13 ブラックヒストリーからの伝言
デウスシーカーを討伐して一晩が過ぎた。俺は学校に行こうと制服を着替え、朝食を済まして玄関を開ける。
そこには、希鳥零名が凛として立っていた。
証明の必要もない、本物のレイメイがそこに居た。俺はちょっと驚いた。
レイメイとは学校で会うつもりだった。わざわざ朝から、俺の家の前に立つとは思っていなかったのだ。
俺に気づいたレイメイは、ズカズカと早足で俺に迫る。そして思いっきり、俺の足を踏んだ。なお踏んだ。なおさら踏んだ。
「いでででででで!!!」
ギリギリと痛みを感じさせるように、レイメイは執拗に俺の足を踏み続ける。
「死者の蘇生を冒涜だと提唱するくだらない倫理感や、生き返りたくなかったなどという平凡な繰り返し言葉を掲げる暇もなく、実は死にたかったと新たな物語を展開する気は無い、という前提を考慮しても、だ」
明確な怒りをあらわにしながら、レイメイは俺の足を踏む。これでもかと、踏む。
「僕が自ら危険を犯した蛮勇も、反省しよう。それでもなお、謝罪が必要だとは思わないかい? ねえヤマイ?」
「いだいだいだい!!」
俺が泣き叫ぶと、レイメイは嬉しそうに顔を歪ませて足に力を込めてくる。
「おお、痛みのあまり謝罪さえできないのかい? これは辛そうだ。同情するよヤマイ。僕も下半身を岩石で潰されたことがあってね。あれは死ぬほど痛かったなあ。とてもひどい苦痛だったよ。痛い苦しいと凡庸な繰り返し言葉しか頭の中に出なかったね。やはり死ぬ時は苦しまず死にたいものさ。思い返したくもない。なのにキミときたら、どうしようもないよ。僕を復活させるほどの力を得ているのであれば、ついでにトラウマに成りかねない痛みの記憶を消したりするべきではなかったのかな?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
とっさに出る俺のあやまり言葉を聞いて、レイメイはやっと足を離してくれる。
「すごく痛くて、苦しかったんだ。耐え切れず世迷言も呟いてしまったねえ。今でも思い起こすと痛みの感覚が体を巡るよ。はあ、不快極まりない。それなのにキミときたら、死んだ僕を妄想で屈辱した挙句の果て、情報の共有を名目に僕に見せつけるんだから馬鹿としか言いようがない。なにが人間の力を見せろだ。そんな欺瞞に満ちた、読者にとって心地よい典型的物語ゼリフなど真に受けないでくれたまえ。しかも、それを僕に言わせるとは頭にくるよ。社会に出たら通用しない、だって? キミは本当に僕の友人かい? そんな凡庸な日常で繰り返される名言など、絶対に吐いてやるものか。妄想は妄想であり僕じゃないことを痛みを含めて改めて明確に伝えたい気分さ。はあもう、一通り納得する謝罪と賠償を要求し、恨みも晴らしたいね」
誰にも似つかない独特の音程でレイメイは語り終えた。
俺は一息飲んで、ちゃんと文面を考えて喋ろうとする。
「このたびは、俺のアホな判断と、愚かな感情によって、希鳥零名様を死なせてしまったことを真に申し訳ないと……いででで!!」
だがレイメイは再び足を踏み出した。
「キミが作った稚拙なお遊びに、付き合わされた身にもなってくれたまえ。確かに心躍る奇妙な体験だったが、いささかイマイチというか、内容が全く変わらずで成長が感じられない。勉強しなおしたらどうだい?」
「だあっーごめんてごめんてごめんて!!」
俺がさらに謝り続けるとレイメイも足を退けてくれる。
「で、賠償は?」
レイメイにしては、実に端的な問いかけだった。普段の冗長な語りと違い、怒りが現われ出ているのが容易に把握できる。
「なにか……好きなものをお買い上げしようと思います」
とりあえず贈り物だ。レイメイが貰ったら納得して、さらに喜びそうなものがすぐ思いつかなかったので、その物選びをレイメイ本人に譲ってみる。
「つまり、今度僕とデートしろ、と」
「いやいやいやいやいや!!!」
レイメイにしてはいくば短絡的過ぎる解釈だ! 違うぞ! そういう意味は含めてない!
