第5話 その雨が齎す優しさを
僕の名前は【ガネヨナ】。
君達の世界で言うところの、天使とか……或いは悪魔とか……そういった類いかな。
僕は思うんだ。
その人の考察パターンのほとんどは、累積された記憶により導かれるものだ。
つまり、もし、その個体特有の感情や思考を定義付けたいのならば、全く同じ時間軸で、全く同じ環境で、全く同じ体験を経て育まれた二人を比較することでしか成立しない筈だ。そしてそれは、タイムリープでも出来ない限り起こり得ない。
遠い国の戦争や、先天性の重い病気、隣の家の借金の取り立てから、冷蔵庫にあったはずのプリンまで。その人の受けた悲しみは、どれだけ慮ろうが、その人にしか理解できない。
生きていれば、誰だって苦い経験も、2度、3度はあるだろう。
「ツライ……。なぜ自分だけがこんな目に……。もういっそ……。」
その人の悲しみは本物だ。紛れもなく。
しかし、本当の悲しみは、「その悲しみを絶対的に共有することは出来ないこと」ではないだろうか。
「チョコは甘いね~美味しいね~♪」
そんな歌が溢れている。
そんなものは共感とは呼ばない。
今日もあの子は泣いている。かけるべき言葉を僕は知らない。
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風は湿り気を帯びていた。
森の中を進む一行で、感知能力の高いレビィはその事に気づいていた。
雨雲が近づいているようだ。早いところ街に着かなくてはならない。少しばかり気を揉みながら歩を速めている。
(あの日も……こんな曇り空だったなぁ。)
曇天の中で、炎炎と真っ赤な光景が、レビィの瞼の奥に映っていた……。
……
……。
「…ビィ。……レビィ?」
「えっ?」
少し気を取られていたレビィにミントが再度尋ねてきた。
「土地勘が無いみたいだけど、皆はどこから来たんだ?」
質問のタイミングが最悪だ。
思い出したくない光景を、また思い出してしまったではないか。
きっと、この男はモテないんだろう。これまでも、些細な女心を掴み切れずに損をしているに違いない。
いや、そもそもこんな変態に近寄る女はいないか。
「あんたに教える義理は無いわ。私はあんたなん……っ!」
セティアがレビィの前に出た、剣こそ抜かぬものの殺気立っている。
「レビィ。言葉を慎め。我々の主だ。確かに、先程は酷い仕打ちを受けたが、主に尽くすことが双方にとって利だ。」
セティアの言葉からミントは、このパーティーでの君主たる自分の立場を再認識したようだ。
そのそばで、メルはオロオロしている。
レビィは心の許容量が狭くなっていた。引くに引けなくなってしまった。
「それでも……。いくら【マスター】でも!私は……私はこんな奴認めてないんだから!」
「君が認めようが認めまいが、彼がマスターであることに変わらない。それに、君だって、この世界に召喚される際に【忠告】を受けた筈だ。」
セティアは冷静に話しているようだが、語気は震えていた。目はレビィから一切逸らさない。レビィも声を荒げる。
「私には、忠告なんて関係ない。こんなクソみたいな奴に従うくらいなら、死んだ方がマシ! 」
「そ……そんな……そこまでは……。」
メルも仲裁に入るが、レビィは捲し立てる。
「大体ねぇ!あなた達に私の何が分かるの?小綺麗な格好してるけど。どうせ、今まで恵まれた環境と才能で!適当にこんな奴みたいな変態主様に諂ってきたんでしょ!」
言い終わるか終わらないかのタイミングで、ミントが3人の間に入った。
セティアの手は剣に、メルの手は口を覆っていた。
暫し、沈黙が流れる。
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女性に不慣れな、俺でもさすがに察した。
確かに彼女達を召喚したのは、俺自身だ。しかし、ただ召喚されただけならば、俺を助ける義理は無いのだし、あそこまでやる必要は無いのだ。
彼女達には、【マスター】である俺に仕えることで、何かしらの報酬が得られるか、反することで罰則があるのだろう。
(彼女達から俺に対する好意は無い。)
大丈夫だ。
大抵の男はそれがデフォルトだ。
それでも、可愛い子には笑っていて欲しい。そして時々は恥じらいも。
まだ、会ったばかりだけど、三人とも大切だ。だって可愛いのだから。
大抵の男はそんな思考もデフォルトなのだ。
そして、俺はこの状況の最適解として、こう言うのだ。
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「良く分からないけど、あんまり仲違いするようだと、今度は『バック転』させるぞ。ウへへへ。」
下卑た笑いを付け足して、ミントはそう言い放った。
さっきまで、殺気立っていたセティアは顔を真っ赤にして振り返ってしまった。
「ひぃっ……。」
言葉の意味を理解したメルは悲鳴と共に顔を引きつらせている。
「さあ、行こうか。なんか雨も降りそうだし。」
先を促したミントについて行く3人の中で、 ただ一人レビィだけは全て分かっていた。
彼女の感知能力は非常に優秀なのだ。
あの刹那。
セティアが自分を本気で斬ろうとしていたこと。
恐らくであるが、それを阻止しようと、メルが魔法を使おうとしたこと。
ミントが自分とセティアの間に入ったことで、斬られずに済んだこと。
私は救われたこと。
そして、ミントのセリフは彼自身の価値を更に下げることと同時に、この場で犯した私の罪を有耶無耶にしたこと。
同時に、赦免されることで、本来、崩れるはずだった私の自尊心を守ったこと……。
彼女の感知能力は非常に優秀なのだ。
それでもレビィは気丈に振舞うことしか出来ない。
彼女はこれまで何度も、自分に言い聞かせてきた言葉を、心の中で繰り返す。
(心を許してはいけない。心を許してはいけない。)
ポツリ……。ポツリ……。
雨が降り始めた。
(心を許してはいけない。心を許してはいけない。)
真っ赤な光景が、レビィの瞼の奥に再度映る。
ポツポツ……。ポツポツ……。
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今日もあの子は泣いている。
この雨はやがて強くなるだろう。
あの子の涙を隠すように。悲しみに寄り添うように。
僕はその雨を共感と呼ぶことにしたんだ。
(続く)
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