ダークネス・オブ・ソード・ストーリー

五郎猫

第1章 ブラック・シティ(黒の都市)section1

 ざんざんと降り続く雨の中、ブラウスが透けるほど濡れそぼった姿のまま、一人の少女が膝を抱えた姿勢で、薄暗い回廊の端にうずくまっていた。

 

 雨に濡れて良くは分からなかったが、少女の頬には幾つもの赤黒い筋が見え、その上を幾つもの涙の筋が流れ落ちていた。


 薄黒い雲が渦巻く空からは、時々、わずかな雷光とともに、ゴロゴロと唸るような小さい雷鳴が聞こえてきた。


(...もう、このまま、動きたくないな...) 


 少女は、うずくまった姿勢のまま、涙に濡れた顔を膝に埋めた。


 ......


 それから、幾分かの時間が過ぎた後、不意に彼女の頭上で低い男の声が聞こえた。


「...おい」


(...男の声...誰?...でも、もうどうでもいい...)

 男の声に、彼女は更に顔を膝の中に埋めていった。


「お前、CLOI(クロイ)なのか?」


 男の言葉に、少女は思わず顔を上げ、その男の顔を見やった

 男は重たげな灰色のフード付きレインコートをまとい、その顔は半分程フードに隠れていたが、おもむろにフードを背後にめくり上げ、その素顔を少女に見せた。


 その頬には、少女のものとはまた違った青黒い縦筋が何本か走っていた。


「俺もそうだ」


 男はそう言うと少女の前に回り込み、しゃがんで正面から彼女の目を見た。


「...帰るところが無いのか?」


「...」

 男の言葉に少女は僅かに頷いただけであったが、その目はしっかりと男の目を見据えていた。


「俺の家に来るか?」


 男の問い掛けに少女は再度頷うなづき、無言で左手を差し出した。


 左手のひらと手首を同時ににぎられて、少女はその感覚にハッとした。

(!?...手は機械?)


 少女は男に支えられるように立ったが、びしょ濡れのブラウスが透けて乳房が見えていることに気付き、ハッと胸を両手で隠した。


「さあ、着いて来な」


 男は先に立って歩き始め、やがて回廊の端の非常階段にたどり着くと、どこからか取り出した青い光を放つオプティカルキーで、階段に通じる金網の扉を開き下に降り始めた。


「扉は閉めておいてくれ」


 男の言葉に少女は金網の扉を後ろ手で閉めると、扉は自動的にロックした。


 ここはビルの15階であったので、雨が降りしきる中、1階まで降りるのには滑って苦労したが、二人は何とか地上に着いた。

 

 非常階段の1階の鉄格子の扉も男は先ほどと同様に開き、今度は少女が出てくるのを待って自分で扉を閉めた。


 雨はあいかわらずの強さで、多少周囲が見辛かったが、彼女の10m程前に、エア・タフ・モビリティの車が停まっており、ドアロック解除の光のシグナルが点滅した。


「助手席に乗ってくれ」

 男は運転席のほうに回っていった。


「びしょ濡れなんだけど」

 雨の中、少女は大きめな声で初めて口をきいた。


「構わんよ、気にするな」


 少女が助手席に座りドアを閉めると、男は運転席に座る前に後部座席から毛布を掴んで彼女に投げて渡した。


「かけろ。風邪を引くぞ」


 男は車のオプティカルキーをセットしたが、AIに発進命令は出さずに手動運転を選択し、車を垂直離陸させた。


 エア・トレインの軌道を越えた30m程で、彼はアクセルを踏み車は空中を飛行し始めた。


 降りしきる雨は強さを増し、尖塔のようなビル群の先端の赤い炎と立ち上る黒い水蒸気は、空の渦巻く黒い雲とやがて一つに溶け込んでいった。

 

 

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