One year after the dream(?)

The Pioneer

One year after the dream(?)

 あたしは、いつものように駅前でキョンを待っていた。


「あれから一年なのね」


 今日の不思議探索は、みくるちゃんも有希も古泉くんも、何故か急用で来られなくなったという。

 あ、キョンは聞かなくても大丈夫よ。あいつが来ない訳がないから。だって、あいつどうせ暇だろうし。


「そういえば、ほぼ一年前の第二回不思議探索も、あいつと二人っきりだったわね」


 独り言ちながら、その実想いをはせていたのは、「ほぼ」ではなく、「ちょうど」一年前に見たあの「悪夢」だ。

 冬の雪山で有希が倒れた時のように、夢や幻覚にしてはリアルすぎる生々しい夢。キョンと、二人っきりで夜の学校に閉じ込められて、青い巨人が出てくる不思議な世界をあたしは楽しんでいた。だって、やっと出会えた不思議だったから。

 でも、キョンはその世界を望まず…。

 今のあたしは、ここにいる。元の世界。SOS団の活動は面白いけど、宇宙人も未来人も超能力者も、あたしの前には一人も現れていないこの世界。


「あれ、本当に夢だったのかしら?」


 現実のキョンがあんな行動をとろうとした素振りは、…そうね、SOS団結成一周年記念日の夜這いもどき事件を別にすれば、少なくともあたしは知らない。

 あの時も、キョンはまさかあたしに…。そこまでしようとしてたとは思えなかったから、多分あの行動はあの時一回っきり。


 あまりに生々しいので、つい思い出してしまった。

 キョンの唇が触れる感触。吹きかかるキョンの息。


 あたしは、その感触を思い出して、自分の唇を指でそっとなぞってみた。


「…あたしは、本当に夢だったのかしら?」


 あの夢の中で、キョンのやつは、ポニーテール萌えだとか言い出していた。別にそれにつられたわけじゃないけど、何となく試しに髪を結んで学校に行ったら、あいつは「似合ってるぞ」と声をかけてきた。

 夢なのだとして、あたしはどこであいつがポニーテール萌えだと知ったのだろう?フロイトの学説に基づくのなら、夢の中の出来事は全て現実で起こった出来ことに素材を持つ。最近の学説でも、夢は記憶の整理だというから、同じように現実世界のどこかに典拠があるはずだ。

 だが、あたしが髪を切る前にポニーテールを結んでみたとき、あたしはまだあいつの存在を意識はしていなかった。だから、あいつの視線などを感じたとしても、谷口あたりのその他大勢の視線とごちゃまぜになっていて、特に区別していたことはなかったはず。だって、あの頃はただの人間には完全に興味がなかったからね。SOS団のお陰で、少しだけただの人間でも面白いのがいるってのが分かったのは、その後のことだもの。

 だから、夢だとしたら、ソースがないのよね。一応宇宙人や未来人や超能力者がいる可能性があるかもしれないと思っていたから、あたしは当時クラスの会話も一言も漏らさずに聞いてはいた。面白い話は全然なかったからすっかり覚えてはいないけど、ポニーテールという言葉を聞いた覚えもない。


「…やっぱり、夢じゃなかった、そう思いたいのは確かのようね」


 でも、だからと言って、夢じゃないという確証までは持てなかった。あれが夢じゃないとしたら、あの青い巨人は何だったのかしら?どうしてあたしは夜の学校にキョンと一緒にいたのかしら?