「はあ。ここで僕はとても嬉しそうな顔をして、許しを表明しなければならないのかな? そんな物語的展開はとてもごめんだね。僕らなりの特別な表現の仕方があるだろう」
レイメイはあきれ返って、やれやれな吐息を吹かす。そして歩みはじめる。
俺も痛い足を我慢しながら、その横に並び歩いた。
「いいかい? 前にも言ったように僕は寵愛を受けてしまうのが怖いんだ」
まだ怒りが収まらないレイメイに、俺はとっさに思い付いた煽り文句が口に出る。
「……それは素直に好意を伝えられない面倒なヒロインの言い訳でしょうか?」
そうするとレイメイの顔は怒りから楽観へと形を変える。
「ほほう。その解釈は嫌だね。ならば並大抵に素直になろうか」
いやらしさ溢れる細い目つきで、皮肉を受け取るレイメイ。
そのまま独特な手の動かし方で踊り、もはやくどすぎて聞きなれたイントネーションで、変人さをアピールしながら語りを述べる。
「僕を生き返らせてくれてありがとう、ヤマイ。おかげでもう少し、無用な余生を楽しめれるよ。くっくっく」
それは希鳥零名にしてはめずらしい、ありふれた好意の表明だった。
そして俺も、恥ずかしげもなく表明する。
「どんなレイメイも俺は好きだよ」
「くっくっく!」
レイメイは奇妙に顔を震わせながら、おどけ笑った。
普通の友達を望んだ俺がばかばかしいぐらいの、特別な笑顔だった
***
「キミは天井? はあ」
校門を跨ぎながら並び歩くレイメイは喋る。
「多大な痛覚が、人間の思考判断を鈍らせるのはよくあることさ。ヤマイ、気にしないでくれたまえ」
「いや気になるだろ。死に際にお前はそう言ったんだ。キミは天井って。俺はどういう意味かいまだにわかっていない」
「過去の発言を遡って検証でもしたまえ。おのずと解釈できるさ」
説明したがりのレイメイにしては、妙な回答だった。
天井。信じる信じないの話題で出た単語だ。
その意味は「言葉に発さないほどの無意識な信頼」
レイメイはその言葉を発するのは、鈍った判断と言った。ははあ。なるほど。
どうやらレイメイは、俺のことを無意識に信頼していると、言いたくないらしい。
「俺のどんなところがいいんだよ」
「風でなびく草木や、ピーピー騒ぐ凡庸な衆愚と違って、とりたて乱れずに理解しようと尽くしてくれるところさ。さらに遠からず思想を共有できる。これでイケメンかつ高収入なら最高だね」
何も恥ずかしがらず、当然のことのようにレイメイは言ってくれた。
「友達以上恋人未満か」
「ほほう。ピッタリな表現だね。けど、僕は頻繁に使われる変哲もない言葉が嫌いでね。くっくっく」
「ああ……すまん」
レイメイはとりたて不機嫌ではなかった。いつものように自慢げで自信に溢れている。
俺はいつも自慢げでないし、自信に溢れない。ああ、俺が持っていない部分を持つレイメイが素敵で仕方が無い。
これが俗に言う、憧れなのだ。俺は変人レイメイに憧れていたのだ。
そんなレイメイは今、俺が持つ唯一の友人だ。それはとても嬉しい。
そう思いながら下駄箱に着くと、金髪でチャラさを示す中村が声をかけてくる。
「おお山井! 俺今バンドやってんだけど、ちょっと欠員でちまってさ! なんかやれない?」
相も変わらずこの男も気軽に話しかけてくれる。
「バンドねぇ。俺は音楽がサッパリなんだ」
「じゃ隣に居るカノジョは?」
中村に誘われたレイメイは、またいつものようにわざとらしく振る舞い、首を横に傾け語り始める。
「音楽というものを表現するには簡単ではないね。やはり相応の反復練習や会場における緊張の……」
「あ、ほかんヤツ誘うわ」
中村はレイメイの喋りを即断で一蹴し、別のところへ消えていく。
レイメイの顔をのぞくと、どことなく不満そうだった。会話を続けたかったのだろう。
助長過ぎて誰も話を聞きやしないのだが、それでも話し合えるという淡い希望をレイメイはまだ持っているのだ。
「聞いてやるよ」
そう言うと、レイメイは子供みたいに手のひらを返し、ご機嫌となる。
「おおヤマイ! 聞いてくれたまえ。僕も音楽を鑑賞する程度の趣味は持ち合わせていてね!」
そのまま語り続けるレイメイ。その姿は恥ずかしいが、とても自由だ。
自由といえば中村もそうである。バンドなんてアホ臭いと個人的には思うが、道は違いながらもやりたい事を貫けている中村は、根性があるヤツなのだ。
レイメイのおかげで視界は開き見方が変わったと思えてきた。俺は今までどれだけ狭い人間だったのだろうか。
俺はレイメイのようには、なれないかもしれない。
