第3話
部屋の前には虫取り網を持った母と、手伝いとして何故か駆り出された私がいる。
「そんで私は何すればええの?」
「網を被せたらお母ちゃんの両手、塞がってしまうやろ。誰か動ける人が欲しいんや」
それなら別に父でも良かったのではのではないだろうか?
「あんたの部屋なんやし、あんたも動かんとアカンよ」
見透かしたように母に言われた。畜生。
軽くドアを開けて蜂が今どこにいるか確認する。黄色と黒のシマシマはクローゼット真上の天井にいた。こちらに気付いて威嚇しているのか、羽音が先程より大きく煩い。
「で、どうするん?」
「お母ちゃんが捕まえて、あんたが潰す。役割分担や」
「分かっ……え!?」
聞き返す間もなく母がクローゼットへ走り出す。
鋭く突き出された虫取り編みが蜂を捕らえんと大きく広がった。しかし蜂も迫る危険に反応したのか、手早く羽根を広げて間一髪で空中へ回避する。
「しもたっ! いや、まだや!」
昔、培った経験からか、急な角度で切り返された虫取り網が黄と黒のシマシマを一瞬で呑み込む。
それだけで安心しない母は部屋の床に蜂入りの虫取り網を叩きつけた。
「杏子、今や!」
「いや、できんから!?」
「なんでや!?」
「虫が嫌いなの知っとるやろ」
「スリッパでも本でも何でもええから叩き潰しぃ! 目ぇ瞑ってでもできるやろ」
えぇ、と内心で思いつつも状況的にやるしかない。母は動けない。父は部屋にいない。
覚悟を決めた。
部屋の隅に山積みしていた雑誌の一つを手に取り丸めて即席の鈍器にする。網の中では蜂が大きな羽音を立てて暴れ回っている。込み上がる恐怖心を勢いで無視して私は厚めの雑誌を振り上げた。
このとき一つ忘れていたことがあった。
今日まで誰にも使われなかった虫取り網。かなり昔に買われたまま、玄関に放置され、ただ日差しに晒されて続けてきた。
つまり、何が言いたいかというと。
見た目以上に老朽化は深刻だった。
今まで使ってくれなかったことに対する仕返しなのか、虫取り網が突然破れて蜂が飛び出てくるのと私たち母娘が絶叫するのはほぼ同時だった。
「いやああああああああああ」
「ひゃああああああああああ」
蜂が飛び回るや否やほぼ反射的にお互い手の物全て投げ捨てて部屋から脱出する。ドアを思い切り強く閉めて、蜂まで出てきてないことを確認して、ようやく安堵した。
「……二人ともバタバタしてるけど結局、退治はできた?」
「ひゃ、……ってお父ちゃん!?」
「えらい格好しとるなぁ」
急に背後から声がかかって振り向いてみれば真っ白な防護服に身を包んだ父がいた。不審者すぎて危うく悲鳴を上げそうになった。
「殺虫剤、買ってきた」
「「え」」
父の腕にはビニールの袋が掛けられていた。
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