12 機械陰謀ゴッドキラー
真っ暗な空間に俺は落ち続けている。
現実ではないかもしれない。それでも感覚は下方への喪失を認識する。
ひと時経つと、衝撃も無く地面に落ちる。目の前には、いつのまにか人の影が浮かぶ。
その人影は学校の制服を着て、本を読んでいる。アルファベットだが、俺は無意識にドイツ語だとわかった。
ドイツ語と英語の区別などハッキリとわからないのに、だ。
人影はパイプ椅子に座っている。スカートを履いているから女性だろう。
短い灰銀髪は重力に反しながら横向きに、時たま彼女は青く染まった一本の髪の毛をいじる。
「キミは矛盾を感じた程度で、苦痛を嘆き叫ぶ人間なのかい?」
レイメイは俺からそっぽを向きながら本を睨み続け言った。
「そんなことでは将来が心配だよ。これから続く人生には、ありとあらゆる理不尽が待っているんだ。飲み込めなければストレスで過労死だね。"社会に出たら通用しないよ"」
それは確かにレイメイの顔で、レイメイの声で喋った。何事もなく、変なイントネーションもなく、普通に語られた。
夢の中で俺は答える。
「どうすればいい」
問いかけにレイメイは姿勢を崩さず答える。
「人間の力を見せてあげればいいのさ。機械に負けない強さを、ね」
その言葉を聞いて、俺は現世に戻った。
いささかの違和感は、感じないことにした。
***
あらゆる痛みは無くなった。何も感じはしなくなった。それでも俺は目の前を認識できる。
足は重く感じるが、動かせる。一歩踏みしめてみせる。
体中が痺れた。全身に電気が生えているような気分を味わい、もう一歩。
群青色の大広間に浮くデウスシーカーは目を開けて感心していた。
『妥当な結果だね』
小さい手を叩き、拍手を三回鳴らすデウスシーカー。
俺は彼女に向かって一歩ずつ進む。
「なんであろうと、お前はしょせん機械だ!」
一歩踏み出すごとに、痺れが全身を突き刺していく。刺激的だが悪くない。
「人間には心がある! 感情がある! 機械に負けない、神にも負けない力があるんだ!!」
言葉を出すたびに、しびれた唇が沁み響く。強く踏ん張り続け、もう一歩。
「人間を舐めるな!」
叫んだ刹那、デウスシーカーが指で虚構を払う。
なんでもないようなに、簡単に払うだけ。
その時、全てがなくなった。
今まで感じていた痺れも、重さも、まるで何もない。
さっきまで普通に歩いていたような、ケガもしていないような、至って健康な状態。
これは違う。俺じゃない。少なくとも、自然にはこうならない!
そして次にやってくるのは、鮮やかなどす黒い凡庸な特異的黒白グレー青赤のちっぽけ茨な全快竜的鳩のミゴマチ牛ハサミ……
「ぐがあああああああああ!!!」
俺は耐え切れず叫んだ。神の拷問が、また繰り返されている。
『私は知っている』
多い尽くす矛盾。あとはデウスシーカーの死刑宣告だけが、明快に聞こえるだけだった。
『アドレナリン等の分泌による感覚麻痺及び多幸感が、人間を強くすることを、私は知っている。神経細胞を操作すればホラ、元通り』
「があああああああ!!!」
『感情が高揚すれば何にも勝る? それは白痴な傲慢だよ。人間は神に勝てない、神にもなれない』
デウスシーカーは笑いもしなかった。
『人間が神になれないのであれば、人間以外の存在が神になる。それが私。アナタは所詮ただの人間。ただの情報』
苦痛であるような、ないような、とにかく耐え難い世界が俺を苦しめ続ける。
なにが、人間の力だ。そんなものは、都合のいい妄想だ。
レイメイという司祭を作って正当化した、俺にとって心地よい机上の空論、夢物語だ。
気持ちとか、心とか、気合とか、そんなものが神に通用するはずがない。
人は神に抗えない……。
そうあきらめた直後に、銃声が鳴った。
遅すぎる銃声だった。途端に俺へ襲いかかっていた理不尽は、全てかき消える。
「それならぁ、俺の出番ってわけだな」
黒獅子銃一郎はそうクールな美声でセリフを吐く。
理想の俺は、これみよがしと格好をつけて、拳銃をクルクル回しながらコツコツと自己主張する音を立てて歩いてくる。
俺の願望を叶える舞台装置が、やる気満々で起動していた。
