町の灯

あん

街の灯

(1)

 離島の就職口と言えば、農家や役場、それに漁師である。

海沿いに育ったコウタは、高校を卒業すると、

当たり前のように漁船の乗組員になった。


 漁船の中には30人ほどの男どもが働いていて、

月に一度、満月の前後5日間だけを港で過ごし、

あとは洋上での生活という具合であった。


 船員の中にはコウタのように普通校を出て船員になったものもいれば

水産学校を出てエリートとして乗船するものもいたが、

年配の爺さん達はほとんどが、中学校を卒業するや

なんの疑問も持たずに船に乗ってきた連中である。


 中には自分の名前以外の漢字を書いたことがないという

14〜15歳の船員もいたものだった。


 時には東京の有名大学を卒業しながら

「一次産業こそ学ぶべきだ」といい、一船員として離島にやってきた者もいる。

そう考えると、漁船という世界は誠に珍妙な環境であったと言える。


 

 船長や漁労長、幹部連中は個室があるが、

コウタなどの船員達は多くて4人1部屋、または2人一部屋であった。

寝台は畳一畳分のスペースに仕切りがあり、カーテンで仕切られていて

わかりやすいイメージでいえば、昔の寝台列車の客室のような者である。


 コウタは若い連中の部屋に入れられ、一緒に仕事をし、

同級生や、自分より幼い連中と寝食を共にしたものだった。



(2)

 毎月船が出航して数日すると、ある問題が起こる。


 それは性欲である。


 若い奴らは言うに及ばず、働き盛りの中堅連中に至っても

それは同様である。


 部屋の仲間の中ではある程度の暗黙のルールが出来上がることもあった。


『時折寂しくなることがあるから、カーテンが揺れていても覗かないで欲しい』とか

『共用の鼻紙は1日一人3枚まで』とか

『500円で右手を貸してくれ』だの『いや1000円でケツを貸してくれ』だの

挙げ句の果てには『4人全員で誰のが一番遠くに飛ぶか競争する』だとか

要するに若さゆえの過ちというものだったのであろう。



(3)

 コウタがある時、寝台で寝ていると、18歳で地元の娘と結婚したばかりの

同級生のユウスケが、風呂上がりに裸でコウタの布団に入ってきた。


 夜の操業がほとんどの漁船では、朝と昼は会社から食事が出る。

(専用のコックも乗船している)

夜は各自買い込んできている食事を食べるのが慣習であるが、

朝は仕事が終わって休み時間となるので、安心して酒を飲み始めるわけである。

ユウスケも酒が入っているわけだ。


「おおい・・・コウ。どうな?」

「はあ?おめ酔ってるやろ?酒くっさ!」

「大丈夫って・・・。人恋しかやろ、どら!入れろって」

「布団に裸で入ってくんなよぼけぇ!」

「冷たくすんなよ。嫁御が恋しいんよ」

ユウスケの話は無茶苦茶である。


「はよう出ていけ酔っ払いが!」

コウタはかまわずユウスケに背を向けて寝ようとするが、

コウタの太ももに、後ろから硬いものがガンガン突き上げてくるのである。


「いてえよ!やめろバカが!変態!」頭を叩いてユウスケを追っ払おうとするが

この酔っ払いには通用しない。


ついにコウタの尻の溝に何かが滑り込んできた瞬間、

「大概にしねえか!腐れ◯◯◯があ!」

コウタが烈火のごとく怒り出したので、ユウスケも這々の体で退散した。



(4)

