10 虚実幻想リアリティ


 部屋の扉を開けると、黒マントを纏い、長い赤髪を揺らすシャンクが刀抜いて構えてるのだから、もーこれはビックリだ!

「どどどうした!?」

 どもる俺に対して、シャンクはピクリともせず静止し続ける。一瞬窓に目をやってから、ゆっくりと刀を鞘に納め、警戒を解いた。

「黒獅子銃一郎がまた現われた。そして消えた」

 シャンクは軍人のように感情を込めず、端的に状況を説明する。

「何を考えているか、さっぱりわからない男だ。気をつけるに越したことはない」

 そのまま床に座り足を組むシャンク。俺の部屋なのにづけづけと自由だ。

「なんだ? パンツでも見ようとしているのか? 生憎スボンだ。残念だったな」

「いや、そんなことは微塵も思ってないから」

 シャンクなりの気の利いたジョークなのだろうか。俺は性欲皆無なので、そんな深夜放送されるライトノベル展開を欲していない。だって、そういうの恥ずかしいだろう。もう俺は高校生なのに、なにがパンツだ。見聞きするこっちが恥ずかしくなる。

 俺はわざと咳払いをして、話しの方向を戻させる。シャンクも一息吐いた。小さく「つまらん」と聞こえた気がするが、聞かなかった事にしておく。

「真田"辛"村は討伐した。戦闘を感知した真実機関の仲間が遅れてやって来てくれたからな。学校は荒れ果ててるが大丈夫だろう。死人は……一人で済んだ」

 シャンクは事の経過をいいニュースとして伝えてきた。LDWTでは決着がつかず真田"辛"村が生き残ってしまう。それよりかは遥かにマシな結果だ。

「希鳥零名は死んだ」

「……言わなくてもわかってる」

「辛くはないか。私が山井を監視していてる時、希鳥零名とは相当仲が良かったように見えた」

 シャンクはそう評した。見かけはそう見えるだろうな、と俺は思った。

 最初の出会いはオカルト部で、アイツは裸だった。そこから一緒に下校して家まで行く。次の日も踊り語るレイメイと出会って……

「まるで恋仲だ」

「それは絶対に違う」

 シャンクにそう表現されたので、俺は真っ向から否定した。

 恋心は絶対に持っていないと認識している。偽りなく恋とは違うとわかっている。

 人に恋したことはないが、まだレイメイとは友情の段階だろう。

「山井、お前はレイメイが死んだ後、とても泣いていた。それは泣くほど大切な存在を、失ったからだと私は推測している」

 シャンクはそう指摘する。

 大切か。それは奇妙だ。出会って一週間も経っていないのに、失うと俺は泣くほどにレイメイを評価していたのだ。

 あの変人のどこがよいのだ。一人で楽しげに草木達へと話しかける馬鹿だぞ。

 だが、その馬鹿に、俺は色々と貰いすぎた。

 ライトノベル的油塗り現象。言葉にすることもないほど信頼している天井。理想的相思相愛の定義。無償の愛が怖いこと。人生の意味などないこと。

 それらを並べてくれる会話。コミュニケーションが行える喜び。

 俺にとって生まれて初めての友達。俺はレイメイから特別な感情を、貰っていたのだろうか。

 レイメイは特別な人間だ。それゆえ、特別な思いを寄せても、不思議はない。

「心配するな。今は立ち直った。また落ち込んだら、その時も泣いてやるさ」

 俺はシャンクの心配を振り払う。

 シャンクは一度目を閉じ、少し頷くと鋭く目を開く。

「ならば山井、お前に聞こう。恋仲ではない希鳥零名は死んだ。お前はどうする?」

 シャンクに問いかけられた。この手の質問は、レイメイにもされた気がする。

 LDWTが現実化した。黒獅子銃一郎が現われた。シャンク・ダルクも登場した。

 レイメイと出会い、話し合い議論を進めて、真田"辛"村の登場と俺のミスによって、レイメイは死んだ。

 それらの要素を加えて考えて、改めて自覚する。

 俺の方針は変わらない。

「どんな手を使ってでも元に戻したい。世界も、レイメイも」

 レイメイはまた、共感できないと笑うだろうか。

 それでも構わない。俺は普通に憧れる。レイメイは特別に憧れる。

 俺とレイメイはそもそも、違うのだから。


***


「元に戻す、か。それを私の前でも言うのだな」

 シャンクは厳しい目つきなりながら、言葉でも睨みを効かせる。

「たとえ虚ろであろうと薄かろうと、元が幻想であろうと私達は今を生きている。生半可に死を許容しないだろう」

 鞘に収まる刀の握り締め、半ば脅す構えだった。

「それでも幻想には違いないだろ。LDWTは現実を考えない、俺の傲慢な理想だ」

「子犬を捨てる人間は、人という立場を利用して子犬の気持ちを無視するものだ。いや、子犬ではかわいすぎるな。害獣とでも言うべきなのか?」

 シャンクは唇を曲げて苦笑う。

「害獣か。その表現は似すぎて困るな」

 いわばLDWTの住人であるシャンク達は、在来種を脅かす外来生物だ。

 外来生物は人間のエゴによって勝手に連れて来られ、勝手に捨てられる。そして勝手に駆除される。外来生物自身に罪はないのに、だ。

 その身勝手は人間の立場が強いから可能なわけであって、シャンク達が強ければ勝手は許されない。

「大丈夫だシャンク。俺は普通の人間だ。全部思い通りにはできない」

 そう告げるとシャンクも息を吐き警戒を解く。そんなことをイチイチしなくても、一瞬で俺を殺せるだろうに律儀な人物である。

