キリサキは今日もビビり中

@tiptack6677

わらび餅が怖い(1)

 怖い話はどんな時でも聞くけれど、一番頻度が多いのは夏だと思う。夏にならないと心霊特集がテレビで放送されないというのもあるし、体をヒヤッと涼しくするにはもってこいの話が怖い話というもの。季節性の理由が強いのだろう。僕もキリサキも怖い話は嫌いではないが、キリサキは得意じゃない。キリサキは幽霊やお化けから、意味が解ると怖い話というものまで何でも怖がる。そんなに怖いなら聞かなければいいじゃないかと思うけれど、キリサキ曰く、

 「怖い話をすべて知っていけば怖くない。怖いのはその話を知らないからだ」

 ということで怖い話や心霊スポットに積極的に関わっていく。そんなキリサキには怖いものが他にもある。


 「わらび餅を倒してやるぞ」

 恐怖のせいでテンションが高いキリサキが僕の自室にやってきた。鼻息を荒くしており、余程怖かったんだなということがわかる。夏休みの宿題もある程度進んだし、そろそろ寝ようかなと思ったらドアをバンっと開けてキリサキが入り込んできた。キリサキが恐怖を感じたら真っ先に僕のところに来るのは日常茶飯事であり、いつものことかと僕は優しく迎える。キリサキは座いすに座ってくつろぎ始めた。こいつが落ち着いたところで何があったんだと話を聞くと、わらび餅を売る声が怖いと言う。そういや、さっき近くを通り過ぎていたなあと思い出す。セミが鳴き止んだ静かな夜に響くわらび餅を売る声に風情を感じて僕はしばらく聞き入っていた。ああ、なんて素敵な夏の風物詩なんだろうと思ったがキリサキは違うようだ。

 「怖いんだよ。暑いから窓を開けて寝ていたら、寂しそうにわらび餅を売る声が聞こえたんだよ。おっさんの声が暗闇から聞こえるんだぜ。ビビるだろ!」

 「そんなに怖いか、わらび餅を売る声」

 夏になると出てくるもの、わらび餅を売る声。車で移動しながら販売しているらしいが、僕はまだ見たことがない。そういや、石焼き芋を売る車も見たことがない。ドラマや漫画やアニメなどではよく見かける光景だが、実際には見たことがない。昔はよくあったけれど、今はあんまりないのかな。個人的には屋台のラーメンに出会ってみたい。たまに刑事ドラマを見ると屋台のラーメンが出てきて、おいしそうだなと思う。店で食べるのと屋台で食べるの、どっちがおいしいのだろうと未だに食べたことのない味に思いを少しだけ馳せて、キリサキの話を聞く。

 「怖いよ。あんなの不気味すぎるだろう。幽霊かと思うくらい弱々しいし、あの声を聞くたびに脳裏に浮かぶんだ。白装束を着て三角のあの白いのを頭に巻いて、おどろおどろしい雰囲気をまといながらおっさんがわらび餅を売っているに違いない」

 キリサキはそう熱弁してから頭を下げる。キリサキはよく頭を下げる。困ったときには必ず僕に頼る。この展開もいつものお約束で何か用事がない限り、僕は断らない。


 「頼む、一緒にわらび餅を倒してくれ」

 わらび餅を売る声が遠くなってから数分経つ。制限速度が時速30kmでゆっくりと歩きまわるのが基本の住宅街ならのろのろと運転しているはず。まだこの辺りにいたらいいなあと思いながら僕とキリサキは玄関に行って靴を履き替える。虫刺されスプレーを足と腕に念入りにかけてから外に出た。

 キリサキの家の大きな門をくぐってアスファルトに立つ。出かける前にキリサキの母親である奥方様に一礼をした。奥方様にいつもキリサキに突き合わせてしまい申し訳ないと言われたが、あいつの恐怖を克服する活動は面白いから気にしないでくださいと伝える。キリサキには出会って感謝だし、もし会ってなかったら今の僕はいないと思う。張り切って先頭を歩くキリサキを目の前にして、僕はいつもそう思っている。こいつに出会って本当によかったと。



 「キリサキ、もう疲れたのか」

 歩いて早々、キリサキの動きが悪くなる。こいつは冒険心はあれど体がそんなに強いわけじゃない。疲れやすい体質であり、登校するときにいつもキリサキを引っ張っている。僕より前に歩いていたのだが、だんだんと僕との距離が近くなる。隣からそして後方へとキリサキが移動していった。後ろを振り返ると歩道の柵に手をついてぐったりとしている。

 「だって」

 「だってじゃないよ。わらび餅を倒すのはどうしたんだよ」

 公園に入って真っ先にベンチに座る。キリサキが僕にもたれかかってきた。筋トレを毎日一緒にしているが、まだまだ改良が必要だ。

 「坂道がきついもん。とんでもないところに住んでいるよね、うちら」

 キリサキが上目遣いで甘えてくる。猫のような目をしているから愛嬌たっぷりでかわいく感じる。好きなものは魚と睡眠で、気になるものには猪突猛進に突っ込むから生き様も猫みたいだ。

 「その坂道のおかげで健康なんだろう。いいじゃないか」

 「むう」

 キリサキの家は高級住宅街にあり、山の近くで遠くにある都会の中心の駅ビルを見ることができる。周辺にはコンビニが一件しかなく、家から坂道を登って15分くらいという大変なところなのだが、静かで住みやすいところだ。

 「わらび餅はどうする? また今度にするか?」

 「今度にするー、また来たら倒してやるの」

 僕のひざで頭をゴロゴロと転がしながら答えた。

 「なんかお腹すいたから、コンビニ行かない? アイス食べたくなっちゃった」

 「わかった。歩いてすぐだし、行こうか」

 コンビニと聞いてキリサイがシャキーンっとすぐに立ち上がる。食べ物になるとすぐに元気になる。見ていて面白いやつだ。


 コンビニに入ってキリサキは真っ先にアイスのコーナーに向かい、僕はスイーツのコーナーに向かう。

 「キリサキ、高いのはなしな」

 「ええー」

 「奥方様のありがたい命令だ」

 奥方様と聞いてキリサキは文句を言うのをやめてアイスを選び始めた。自分の母親である奥方様には頭が上がらないからな、キリサキは。あの人は上品な方で説教も笑顔で淡々と冷静にしてくれる。大声で怒鳴らない分、じわじわと圧力をかけるので多少やんちゃなこいつは言うことを聞くのだ。

 買い物を終えて、下り坂を思いっきり走るキリサキを追いかけて帰宅。奥方様とご主人様に帰宅の挨拶をしてからそれぞれ就寝した。またわらび餅を巡って夜の散歩をして面白いことが起きたらいいなあと思いながら僕は眠りについた。

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