「どうよ山井仲二郎、立てるか?」
黒獅子が差し伸べる手を俺は強く握り、立ち上がる。
「死んでないのが奇跡だよ」
「そりゃいい。いつでも奇跡は歓迎だ。毎日三食ご飯を食べる甲斐があったってもんだ」
黒獅子のニヤけ顔は止まらない。こういう奴だ。こういう風に俺が作ったのだ。
『驚くね。著しく逸脱している』
デウスシーカーの姿に弾痕のようなひびが入っていた。
黒獅子銃一郎が放った銃弾の傷だ。凄まじい威力なのかデウスシーカーの動きもなんだかぎこちない。攻撃が明らかに通用していた。
「これでも神殺しだからな。ブラジルに住む蝶よりは影響がありますぜい?」
『修復は可能』
デウスシーカーに張られたヒビは、徐々に揺れながら、その形を変えていく。それらが全て直った時、再び力を戻すことが予想できた。
「おう俺よ。もう一度撃てばヤツをやれる気がするんだが、いかんせん俺の早撃ちは遅くてね」
黒獅子はそう言いながら両手でリボルバーを握る。
既にその姿なら発射可能であるはずだが、コイツは撃てない。何故なら、そのように俺が設定したからだ。
「五秒稼いでくれ」
黒獅子銃一郎は難ありげに微笑む。
五秒稼ぐ? どうやって? 神にも等しい万能の存在にどう稼げる?
「頼むぜ、なにもない今の俺、山井仲二郎よ。俺にできないことをやってくれ」
理想の自分は俺を頼った。
そんな時に、俺の脳ではレイメイの姿がまた映し出されていた。
空虚な何もない空間に、一人踊り狂いながら話し続ける変人レイメイの影。
哀れなことだ。さっきからいつもいつも、レイメイのことばかりだ。いい加減うざったらしいではないか。
死なせたばっかりに囚われて、追いかけすぎだ。妄執や信仰の類だろう。アホか。恋でもしているのか。
恥ずかしい。レイメイを特別視しすぎる自分が、恥ずかしくてたまらない。
だが、その恥を恐れることはない。
「わかった」
俺はデウスシーカーの前に立ちふさがる。
白のキャミソールを着た真顔の少女は、時たま映像のブレやモザイクがかかり、その姿を希薄にしている。
彼女と俺の目が合うと、再び矛盾がやってきた。余分と不足が両立し、時間が進んで戻っていって、希望も絶望も感じ始める。
耐え難い。だが、五秒だけだ。五秒だけ耐えろ。
神経を動かし、電気信号を伝達させ、感覚を自在に操る、誰でもできることをすればいい!
俺は手のひらかせ、指を揺らし話し始める。
希鳥零名を、その生き様を目指して演じていく。
全てが恥だが、やらねばならぬ。
「神が万能であるならば、あらゆることが可能だろう!」
ひとつ回り、足を右手前、左手を平らに構え右手で払う。
「ゆえに今から行われる実験も、論理的証明を行う一過程であり、さして不思議なことではない!」
独特な音程を持ち続け、特に意味の無い熱弁を振るい、デウスシーカーを引き付ける。
デウスシーカーは何も発しないまま、自身の存在を揺らめかせ止まったまま動かない。少しばかり、俺を見つめるだけ。
刹那、神殺しの銃声が鳴った。俺は言葉を最後まで語り切る。
「さあ証明しよう! 神が真に万能であるならば、時に死ぬこともできるだろう! 死なねば万能とは言えないのだから!」
俺は右手をデウスシーカーへと前に振り切り、演説を終える。見事に五秒オーバー。十分すぎる時間を稼ぎ、デウスシーカーに神殺しの弾丸は命中した。
デウスシーカーの姿に大きな亀裂がひとつ、またひとつと現われ出る。
少女の姿を保ったまま、空間か裂ける。切れ目から黒い虚空と緑色の文字列が映りだす。
次第にその数は多くなる。体育館ほどの部屋を埋め尽くし、エラーを警告する黒の画面と緑の英文だけが降り注ぐ。
そして最後、それら全てが止まった。
群青色の部屋から怪しさは消え、人智を超えた存在は、薄っすらと見えなくなっていく。
デウスシーカーは動かなくなった。
俺が捨てた恥ずかしさは、なんとか神を倒すことに貢献した。
***
「なん……だ?」
状況に追いつけないシャンクが、首を左右に振りながら必死に理解しようとしていた。
デウスシーカーの停止によって、動かなくなっていたシャンクもようやく解放されたのだ。
