからないがマーメイドの研究室だけだった世界は確実に広がった。
「マーメイド、君の世界は広がったよ」
と水槽の中にいる可憐な美女に言った。しかし、水槽という檻の中にいる彼女はあまり嬉しそうではなかった。新しいものに触れる恐怖感があったのかもしれない。
「なんか、藤村さんと離れちゃいそうでイヤだな、これ恋ってやつかも」
最近、恋愛ドラマでも見たのかそんなことを言い始めた。違うのだ。私は君にとっては鎖でしかない。君は私しか知らないだけだ。これから君の世界はどんどん広がる。人間は星の数ほどいる。そのうち1番輝いていない星が私だ。君はまだ不自由の中にいる。
「君はどうしたい?」
「藤村さんと離れたくない。」
違う。それは違う。
「違う!君にとっては私はただの鎖なんだ!君は不自由だ!!私がせっかく君の世界を広げてあげたんだ!君はもう自由になれる!!」
私はそう一方的に言い放ち研究室のドアをバタン!と閉めた。そして私は新たに決心した。
明日、海に帰そう。それが一番の自由だ。
私が個人の意思でマーメイドを海に帰すことで世界からどれだけバッシングを受けようとも構わない。最悪死刑でもいい。私はマーメイドを愛していた。マーメイドの自由のためなら私は命を捨てよう。次の日私はほかの研究員にばれないよう運送業者を手配しマーメイドの入っている水槽を運び出した。
海岸。寄せては返す波の音が一定の旋律を持って奏でられている。この音は永遠に一定なのではないかと錯覚させられる。
「マーメイド起きて。」
コンコンと外から水槽を叩き、私は水槽の底ですやすや眠っていたマーメイドを起こした。
「……ん……?ここは…?」
「君を見つけた海の近くの海岸だよ。君はもう海に帰っていい。もう完全な自由だ。誰からの視線にも晒されることも無い。海でのびのびと生きるといい。」
するとマーメイドは目にいっぱいの涙を浮かばせた。
「そんなに嬉しいのか。苦労して君を研究室から運び出したかいがあるよ」
マーメイドは怒ったような表情になった。
「違う!!!私はこんなの望んでない!!!私は藤村さんと一緒にいたいだけなの!!!なんでわかってくれないの!!??………私のこと、、、嫌いなの……?」
最後の方は号泣していてほぼ言葉になっていなかった。
「マーメイド。私は君を愛してる。でも君にとっては足枷にしかなりえないんだよ。わかってくれ、、、今はわからなくてもいずれわかる日がくる。それに生きている限りまだ何度でも会えるさ、だって君はもう自由なんだから。」
私はそう言って海の中に浸かっている筒状の水槽を蹴り、横に倒した。これで彼女は自由だ。
私はマーメイドに向けてこう言った
「じゃあね、これから自分に正直に自由に生きて、ずっと好きだった。」
「私も好きだったの!自由になんてなりたくな」
突然マーメイドの言葉が途中で途切れた。私が水槽の方を振り返ると、マーメイドが何かを言おうと口をパクパクさせながら、淡い光を伴い泡になって消えていった。
私は言葉が出なかった。マーメイドを自由にしてやろうと考えて行った行動が、彼女の命を奪うという彼女を最も不自由にするという結果を招いたのだ。
「は、はは、あはははははっ!!」
なんの笑いかわからなかった。私はひとしきり笑った後最後の決心をした。ノートをカバンから取りだし最新の研究データを書き記した。
「人魚は陸にあがり、また海に帰ると泡になって消えてしまう。」
さぁ次は私が自由になる番だ。
泡沫の恋 森唄 鶴人 @morinana
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます