Appers -アッパーズ  同僚

「戻りました」

新しい取り扱い物件から戻り事務所のドアを開けた。

「お疲れ、ツルちゃん」

上司の山鹿店長が笑顔で迎えてくれた。

鶴子はこの笑顔が好きだ。

抜けるような白い肌は外回りをしている営業マンと思えない。

そして吸い込まれそうな大きな目を細めてニコリとされると誰もがキュンとしてしまうに違いない。

そういえば、昨年転勤した櫻田店長も山鹿店長の事を「カッコイイ」とか「羨ましい」と言いながらじゃれていたと懐かしく思う。


「ツルちゃん、名刺が届いてるよ」

出来上がった名刺を手渡された。

「あ、良かったです。もう少なくなってて」


MORIホーム

不動産部 もりや不動産


営業担当 島津 鶴子


お洒落なオフィスが気に入っていた設計部から、不動産部に移動を命じられて3年がたった。受け取ったばかりの名刺を早速、名刺入れに押し込んだ。


「戻りました」


事務担当の渕上育子が新しいショルダーバッグを肩にかけて戻って来た。

お洒落なミニタイトスカートからスラリと伸びた細い脚には黒いパンプスが似合っている。

「あー、郁子さんバッグが可愛い」

今朝、見かけたショルダーバッグと違う事に気づいて駆け寄った。


「ふふふ、素敵でしょ」

「これCOACH《コーチ》ですか」


鶴子にとって大先輩の郁子とは、すっかり仲良しになった。

郁子がいなくては出来ない仕事が沢山あるのだが彼女はどんな時もスマートに手助けしてくれる。

「これお幾らですか!?」

「値段は、言えまっせん。」

「ええ~、高かったんですね」

二人はすぐに職場と思えない勢いで話し始めてしまう。

「ちょっと銀行に行って来ますと出かけたのに、バッグを買いに行ってたんですか」

鶴子と年齢が同じ藤田が会話に入って来た。


「藤田君、昨日の引き渡し物件の報告書が提出されてないですよ」

間髪入れずに渕上が応戦する。

「出来てますー。」

書類をデスクの引き出しから取り出してヒラヒラとさせた。

「あらら、今日は早いじゃないですかー。」

渕上が藤田の肩をポンポンと叩きながら、笑顔で書類を受け取った。

この笑顔とスキンシップで迫られると誰でもイイ気分になってしまう。


「いや~、帰る前に提出できたんですけど、つい忘れちゃって」

「帰りに?もうできてたの?凄いわ」

さらに一押し褒められて、藤田の毒など綺麗さっぱりかき消されてしまった。


藤田は郁子のサボリ話を忘れて、ご機嫌で自分の席に戻って行った。


鶴子は、その姿を見てクスクスと笑った。

はっきり言って催眠の域だと思っている。


幸せ催眠だ。


このやり取りは日常茶飯事だが山鹿室長は何も文句を言わない。

鶴子と郁子の会話をラジオ放送を聞いているみたいで楽しいと飲み会では言っている。


「今日の新物件はどうだった?」

郁子が新しいバッグを撫でながら聞く。


「綺麗な建物でした。室内の状態も問題ないですし、3匹の猫霊ちゃんがいました。」

「へぇ、何色?」

「えーっと、白が1匹とキジトラ2匹でした」

「会いたいわね」

「兄弟みだいでしたよ。仲良しで。あ、でも3階の交霊前に上総之丞様に驚いて飛び出して行きました。」

「あらぁ、可哀相に」

「今頃、戻っているかもしれないでけどね。報告書類、提出します。」


鶴子はデスクに向かい書類を作りはじめた。

郁子は笑顔で頷いた。








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Appers -アッパーズ 星島 雪之助 @hosijima

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