早くも一国一城の主になるようです。

 ファミレスでの食事を終えた後、私はレキに案内されるまま住宅街へとやってきていた。周囲に広がるのは、ごくごく見慣れた現代日本のベッドタウンの風景だった。


(本当にこういうところはちっとも異世界らしくないな……)

 完全に異次元の物理法則で動く場所と見慣れた退屈な現代風景を交互に行き来しているのは、思ったよりもどっと疲れる。実際、まだ宵の口だというのに心身に浅くない気怠さがあった。


「ハーイ、着いたヨ」


 たどり着いたのは、昭和のたたずまいの木造アパートだった。レキはその敷地にずかずかと踏み入り、一階の隅の部屋のドアを開けている。


「101号室、ここがとわちゃんの家」


 レキに促されおそるおそる中を覗いてみると、畳張りの四畳半……よりは広い部屋。構造こそ古式ゆかしいが経年劣化している様子は少しも無く、初見のイメージよりも遥かに住みやすそうだ。しかも最低限の質素な家具も備え付けられており、今すぐにでもこの世界に来る前のワンルーム暮らしと同じ生活ができそうだった。


「で。まさか一緒に住むとか言わないでしょうね」

「あー、大丈夫大丈夫。オレはちゃんと隣の部屋だから。プライバシーは守るし、非常時にはすぐ駆けつけられる。素敵でショ?」

 その距離感がストーカー臭くはあるが、まあセーフだろう。


「明日はここから通学ルートを教えるから一緒に登校。なんなら起こしに来た方がイイ?」

「それは遠慮しておくわ。……あと、登校の同伴も途中まででいいからね」

「『友達に噂とかされると恥ずかしいし』ってヤツ? しょーがないなァ、じゃあアパート前で待ち合わせ」

「それでお願い」


「じゃ、最後に」

 レキが壁に備え付けられたボックスを開く。そこにはずらりと部屋番号のタグ付き鍵が並んでいた。


「今日からこのアパートはアンタのモノだ。やったねとわちゃん! 賃貸収入が増えるよ!!」

 思考停止。しばらくレキの言葉の意味が理解できないでいた。


 ……いやいやいや聞いてないぞ!?


***


 レキが隣室に引き払った後。衝撃的な贈物の余韻が残ったまま、私は室内で茫然としていた。

 おそろしいほどあっさりと賃貸物件アパートを貰ってしまった。「必要最低限の支援」とはなんだったのか。


『物件の状態維持とかは深く考えなくていいから。ア、でも住人の把握と家賃の徴収くらいは自分でするんだゾ!』


 とかなんとか帰り際の彼から言われた気がするが。

 早いうちに挨拶回りしないといけないか……でも待て、今の私は高校生相当の外見なわけで。そんなのが「私が大家です」なんて顔を出して良いものなのか。そもそも家賃を徴収する時期は。そして今日は何月何日、いや待てそもそもこの世界の暦は……いやいや大家稼業はさておいて私にはやるべきことが――


「……もう寝よう」


 頭の中がすっかりゴチャゴチャになってしまったので、さっさとセーラー服を脱ぎ捨て、寝間着代わりに通学鞄から取り出した学校指定ジャージに着替えて布団に潜り込む。

 すでに布団と毛布完備のパイプベッドが備え付けてあって助かった。今から布団を敷くような気力は正直言うと残ってない。最後の最後に全部ごっそり持っていかれた。


「……ん」

 明日に備えてスマホの目覚ましアラームを設定していた時、ふと思い至る節がありそのままソシャゲのグリアリを起動する。そしてそのまま所持キャラリストを開く。


「あ、やっぱり」


 『リリス』『ヴォルツ』――今日、サーカスを通して私にとんでもない体験をさせてくれた立役者たちが、このソシャゲで入手したキャラクターとしてリストの中に載っていた。

(なんかどっかで見覚えがあると思ったら……)


『あんたがガチャで引いたキャラな、みんなこの島にいるんだゼ』


 というレキの言葉が思い出される。――じゃあ、逆に言えばこのゲーム内の情報からこの島にいる実在人物のプロフィールを探ることができるのでは?

 そんな閃きに従い、ゲーム画面をあれこれ操作してみる。……程無くして、私はとある機能に行き着いた。


【コミュニケーション】

『コミュニケーション』では、選んだキャラクターをマイルームに招いてお話ができます。意外な秘密や本心を打ち明けてくれるかも!?』


 ああ、これまたソシャゲによくあるやつ。好感度を上げる貢物をしたり、あるいはタップするとランダムで雑談をしてくれるようなアレ。もっともゲーム開始直後だし本当に他愛の無い雑談しか出てこない可能性も高いが。しかしキャラクター毎の詳細プロフィールといった情報が見当たらない(というか条件付きでロックされているらしい)今、この機能が頼みの綱かもしれないのだ。


(じゃあ、さっそく、やって、み……よ……)

ああ、やっぱ駄目。今日は無理っぽい。

 急に疲労の限界がやってきた。スマホ上の文章や音声を意識するのがひどく億劫だ。このまま操作したところで、内容が頭に入ってくるかどうか。


(明日、時間が空いたらやればいいか……)

 その考えを最後に、私は重いまぶたを閉じていた。

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【旧版】遊園世界のアリステラ 王子とツバメ @miturugi

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