第2話 食料調達

家事をする人の朝は早い。

夏葵の朝の一連の流れはこうである。

午前6時起床。

まず朝ごはんを作る。

日本人らしく、白ご飯と味噌汁と卵焼き。

味噌汁はインスタントではなく一から作る。

勿論、出汁からだ。鰹と昆布を使う合わせ出汁だ。

そこに味噌を加え、具材を入れていく。

慣れた作業だ。

卵焼きは簡単に見えてかなり難しい。

その日の気分で変わったりするが、基本夏葵の卵焼きは砂糖とマヨネーズを入れる甘い卵焼きだ。

焼き目のつかない卵焼きを作れるようになるまで大分時間がかかった。

そして、その日が学校や外出の予定があるなら同じタイミングでお弁当をつくる。

肉ばかりじゃなくてバランスを考えて作っている。

一応作ろうと思ったらキャラ弁も作れる。

1度だけ作ったことがあるが無駄に疲れる。

朝ごはんを食べ終わると、食器を洗い、家のゴミをまとめ、ゴミ袋にぶち込む。ゴミ出しの日であれば捨てる。

そして前日に干しておいた洗濯物を取り込み、畳む。そして直す。

これで基本終了だが、土日であれば掃除機もかける。

「ふぅ………終わった」

今はまだ高校に入学していないので平日でも掃除機をかける。

「さて、速攻暇になったな……。なにしようか」

生憎、夏葵にはゲームに興味がない。

楽しいとは思うのだが、わざわざ家でしようと思わないのだ。

「通学路の下見も兼ねてここら辺まわってみるか」

青嵐高校までの道は分かるのだが、周辺の道が全くと言ってわからない。

外に出る準備を済まし、自転車の鍵を取り外に出る。



「「あ」」

玄関を開けるとそこには彼女がいた。

皿を持ち、モジモジしている。

「どうしたの?伊藤さん」

「あ、あの、お皿をお返ししようと思いまして…」

「どうだった?美味しかった?」

「あ、はい!めちゃくちゃ美味しかったです!」

「そっか。口に合って良かったよ」

夏葵はそう言って皿を受け取る。

受け取った皿は玄関の棚の上に置いておく。

「河津さんは今からどこに行かれるのですか?」

「んー、散歩かな。ここら辺の道まだ知らないからね」

「そうなんですか。もし良かったらご一緒してもよろしい……ですか?」

「いいけど……どうして?」

「あ、いえ!私も行こうと思っていたのですけど、方向音痴なので、ですね……。誰かと一緒にいないと不安でして………」

恥ずかしそうにカミングアウトする彼女。

赤面している様子がとても可愛らしい。

そう思っても口にも表情にも出さないが。

「あぁ、なるほど。分かったよ。一緒に行こう。……歩いて行く?自転車で行く?」

「あ、自転車がいいです」

「了解。じゃあ待ってるね」

「急いで準備してきますね」

そう言って彼女は自分の家に戻っていく。




3分ほど待っていると、隣の玄関がゆっくりと開く。

「お待たせしました」

「全然待ってないから大丈夫だよ」

寧ろ早い方だ。

さっきまでスカートをはいていた彼女はズボンに履き替えてきたらしい。

「それじゃ、行こっか」

「はい、分かりました」

そう言って2人でアパートの1階にある駐輪場へ向かいながら雑談を交わす。

「そういえば。河津さんってどこの高校に入学されるんですか?」

「青蘭高校だよ。……あの、校則が寛容で有名な私立の高校だよ。…………佐藤さん?」

佐藤さんは目を見開き、信じられない、とでもいうような顔でこちらを見てくる。

「………河津さんってもしかして私のストーカーだったりしませんよね…………?」

「な、なんでそんな結論に至ったか経緯が知りたい」

「ふふっ。冗談です。あまりにも偶然が重なり過ぎているのですから。だって私も、青蘭高校に入学するんです」

「え」

今度は夏葵が呆ける番だった。

頭の中の整理が追いつかない。

「ちょっと待って?たまたま一昨日引っ越してきたの同じで?たまたま同い年で?たまたま同じ学校に行くの?なに?俺ラノベの主人公かなにかなのか?」

「そう、かもしれませんね」

ふふ、と笑いながら彼女はでも、と呟く。

「そしたら恋人になるのは私なんでしょうか」

「………っ!!」

「どうかしました?河津さん」

今のはずるい。

微笑みながらそんなことを言われたら耐えられるはずがない。

「………ふふっ。冗談ですよ?少しからかいすぎましたね。すみません」

「は、はぁ。冗談にも程があるよ。佐藤さん…………。本当に心臓に悪い……」

「あれ?河津さん?もしかして本気にしてました?あれあれー?」

ニヤニヤと夏葵のほっぺたをつんつんしている彼女。

「しゅ、出発しよ!!」

そう言うと菜月は駐輪場まで走り、自分の自転車に跨った。

「………本気にしてくれたらいいのに」

後ろから小走りで追いかけてくる彼女の声は夏葵の耳には届かなかった。





「………えーーっと。ここが総合スーパーで、その2つ奥の信号を右に曲がると………」

「商店街ですか?」

「そうそう、ってよく覚えてたね」

「あ、ちょっと馬鹿にしましたね?今。方向音痴でも記憶力はいいんですよ私。応用力がないだけで」

そう言って彼女は胸を張ってドヤ顔をする。

「自慢出来ることではないけどね」

そう言ってにやにやしながら彼女を見てると少しずつ顔が赤くなっていく。

「しょうがないじゃないですか!?だって方向音痴なんですもん!」

「いや別に悪いとは言ってないからね」

ついつい彼女のことをからかってしまう。

焦る彼女は本当に可愛い。

