結局こいつは便利な存在ではないようです。


「――ええと、彼女らはこの『原作』に書いてある作品の登場キャラクターだった、という認識でいいのかしら」

「そういうていで元いた異世界を紹介しているだけかもしれない。ま、どっちでもアンタにとっちゃ大した違いはないだろう?」

 それはそうかもしれないけど。

「とりあえずここに書いてある設定が、彼女たちが実際に抱えてる人生、過去そのものという仮定で話を進めていいのよね?」

「ああ、その認識で構わないと思うゼ。……それで、この中から何か掴めたかい? 向こうの弱みってヤツは」

 そういわれると脅迫のネタを嗅ぎまわっているように聞こえて限りなく嫌なのだが。


「……そうね、パッと思いつくのは2点。彼女が抱く恋心と――『絶対防御』の能力」

「ヘェ。恋心を弱みと捉えるのはベタだが、もう一方のチート能力を“弱み”と解釈するそのこころは?」

「チート能力なんて驕りや油断とワンセットよ。向こうの想定しない方法で崩せば、それだけで大きなインパクトを与えられる、でしょ?」


 私の意見に、レキはしばらく反応しなかった。……しばらくして、くつくつと笑い出す。

「くひひ! いいねェ、よくできました。ま、アンタならそれくらい考えつくよねェ?」

 創作行為なんてほどでもない、こういう素材や理論ロジックを読み解き組み合わせるパズルだけなら朝飯前だし楽しいものだ。レキの反応を見るに私の回答もそういった性質も把握済み、といった様子なのが少々しゃくだが。


「じゃ、次のステップ。そういう弱みをブチ抜けるような脚本を用意しまショ~!」

 急にハードルが爆上がりしたな。

「結局情報が足りなさすぎると思うんですけど」

 少なくとも彼女の恋するお相手や、能力を打ち破る数少ない例外とやらの詳細はこのパンフレットには詳しく載っていない。その時点で行き止まりなのだ。


「だから、そこは明日以降の宿題。とっかかりさえ見出しておけばだいぶ楽だろォ?」

 確かにこの短い時間での分析によって、やるべきことの方向性はかなり定まったとは思うけれど。

「後は日常生活の合間に取材して、アイデア練って、話に起こす。いつもアンタがやってる作業サ」

 そう言われてしまえばそうなのだが。「誰かの心を動かすこと」を意識した話作りなんて、私にできるのだろうか――


「っていうか待って。私の課題が増えるばっかりで、まだ勝てるプランも具体的な力の使い方も全く聞いてないんですけど」


 そうまくしたてると、なぜかレキは「え、ナニソレ」と言わんばかりの顔をする。


「攻略ヒント一掴みに、後はここでの日常生活から学びと楽しみを与えて、のびのび育てる。これ以上に何か?」

 悪びれもせず、心底不思議そうに小首を傾げた。くうう、こういう年齢不相応な仕草でギャップを見せてくるところが可愛、いや忌々しい!


「実質ノープランなのかよ!!」

「それじゃあ、選ばれし人間しか突破できないような特別な超ハードな修行パートでも挟む? けど『主役』扱いはお嫌いなんデショ?」

「……っ」


 ここに来て、こいつは嫌な棘――というより刃を私の心に滑り込ませてくる。なぜかやたらと親密に振舞ってくるとはいえ、やはりこいつはあの悪辣な道化騎士アル・レキーノということか。


「だからァ、オレはその意思を尊重して。あくまで放任というか必要最低限しか与えないつもり。特別ってのを際限なくぎ込まれるのが主人公ってヤツだから、あえての線引き。優しいよネ?」

 そう言われてしまうと、今の食事含めて地味な範囲で上手い具合に助けてもらっている手前強く言えない。それ以上にだいぶ振り回されてもいる気もするが。


「……分かったわよ。過剰な特別扱いが嫌なら自分でどうにかするのは当たり前だものね」

 半ばヤケ気味ではあったが、私はレキの言葉に納得することにした。

 実際、短期間でこの世界の出来事を一気に詰め込まれすぎて息苦しいところもあったし、自分のペースでこの世界のルールを把握する良い機会なのかもしれない。


「ま、勝手に縁が向こうからワンサカやってくるのが主人公補正ってヤツですけどネ」

 そう理由付けて納得しかけた私に水を差すように、レキは不穏な言葉を口にするのであった。

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