天下人を父に持った事があるか?

映画化された『忍びの国』では、
北畠家の婿養子に入った次男の信雄が、
北畠家の家臣らに舐められて、ぶち切れて、
「己らは天下人を父に持った事があるか? 何をやっても敵わぬものを」
と、泣きました。

信長の息子たちは「あの御方の血筋であれば、さぞかし」
と、人より優れていても当たり前。
周囲から更にその上を求められ、プレッシャーで自滅する者も多かった。

では、長男で跡継ぎの信忠はといいますと、最初からその土俵を下りてしまっているように思えました。天下人の父親を、乗り越えようとはしていない。

気分屋で癇癪もちの父親ですから、いつ何どき気が変わり、
寝首をかかれるか、わからない。
次男とは違い、信忠にはそちらの脅威が強かったのでは。
信忠の頭の良さは、父親に対して「敵意は、まったくございません」を、
貫いたところなのかもしれません。
張り合おうとすると、謀反だと受け止められかねませんから。

本作からは、信忠の緊張感がひしひしと伝わります。
秀吉のように愛嬌で内懐に入るのは、嫡男として憚られるので、
父に対しては無駄口をたたかない。
なにが逆鱗に触れるかわからないから、必要最小限の事しか言わない。

この用心深さこそ、信長の気質なんですが。
それを信長自身が「信忠は、何を考えているのか」と、嘆いているのが、
コミカルで面白かったです。