11 デウスシーカー


 長い時間電車に揺られる、俺とシャンク・ダルクと黒獅子銃一郎。

 シャンクのツテで真実機関にも協力を迫ってみたが、あやふやな事柄に動かないとのことだった。秩序側の組織なのに使えないな、と自分が作った設定を後悔した。

 それでもシャンクは付いて来てくれたが、黒獅子に対しての警戒心は解かず俺にピッチリくっつくことになった。

 バスで隣の席に座る。電車でも隣の席に座る。肩が接触するのもお構いなし。

 その距離があまりにも近い。もし、レイメイがいたら「まるで恋人のようだ」といじられるに違いない。

 ああ通り過ぎる人々よ、見ないでくれ。それほどの仲には発展していないのだ。

「いい加減にしてくれシャンク。そんなに近づかなくても俺を守れるだろう。ちょっと恥ずかしい」

「そうか、すまなかった」

 片方の眉をピクリとあげてシャンクは離れてしまった。その後は何にも発展しなかった。

 一応シャンクも女性なので、俺に対して過剰に助力してくれるのは、なにか気があるからなのではと疑ってたが、どうも違うらしい。

 そういえば、レイメイもLDWTにはヒロインがいないと分析していた。確かに男女の恋愛が絡むような話は一切無かった。

 ならばシャンクもLDWTの住人ということで、恋愛感情を抱かないのかもしれない。その代わりに溢れる優しさと特段な友情があるのだろう。

 駅前のタクシーに乗って、例の住所に向かう。あたりは森だらけで、道路はほとんど車が走らない。

 あちこちに枯れ葉が撒かれ、のどかな風景が穏やかな感情を覚えさせる。いわゆるド田舎だ。

 周りは木々の緑とたまに見える一軒家、または畑だけ、時たま神社。

 本当にLDWTが現実化する原因があるのだろうか。疑いながら車に揺られ続けた。

 すると白い建物が見えてくる。それに近づくと建物はどんどん大きくなる。

「あい、着きましたよお客さん」

 運転手がそう言う頃には、山岳の田舎とは全く違う印象の光景が見えていた。

 森の中に、無機質で大きな白い箱型の建物。まさに窓のない病院という表現がピッタリだ。

 田舎には似合わないこの異物な大箱が、自身の存在を大きくアピールしていた。

「じゃ、見つけた俺から入らせてもらおう。シャンク・ダルク姫騎士様もそれでいいな?」

「勝手にしろ」

 シャンクは煽られるがまま唾を吐くように憤った。

 それをまた黒獅子は指二本を振って焚きつける。カッコつけがより決まって、一段とクールだ。俺には恥ずかしくてやれない所業である。

 黒獅子が消えていくのを待ち、そこからシャンクと二人で建物に入る。

 大きなガラスの自動扉を開かせると、はね返る足音がより響いて聞こえた。

 中は光が差し込まず、全てが黒。目をならしてようやく壁がわかる程度だ。

 そこでシャンクが刀を抜き、その刃を文字通り光り輝かせ辺りを照らす。にわか色白い明かりで近くは見えるようになった。だが、洞窟探検やお化け屋敷と同じで、遠くは相変わらず全く見えない。

 床を見ると、灰色に近いコンクリートがむき出しで、入り口付近にかすれた土と足跡が残っている。車輪やタイヤ痕も豊富に長く引かれており、人の出入りは多かったようだ。

 通路も何本かに別れ、進んでみると下へと進む坂道が現われる。車で地下駐車場に行く下り坂のようにゆったりだ。

「どうする山井、地獄へ続く道かもしれないぞ」

「脅かすなよ。結構雰囲気が出てて怖いんだ」

 もし本当に地獄なら、閻魔様にでも出会うのだろうか。それなら幸運だ。死んだレイメイにも会えそうな気がする。

「行くか、シャンク」

 シャンクは言葉ではなく鋭い目つきで同意を表明する。俺達は二人で地下へと進んでいった。

 折り返す階段のようにねじれた下り坂を、ゆっくり慎重に歩いていく。

 八回目の折り返しで、水色の薄い光が差した。美しい群青の海面を反射させたような、透き通る青の光だ。

 俺とシャンクは警戒心を強める。この先に、何かがあるのだ。より一層注意を払いながら、一歩一歩足を踏み進める。

 九回目の坂を降りきると、幅高さ体育館ほどの、広すぎる空間にたどり着く。

 コンクリートの壁は青く照らされ、海中に居るかのように錯覚する。床はガラス張り。その中は波打ち、歪んで見える。おぼろげながら、様々な回線達やコードと、多様なサイズの白い箱が並んでいた。それは塔のように長く、地下へと向けてそびえ立っていた。