「先に解決しちまったぜ、お寝坊のお姫さんよ」
黒獅子が馴れ馴れしくシャンクの肩をポンと叩いた。
すぐさまシャンクは黒獅子を斬りつけ捌く。しかし、黒獅子が軽薄に笑いながら避けるほうが速い。
「まだ解決してないことがある」
そんなおふざけを俺は言葉で制止する。
「世界はまだ、元に戻っていない。そしてレイメイも元通りじゃない」
「元ってのはなんだぁ?」
唐突に黒獅子が俺に理屈を語り始めた。
「どこからが元なんだ? 原初から存在する人間が居ないことが、元通りなのか? 生息地域を広げる人間の行いは、動物的自然と矛盾しないだろうが」
「何が言いたい?」
「お前が通したいわがままは、わがままって言ったほうが潔いんだよ」
黒獅子は俺の額を痛まないように指で弾いた。
「いいじゃねえか。ガキ丸出しの願望を持ってもいい。健全だろうが不健全だろうが、お前の本能はお前にとって大事なはずだ。ま、俺には大事じゃないがね」
黒獅子は、親しい友のように俺の肩を右手で抱き寄せる。
「お前のわがままは、なんだ?」
わがまま、か。
わがままなことを言ってはいけません、と何度言われたことだろうか。
わがままな思想を持ってはいけないと、思い込んでいた。だから、あの手この手で自分がやる事を「わがままではない」と言い張り、正当化していたのだろう。
「争いの無い平和な世界と希鳥零名」
俺は自分のエゴをエゴとして発露した。
なんだかスッキリする。自分の思いを何の補正もかけず吐き出した、清々とした感情。こんな気分は久しぶりだ。
「いいね」
そう一言告げて黒獅子は親指を突きたてた。そのまま下のガラス床を指差す。そこには地下穴に伸びる機械の塔。
「探索して見つけた資料から察するに、超弩級複合型量子計算機"ヤマシロ"は無事だと思う」
「どうして?」
「機械や部品達には神になろうとする意思は無い。"神になれ"という指令を出すのは別で、それはプログラムだ。俺はそれしか壊していない」
万能の力は機械に宿っているが、力を行使する意思は別であり、黒獅子はそのプログラムだけを破壊したのだろう。
「ハードウェアとソフトみたいなものか」
神さえ再現するゲーム機は色々なソフトが遊べる。その中でデウスシーカーという神になろうとしたソフトが起動していただけだ。
「ソフトだけが破壊されても、万能に近い力を持つ機械はまだ健在ということか」
「だがその利用は相当難しいだろうな。神の力を行使できるプログラムなんて、聞いたことがない」
「黒獅子は作れないか?」
「お前な。宇宙空間を含めて考える座標位置はヤバイんだぞ。地球は自転しながら宇宙を移動してるんだぜ? それらを計算するだけで怖気が走るね。コーヒーカップを作って置くだけで難しいだろ」
プログラムのことはよくわからない。だが黒獅子が言うのなら厳しいのだろう。
「残ってるデータの残骸を修復するしかない。その間にお前は文章でも練っとけ」
「……文章?」
「文章を現実化させることが容易いのは、証明されてるだろ? 続きを書くんだよ」
黒獅子はポケットからペンとメモ帳を取り出し、俺に投げつける。
……待て、続きとは? 俺に黒歴史小説を、LDWTの続きを書かせるということなのか?
「いやいや……いや、待てよ?」
俺は慌て自分にささやく。
そうとも。何が黒歴史だ。恥ずかしいなどと言ってはいられない。
前に恥を晒すことをためらって、失敗したじゃないか。その結果レイメイが死んだではないか。
ならば、思いっきり恥を晒すようなモノを書いて、レイメイを救おう。
それが一番、贖罪になる。
そう思って筆を取ると、心配事が浮かび上がる。
「レイメイを復活させても、それは生き返った第二のレイメイで、最初のレイメイではないのでは……?」
「ごちゃごちゃ考えるのなら、全部思い通りに書け。お前は作者なんだからな」
それも、そうか。
わがままに、全部自由に書こう。
俺はペンをカチリと鳴らす。
黒歴史を恐れず、考えた。
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