「だが、どうしてLDWTが現実化したかは、俺は気になる。現実化できるなら、他の物語もできるはずなのに」

「……また別の空想が現実化するのならば、たまったものではない。それを止めるのは私も同意する」

 俺とシャンクは同時に頷く。これ以上幻想を現実に持ち込むのは危険だし、そんな横暴は許したくない。

 現実化についてはもう一度、考え直すしかない。

 俺は腕を組んで頭を下げつつ、髪の毛を手でひっかきまわす。

 動機は予測不能だ。これは考えるだけ無駄である。真に考えるべきは現実化に至る過程、トリックの解明。もしくは犯人は誰なのか、である

 そして、全ての不可能を可能にする神が居ないのならば、LDWTの視認及び読了は必須条件だろう。

「ならアクセス履歴を辿れば……」

 俺は小説投稿掲示板にログインして閲覧履歴を遡った。見ればレイメイやシャンクと思しきアクセスもカウントされている。

 そして数日前に、まさに俺の高校生活一日目にもアクセスがあった。

 しかも、全ての話数を見ている。ネットでアップされているLDWTを読了した初めてのアクセスだ。これが犯人に違いない。

 だがIPアドレスが辿れない以上、特定は難しい。ハッキング能力に長けてなければ無理だ。そんな技術は俺に備わっていない。もちろんシャンクにも。

「ハッカーの力を借りないと無理、か」

 ダメだ。どうすることもできない。力が足りない……

 そう思った矢先に、窓がイビツな音を二度叩かれた。

 普段はしない音に俺は反応し、シャンもは即座に立ち上がり刀まで抜いた。

 窓の向こうには、木の葉を被った黒獅子銃一郎が立っていた。窓のロックを指差して「開けてくれ」と頼んでいる。

 シャンクは俺を庇うように足を開いて刀を構えたままだ。俺はそのシャンクを避けて窓に近づく。

「俺が開けるよ」

「正気か!?」

 動揺を隠さずシャンクは叫ぶ。

 黒獅子銃一郎はかけ離れた存在だ。今の俺とは全く似つかないキャラクターである。

 それでも、仲良くなれる可能性はある。同じ変人、希鳥零名が教えくれたことだ。

 前にシャンクは黒獅子を爆弾だと例えたが、レイメイという爆弾が爆発しなかったのを俺は知っている。

 三日月のクレセント錠を回し、窓を引いた。それを見た黒獅子は靴を脱いで屋根に添え、スルリと入ってきてくれた。

 それでもシャンクは立ち塞がり、警戒心を強くする。

「おんな、俺がそんなに怖いか?」

「狂った人間ほど怖いものはない。黒獅子銃一郎、お前もな」

 シャンクは断言する。

「大丈夫だシャンク、黒獅子銃一郎は俺を殺しはしない」

「どうしてそう言える?」

「コイツは俺を二回も助けた」

 一回目は夜の住宅街、二回目は岩石が降る学校。俺はその両方で黒獅子に殺されるどころか、助けられている。

「偶然だ。狂人が理由もなく気まぐれに助けただけだ」

「いや理由はある。似た顔の人間に死なれると夢見が悪いから、だろ?」

 そう言うと黒獅子は鼻で笑った。俺が描写してしまったした痛々しいジョークが通じている。

「正解だ」

 呟きながら銃も回さず、黒獅子は部屋に馴染むように座った。シャンクだけが取り残され、不服に警戒を解かないでいる。

 しかたがない。他人が聞いたら理解を示さない、友人にしか通じない奇妙なジョークとノリが、昔の俺は好きだった。

「用件を言おう。空想が現実化する話にひとつ、手助けしてやろうと思ってな」

 黒獅子はパソコンのモニター画面を指差す。

「LDWTはネットに公開されているんだろう?」

「お前、知ってるのか」

「フッ、俺はお前だぜ?」

 ええい、イチイチかっこうつけて反応するんじゃないよ!

「小説にアクセスした者は誰なのか、特定するのは並ではいかない。そこで、この俺の出番ってわけだ」

 黒獅子はニヤリ笑う。なんだか嫌な予感もする。

「なぜならこの俺、黒獅子銃一郎は普通の高校生でありながら、さまよう家なき旅人であり、あらゆる情報を網羅する探偵でもあり、仕事を完璧にこなす殺し屋でもあり、凄腕のハッカーでありながら、巧みな話術で人の心を読む心理学者でも……」

「やめて! 言わんでいいから!!」

 黒獅子銃一郎は俺の理想が強く影響しているので、俺がなんでもできる万能の神様になりたかったということが、偽りなく聞こえる。恥ずかしい。妄想だけにしてくれ。

「そもそもお前、考えがあるのになんで俺のところまで?」

「フッ。家なき旅人に家はなく、パソコンもないんでね」

「使わせろ、ということか」

 そのまま黒獅子を押してパソコンを触らせる。

 カッコイイという理由で憧れはしていたが、プログラミングやハッキングは全く勉強しておらず、さっぱりわからない。任せよう。

「せいぜい酔いしれるんだな」

 黒獅子は物凄い勢いでキーボードを叩き鳴らす。黒い背景にキツめな緑色の文字達が猛スピードで上へとスクロールしながら波模様を作っている。

 ハッキングがそういうものだとはわかるが、中身関してはさっぱりだ。

「出てきたぜ」

 モニターに表示されたのは航空写真。周りが木々の奥深い緑で染まり、ポツリポツリと一軒家が立ち並ぶ田舎。

 山梨県甲斐市神戸。LDWTを現実化した神の居場所は、そこだと示された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る