「…どうかしました?ぼーっとしてますが」

「あぁ、ごめん。その通りぼーっとしてたね」

「考え事ですか?」

「うん。まぁ今日の夜ご飯何しようかなーってね」

ほんとは違うことを考えていたのだが、わざわざ話すことでもないだろう。

「自転車に乗ってるまま考え事してたら事故になりますよ?」

「うん。ありがとう。気をつけるね」

「そう言えば、今日はなに作られるんですか?」

「んー、鶏肉があるから炒め物とかしたいなー」

「料理できるのは羨ましいですね。毎日美味しいもの食べれるんですよね…」

「あー、良かったら、佐藤さんの分まで作ろうか?これから毎日」

彼女は顔を勢いよくこっちを向いて驚いた顔で見てくる。

「えっ?本当ですか?」

「うん、いいよ。人に食べさせるの好きだもん」

「ありがとうございます…。でも……」

「ん?あんまり気負わなくていいよ?」

「でも悪いですし……。きちんとお代は払いますよ!?」

「ん?いや、いいよ。あんまり食費変わらないし」

「いや、だって私ばかり得をしてるのも悪いです!」

彼女はブレーキをかけ、立ち止まる。

それを見て夏葵もブレーキを握る。

「じゃあ、食費の3割だけ支払ってもらおうかな」

「6割で」

「いや、だって俺の方が食べるし割合的にも………」

「6割で」

「でも……」

「6割で」

譲らなすぎじゃない?この子!?

「じゃあ5割で!お願いしましょうか!!!」

「6わ……本当に良いのですか?ぼったくってもらってもいいのですが」

「そんな事しないって」

「むぅ。わかりました。これからきちんと支払います」

「てことでちょっと商店街に寄ろうか。買い物しよう」

そう言って自転車に乗り込み、信号を右に曲がるのだった。

「毎日手料理……か……」

後ろについてくる彼女の顔は到着まで緩みっぱなしだった。




「どこを目指しているのですか?」

駐輪場に自転車を停めたあとに彼女はそう聞いてきた。

「んー、八百屋かなぁ。玉ねぎ欲しいし」

「スーパーには行かれないのですか?」

「んー、チラシ見た限りではそんなにお得!って感じじゃなかったんだよね」

「そうなんですか。しっかり見てたんですね」

「うん。チラシ見るのは結構大事だから」

そう言いながら2人で並んで商店街を歩く。

少し歩いたら、左側に八百屋が見える。

『八百屋のちーちゃん』という店名らしい。

入ると、綺麗に並べられた色鮮やかな緑黄色野菜が目に飛び込んでくる。

すると店の中から青いエプロンを着たおばさんが1人出てきた。

「いらっしゃい。あれ?お兄ちゃんとお姉ちゃん、初めて見るね。越してきたのかい?」

「あ、はい。少し離れた所にあるアパートについ先日越してきました。これからよく来ると思いますのでよろしくお願いします」

そう挨拶をするとおばさんはにっこりと笑い、

「あらぁ。お使いしてくれるお子さんのいる家庭は羨ましいわぁ。うちの子なんてなにもしないのよぉ。見習って欲しいわぁ。隣のお子さんなんて……」

あ、これ話長いやつだ。

それから10分ほど、彼女と二人で奥さんの世間話を聞き流すのだった。





「で、夏葵ちゃんはなにが欲しかったんだっけ?」

やっと世間話が終わり、本題に入る。

「あ、玉ねぎを2、3玉欲しいですね」

すると奥さんは店の右奥のスペースまで歩いていき、ビニール袋になにかを入れ込んでいる。

「玉ねぎは何に使うのですか?」

「うーん、とりあえず玉ねぎとパスタのストックがあると何かと便利だからなぁ。何か食べたいものあったら言ってね。大抵は作れるから」

待っている間に2人で会話を交わしていると、奥さんが戻ってくる。

手に持っているビニール袋にはどう見ても玉ねぎ2、3玉という量ではなかった。

玉ねぎ、ピーマン、じゃがいも、ほうれん草、と様々な野菜が詰め込まれている。

「はい。夏葵ちゃん。初来店ボーナスとカップル割引で200円でいいよ」

「カッ…っ!?ま、まだ違いますよ!?奥さん!?」

「そ、そうですよ!?俺たちそういう関係じゃありませんし!?」

「初々しいねぇ。150円でいいわよ」

「なぜ減る!?」

「んー。言うならば……ご馳走様ってとこかしら」

「いや意味わからん」

「まぁ受け取っておきなさいよ。おばさん、そういうの好きなの」

「どういうの!?」

「まぁ、彼女の方がよく分かってるかもね」

「一体どういうことなんだ………。伊藤さん?」

「カップル……。私と河津さんがカップル……。ふふふ」

何やらブツブツとなにかを言ってニヤけている。

「伊藤さん?」

「ひゃっ!?どどどどどどうしました!?河津ひゃん!?」

「いや、なんだか様子がおかしいみたいだったから……」

「だ、大丈夫!私は大丈夫だから!」

「そう?なら良かったけど」

「か、会計早くしないと奥さん困ってるよ?」

「あ、そうだね」

そう言って財布の中から150円を出して、奥さんに渡す。

「はい、丁度ね。夏葵ちゃんまた来なよ?」

「もちろんですよ。奥さん。また来ます」

そう言って夏葵たちは八百屋ちーちゃんを後にする。

「まだ、ねぇ…」

2人の後ろ姿を眺めながら、1人呟く店主だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君と僕の秘密の夜会 白金 眠 @imikawanyannko0303

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