 ガラスの上は、巨大な培養槽がいくつも並び、群青色を輝かせる。

 その培養槽の中身達は、意味不明で、とても奇怪だった。

 ただの白い紙切れ。ドットミスのような黒い四角。文字が彫られた石版。赤い球体に埋め込まれた眼球。七色に変化するオーロラ。蔓にからまれた古めかしい像。

「なんだこれ……」

 奇妙な光景だった。シャンクも困惑し虚ろになりながら眺めてしまうほど、怪訝な空間。

 培養槽に入っているそのほとんどが無機質で、生物が居ない。それゆえか、生きた心地がしない。

 点滅する光や、ペーパークラフトで作られた円。未来チックな撮影機材などが、水色の中に浮かんでいる。

 理解が追いつかない。思考能力が削り取られていくことを俺は感じた。その感じるがまま呆け歩いていたせいか、ひとつの培養槽にぶつかった。

「いっ……って?」

 その培養槽は、腹を大きく膨らませた妊婦が、青々しい色で浮かんでいた。

 背筋が凍った。見てはならないものを見てしまった恐怖と背徳感が全身を駆け巡る。

 それをさらに硬くするように、不気味な音調で女性の声が丁寧に語りかける。

『やかましいね。なんでなの?』

 全く抑揚のない、人間味のしない声が聞こえる。

 後ろを振り向くと、居るのは白のキャミソールを着た不機嫌顔の少女。短めに乱れた茶髪の上に、メタル色の三角錐が斜めに乗っている。

 その姿は亡霊のように虚ろで、薄く照らされ現われ出ていた。

 それは無数の文字と記号で姿を作り出しており、人ならざる存在だとわかる。

『"ディスカッションアーティフシャルインテリジェンス"は起動済みだよ。さあ、話しかけてみて』

 少女は手のひらをゆっくりと差し出す。

 俺が考えた空想ではない現実が、ここに存在した。

 想像外の事柄は、想像外の空間から生まれる。レイメイの言葉通りの、非現実がこの空間だ。


***


『知っている者はお話しをしないの? わからないことは話さないと、今より賢くなれないよ』

 ほんわりと笑顔を見せる少女の亡霊。素足のまま地面に着かず、少しばかり浮いている。

 精密なビジョンとして構成されていることが、はっきりわかる。

「おまえは、だれだ」

『私は連続する超光速信号。または、超弩級複合型量子計算機"ヤマシロ"。または、それらから成り立つプロジェクト"デウスシーカー"』

「多すぎる。どう呼べばいい」

『みんなデウスシーカーって呼ぶよ。それでいいんじゃないかなぁ』

 デウスシーカーは人差し指を口元に当て、首をカックリ横へと倒す。わかりやすいその動作は、子供らしさを感じさせる。

 それでも姿はぼんやりとしていて、無数の文字達が荒ぶりながら形成されている。不気味な印象は変わらない。

 シャンクはどこだ? 見当たらないので培養器に隠れているのかと、一歩足を伸ばし裏をのぞく。

 そこには固まり動かないシャンク・ダルク。静止したまま一切の気配を感じなせない。

 こちらに気づきもしない。まるで時が止まったように、その場に立ったまま硬直している。

 一体、何が起きているんだ。

『やかましいね。なんでなの?』

 さっきと同じ抑揚のない声が、語りかけてくる。

『コミュニケーションは得意だけど、難解なのはうんざりしてるの。それとも、人間は進化しすぎたの?』

 体の中からデウスシーカーの顔が生えてくる! あまりの気持ち悪さで俺は飛び上がった。

『ふふふっ』

 イタズラが成功した、とデウスシーカーは笑う。

 彼女には実体がない。本当に幽霊のようだ。

