第1章 ブラック・シティ(黒の都市)section2

「俺の名はチェスコン...お前の名は?」


 エア・タフ・モビリティ(空中を走行する車、通称エアモビ)を運転する男は言った。

 両頬の青黒い筋が痛々しく見えるが、本人は痛みを感じていないようであった。


「...ニリーア」

 少女は髪から雨の滴が垂れないように頭から毛布をかぶり、座席も濡れないように、お尻の下まで毛布を敷いていた。


「俺もCLOI(Chimeric Living Organism Infectionキメラ生命体感染症)(クロイ)だ」

 チェスコンは事も無げにそう言いきった。


「...チェスコンさんは、何のキメラなんですか?」

 ニリーアから見ると、チェスコンは、だいぶ年上の...恐らく30才半ばくらいに見えるので、彼女はそう聞いた。


「遺伝子レベルでのナノ・セル・マシーンと、鳥類...解析によればクマゲラという名の鳥らしい、、、後はアザラシ科のバイカルアザラシだ」

 チェスコンはそう言いながらハンドルを回し、エアモビを右方向に90度旋回させた。


「ニリーア、君はどうなんだ?」


 ニリーアは、僅かに唇を噛んだ後、一つ一つ確認するように答えた。

「1つ目はピコ・セル・マシーン、2つ目は昆虫、、、オオカマキリという昆虫、3つ目は猫科の動物、、、ピューマ、、、カマキリとピューマの相性にどうも問題があるらしいんです」


「...なるほど、それは素人目にも、DNAの相互作用にだいぶ問題が出てきそうな組み合わせだな...」

 チェスコンはやや眉間に皺を寄せてそう応じると、更に続けて言った。


「もうすぐ俺の家に着くが、シートベルトをつけるぞ!」

 

 チェスコンは、そう言うや否や、ベルト装着装置のスイッチをオンにすると、蛇のようなベルトがニリーアの体の前面で交差し、左右のバックルでロックされた。


 チェスコン自身もシートベルトをつけると、ハンドルを下方向に引いて、エアモビを急上昇させ、さらに90度程度転回させた後に、一気に降下を開始した。


 ニリーアの眼下には、強い雨を源とする黒い濁流が流れ落ちる巨大な排水口が見え、四方を濁流の滝に囲まれた真ん中の四角い穴めがけて、エアモビは突っ込んでいった。


「あっ!、、、え?!、、、キャア!!」


 ニリーアが小さな叫び声をあげる中、エアモビは四方を滝に囲まれた中央の滝壺の中に沈んでいった。


「安心しな、このエアモビは水陸空対応型だ」


 チェスコンはエアモビをさらに水中に潜水させながら一言追加した。

「大雨でなければもっと楽なんだがな」


 ニリーアは目を丸くして、濁って渦を巻く水中を見回した。


 7~8m程潜ったところで、水中レーダーと何かしらのビーコンの表示を見つつ、チェスコンはエアモビを前進させた。


 30m程前進した後に、エアモビは浮上を開始し、やがてポッカリと四角いプールに浮かび上がると、さらに空中に上昇し、そのあと前進した。


 ニリーアは下水の中の汚い壁面を予想していたが、壁は筒型で光沢を放つスーパー・ハイテンション・アルミ合金で出来ており、等間隔に白色のハイパーLEDの照明が光っていた。


 まもなくすると、エアモビは広い円柱形の空間に到着し、その中央にある円形のテーブルの上に着陸した。


「降りるぞモビ、開けてくれ」


 チェスコンの言葉に、エアモビのAIが反応し、

「お疲れ様でした。チェスコン」

 としゃべりつつ、ガルウィングのドアを開けた。


「ここが、、、あなたの家なの?」


 ニリーアは周囲を見回しながら、驚きつつチェスコンに尋ねた。


「ああ、アジトとも言うがね」


 チェスコンは円柱形の格納庫の壁面にある一つの扉の横のテンキーでパスワードを入力し、更にフィッシュアイカメラで網膜認証を行った。


 ガコンという音とともにドアが横方向にスライドし、奥の部屋に通じる通路が見えた。


「さぁ、入ってくれ」

 チェスコンはニリーアを先に中に入らせ、自分は後から入りつつドアをロックした。


 ニリーアが通路の端のドアに達すると、ドアが開き部屋の中を見渡せた。

 部屋の中央には金属製の円卓があり、白色の照明の中、円卓に寄りかかる一人の若い男がいることに気がついた。


 チェスコンはニリーアに部屋に入るよう促した。


「紹介しよう。俺たちのメンバーの一人のグリナダだ」


 チェスコンはニリーアの顔を見つつ、会釈で彼女に挨拶を促した。


「グリナダです。よろしく...」

 若い男はニリーアに右手を差し出した。


「はじめまして、ニリーアと言います」

 彼女は左手で胸を隠しつつ、グリナダが差し出した右手を軽く握った。


「まずは、着替えとシャワーだな。左の部屋に着替えとシャワーがあるから自由に使ってくれ」

 チェスコンはそう言いながら、ニリーアがグリナダから離した右手と軽く握手を交わした。


「...それと、このグリナダは俺たちのメンバーであると同時に、俺のかたきでもある」


 チェスコンの言葉に左の部屋に入ろうとしたニリーアは、「えっ?!」と振り向いたが、

 チェスコンが顎を突き出して(入れよ)と促し、

「出てきたら話す」

と付け足したので、黙って左の開き戸の部屋へ入っていった。


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ダークネス・オブ・ソード・ストーリー 五郎猫 @TepanNeko

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