 夜の操業が終わり、アンカー(錨)を下ろして停泊し、

船員たちは朝食を取る。


 船内の食堂は狭いので、順番を待って食べるか、晴天時には外に七輪で

取れ立ての魚を焼いて食事を取るのであるが、

外で七輪を囲んで飯を食べるというのは、実はコウタにとって

何よりの楽しみであった。

刺身も毎日出されるのだが、刺身は毎日毎日食べるというの

もなかなかに苦痛なのである。


 それにひきかえ七輪で焼きながら食べる焼き魚というものは

少食だったコウタですら、どんぶり飯で3杯は食べれるという代物であった。


 色々と話をしながらコウタが飯を食べていると、

一緒に横で飯を食べていた20代後半の機関長補佐のショウタが

「コウ。おかずは足りてるか?なんならこれ食えよ」

話しかけられたコウタが振り向くと、そこにははちきれそうなくらいに勃起した

竿が目の前に突き出されていた。


「オエ!」体を背けるコウタに

「お前オエはないやろ?」と心外そうにしているショウタ。

すると横にいた60くらいの爺さんが突然その勃起した竿に食らいついた。

「ばか!やめろ!」情けない声出したショウタは

他の船員に「見ろよ。カ◯首に飯粒がついてやがるよ」と

泣きそうな声で話していた。

コウタとしてはいい気味であった。



(5)

 船員は甲板員と機関場員に分かれている。

普段はそれぞれ当直時間があり、3時間の当番制である。これをドッグワッチという。

夕刻に錨をあげてからは、ワッチの時間まで休息を取ったり、テレビを見たりして

思い思いのの時間を過ごす。


コウタは舵を握る甲板員である。


 自分のワッチまで寝ていたコウタの寝台に、

ワッチが終わった部屋仲間のリュウタロウがカーテンから顔を突っ込み、

寝顔を覗き込んだ。


 ふとコウタが目を覚ますと、コウタの服は脱がされており、

一心不乱にコウタのモノをシゴいているリュウタロウが見えた。


コウタ「リュウタロウ兄ィ?ちょっと何してんの?」

リュウタロウ「え?今忙しいから話しかけんでくれ」

リュウタロウはコウタの一つ年上である。

しかしこの状況はどう考えてもおかしい。


コウタ「いやいやいや。痛えよ。何してんの!」

リュウタロウ「どら!手は体の横!大人しくしとけば気持ちいいやろうが!?

こんなにデカくなってるぜ。」


コウタ「いやいやいや!なんでそんなに力一杯動かしてるんよ!」

力一杯抵抗するコウタ。


リュウタロウ「ほらあ、こんなに口から泡吹き出してるやんか!

もうちょっとで飛び出るって。」


コウタ「アホか!出ていけ!」

下着とズボンを履きながら、カーテンをざっと閉めるコウタ。

リュウタロウ「ああ、船長がそろそろワッチだから起きてこいって言ってたよ」


起こすにしても、何を起こしにきたのかわからない!普通に起こせ!

コウタは火照った身体をもてあますこととなった。



(6)

 漁船では、ひどい時化(シケ・嵐のこと)や台風の際は、

安全のために近くの港に避難することになっている。

台風の場合は避難港は原則的に決まった場所に入港するのであるが、

遠方にいて間に合わない場合は

港に連絡して入港を許可してもらえる。


台風が差し迫り、コウタの船も港に入ることとなった。

港に避難したりする場合、食料や生活用品を購入するため、

会社から給料の前借り2万円が支給されることになっている。


 昨夜のコウタは深夜2時からのワッチの後、

そのまま操業するか撤収するかで意見がまとまらず、

睡眠することもできないまま夜明けを迎えたために、

朝食後はぐっすりと寝台で眠り込んでいたのであるが、

部屋仲間でコウタと仲のいい2歳年下のユキノブがコウタの寝台に飛び込んできた。


 なぜか知らないが、コウタの寝台に来るものの大半は全裸である。

別に他の船員に対してもこんなことが行われているわけでもない。


 普段コウタが寝台で寝転んでグラビアなど見ていると、

ユキノブなどはすぐに裸で上に被さり、コウタの太ももの隙間に

股間を擦り付けてくることなど日常茶飯事であった。


「コウ兄ィ!起きろよ!起きろよ!港入るよ!遊びに行こうや!」

こういう可愛らしいユキノブをコウタは気に入っていたわけだが、

コウタに対する船員たちの起こし方はどうかと思われる節がある。


「ううん。ちょっと待てよ。昨日寝てないんだって。入港したら船で寝ておくよ。」

寝ぼけ眼で答えるコウタであるが、ユキノブは許さない。

「いいから起きなって!行こうよ。一緒に飲み行こうよ!」(注:彼はまだ16歳である)


