第2話 食後

アペリティフの後に食事を楽しんだ。

「お食事はいかがでしたか」

【彼】が食事を片付けると私に尋ねた。

「素晴らしかったわ」

「お風呂はどうなさいますか」

「そうね。しばらくしたら入るわ。」

「では準備いたします」

と彼が言う。


素晴らしい彼。

あの人が亡くなる前に私のために作ってくれた忘れ形見のヒューマノイドロボット。

亡くなったあの人にそっくり。

顔も。

太い首も。

厚い胸板も。

太い腕も

あの温かい体の隅々も。

大切な秘密のところも

太くて温かいハムストリングスも

つま先まで温かかったあの人の体。

だから彼のつま先も温かい。

野太い声も。

慈愛に満ちた眼差しと仕草も。

みんなあの人にそっくり。


だけど何かが違うのよ。何かが。


「お風呂の準備が整いました」

「ありがとう。だけどあの人はそんなことは言わなかったわ」

「どう言ってらっしゃったんですか」

「おーい、お風呂が入ったぞってね、言ってたのよ」


「次回からは私もそういたします。データとして記録いたしました」

「そうしてくれると嬉しいわ。ありがとう」


私はバスタブに身を沈めた。

【彼】は隣で待っている。

もしあの人だったら、隣で待ってなどいないだろう。

バスタブで私を抱きしめてくれるの

愛情を込めて抱きしめてくれるのよ

違うの、そこが。あの人じゃないの。


次はそこを教えなければ。


私はバスタブから立ち上がった。

すかさず彼は私にバスタオルを渡す。

私はバスタオルを体に巻きつけてバスルームを後にした。


「今夜はどうなさいますか」

「もちろんよ」

そうよ、もちろんよ。

あの人がいない夜を一人で眠ることなんてできるわけない。


主人が仕事をしていた頃、私に尋ねたことがあった。

「俺が死んだらどうする」

「嫌よ。そんなこと。置いていかないで」

「いつかはそういう時が来るかもしれないだろ」

「だけど今考えるのは嫌」

「夜寂しくないように再婚するんだぞ」

「そんなの絶対嫌よ、あなた以外、いやぁ」私は絶叫した。


病気になってからあの人は【彼】を作った、私のために。


なんでもない時、【彼ら】は家の警備を受け持つ。

侵入者が入ってこないように夜間の見張りに立つ。


でももう一つ彼らには仕事がある。

それは夜の秘め事。私の添い寝。


主人は作り上げたヒューマノイドロボットの特許を取って

大々的に販売した。飛ぶように売れた。

最初は独身の男女のラブメイトとして。

でも今は人間のメイトがいても使っている人も多い。

そして不妊治療用の医療用器具として世界中で大活躍している。


あの最終戦争から何年経っただろうか。

人口が100億突破した頃に勃発したあの最終戦争で

地球上の人口は「大浄化」が行われて、

3億人まで減った。

それからも微減を続け、

今では2億人を切っている。

さすがの地球政府も慌てふためいて、

以前は眉をひそめていた人間型セックスロボットを

大々的に利用した人口増加計画を進めている。


しばらくすれば、人口減少が止まって人も増え始めるのではないだろうか。


あの人が私のために作ってくれた【彼】たちの仲間が

人間そのものの増加に役に立つならば、喜ばしいことだ。


けれど、と、【彼】に抱かれて喘ぎながら

かすかに残る理性の中で私は思う

「これが、あなただったなら、あなたに抱かれて喘いでいるのなら」と。

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ひめごと 渡邉陽太 @hirotawatanabe

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