12-2 


『ヤマシロの損傷、デウスシーカーの喪失を確認。以上をプロフェッサーに報告』

 設定されたプログラムが、機械とは思えぬ人に近い声でささやいた。

 プロフェッサー、教授と呼ばれたボサボサ髪の青薄白いシャツを着た人物は、ネクタイを締めながら重そうなまぶたで事態を把握する。

 男性なのか、女性なのかもわからぬ風貌を持つ端麗な人物。その目はおぼろげで、生気を感じさせない。

「神にも等しい万能の力を持っても、論理を超越することはできない、か」

 これといった期待も込めず、かといって落胆も見せず淡々とする白衣の教授。

 今まで起こったその全てが、教授にとって日常であることが察せられた。

「神が人智を超えるのならば、人に理解される必要はない。ならば、人は神を立証できない……自明だったな」

 白衣の教授が窓を開けると、部屋に光が差す。外には帰り道を歩く学生達。教授は彼らを眺めようともしない。

「証明の悦楽には、ほど遠い。だが……満足だ」

 部屋には、分厚い専門書が隙間なく詰められた、高価そうな本棚。置いてあるだけの観葉植物。整えられた机とパソコン。

 教授の部屋は突き詰められた理論と同じで、簡素で無駄がほとんどない。

『ヤマシロから、生成出力行使の承認が提出されています』

 ノートパソコンのモニターが青く光り輝き、その中で白い服を着た少女のドット絵が動く。

「簡略化を」

 教授はコーヒーメーカーからカップを取り出し、自身の日常を動かした。

 少女のドットはいくつかのテキストとグラフを並べ報告する。

『人間一人の生成、及び修正。建造物の修復。それから……』

「……些細過ぎる」

 教授は椅子に座り、気だるそうに腕を机に立てる。ボサボサ髪をさらに掻き毟り、モニターに対して興味を抱かない。

「可否を考えるのも無駄だな。われら"ジーニアス・フロッグ"にそんな話題を提供するとは」

『命令を』

「キミの自由にやってくれ」

『了承』

 白いドットはお辞儀をして消えていく。

「意思以外は全て情報……そう簡潔化しなかった時期が、私にもあったな」

 マウスを動かし、モニターにライブ映像を映す。それは拡大されていき、群青色の部屋を映し出す。

 様々な培養器と、立ち並ぶ三人の人物。

「彼らにとって私がどうでもいいように、私も彼らがどうでもいい……」

 教授は顔を机へ覆い伏せた。

「どうどもよい他人が幸せでもいいではないか。私にはまったく関係がないのだから……な」

 ぼそり呟き、教授は小声で歌を口ずさみ懐かしむ。

 そのメロディに抑揚はなく、棒きれのように流れていく。

「カエルの歌がー聞こえてくるよー。カエルの歌をー何故歌うー?」

 そのまま教授は目を閉じて、眠るように動かなくなる。

 机に置かれたコーヒーの白い湯気だけが室内へと溢れ出ていく。空間は続いた。

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