コウタ「他の奴ら連れていけよ。眠い」

ユキノブ「はあ?意味わかんない!起きろーーーーーー!」

ユキノブはコウタの下着を無理やり脱がせ、

疲れのせいで逆にはちきれそうになっている(いわゆる疲れ◯ラ)

コウタの股間に突然噛み付いた。


コウタ「痛ってええ!!ってお前どこ噛み付いてんだよ!」

ユキノブ「フガフガ!フー」

引き離そうとするも、竿に歯が食い込んでいて力が入らず、

しかもわざと顔をブンブン左右に振るのでコウタはたまらず

「わかった!わかったから離せって」

結局ユキノブには甘いというか、付き合う羽目になるコウタである。

それとも、何かを期待していたのかもしれないのであるが・・・



(7)

「んじゃ早く準備しようや!服早く着替えようや!」

寝台用の服を無理やり脱がされるコウタ。

そのまま布団の中で男2人という状況である。

多分さっきの行為でユキノブは興奮状態であり、

股間を見ればしっかりと勃起していた。


「ねえねえコウ兄ィ。ソープ行こうよ。ソープ」

肌と肌が触れ合っているせいか、ユキノブの興奮は抑えきれないのか、

無理やりコウタの股を開くと、尻にあてがい始めたのだ。

コウタ「おめえそれはやめろ!」尻の溝を固くなったものが擦りながら、

時折窪んだ一点にねじ込もうとするユキノブ。


 擦られる快感とユキノブの細身で中性的な白い肌に

コウタのモノは反応し、ユキノブの涎と混じって

恥ずかしい汁を垂れ流していた。


 正常位のような体制で細身の2人が狭い寝台で抱き合っている

異様な状況に、いくらなんでも堪え難くなったコウタは

無理やりユキノブの腕を捻りあげる。


ユキノブ「イタタタ!ちょっと痛いってコウ兄ィ」

コウタ「ああ!ごめんユキ」

元々コウタは相手が年上であっても

身体を求められた時は張り倒してでも拒むのであるが、

ことユキノブに対しては、力では簡単に勝てるものの、

結局は甘やかして言いなりになってしまっていると思い込んでいる。


 結局ユキノブの気が収まるまで、コウタはされるがままになっていた。

見上げて見るユキノブは当時流行っていたロングの茶髪で、

髪を振り乱して腰を動かしているユキノブの色気に、


不覚にも惚っとしてしまった。


 時折コウタのものがユキノブの腹に擦れるたびに、

透明な糸を引いているのはそのためだったかもしれない。



(8)

 陸に上がった船員たちは、ある意味欲望の塊である。

5日間の休みの間に、女性を口説き、給料のほとんどを

5日間で使ってしまうからだ。


 しかもそれが16〜18歳の身で自由になる金が

最低でも30万近いとあれば、港に住む同級生にとっては

異常なくらいの煌びやかさに映ったであろう。


しかも漁獲量に見合った歩合がつくと、

一月の給与が数百万にもなってしまうこともしばしばであったのだ。



必然的に船員は女性に人気があったわけである。



 ユキノブなどは毎月連れてくる彼女が違っていたし、

高いベンツなどの高級車を乗り回し、

子供を孕ませたと言ってはコウタに金を借りにくる始末である。


 コウタ自身も毎月5日間であっという間に散財していたし、

同級生との飲み会では簡単に全額支払ったりもしていた。

コウタの部屋は月夜の間中、いつも明け方まで明かりが消えた試しはなかった。


否、島全体が煌々とした不夜城の如く、月夜の闇に光り輝いていたのであった。



(9)