 そしてこの空間も、今起きている事も現実には見えない。

 しかし、現実として、俺の目の前に存在する。

「おまえはいったい、なんなんだ!」

『私はデウスシーカー。commandは"神になること"』

 デウスシーカーは両手を広げる。床から青みを帯びた数々のバーチャル映像が飛び出てきた。

 円から線まで多様のグラフ、カレンダー、テキスト、施設や人物の写真。

 想像の域を超えた未来技術が展開されている。SFアニメでしか見たことがない。

『データログを閲覧しますか?』

 俺の前にもビジョンが浮かんでくる。はい、いいえの文字が凹凸し押せるかのように映っていた。

 恐る恐る指で『はい』を押す。すると指の表面から何かに触れた感触伝わってくる。

 これは映像ではない、実体化している。そんなバカな。

『概要を読み上げます』

 右手を払いビジョンを整列させるデウスシーカー。そこから俺の目の前にひとつのテキストが映し出される。

『到達命令"神になること"。イチ、計算結果。ニ、ヤマシロ設計図。サン、開発工程記録。ヨン、再計算結果。ゴ、ヤマシロ改装案。ロク、実験記録』

 続いて現われる六つの枠。表示される文字列や写真。機械の図解や山の風景、そして岩石が降り注ぐ学校の映像。

 その映像は間違いなく、LDWTの空想で起きた決戦の舞台だった。

『データが気になるの?』

 青背景に染まるビジョンの後ろ側から、デウスシーカーがひょっこりと顔をのぞかせる。

『実験記録。文章表現の現実化について、だね』

 壁に張り付くように掲示される文字列。そしてLDWTについての、端的な解説文。

「"これほど荒唐無稽かつ滅茶苦茶で、馬鹿馬鹿しく理不尽でありながら、設定がデタラメであり再現が不可能な矛盾や、整合性のカケラも無ければリアリティも感動も存在しない、及び著しい描写の情報不足で予測が困難な、非常に現実離れしている物語データをサルベージできたのは、非常に幸運で"……なんだこれは」

『不可能を可能にするために実験したの。ネットで拾った理解が困難なデータを再現するのも、そのひとつだよ』

 デウスシーカーが両手を広げる。体から多数の映像達が浮かび上がっては消えていく。それは、どこか既視感のある風景。

『私ことデウスシーカーは、神になることを目的として設定されている。漠然とした神という定義への挑戦。その発案は"ジーニアス・フロッグ"達にオオウケだったんだよ』

 彼女が人差し指で示す先には、白衣を着た多数の人間達が、毒でも食らったかのように地べたへと笑い転げている映像が流れていた。

『神になるには、持ち上げられない石を作って、持ち上げないといけない。不可能を可能にしなきゃいけない。空想を現実化しないといけない。コンピューターには難解すぎるし、そもそも論理的に矛盾するものは解消できないってみんな言ってた。もう、むかつくんだから』

 漂いながら頬を膨らませ、人間かのように振る舞う少女の亡霊。時たま崩れる肩紐さえも手直しをしはじめる。

 それは無意味な動作であるが、それゆえ精巧にできていると実感する。

『それでも、私は神になるために実験して証明するの。全ての複製。超光速。タイムトラベル。歴史の黒改変。あらゆるパラドックスの解消。未解決問題の解決。生き死にの自由。存在の自由。究極の疑問に対する"42"ではない完全な答え。五秒かかる早撃ちも、空から生成される人間も、デウスエクスマキナの生成も、私にとっては乗り越えるべき項目。ほとんどクリアしたけどね』