 現実だと思うには、リアリティーがなさすぎる突拍子もない舞台だったのも事実なのだ。


「それなら、あいつに訊いてみるのが一番ね」


 もしも夢でないのなら、あいつも確実に同じ体験を共有しているはずだ。


 SOS団結成一周年記念のことではっきりした。

 あいつは、ああ見えて記念日については結構マメだ。だから、もしもあれが夢でないのだとしたら…。


 一年前の今日を、覚えていないはずがない。あいつモテないから、あれは夢でなかったら、ほぼ間違いなくあいつにとってはファーストキスのはずだ。

 佐々木さん?あの子はキョンの親友であって恋人だったことがあるって感じでは全くなかったし、仮に親友同士でキスするとしても、それは外国のことだから、キョンがそんなことをするのはあり得ない。

 みくるちゃんや有希にそんなことをするわけがないことも、あたしにはよく分かっている。確かに時々あの子たちを見てキョンは鼻の下を伸ばしてはいるけど、それ以上の積極的行動に出るほどあいつは野蛮ではない。

 第一、団員同士がそういう関係だとして、あたしが気付かないはずがない。

 だから、あれが夢でないなら、あれはあいつにとってファーストキス以外の何物でもないはずだ。


 それなら、とあたしは試しに髪を結んでみることとした。あの日のように。

 まずはそこから、あいつの顔色の変化を読み取る。あいつは嘘を吐く時は分かりやすい反応を示すから、そこから何か見えないか試してみる。


「…遅いわね」


 集合時間まではまだ時間があるが、あたしのことをすでに10分も待たせているのだ。あいつらしいが、いつもいつも団長のあたしを待たせて良く平気でいられるわよね。罰金が罰だと感じられないマゾ…では多分ないんだけど、何なのかしら?

 あたしの中でふつふつと怒りがこみあげてきて、やっぱり結んだ髪をほどこうかと思ったとき、


「よっ、待たせたな」


 あいつの声が聞こえた。能天気にもほどがある。


「遅いわよ、キョン!あんたやる気あるの?雑用の癖に団長のあたしを待たせるなんていい度胸だわ、罰金よ罰金!今日はみくるちゃんや有希や古泉くんが来ない分、喫茶店のおごりだけで済ませる気はないから覚悟しなさい!」


 あたしがそう言うと、


「…ハルヒ」

「何よ」

「今日はいつもに増して色々と探索する気満々のようだな。それと、似合ってるぞ」

「……バカキョン。似合ってると言えばあたしを懐柔できるとでも思ったのかしら?」

「そうだな。お前はそんなに安っぽい奴じゃないってことくらい、俺だって知ってるさ」

「分かってるならいいわ。特別に減点しないであげる」


 何となく浮かべる表情に困って、ぷいとあいつから顔を背けると、あいつはあたしの手をつかんで、


「そうだな。それじゃ、まずはいつも通り喫茶店で打ち合わせとでもしようじゃないか」

「やる気があるのはいいけどねキョン、団長はあたしなの。あたしの命令に従いなさい」

「分かってるよ」

「今日のあんたはやけに素直じゃない。ねえ、やっぱり、あんたってポニーテール萌えなの?」


 何となしにあたしが聞いてみると、あいつの顔は分かりやすく強張った。


「どうなのよ?」

「…そういうことか。古泉たち、余計なことを…」

「古泉くんたちのことはどうでもいいわ。後でちゃんと聞いてあげるから。今はあんたのこと。あんたはやっぱりポニーテール萌えなの?」

「…もう、分かってるんだろ?」

「ちゃんと言いなさい。吊り橋効果を狙った変な舞台演出の下じゃなくて、今、ここで」

「その通りだ、ハルヒ。俺は確かにポニーテール萌えだよ」

「ふうん。まあいいわ。…ちょっと、キョン、顔が近いわよ!」


 今は、まだ。あんな急展開はでは認められない。物事には順序があるのよ。

 夢じゃなかったことが分かったんだったら、それはそれ。

 今日はキョンと二人っきりの「不思議探索」を思いっきり楽しむこととするわ!


「わ、悪かったが、いきなり平手打ちにするなよ」

「罰として来週の分も罰金確定だから!」

「やれやれ」

「それじゃ行くわよ!今回はいつもの喫茶店はパス。今日行くべきところはあたしの頭の中に全部ちゃんと入ってるから、あんたはついてきなさい!」

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