だが恥ずかしさを理由に行動を起こさないのは、愚盲であると悟った。
恥ずかしいからって隠したり消したりしても、記憶は隠せないし消えもしない。
ならば最初から開き直ればいい。全ての恥を受け入れて、思うが儘に生きればいい。
その証拠に、俺が入る教室には黒いコートを羽織りながら赤髪をなびかせる女子生徒がまだ居座っている。
毅然とした態度を崩さず、目を閉じて思いにふけっているシャンクに近寄ると、彼女は口を開いてくれた。
「ここに私の席があるとは、な」
シャンクの目元は緩み、顔は明るみを帯びた笑顔だったが、半信半疑な思いを隠せてはいなかった。
「なぜ私達を消さなかった? 私達は創作されたお前の恥部。残したくない遺物では無かったのか?」
シャンクが俺の真意を推し量る。シャンクに対して「元の世界に戻したい」と俺が宣言したことがあったからだ。
そしてここが今、その戻された元の世界ではないとシャンクは感じている。
俺もそう思う。この現実世界にはまだ真実機関とその敵組織も居る。
でもそれは、過去の俺がワンダーランドとして、浸かりたかった逃げ場所、幻想として望んだことでもあった。
「確かにLDWTは俺が作った。小説にも満たない幼稚な恥ずかしいワンダーワールドだ。だが恥を恐れてLDWTを、シャンク・ダルクを消すのも俺のわがままだ」
「だが、残せばお前が望まぬ災害や事件が再び起こるぞ」
「ちゃんと推敲してあるから大丈夫だ」
そうとも、さらに加筆だってしているのだ。真実機関の上層部は和解して、治安を乱す悪の組織は犯罪者や悪人を受け入れて更生を進める素晴らしいセラピー団体へと変貌した。
俺が呆然と立ち尽くすような、路上での戦闘や屋上から戦国武将が飛び降りてくる事態は二度と起きないだろう。
あのふざけたかっこつけのクール振る高校生ガンマンだって、少しは人と協調が取れるようになったのだ……たぶん。
「それに……さ」
俺は一瞬言葉に詰まった。そんな固まる俺を見てシャンクは疑問符を頭に浮かべる。
なぜ言葉が詰まったのか? 照れくさいからだ。今から言うことは俺にとって恥ずかしいことなのだ。
だが恥がなんだというのだ。俺は一呼吸入れて言いたかった言葉を無理やり発露する。
「たとえ薄かろうモブだろうと、シャンクは俺達を助けようとしてくれた。そんな恩人の存在を消すなんて、俺にはできない」
俺はシャンクに感謝の思いを、ちゃんと伝えた。
変哲もない日常の教室、平な雰囲気で伝えられた。するとシャンクの笑顔に半疑は消え失せ、真の明るさが全面に出る。
美しさや可愛さはないかもしれないが、生真面目なシャンクに似合う誠実な尊い笑顔だった。
「希鳥零名の分析に同意しよう。山井仲二郎、お前は優しい人間だ」
そうシャンクに言われると、俺は照れくさくて手で目元を隠してしまった。
もしこの発言がシャンクではなくレイメイであれば、確実に皮肉が込められているだろう。
だからこそ、何の皮肉も無く心の底から率直に、優しい人間だと言われることが、俺は照れくさくて仕方がなかった。
***
最後の授業を終えて、俺は教室を出た。向かう先はもちろんオカルト部の部室だ。
別に、何か用があるわけではない。もう事件は解決した。だからレイメイに相談する必要もないのだ。
けれど俺の足はオカルト部へと向かっている。なぜか?
友人である希鳥零名と会いたいからだ。
いつも通りな気持ちで部室の前に立ち、ドアを開く。
すると目の前には、全身を薄白い肌色で輝かせて足を組みながら椅子に座り、堂々と腕を組む、希鳥零名。
その視線は待ってましたと言わんばかりに俺を睨み、ブルーのメッシュを指でひと払いして勝ち誇っている。
俺は無意識のままそっとドアを閉めた。しばらく思考が止まり、状況を理解するとなおさら混乱した。
なん、な……なんでまた、レイメイが裸に……?
見間違いなのか。意図も理由もわからない。直接本人に聞くのが早いと思い、俺は再びドアを開ける。
するとそこには、パンツを下から着衣しようと両足に通す途中の、まだ真っ裸の希鳥零名。
だが先ほどとは顔つきが違い、目を大きく丸くして驚き、灰銀髪はわなわなと揺れて、顔面は真っ赤に染め上がっていた。
「ばかぁ!」
俺が急いでドアを閉める間際、そんなレイメイの叫びが聞こえた。その感情の露わしようと言ったら、特別とはかけ離れ普通に恥ずかしがる女子高生そのものだ。
さらにはドアの鍵がカチャリ、閉められる音も聞こえた。よほど入られたくないらしい。それはなぜか。恥ずかしいのか? あのレイメイが?