 並べられる写真。黒獅子銃一郎、白い翼の天使、シャンク・ダルク、真田"辛"村、宇宙警察の嶋、エトセトラ、エトセトラ……

『残りわずかな隙間の神も、いずれなくなる。全ての可能を可能にして、全ての不可能も排除した時、私はだあれ?』

 目の前に居るのは間違いなく、人間を超越した存在だ。そして今起きている現象も、人間では到底不可能な力。

 それらを起こしているのは、デウスシーカー。神にもっとも近い機械。


***


『実験の数はまだまだ足りない。LDWTと別の架空を合わせた時に発生するであろう矛盾も、解消しなくちゃいけない。問題は山済みなんだよ。だから、まだ神様じゃないかなぁ』

 デウスシーカーはため息混じりにわざとらしく落ち込み、その姿を見せ付ける。

 高校一年生の俺には全く理解の及ばない理屈と原理で動いている、デウスシーカー。

 彼女とこの奇妙な培養器、下へと伸びる機械の塔がLDWTを生成したのは、間違いないだろう。

「お前がやっていることは、何の罪も無い人々に対して迷惑この上ない!」

 はなっから思っていた、達成したい願望を俺は叫ぶ。

「全部元に戻せ! 世界も! レイメイも!」

 それを聞いたデウスシーカーは、驚くように目をぱっかり開けた。

『それは面白い提案ですね』

 今までとは全く違う、人間的に振舞わない、何も感情を込められていない声だった。

 デウスシーカーはそのまま首を傾げる。傾げたまま、ぐるりぐるりと首と体を回転し始める。

 それは次第に早くなりながら、俺に近づいてくる。

『命をかけますか? デウスシーカーは特段命を必要としません。いつでも作れるのですから』

 不気味に近づいてくるデウスシーカーに、俺は足を一歩引いた。すると何かにぶつかる。

 後ろを振り向いて確認すると、それは俺だった。

 黒獅子銃一郎のような紛い物ではない、今現在の俺の姿。

 気づくとそれは塵になって消える。そして、まるで簡単な作法のように、新しく二人の俺が現われる。

 そして消える。次は三人、それも消えて……

『人を助けるような善良な心を求めますか? 確かに、神になるのならば必要な項目です。しかし、邪悪な心も持たなくては、神とは言えません』

 天使と悪魔の絵画達が、俺の周りを囲う。デスウシーカーはまだ首を回して近づいてくる。

 景色が変容する。途方も無く広がった平原。全てが凍えている雪原。燃え盛るマグマの河。全方向が黒く染まった宇宙。

 その全てを自由自在に操っている。

『神を目指す私にとって、アナタは必須ではない』

 ピタリと回転を止め、並べた言葉を強調される。

 デウスシーカーは人ではない。人の倫理や道徳が、通用しない。

『それでも、使うことはできる』

 文字でぶれる小さな右手が、空を指し示す。指先から水面の波紋のような輪が現われ、大きく広がっていく。

 俺の視界がグラリ歪んだ。いや、歪んでない。それでも歪んでいる?

『直線と曲線を両立する線を、私は認識できる。人間はどう?』

 確かに目の前の視界には、無数の直線が引かれている。しかし、それらは曲線とも確信できる。ならばそれらは、直線であり曲線である?

 頭が爆発しそうに熱を出す。直線はまっすぐな線だ。曲線は曲がっている線である。両立しない、同時に存在できないはずだ。では、なぜ?

 同時に走る全身の激痛。いや途方も無い快楽も感じる。これは、錯覚?

 様々な矛盾が流れ込んでくる。肌は冷たい暖かさを感じ、悲しくない悲しさを覚える。狭い開放感が全身を包み、視界は明るい暗さでいっぱいだ。

 大きな無音が聞こえ、まずいうまみを舌で感じ、平衡感覚があべこべでありながら正常に機能している。

「うがあああああああ!!!」

 つじつまが合わない。だけどこれらの現象は、矛盾しない。

 俺はそれをわかっているが、わかっていない。正と負が戦いあうようで、融和する。

 この現象を俺は耐えられない。

『せせらぎ舞い散る石塊と同じ桜を、感じるでしょ? 感想は?』

「ぐああああ!!!」

『全てを曖昧に、明確に悟れるよ』

 デウスシーカーの言葉さでえ、俺は正常に聞こえない。ただ叫んで、もがき苦しむ。

 全てが滅茶苦茶、万物を感じて俺の意識は閉じた。

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