Appers -アッパーズ 物件確認
もりや不動産部に移動して3年ほど経った。
新しい取り扱い物件が加わるから、室内の確認に行くよう櫻田店長に言われた。
15年前に親会社のMORIホーム《モリホーム》が建てた賃貸物件を大家が手放すことになり、もりや不動産が物件を引き受ける事になったのだ。
鶴子の仕事は、賃貸で部屋を借りたい人に物件案内をする事と物件の状態確認や位置の把握をする事だ。
3階建てで築15年。外壁が少々くたびれた感じはするが賃貸物件を大家が手放すには理由があるに違いない。12戸の部屋に対して空き部屋は3戸。
なぜか建物の南側が1階から3階まで空いている。
「角部屋が空いてるって変よね・・・。」
鶴子は独り言を言いながら1階の101号室のドアを開けた。
サササっと何かが走り出て来た。3匹の猫だった。
猫達はドアの外へ走り出ると振り返ってこちらを見ている。
鶴子は気にしないで室内に入り壁紙、照明、カーテンレールなどの状態を確認して歩く。経年劣化は感じるられるが特に破損は見当たらなかった。
ふと見ると猫達が部屋に戻っている。
「ツメ研ぎはしなかったんだね。エライぞ」と声を掛けたが、猫達は知らん顔で毛づくろいを始めた。
鶴子は手帳を取り出し状態を記録した。
「え~っと、101号室、破損なし。動物霊あり。無害っと」
続いて201号室へ向かった。
玄関は異常なし。洗面所、なにやら暗い。
浴室を覗き込むと男が浴槽に立っていた。
お互いに、ぎょっとしたが鶴子は、ぷいと風呂場から出た。
何事も無かったように廊下、リビング、キッチンの壁紙や窓などチェック項目を確認して歩いた。
「201号室、破損なし。浴室に浮遊霊あり」
軽いため息をついて帰ろうとした時に、浴室から声がした。
「あの、すみません」
「あ、はいはい。私、もう帰りますから気にしないでください。」
鶴子が手帳を片手に返事をした。
「まだ、ここに居ても構いませんか?」
「しばらくは構いませんよ。でも、この部屋に拘りがある方じゃありませんよね?」
「そうなんです。たまたま来ただけなので、お邪魔なら出ていきます。はい。」
「お気遣い、有難う御座います。」
鶴子は頭を下げて玄関に向かった。
ショルダーバックに手帳を入れて靴を履いた時に、また声がした。
「3階、行くんですよね?」
「はい」
「気をつけてくださいね」
「有難う御座います。大丈夫です。」
もう一度、深く頭を下げて部屋を出た。
3階への階段を上がっていく時には風呂場の男が部屋から出て行く姿が見えた。
「しばらくは構わないのに」鶴子は独り言を言った。
「ふふ、騒がしくなるのが嫌だったんでしょう」
「上の階、何かいますね」
鶴子が言うと、上総之丞は
その姿は正しく蘭綾王の衣装をまとい神々しく輝いている。
この建物の南側にだけ暗く差し手いていた影が、まるで逃げるように遠のいていく。
101号室の猫達が走り去る姿が鶴子には見えた。
上総之の強い霊力に驚いたに違いない。
鶴子は心の中で「猫ちゃん、驚かせてゴメンね」と言った。
303号室の中から、抵抗するかのように大きな音がしている。
バイクのエンジン音の様な音だったが工事現場の騒音にも似ていた。
鶴子はドアノブに手を掛けたがチカっと電気が走った。
内側のモノに拒絶ざれているに違いない。
同時に小さく九字を切る。
「重なれ」つぶやくとドアが開いた。
両の手を合わせて室内に入る。
水を切って潜水する潜水艦の様に、両脇に空間を割きながら進んで行く。
鶴子が前進するにしたがって広がる空間が後ろから閉じようとするのを上総之介が両腕を広げて勇壮に舞うと、その道は閉じる事が出来ない。
一番奥のリビングに機嫌の悪そうな少年が一人で座っていた。
片膝を立てて、その膝に右腕を置きこちらを睨んでいる。
「お邪魔します。もりや不動産の島津鶴子と申します。」
少年の目を見ながら挨拶をした。
「何しに来やがった!?」大きな声で怒鳴られた。
「私は、このお部屋の管理会社の者です。新しい住人さんを案内する前に、お部屋の汚れや破損を確認に着ました。」
「は!?ここは俺の部屋だ。」
ガシャーンと何かが壊れるような大きな音がした。
「それは、そうなんですが・・・。そんな大きな音をたてられると困ります。」
これを聞いて少年が立ち上がった。
「俺の勝手だろ」
全身から怒りのオーラを放ちながら奇声を上げた。
「ああ---っっっ」
その声は、まるで刃物の様に具現化し鶴子に向かって飛んで来た。
鶴子は両手の平を差し出して防御の姿勢をとりながら右手に
一瞬で少年の放った刃物は霧散するほどの閃光が起こり暗かった室内は朝日に包まれたような温かい空間に変化した。
少年の顔からは怒りの表情が薄れ、悲しみの表情に変化している。
「事故にあったんだね。」
鶴子は出来るだけ優しい声で話しかけた。
少年は頷いて見せた。
部屋に入る時に聞いた爆音は事故の時の音だったのかもしれない。
「急すぎて、辛くて、腹が立っただけだよね。」
「事故の場所から、頑張って帰ったんだ。それなのに・・・。」
「家族は引っ越した後だったんだね」
「待ってて欲しかったのに。どこに居るのか分からなくて」
少年は大粒の涙を流し始めた。
「ちょっと、待っててね」
鶴子は空を見ながら言った。
少年の頭の上には家族の姿がはっきりと見えた。
少年を失った悲しみを背負い5年の月日を経て新しい生活をするために、この部屋を出る様子が見えた。
少年が事故現場から自身の死を悟り自宅に戻るまで10年近くが経過していた。
「いた!!」
「君、名前は?」
「洋介」
「お父さんとお母さん、見つけたよ。」
「え?」
「ちゃんと、ご両親に会えたら霊界に帰る?」
少年の顔に明るさが戻る。
「俺、お父さんとお母さんに会えるの?」
「会えるよ。」
「それから、幽体の故郷にも帰れるよ。ちゃんと神様の世界で待っている、あの世の家族にも会いに行かないとダメだよ。」
まるで心が解放された様に少年の心が部屋から離れようとしていた。
「ほら、もう自分でわかるでしょ?ご両親の居場所」
「うん、わかる」
鶴子はニコリと笑って見せた。
「行っていいよ」
少年は「さようなら」と言いながら手を振り旅立って行った。
鶴子は大きなため息をつきながらバッグから手帳を取り出した。
「301号室、異常なし。」
3年前に不動産部に移動したときを思えば、随分と成長したものだと
密かに鶴子は自分を褒めた。
同時に何もできなかった頃を思い出し、身震いしてしまった。
「何も知らないで、泣いたり困ったり、ジタバタしちゃったな」と、つぶやいた。
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