しばらく待つと、鍵も開けなおされドアもゆっくり開かれる。落胆しているレイメイが、俺を部室の中へとゆっくり歓迎した。
互いに席に着くころに、レイメイはひとつ「はぁ……」とため息を吐いた。
「ヤマイ、僕は特別ではなかったようだ。非常に悔しいし、残念な気持ちだよ」
単調に感想を述べて、頭を抱えるレイメイ。勝手に一人で自己完結しているようだが、振り回されるこっちの身にもなってくれ……
「俺には何が何だかわからないから、イチから説明してくれ」
「ふむ。ならば説明しよう。以前、僕は裸をヤマイに見せてしまったことで、羞恥心が薄いと自覚できた。その検証をより確かなものにしようと、今回はあえて自ら裸になりヤマイに見せつけてみたんだ」
「はあ……それで?」
「一回目、扉を開けられた時は堂々とできたさ。ならばよしと思い、服を着ようとしたらまたドアを開けられた。そしたらヤマイ、僕はなんと言ってしまったんだい?」
「恥ずかしがるように、ばかあって言ってたな」
「そうさ、意識的でない条件反射とはいえ僕は着替え途中の姿を見せたくなかった……つまり、僕の裸体に関する羞恥心は人並みから逸脱しないものだと結論付けられるのさ。ああ、ガッカリだよ」
そう言いながらもう一息吐いてレイメイは気落ちする。
変人レイメイは凡庸を嫌い特別を好む。そして特別を望み行動する。特別な人間になりたい、その思いを偽らず、恥ずかしがらずに見せつける。
劣った才能しか持ち合わせていない俺はせめてでも凡庸を目指そうとしていた。人並みで、平均で、どこにでもいる常識的な普通の人間になりたい。なぜなら、劣っているのは恥ずかしいからだ。
だがレイメイを見ていると、出来る悪さを恥ずかしる自分の姿が、一周回って恥ずかしくなってくる。
今までおこなってきた恥を恐れて行動する様が、今の俺には恥ずかしい。
「レイメイ、今度は裸じゃなくて服を着ようぜ。恥ずかしい服、メイド服とか」
「メイドふくぅ?」
俺の提案を耳に聞き入れたレイメイは、不愉快そうに曲がったような返事をした。
「原型であったピナフォアから時の流れと共にその姿を変形させ、二十一世紀においては本来の役割から大きく逸脱し、色気や情欲を煽るために着服をせがまれる、あの忌まわしき服装のことかい?」
悪意というよりも軽蔑の意を込めて、体を机に落としながらだれるようにレイメイは言葉を並べた。よほど好みに合わないらしい。
「そんなにメイド服を嫌がるのなら、着るのも恥ずかしいってことだろ? なあレイメイ」
「恥ずかしいというよりも、嫌悪だね。腐った食べ物が詰まったゴミ箱を被る気分に近い。しかし……いいだろう」
レイメイは姿勢を正し、そのまま椅子からも立ち上がり腕を振って意気込みを入れる。
「着てやろうじゃあないか。極限にまで布を削ぎ落し、露出度を大きくしてヘソを出し、隠す意味もないほどに短くしたフリルスカートで尻も見せ、欲情以外考えられないほど胸部を解放させ、もはや無意味にカチューシャを頭へ着けた、とびっきり恥ずかしいメイド服を着てやろうじゃあないか! 僕は欲しいね! その服が!!」
「おお!」
思わず俺は歓喜の一声が出たが、即座にレイメイによって人差し指を向けられ、仕掛けられた罠に気が付く。
その時に見せた、口を大きく笑みに曲げ、目を極限まで細め、見下すように瞳を向けた、レイメイの厭味ったらしい顔といったら、とてもとても楽しそうで……
「ただし、そのとんでもなく恥ずかしいメイド服を買ってくるのは……ヤマイ、もちろんキミさ」
そしてレイメイによるトドメの口撃が放たれる。
「覚えていないとは言わせないよ? あの時ヤマイは言ってくれたじゃあないか。僕が欲しいものを買ってくれるって、ね!!」
レイメイの人差し指は俺の額をほんのちょっと押すだけで充分だった。俺は絶叫をあげながら椅子から転げ落ちる。
「うがあああああああ!!!」
「くっくっく!」
レイメイは心底楽しそうに笑った。ああ楽しそうだ、楽しいだろう。
くそが。そんなドエロい女性用のメイド服、男の俺が買えるはずがないだろう。恥ずかしすぎる。想像するだけで気絶しそうだ。
だが、恐れてたまるか。俺は恥を恐れないと決めた。黒歴史を恐れないと決めたんだ。
"黒歴史を恐れるな。"
その言葉通りレイメイは語り狂い、今後も実演しながらその姿を見せつけるだろう。
"黒歴史を恐れるな。"
それがレイメイから俺に送られてきた、メッセージである。
黒歴史を恐れるな 夢ムラ @zinkey
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