 不思議なもので、コウタの部屋にあるベッドは、コウタ自身よりも

同級生の女の子やユキノブなどが寝ている時間の方がずっと長く、

コウタが風呂に入っている間にも勝手に部屋に上がり込んだ女の子が

風呂上がりでタオルを巻いただけのコウタが部屋に入るとベッドに

潜り込んでいたりとやりたい放題だったように思われる。


ユキノブや他の後輩たちも、彼女を連れて部屋に上がり、

彼女をコウタのベッドに寝かせ、コウタを置いて

自分はどこかに出て行ったりもするのであるが、

自分の彼女を別の男のベッドに寝かせて置いて

二人っきりで放置するというのは、

信頼しているとかいう問題ではないように思う。


 コウタのベッドは奇妙な魅力があったのかもしれないが、

ずっと寝てないと言いながらコウタのベッドが落ち着くからと

わざわざ明け方に来てベッドで寝て行く女もいた。

これに関してはコウタは理由が皆目見当がつかなかった。


 コウタ自身も、仲のいい女友達と一緒に抱き合って寝たり、

一緒に風呂に入ったこともあるが、時折我儘に振り回される。


 極め付けは女友達5人を連れてカラオケに行ったときのことである。

 

 コウタは酒が弱いので、カラオケボックスではカクテルを

ちびちび飲んでいるのであるが、女性陣は酒豪であり、

散々飲んだ挙句にクダを巻き始め、みんな揃って男をなじるのであった。


 それぞれが彼氏だの、結婚相手の愚痴や不満を言い始めると、

その矛先はコウタに向けられてしまうのである。


「もー!頭きたからお仕置きする!」人妻の怒りが頂点に達すると

コウタは女性陣から羽交い締めにされ、

服を脱がされて女友達数人からベルトで背中を叩かれたり、

そのまま全裸で服で両手を縛られた状態で写真を取られたりもしていた。


「痛いやんか。やめろって」本当に嫌ならやめさせるのは簡単である。

実際細身であるコウタは、よほどなよなよして見えるらしく

よく酔った女性に腕相撲を申し込まれたりするが、

指2本だけで勝ったりするほど、力の差は歴然である。


(そういう時、女性からは「こんななよっちい男が泣いて悔しがるのを

見てみたいから勝負しろ」などと言われてしまう)


 多分コウタは嫌そうにしながらも楽しんでいたのであろう。

じゃれあったり、軽く体を撫で回したりしていたのだし、

カラオケボックスで愛し合ったり、遠くにドライブしたり、

中にはそのままホテルに行くこともあったのだから。



(10)

 永遠に続くかのように思えた栄華もいずれ消えてしまうものである。


農林水産省の政策で、日本の漁船を減らすというものがあった。

食料を自給するのではなく、貿易によって海外から輸入することで

賄うことを目的とした減船政策である。


 コウタの船もいずれ解散の時を迎えてしまった。

それから20年近く経った今日、再び日本の漁業に対する考えが見直されてきたものの、

一度消えた町の灯はもう戻らず、2万人以上いた島民も、

今は7千人を残すのみとなっている。


バラバラになった船員たちはそれぞれ不遇をかこっていたり、

他の船で優遇され高い給与を得ているものもいた。


 コウタも会社員として都会で暮らす毎日である。

未だに同僚の女性から体を求められて、

カラオケボックスでズボンを力任せに剥ぎ取られたり、

写真をスマホに撮影されていたりもするのだが、

別に慰み者にされているような気分ではない。


 営業先の女性に枕営業とばかりに色目を使って仕事をもらったりしているので

もう慣れっこになっているのであろう。

妻子もいない身には、これくらいのことは大したことではない。


 しかし、ふと街の灯に目を向けて、あの頃の楽しかった毎日を思い出すのだが、

男であれ、女であれ、毎晩のように自分のベッドに潜り込んできていた

いろんな連中の顔を思い出す時、今が幸せだとは


コウタにはどうしても思えないのである。




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町の灯 あん @josuian

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